●善いことばかりじゃない。悪いことばかりじゃない。それが自然
■スキーシーズン!っといって始まったばかりですが、
もう春…

今年は幾度か訪れたブランシュたかやまへ・・・・
春雪用の板とブーツでざぶんざぶんと滑りました…・

↑
リフトに乗っていると板の雪がすぐに溶けてしまう温かさです…
雪が多いシーズンでしたが、
あっという間の暖かさと雨に、
すっかり雪は恵みの清水となっています…
私の人生の中で、
あとたぶん20回程度のシーズンの1回が終わります…・
数にするとすごく具体的で、この1回を大切にする思いが募ります。
■そして、、、やっぱりスキーシーズンは白骨温泉!
今年はひっそりとゑびすやへ・・・


↑
露天風呂が改装されていました。
バリアフリーということで内風呂の続きに作ったそうです。
が、以前の階段を下りた岩風呂のほうが露天感があったなぁ~~~と。
とはいえ、自分の親のことなどを思うと
やはり、露天までの通路は大変だなぁ~~っと思うことがあるので、
バリアフリーで安全というは安心です。
とても白いお湯の日でした。
温泉!って雰囲気に囲まれて温泉を満喫!!
白骨グランドの経営ですが、ゑびすやが好きだなぁ~~~
こじんまりとして落ち着きます。
夕飯も静かに。

お品書きはいっぱいで食べ切れません…

最後のご飯は、おにぎり
にしてお持ち帰りしました。。。A=´、`=)ゞ
いつも思うのですが、
宿の食事は毎日は無理です。
週に一回ぐらいでぎりぎりですぅ…(_ _。)
・・・・ついでに朝食も

チョットづついただけて、ごはんをおかわりしちゃいました!
白骨もすっかり雪が減り、スリップする車もなくなりました…

あ、、、いつもは乗鞍から下って行ったのですが、
今シーズンから県道が開通して走りやすくなっていました。
■3代目となるとなかなか経営が難しくなるという噂…
因循姑息という熟語がありますが、
「古い習慣ややり方にとらわれて改めようとせず、その場しのぎに終始するさま」のこと。
で、、、なんで姑息なのか???
なんか面白い・・・
女が古いと書いて(嫌な響きだ…)
「しゅうとめ」
つまりは、おばあさんってこと。
若い娘の時は撥剌(はつらつ)としているけれども、
姑くらいのおばあさんになると、
何でも事勿(ことなか)れ主義で、
「まあまあ、しばらく」ということになる。
何でも危なっかしいことはやらない。
「まあまあ」で何もしない。
つまり、姑しばらく息をつくってことで、一時の間に合わせのことだそうです。
「悪をなさず、善またなさず」というやつは、
悪いこともしないけれども善いこともしない。
つまり、悪いこともないし善いこともない。
う~~ん、それって人生じゃないねっと素朴に思う。
善いことばかりも人生じゃない。
善いことと悪いこと(←という表現はあまりうれしくないが、善くないこと)もあって人生の自然。
そして、つまりは、人生悪いことばかりでもないってこと。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
良いことばかりもない。
でも、悪いことばかりもない。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
・・・で、
創業し@一代目、そして、
その既成の業を保ち、成果を守って完成し@二代目、そして、
時代の変遷において、
それがいずれ無為姑息となって退廃して混乱破滅へと流れ
つまりは、因循姑息となる三代目。。。。なのでしょうか?
そして、革命創業がはじまる。
■人のいのち(生命)というのは、
型にはまってくると必ず衰えてくるのかもしれません。
何もないところから生まれて、
新しいことに出会い驚き、学び、体験する。
そして、その生き方を実践する。。。。
そして。。。。まあまあ主義となると・・・・
面白くなくなり、こうして弱ってきて、最後を迎える。
でも、人の一生においては、
その最後は、
まぁまぁだったのか? いや、十分に生き切ったのか?
そこが知りたいところである。
そして、自分がどんな最後なのか? いや、どんな最後にするのか?
切実に日々考える。
姑というか、女が古くなる。。。おばあちゃんとはうまいなぁ・・・・
■まだまだ、、、雪の多かったシーズンが恋しくて。。。。
えいっ!と野麦へ…

