連載小説 「スクーリング」 | 作家 福元早夫のブログ

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人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

連載小説・小説集「工場」から

スクーリング

 (連載第五回)

 

「……自主参加とは、うまいこと考えたもんや」若い中馬場がいった。「現場の仕事でもそうやけど、わしらはこの自主ということばに、あまりにも弱すぎるなあ」

 そうだった。合理化ということばのひびきには、労働組合もぼくらもすぐさまピンときて、いきおい身構えるのだけれども、この自主という得体のしれない、まっ黒いマントみたいな言葉を、頭からすっぽりおおいかぶせられると、どうにもこうにも身動きがとれない。

 自分がちょっとえらくなったような、それとは逆に、何かたいへん悪いことをしているような、そんな矛盾した気持ちにおちこんでしまうのだ。

 

 若い中馬場がいうように、たとえば現場のラインの仕事においてそうだった。さまざまな厚みに圧延されたステンレス帯鋼の熱処理酸洗ラインであるぼくらの現場で、最終仕上げの巻き取りの手前の段階に、検査のしごとがある。

 一定のスピードで走りつづける製品の品質を、目で検査して記録するのだ。ひとりが製品の表の面を上から未ろし、いまひとりは下にもぐつていって、大きな鏡に写しだされる裏の面を、じっとにらみつづける。

 マイクロメーターで厚みを測り、巻尺をのばして幅をよむ。それを等間隔でくりかえす。二十種類をこえるキズの有無を、それぞれ記号によって丹念に記録しなければならない。

 

 自主検査ということばが、ある日とつぜんにどこかからやってきて、ぼくらの現場から専門の検査職がいなくった。かわりにぼくらがその仕事をやらなければならなくなった。百メートルをこえる長いラインの仕事も、検査のしごともやらなければならなくなった。ほかにも自主管理ということばがあって、いちいち関わっていたらきりがない。

 

「……それはそうと」と中馬場と連れの若い花牟礼がいった。「小学校中学校は義務教育で、工場にはいったら義理教育がまっていたというわけか」こういってから、まいったといわんばかりにしきりに頭をふった。

「そうよ、学校教育も義理よ、人間、死ぬまで勉強よ。歌の文句じゃないが、義理がすたればこの世は闇よ」ちょっと生意気な口調でいう中馬場。

「そうや、そうや」と花牟礼。「そういうことですから、みなさん、一所懸命にがんばってくださいよ」こういって花牟礼は、わざと居丈高になってみせた。

 

「あほんだら……」と湯村のおっさんがかみついた。「労政の教育課長のようないいかたをすな」

「だってそうでしょう」すっかり教育課長の口ぶりで花牟礼。「出世がしたい、他人さんよりたくさんお金が欲しい、そう思うからには、しっかり勉強してその成果を仕事に反映させてくださいよ」

「わしら、いまでも充分にかしこいのに、勉強していまより賢くなってどうするんや」

 湯村のおっさんがいって、濃いひげづらをなでながら周囲を見わたした。

「わしらがこの工場にはいったころは」とマッちゃんがいった。「勉強なんか、頭の中味なんかどうどもよかった。なんせ体力やった。職工は牛馬のように働けとハッパをかけられた時代やった。それがいまごろになって、ころっと変ってしもた」

 

「えらい災難やなあ、マッちゃん」といってから湯村のおっさんがつづけた。「ちょうど労働争議があってな、レッドパージがあった時代や。あれいらいや、工場はこのんで頭のわるいやつを入れたんや。むずかしいことはわからんが、思想がどうのこうのいうこととちがうか。朝鮮戦争のころのことや」

「頭のええやつは、牛や馬にはなれんからなあ」とマッちゃん。

「……そうすると」と中馬場。パーマネントをかけた髪の毛を手でかきあげながら「おっさんらは高度経済成長の担い手、いやにない手というより、底力やったわけやな。まさに牛馬そのものや」

「そうや」と湯村のおっさん。「わしらがフンドシいっちょで、塩をなめなめ、長い火ばしをつかって手づくりで鉄をつくってきたから、おまえら若いもんが、マイカーで女の子をひっかけまわす時代がやってきたんや」

「えらいすんまへん……」と頭をかきながら花牟礼。ロングヘアーだからしぐさが女みたいだ。

 

「それはそうと……」とぼく。「鉄鋼製造法だの、品質管理といった教育より、もっと実質的な勉強のほうが、わしらののぞむところなんやがなあ」

「……たとえばどんなんや」と湯村のおっさん。

「たとえばやなあ……」わざと花牟礼のほうを見ながら「たとえば、作業長のきんたまを、いかにしたらうまくつかめるか、といった工場の処世術や」

 大まじめにぼくがいうと、マッちゃんと湯村のおっさんが大声をだしてわらった。笑いながら湯村のおっさんが、「花牟礼は……」と、相手の胸にわざと人さし指をつきつけてから、「花やんは若いに、作業長のきんたまつかみに関しては、熟練工らしいなあ」といってもういちど大声でわらいとばし、ひとしきり感じいってみせた。

 

「そ、そんなあほな……」と、右手と頭をはげしく振りながら、違うちがうと花牟礼。それから花牟礼は、そんなあほなことがあるかいな、ともういちどいってから、妙におちついた年寄りじみた口調でいった。

「わしが作業長のきんたまをつかもうと思うて、そぉーっと手をつっこんだら、あっちからこっちからも、見たような手がいっぱいのびとって、こちとらのつかむきんたまなど、どこにもなかったわいな」

 こういってまいったなあとつけくわえた。

 

「わしの手はなかったやろう……」と笑いながらぼく。

「さあ、しらん」と花牟礼。「中には手袋をはめた手も何本かあったからなあ」

「そら念がいっとるなあ」とぼく。「そやからわしは、もうあきらめた」と花牟礼。「へたをして、クソでもつかまされたらわやや」

「湯村のおっさんの手はなかったか……」と中馬場。にたにた笑っている。

「あった、あった」と花牟礼。「作業長のきんたまの、ちょうどつけ根の部分を、相手が痛がるんじゃなかろうかと思うくらい、がっちりつかんどるんがあった。あれが湯村のおっさんの手やろう」

「あほ……」にがわらいしながら湯村のおっさん。「所帯をもって子どもが大きくなりゃ、気をつかわんならんことがあるんや。おまえらチョンガーには、わからんことがあるんや」