連載小説 「スクーリング」 | 作家 福元早夫のブログ

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人生とは自然と目前の現実の、絶え間ない自己観照であるから、
つねに精神を高揚させて、自分が理想とする生き方を具体化させることである

連載小説・小説集「工場」から

スクーリング

 (連載第一回)

 

 ぼくは灰皿をひきよせてたばこに火をつけた。スクーリングがはじまって、ちょうど一時間ちかくたっていた。窓の外はよく晴れていい天気だ。こうやって机にむかって勉強していることが、なんだか重大な損失のように感じられる。

 絶好の行楽日和に、休日出勤を命じられたような気分なのだ。勉強に身がはいらないどころか、講師の声が子守唄のようにきこえてくる。椅子にすわったままじっとしていると、うとうとといい気持ちになってきて、つい眠ってしまう。たばこでも吸って気分をしゃんとたて直さなければならない。

 

「鉄づくりのベテランのみなさんを前に、いまさらこんなことをいうのは、ひしょうに恐縮なのですが……」

 講師はこころにもなさそうな口調でいって、かるく咳払いをした。それからこんどはやや語調をつよめ、

「鉄はいかにしてつくられるか、鉄冶金とはなにかといったようなことについて、若干のべてみたいと思います」

 こういってちょっと間をおいた。

「……火をかしてえな」

 セブンスターを手に隣席のマッちゃんがぼくを肩でこづいた。

 

「鉄は天然には,金属鉄として存在するのはきわめてまれでして、一般には非金属との化合物として存在するわけでありますが、それらの化合物の中にも、主として酸化鉄がいろいろの夾雑物と混合して、いわゆる鉄鉱石として産出されるわけであります」

 講師がいった。マッちゃんはぼくのハイライトをつかんで、セブンスターに火をつけた。ぶあつい唇を魚のようにとがらせて、いそがしそうにパクパク火種に吸いついた。講師がつづけた。

 

「われわれはこれらの鉄鉱石を原料として、溶鉱炉でもって銑鉄を製造し、これを転炉や平炉や電気炉でもって精錬して、不純物を除去し、有用成分を調整して、鋼鉄と成して使用しているのであります。これらの関係の、ひじょうにかたい学問や技術を、まあ、鉄冶金と呼んでいるわけであります」

「……しんどいなあ」

 マッちゃんがいった。いかにもしんどそうに顔をしかめていいながら、こんどはくそっと毒づいて、自分の顔を二度ばかりつよくひっぱたいた。

 

 ぼくは可笑しかった。マッちゃんときたら、スクーリングがはじまって十分とたたないうちに、さっそく居眠りにかかっていたのだ。こっくりこっくりと気持ちよさそうに眠りながら、ときどき頬杖をついた肘のつっかい棒が、ガクッとくずれ、下駄のような平べったい顔を机にぶつけそうになった。

 それにおどろいたマッちゃんは、あわてて体勢をたてなおしながら、いぶかしそうな目でぼくをジロジロながめ、しばらく考えこんだ。こっちが肘の棒をはらいのけたといいたい目つきだった。おかしかったけれどぼくは笑うにわらえなかった。講師がいった。

 

「そこで、製鉄工場の作業を大きく分類してみますと、溶鉱炉で銑鉄をつくる製銑作業、平炉や転炉や電気炉などで鋼塊をつくる製鋼作業、さらにこの鋼塊を加熱して圧延などの加工をほどこして、製品をつくる圧延作業、とこの三大部門に分けることができるのであります。このように、製銑から圧延作業までを、同一の工場でおこなっているところを、銑鋼一貫作業の工場と呼んでいるわけであります」

 

「……勉強はきらいや」

 ぽつんとマッちゃんがいった。八十キロをこえる巨体を椅子で窮屈そうにうごかしながら、マッちゃんはセブンスターをていねいに灰皿でもみ消し、残りの半分を大事そうにもとの箱にしまいこんだ。セブンスターを吸うことがマッチャンのせめてもの贅沢らしかった。

 ぼくは窓の外をながめた。太陽のかがやきを手づかみできそうな、ひじょうにいい天気だった。風がいがいとつよくはしっているのがわかる。工場の煙突群をとびだしたけむりが、空高くあおられて舞いあがっていた。