いや~~~、驚いた~~ぁ。
雪がないっ!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
この10数年で最悪の雪の無さ!(って、今年は最終日が1週間延ばしていたけれど)
ショック~~~!
でもまだまだ~~~雪を探していくぞ!!
今年のシーズンを滑りきらないと!(-^□^-)
もう春…


今年は幾度か訪れたブランシュたかやまへ・・・・
春雪用の板とブーツでざぶんざぶんと滑りました…・

↑
リフトに乗っていると板の雪がすぐに溶けてしまう温かさです…
雪が多いシーズンでしたが、
あっという間の暖かさと雨に、
すっかり雪は恵みの清水となっています…
私の人生の中で、
あとたぶん20回程度のシーズンの1回が終わります…・
数にするとすごく具体的で、この1回を大切にする思いが募ります。
■そして、、、やっぱりスキーシーズンは白骨温泉!
今年はひっそりとゑびすやへ・・・


↑
露天風呂が改装されていました。
バリアフリーということで内風呂の続きに作ったそうです。
が、以前の階段を下りた岩風呂のほうが露天感があったなぁ~~~と。
とはいえ、自分の親のことなどを思うと
やはり、露天までの通路は大変だなぁ~~っと思うことがあるので、
バリアフリーで安全というは安心です。
とても白いお湯の日でした。
温泉!って雰囲気に囲まれて温泉を満喫!!
白骨グランドの経営ですが、ゑびすやが好きだなぁ~~~
こじんまりとして落ち着きます。
夕飯も静かに。

お品書きはいっぱいで食べ切れません…

最後のご飯は、おにぎり
にしてお持ち帰りしました。。。A=´、`=)ゞいつも思うのですが、
宿の食事は毎日は無理です。
週に一回ぐらいでぎりぎりですぅ…(_ _。)
・・・・ついでに朝食も

チョットづついただけて、ごはんをおかわりしちゃいました!

白骨もすっかり雪が減り、スリップする車もなくなりました…

あ、、、いつもは乗鞍から下って行ったのですが、
今シーズンから県道が開通して走りやすくなっていました。
■3代目となるとなかなか経営が難しくなるという噂…
因循姑息という熟語がありますが、
「古い習慣ややり方にとらわれて改めようとせず、その場しのぎに終始するさま」のこと。
で、、、なんで姑息なのか???
なんか面白い・・・
女が古いと書いて(嫌な響きだ…)
「しゅうとめ」
つまりは、おばあさんってこと。
若い娘の時は撥剌(はつらつ)としているけれども、
姑くらいのおばあさんになると、
何でも事勿(ことなか)れ主義で、
「まあまあ、しばらく」ということになる。
何でも危なっかしいことはやらない。
「まあまあ」で何もしない。
つまり、姑しばらく息をつくってことで、一時の間に合わせのことだそうです。
「悪をなさず、善またなさず」というやつは、
悪いこともしないけれども善いこともしない。
つまり、悪いこともないし善いこともない。
う~~ん、それって人生じゃないねっと素朴に思う。
善いことばかりも人生じゃない。
善いことと悪いこと(←という表現はあまりうれしくないが、善くないこと)もあって人生の自然。
そして、つまりは、人生悪いことばかりでもないってこと。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
良いことばかりもない。
でも、悪いことばかりもない。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
・・・で、
創業し@一代目、そして、
その既成の業を保ち、成果を守って完成し@二代目、そして、
時代の変遷において、
それがいずれ無為姑息となって退廃して混乱破滅へと流れ
つまりは、因循姑息となる三代目。。。。なのでしょうか?
そして、革命創業がはじまる。
■人のいのち(生命)というのは、
型にはまってくると必ず衰えてくるのかもしれません。
何もないところから生まれて、
新しいことに出会い驚き、学び、体験する。
そして、その生き方を実践する。。。。
そして。。。。まあまあ主義となると・・・・
面白くなくなり、こうして弱ってきて、最後を迎える。
でも、人の一生においては、
その最後は、
まぁまぁだったのか? いや、十分に生き切ったのか?
そこが知りたいところである。
そして、自分がどんな最後なのか? いや、どんな最後にするのか?
切実に日々考える。
姑というか、女が古くなる。。。おばあちゃんとはうまいなぁ・・・・
■まだまだ、、、雪の多かったシーズンが恋しくて。。。。
えいっ!と野麦へ…

