連載小説 「スクーリング」 | 作家 福元早夫のブログ

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人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

連載小説・小説集「工場」から

スクーリング

 (連載第四回)

 

「この十八―八クローム・ニッケル鋼は、最高級のステンレスでありますから、女性にたとえるならば、ホステスによし、OLによし、家庭の主婦にするならばなおさらよし、といったところであります。肌がひじょうに白く、やわらかみをそなえ、まことに美しい。曲げたり、絞ったり、溶接したりと自由に加工できるのであります」

 講師がいった。「ああ、しんどいなあ……」マッちゃんがあくびを噛みころしてからいった。講師がつづけた。

「しかしながら、これくらいの女性になりますと、シンが強いので、加工するには、十三クローム鋼や十八クローム鋼よりも、倍ちかい力が必要になるのは、やむを得ないところであります」

 

 マッちゃんは耳に指をつっこんでほじくっていた。ぼくは手もとのマッチ箱の写真を、いまさらのようにながめていた。三歳くらいのイギリスの女の子だった。写真の下に、子供の明日をまもる生命保険、と書かれてあった。講師がいった。

「このタイプのステンレス鋼は、熱をかけても割れたり硬くなったりしないのですが、しかしながら、局部的に熱がかかると、シモリやすく、フクレができるのであります。このフクレはなかなかとれない。これが玉にキズであります」

 マッちゃんはまた頬杖をついて目をつむった。

 

 ぼくはマッチ箱をひっくりかえした。ご家族の期待にこたえる確かな保障、大きな安心、と小さく書かれてあり、人生行路きょうも晴れ、とその下に大きく書かれてあった。それから輝く太陽のマークとならんで、すべての御家族に愛の光を、と念がおしてあった。

 ぼくはマッチ箱をひきよせ、それから右手の親指をつかって人さし指に弓をつくってから、ビー玉あそびの要領で、バチッとはじきとばした。

 

 スクーリングは十二時三十分からはじめられた。ぼくらは十二時すぎに工場の門をはいり、ロッカールームで作業服に着がえると、第五教室にあつまったのだ。出席簿にめいめいチェックし、講師がやってくるまでのあいだ、たばこをのみながら呑気にだべっていたのだった。

「一円の手当もつくわけでもないのに、みなさん、えらいやる気むさかんやなあ」

 ぼくは周囲の顔ぶれを見わたしながら、誰とはなしに、むしろ自分自身をひやかすようないいかたをして広い教室の中へはっていった。

「……ほんまですわ」と松村のおっさんがひきとっていった。マッちゃんがぼくの口調をまねていった。「ほんまにみなさん、向学心旺盛ですわ」

 技術科目や管理科目などの工場内の教育は、すべて自主参加というたてまえになっている。むろんきょうのスクーリングもそうだ。だけどこの自主参加というのが、おおいにくせものだった。

 

「まあ、しゃあないがな」と湯村のおっさんがいって、教室の入り口のほうに顎をしゃくってから「あの出席簿がにらみをきかしているんや、みんな内心びくびくおろおろなんや」といい、しばらくしから「なあ、マッちゃん」と同意をもとめた。

「いや、ほんまに」とマッちゃんはおおきくうなずいて「欠席してみい、あど作業長に大目玉や」といいながら目の球をギョロッとむいてみせた。

「義理や、つき合いや」ぼくがいった。「他人が自主参加しよるさかい、こちとらも自主参加せなしゃあないがな」

「そうや、義理参加や。それが工場のエライの手の内や」

 憎々しそうにマッちゃんがいった。

 

 今週のぼくらの仕事の時間帯は、午後の三時から夜中の十一時までである。だけどスクーリングやテストがあるたびごとに、ぼくらは定時より三時間も早く工場へやってこなくてはならないのだ。