②私の迷走人生ストーリー【小・中学校編】 | 使命に気づくと流れは変わる~アカシックリーディング・エンジェルヒーリング~

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外に求めていたことは実は内側にあったことを、宇宙意識はみんなに思い出してほしいのです

こんにちは!

かなです。

自己紹介はこちらニコニコ

 

 

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ずっと肩書きがほしかった。私の迷走人生ストーリー

【保育園児編】

 

②【小・中学校編】

 

【小学生】

そんな保育園時代を過ごした私。

同じ保育園からは私を含めた女子5人が、

同じ小学校へ入学しました。

 

そんなちょっと特殊な保育園だったので、

女子5人は、

5クラスにそれぞれバラバラにクラス配置されました(笑)

(意図的に5人をバラバラに違うクラスにしていたというのは、

大きくなってから知りました)

 

そうです。

私は、小学校入学のとき、

字が書けませんでした。

 

それなのに、

クラスで初めての挨拶をするときに、

担任の先生が、

一人ずつ自己紹介するときに

黒板に自分の名前を書くように言いました。

あの時の緊張感、焦り、不安は今でも忘れません笑い泣きあせる

 

「書けません」って言ったんだったかな。

 

先生が察してくれて書かずに済んだんだったかな。

 

その場をどう切り抜けたのかは覚えていませんが、

6歳の女子にとって苦しい場面だったのではないかと思います(笑)

 

そうやって、

『社会』というものを知り、

女同士のいざこざも経験。

 

小学校に入ってからの私は、

ピアノを習い、

4年生からは

吹奏楽部に入り

トロンボーンを吹いていました。

 

マンガを描いたりもしていました。

 

自分を表現することが、

口で話す言葉よりも、

手紙など文字にして伝える方が

伝えやすかったです。

そんな子どもでした。

 

6年生の冬、

全日本バレーボール女子の試合を

テレビで観たのをきっかけに、

(大林素子選手や佐伯美佳選手の全盛期)

バレーボールをしたい!!!!

と思い、

ピアノを辞め、

吹奏楽部を辞め、

バレーボール部に入部しました。

 

好きなテレビは、

夕方やっていた『フルハウス』。

アメリカの生活に憧れを持つようになったきっかけ。

 

 

 
 

【中学生】

中学生になっても、

もちろんバレーボール部に入り、

バレーボール部の仲間たちと

バレーボールを一生懸命にやる、

という中学時代を過ごしました。

 

完全なる『青春時代』ですひまわり

 

中学生の私は、

男子とあまり話すことができず、

女子の中にいるときは、

おもしろい事をしたり言ったり、

みんなを笑わせるのが好きなのに、

なぜか男子に対して、

意識しすぎなのか、

あまり話すことができませんでした。

 

好きだった男子にひどいことを言われ、

そこから自分のことを防衛するためなのか、

自分から男子に話しかけることは

ほぼ無かったです。

この頃から、

自分に自信がない自分、

というのが作られていたような気がします。

 

中学2年生のとき、

たまたま母がチケットをもらって行くことになったボリビアの楽器演奏会。ギター

たしか

『タイピ・カラ』

というグループだったと思います。

そのボリビアの演奏に感激。

(本音をいうと、イケメンがいたからですw)

 

いつか

ボリビアに行きたいと思うようになります。

 

一人で図書館に行って、

ボリビアの文化などを熱心に調べました。

 

ボリビアではスペイン語が主に話されているということを知りました。

 

スペイン語の前に英語でしょビックリマーク

と気づいたのと、

 

知り合いのお姉さんに

英語の家庭教師をしてもらっていて、

そのお姉さんから

留学時代の話をよく聞いていたので、

英語を話せるようになりたい。

留学したい。

と思うようになりました。ニコニコ

 

中学3年生。

いつか青年海外協力隊で海外にも行きたい。

英語を学びたい。

 

進学する学校をどこにするのか。

 

そんなとき、どこからか、

埼玉県にあるコロンビアインターナショナルスクールの情報を聞き、

ちょうど埼玉に従兄弟が住んでいたこともあり、

母と一緒にスクールの見学に行きました。

 

すごくレベルの高い、

ここに行けば必ず英語が身につくであろう、

という環境でしたが、

学費がもちろん高かったので、

そのスクールへの入学は諦めました。

 

地元の普通校にも

留学制度があることを知り、

普通校への入学を決意しました。

 

その時期に、両親が離婚。

 

離婚することに対して、

悲しいなどの気持ちはなく、

いつかこうなるんだろうな、

と子供心に思っていたので、

冷めている自分にも気づいていました。

 

自分を、

第三者の目線から見る、

客観的に今自分の置かれている状況を見る、

というのはこの頃からだったのだと思います。

 

→【高校・アメリカ留学 編】へ続く。

 

 

 

 

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