いや~~~、驚いた~~ぁ。
雪がないっ!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
この10数年で最悪の雪の無さ!(って、今年は最終日が1週間延ばしていたけれど)
ショック~~~!
でもまだまだ~~~雪を探していくぞ!!
今年のシーズンを滑りきらないと!(-^□^-)
●節目のハル
■ハルです。
枝に桜がたわわです…

先週ですが、3・14は大切な日です。
↑
ホワイトデー・・・・ですね。
大事な人を思いやる日です。
そして、2013年の3・14は・・・・
私にとって特別な日となりました。
大切な人に会えないけれど、まるでおてんとうさまの様に守ってくれて、自分への約束を応援して、失敗をもミカタにしてくれる味方がいつもそばにいてくれる日になりました。

ハルの桜が枝いっぱい開いた穏やかな日になりました…・。
悲しいのは、会えないこと。
でも、会えないから、いつでも自分のそばにいるということに気づいた。
↑
ひとつ悔やんでいることは、
いつの日かグッと抱きしめたいと思っていたのですが。。。
が、いつの日かが二度と訪れなくなったことです。
いつも当たり前に在ると。。。少なくとも明日は。。。なんてね。
でも、明日が在るのはそれ自体が奇跡的なことだから、
明日のために今日の最大であったか?!というと
そうではなかったことが自分に残念な気持ちです。
それが悔やまれる。
毎日x毎日≠当たり前なんだぞ~~~!!
■。。。。。気づいたことをつらつらと残しておきたい。
○私は、大切なことを一番に大切にしている人にはどうしても反応をしてしまう。
その感情はいつも暖かくほんわりとしたものではなく、
むしろ、イライラしたり、ざわざわしたりする感情なのだが、
それは、きっと自分が大切にしている価値に触れているからなのだと思う。
そして、引っかかるような感情の時は、
自分がその大切な価値を大切にしていないからだと思う。
○見るモノや、聞くコトに反応するのではなく、
コンテクスト全体として観て、聴いて、
人の内側に応えようと考えることをした時間でした。
そして、これから見て聞いてすることができないから、
観て聴いて自分にできる今の最大をすることになる。
○心配かけないことを見せることは小さいことだ。
何かをするときは、
それがどうなるかわからないのだから、うまくはいかないわけで、
だから、その上手くいかないことをやる勇気を起こさせる人だったのだ。
そして、その勇気を育てる環境を作ってくれていたのだ。
↑
それって愛じゃないかな・・・
そして、そんな環境があるときはそこにどっし~~んと浸かることがとても大事。
これからは自分の内側にその勇気の場所を作って、
↑
今までずっと変わらずにその場所を作ってくれていたから
自分でその場所を創ることができる確信がある。
「なんだか大丈夫。。。」って思えるこの私のチカラを育ててくれたんだもの!
そして、その勇気を自信にする覚悟は、
身を以てもらったので、
私は「やります!」よ~~~。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
勇気x覚悟=自信
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
です。
自信とはいつの間にかもつものではなくて、
覚悟して自信とするモノのように思います。
○ところで、「愛」
といえば・・・・
泣くな、はらちゃんの第8話・・・
愛とは・・・
モノとして、見たり聞いたり触ったりしなくても、幸せで在れること。
それって、未来を幸せにするチカラだなぁ~~と感じる。
そして、その愛が私の内側にいつもあるってことだから、大丈夫!!
↑
何で?!なんて感じでしょうか?
同じものを見たり聞いても、
観たり聴いたりしていることは違うのですよ~~~(*⌒∇⌒*)
■・・・・
この1週間は特別な時でした。
人生で1度きりの特別な…・
なので、5年日記始めました!

気づいたことを言葉にしておこうと思ったから。
そして、
どんな時もどこにいても、
私のことをほめてくれる最強のコーチであったお母さんの大好物 すいか!で乾杯です。

↑
独り占めスイカって言って、両手にいっぱいぐらいのサイズのスイカです。
ちゃんとスイカの香りがぷ~~んとして、みずみずしさいっぱいです!
一応丸ごとスイカをぱかっと切って食べるのは久しぶり~~~ぃ('-^*)/
枝に桜がたわわです…


先週ですが、3・14は大切な日です。
↑
ホワイトデー・・・・ですね。
大事な人を思いやる日です。
そして、2013年の3・14は・・・・
私にとって特別な日となりました。
大切な人に会えないけれど、まるでおてんとうさまの様に守ってくれて、自分への約束を応援して、失敗をもミカタにしてくれる味方がいつもそばにいてくれる日になりました。

