引退 | 嗚呼 ソフトバンクホークス

嗚呼 ソフトバンクホークス

九州に本拠を置く唯一のプロ野球チーム・ソフトバンクホークスの試合結果を語る場。

9月27日(日)オリックス27回戦(福岡D)、12-5で勝ち。対戦成績15勝10敗。中村晃が引退した。ホークスブログを書き始めたのは2006年。翌07年に中村は帝京高校から高校ドラフト3位で入団した。岩崎が1位、大卒1位が大場だった。

09年から秋山体制になり、2年後に日本一を取り返すが、中村が一軍に出始めたのはこの年2011年の記録がある。33試合に出て48打数8安打、打率167。2011年の開幕スタメンは、①6川崎②4本多③8内川④Dカブレラ⑤3小久保⑥9多村⑦7松中⑧5松田⑨2細川、P和田である。

中村の第一印象は、小柄で当てるだけのバッティング。ホークスのレギュラーを取るだけの将来性があるとは思えなかった。当然だが、出ても途中からで打席はあるかないか。外野か1塁の守備についていたはずだ。

2013年に109試合に出て131安打。翌2014年は日本一になったが、176安打で最多安打のタイトルを取っている。1軍に出始めて3年目の2013年5月からライトの守備でスタメン起用が続いた。高卒7年目でレギュラーは順当な出世といえるだろう。最初に感じた印象に比べて、コンタクトの上手い打者に成長していた。よほどバットを振り込んだことだろう。

 

その後も主力打者として安打を量産したが、自律神経失調症で体調不良になり、山川の入団で定位置を奪われたり、代打稼業や4番を命じられたり、便利屋扱いされても黙々とこなした。ただ、やや不遇な晩年になったのは否めない。長谷川も怪我がもとで選手生命を縮めたが、2人とも、もう少し順風であったなら、2000本はクリアしただろう。

それでもフォア・ザ・チームを貫き、やるべき仕事に徹したのは立派だった。目立つことを嫌い、大言壮語せず黙々とプレーしたのは後進の鑑だ。今宮・柳田・中村のクリンナップを夢見ていたが、見ることができなかったのは残念。誠実な人だから、この先どんな仕事をするにしても、必ず足跡を残すのは間違いない。職人がまたひとり表舞台から去った。

 

 

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