【連載小説】
風に咲く白い花
(連載第十三回)
(三)の3
タケルが子どものころの農業は、馬や牛の動力が主力であった。冬のあいだに眠っていた田んぼを、鋤(すき)で起こすのは、馬や牛たちの仕事だった。祖父は馬を育て、牛も親牛と子牛をかわいがっていた。だけどいまは、農耕用の牛馬はどこにも見あたらなかった。
「イネはもともと水辺の植物である。暑いところが好きである。雨が多く、気温の高いアジアは、イネを育てるのに向いている。とくに熱帯では、一年に二回もコメを実らせることができる」
祖父がのこしていったクワとカマだけでは、農業はできない。どうすればいいのだろう。専業の農家に、米作りを頼むほうが懸命かもしれない。農業機械をもっている知人にタケルは相談してみた。
「イネは気候が安定していれば、ひと粒の種から、二千粒のコメがとれる。命を支えるエネルギーの量でみると、サツマイモは十アールの畑で一年間に四人以上を楽に養うことができる。イネは同じ広さで、三人から四人を養うことができる」
知り合いの農家に事情を話すと、彼はしぶしぶ引き受けてくれた。だが、ああしろ、こうしろと口うるさく指図してきた。態度が横柄で、しかも高圧的なのだった。タケルが農業について全くの素人だと見くびって、居丈高になっているようだった。我慢するしかなかった。
「コメは乾燥させておけば、腐らずにとっておける。とても便利な食べものである。だから豊作の年にはあまったコメをとっておいて、飢饉の年にそなえることができる。これがサツマイモのような腐りやすいものだったら、とっておくことはできない。このような性質を利用して、江戸時代の武士たちはコメで給料をもらっていた」
春がくるまで眠っていた田んぼは、田植えの季節になった。レンゲの花が咲いたそこに、知人はトラックターを入れて耕しはじめた。タケルは祖父が使っていた錆びたクワをつかって、畦のまわりの土を掘り起こしていった。
肥料を入れろ、と知人は命令口調でいう。農協へいったタケルは、米作りの肥料を購入して、自転車につんで帰ってから、田んぼに撒いていった。
「コメはデンプンを中心に、タンパク質、脂肪、ミネラル、ビタミンなどがあって、栄養のバランスがとれたいい作物である。だからタンパク質の多い大豆といっしょに食べると、体に必要な栄養を、ほとんどとることができる」
大きなビニールの袋からバケツに移しとった肥料を、歩きにくい田んぼをよたよたして手で撒いて行きながら、みじめな思いにタケルは落ち込んだ。
農家に生まれ育って、農業を知らないのだった。だから他人から、ああしろ、こうしろと口うるさく指図されなければならなかった。それに、田んぼを耕す機械がない。だから他人の力と知恵に、頼らなければならない。自分に腹がたってしかたがなかった。