ハルの桜が枝いっぱい開いた穏やかな日になりました…・。
悲しいのは、会えないこと。
でも、会えないから、いつでも自分のそばにいるということに気づいた。
↑
ひとつ悔やんでいることは、
いつの日かグッと抱きしめたいと思っていたのですが。。。
が、いつの日かが二度と訪れなくなったことです。
いつも当たり前に在ると。。。少なくとも明日は。。。なんてね。
でも、明日が在るのはそれ自体が奇跡的なことだから、
明日のために今日の最大であったか?!というと
そうではなかったことが自分に残念な気持ちです。
それが悔やまれる。
毎日x毎日≠当たり前なんだぞ~~~!!
■。。。。。気づいたことをつらつらと残しておきたい。
○私は、大切なことを一番に大切にしている人にはどうしても反応をしてしまう。
その感情はいつも暖かくほんわりとしたものではなく、
むしろ、イライラしたり、ざわざわしたりする感情なのだが、
それは、きっと自分が大切にしている価値に触れているからなのだと思う。
そして、引っかかるような感情の時は、
自分がその大切な価値を大切にしていないからだと思う。
○見るモノや、聞くコトに反応するのではなく、
コンテクスト全体として観て、聴いて、
人の内側に応えようと考えることをした時間でした。
そして、これから見て聞いてすることができないから、
観て聴いて自分にできる今の最大をすることになる。
○心配かけないことを見せることは小さいことだ。
何かをするときは、
それがどうなるかわからないのだから、うまくはいかないわけで、
だから、その上手くいかないことをやる勇気を起こさせる人だったのだ。
そして、その勇気を育てる環境を作ってくれていたのだ。
↑
それって愛じゃないかな・・・
そして、そんな環境があるときはそこにどっし~~んと浸かることがとても大事。
これからは自分の内側にその勇気の場所を作って、
↑
今までずっと変わらずにその場所を作ってくれていたから
自分でその場所を創ることができる確信がある。
「なんだか大丈夫。。。」って思えるこの私のチカラを育ててくれたんだもの!
そして、その勇気を自信にする覚悟は、
身を以てもらったので、
私は「やります!」よ~~~。
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
勇気x覚悟=自信
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
です。
自信とはいつの間にかもつものではなくて、
覚悟して自信とするモノのように思います。
○ところで、「愛」
といえば・・・・泣くな、はらちゃんの第8話・・・
愛とは・・・
モノとして、見たり聞いたり触ったりしなくても、幸せで在れること。
それって、未来を幸せにするチカラだなぁ~~と感じる。
そして、その愛が私の内側にいつもあるってことだから、大丈夫!!
↑
何で?!なんて感じでしょうか?
同じものを見たり聞いても、
観たり聴いたりしていることは違うのですよ~~~(*⌒∇⌒*)
■・・・・
この1週間は特別な時でした。
人生で1度きりの特別な…・
なので、5年日記始めました!

気づいたことを言葉にしておこうと思ったから。
そして、
どんな時もどこにいても、
私のことをほめてくれる最強のコーチであったお母さんの大好物 すいか!で乾杯です。

↑
独り占めスイカって言って、両手にいっぱいぐらいのサイズのスイカです。
ちゃんとスイカの香りがぷ~~んとして、みずみずしさいっぱいです!
一応丸ごとスイカをぱかっと切って食べるのは久しぶり~~~ぃ('-^*)/
●キュレーション力を高めよう!
■まずは。。。一度たまった学びの振り返りから・・・・
三寒四温???三寒風四温風
って感じでしょうか?
変わり目には風が吹くものです。
そして、変わっていく。。。風を吹かすころになりましたが…
私の風は現在穏やかに吹いていて
↑
というのも、いつでもだれでも同じ24時間が
春休み中の私はいつもより長~~くいただいているような気になっているからかもしれません。。。(´∀`)
そんなわけで~~~こんなことしたいな~~!っと思った時にメモっておくリストの1つであったキュレーション学@自由大学にお邪魔しています。
自由大学のキュレーション学では、
自由大学という場で学びをキュレーションするという目標を以て
キュレーションとは?自由大学の場でのキュレーションとは?学びをキュレーションするとは?
というのを学び、実際に自由大学での講義プランを設計する
というものです。
↑
そろそろ、ドラフトをするように!っと宿題が出ております。。。(・Θ・;)
で、現在3/5回参加させていただいて、
キュレーションとは・・・という根本を体感して、
自身のキャリアの特徴との関わりと、
なにより、自分が好きなことじゃないかと思っているので、その好きなところを確信したいなっと思っております。
~~~ちょいと私事ですが、キュレーションという言葉との出会いですが、
WSD(ワークショップデザイナー)の講座の中で自由大学にもお邪魔したのですが、
美術館、小学校などなどでキュレーターとお会いして
企画運営したワークショップを体験しました。
で、WSDとキュレーターとの違いは?という疑問を持ちつつず~~っと来てたってわけ~~~
で、キュレーションを調べてみると、
IT用語としては、とありましたが、一般でもそうなんじゃないかな。
→情報を収集しまとめること。または収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有すること。
で、キュレーターの語源は、
博物館や図書館などの管理者や館長を意味する「Curator(キュレーター)」からきているんだそうで、、、キュレーター独自の価値判断で館内の展示物を整理して見やすくすることを仕事としているのですね。
いまのところの漠然とした感覚ですが、
キュレーションとは、
芸術だけでなく、実はとってもとっても日常のことで、
人間だれでも一人ひとりが、いつでも自分らしく楽しめるように
自分の生活をキュレーションしていると思うのです。
そして、より楽しく、そして、より早くカタチにするキュレーションのチカラは
仕事ではもちろん、人生全体にも大切な、
価値をつくるというピカピカの能力
だと思うのです。
人と人をつなぐ、人とコトをつなぐ、人とモノをつなぐ、人と土地をつなぐ。。。
自分はこんなことが好きだなぁ~~と思います。
■で、せっかくなので、ここで学んだ「キュレーションとは?」を言葉として残しておこうと思います。
>キュレーションには魅力をカタチにするチカラが大事。魅力にヨコ串を刺してカタチにする。
キュレーターが話し手と聞き手をつなぎ、フラットな関係で学びを広げ、知る自由の場をつくることができる存在になっているようだ。つまり、第3者であることに意味があり話し手(芸術では作品の作り手)が、客観的にコトの魅力を伝えることに集中できる場づくりをしている。というのも、話し手は話し方やら場の創り方など、本来話し手の持っているモノを伝えるために場をつくることをしたりして、魅力を十二分に伝えることに集中できなくなっていることがあるから。そして、自分自身では発見しきれない魅力を引き出していくことができるのが第3者だったりするから。
↑
あ、、、大学の先生の講義にもキュレーターという存在が必要なのではないでしょうか?
魅力を演出することと、魅力の本質を表現しきることはそれぞれ別のことだから、時に演出が不十分で、講義の本質が生徒に届かない先生もいるなぁ~~と思うのです。(°Д°;≡°Д°;)
>キュレーターが楽しめることを企画する。ゼロ円でできることから企画する。キュレーションとはライブ。
自由大学で神社学の教授をしている中村真さんのお話しをうかがって、本当に自分の内側にある探求したいこと、知っていること、体験したことを共有したいオーラが出ていました。
少なくとも自由大学においては、話し手の価値基準が絶対値としてあって、それを絶対値として我儘にならないようにキュレーターが聞き手とのつなぎをしているという事があるようです。
>キュレーションは価値創造に貢献し、長期的に文化を創ることを目指す。
これは、プロデューサー、編集者との違いとしてとらえやすいところではないでしょうか?
プロデューサーや編集者には、商業的価値や流行に乗って、経済的貢献をすることに優先性がある。一方、キュレーションは流行を創り、魅力や才能と社会との接点を創ることを大事にしているという。
私事ですが、モノづくりを仕事とされている方には受け取っていただける感覚かもしれませんが。。。。製品開発をするときにジレンマに陥る、製品開発と商品開発の狭間を思い出します。
なんとな~~くですが、キュレーションをすることでイノベーションが起こる。。。なんて関係があるように思います。
。。。
という事は、組み合わせるとしたら、製品開発はキュレーションで、商品開発はイノベーションなんてことになるのではないでしょうか?
↑
あ”~~、やっぱりキュレーションは自分の好きなことのようです。そして、今その魅力を社会に広く広めたくてマーケティングで以てイノベーションを起こそう!って考えているんだな~~私は。。。
もしも、キュレーションについて楽しくなってきたらうれしいのですが、
もう少し面白い気づきを残しておきたいな。
東京画廊の山本豊津さんの話がとても刺激的でした。
芸術、、、学校では美術ですね。
自分は絵にしても、工作にしてもとっても好きです!が、それがいい悪いとなると途端に自信がなくなる。つまり、自分軸で評価する勇気がないから。誰かがいいというものがいいという中にいて、絵や工作は自分そのものの表現でもあるわけで、それを否定されることはイコール自分を否定されることのように感じていた。。。だから、身体も気持ちも大好きなのに、頭で嫌いってなっている。
だから、芸術家なんて言うととても尊敬する。表現するって真っ裸!ってぐらいの挑戦で恥ずかしくも勇気のいる自分軸を持っていることだと思うから。だから、芸術家は哲学を持っているなって思う。
で、この山本さんのお話はズシンと圧倒された。あっている間違っているではなく、其々のテーマについて(←私が思いも馳せないテーマです)自分がどう思うのか!それを話し切って、かつ、どうしたいのか!というアイデアを持っている。これが人の哲学だと思うのです。
で、山本さんの話で、
>流通がマーケットを造ったが、これからは古来そこにしかない希少な品質がマーケットになる。
今では日本ミツバチは対馬にしか生息していないそうですが、銀座で日本ミツバチを飼育していて銀座はちみつが製品化しているそうです。(会員制らしいですが) それは高価で限定数しかないというものだそうで、ビジネスになっているそうです。
>現代のキュレーションとは伝統を守ること。社会とつながるキュレーションが大事。
今や外人が日本の文化を伝承するという逆国際化が起こっているそうです。
ラオスでお蚕さんが自然のままに育てられ、細い絹糸を手織りで反物にして着物を作っていて、(←西陣織り!)それが希少な高級品となっているそうです。というか、そんな軽くて細かな織りの着物は日本では作れないそうで、というのも日本は機械で編めるように(ジャガード織りってやつだそうです)繭を品種改良をして太い絹糸のお蚕さんを飼育しているからだそうです。
海外で日本古来がつくられているんですねぇ…
キュレーションとは文化・伝統を作り、伝えていくことだから、
今こそ!日本人が日本文化や伝統を社会に表現していくことが大切!
そして、日本古来の文化を日本という土地にこだわらず、こだわらないからこそキュレーションであろうし、異質なところやヒトをつなげて、伝統文化を表現することが今必要とされているキュレーションではないかなぁ~~と思います。
>キュレーションとはとんでもないことをすること!
というか、それができる概念ではないかと思います。逆に言えば、既成概念や規則を取っ払った
所で既存するモノやコトをつなげることができないとキュレーションではないのかもしれません。
キュレーションとは、ぼんやりとした輪郭で、かつ、芸術や文化といったところと親和する貴重性があるから、この資本主義の規制や理論とはかかわりのない概念としてそのぼんやり感と貴重性を残したままにつなぐ価値があるという概念を確立させる必要があるのではないか?!資本主義の世界から抜け出すきっかけの概念となるんじゃないかなぁ~~っと思うのです。
>芸術はコミュニケーションの場。
教会が街の真ん中にあって、町のだれもが集まることができる場所であった。それがコミュニケーションの重要な社会性という役割である。が、宗教で戦争する今では、教会がコミュニケーションの場として存在しにくくなっている。
だから。。。美術が誰もが集まることができるコミュニケーションの場となるのではないか!というのである。
↑
ふむふむ。。。
そして、コミュニケーションのもう1つの大切な役割は、相手を知ることであり、そうすると人を尊敬することができるようになる。さらに、歴史を知ることは国を知ることで、それが尊重することになると思うのです。となると。。。国をつなげるキュレーションは、平和外交のやり方にもなったりするのかもしれません。
>教育は標準化すること、学問(学ぶこと)は個性を表現すること。
少なからず、日本の義務教育は標準化することで効率化されて教育水準は素早く高まることができた。が、その一方で、標準化とは個性との真逆に在り、アイデンティティーの喪失につながる危険性もあるわけです。そこで、個性を表現するキュレーションが高い水準の知識や経験に個性をつけて表現していくことをする!というコトにならないだろうか?
哲学を持て!というが、そこから始めることはとてもとても難しい、、、
哲学とは自分軸を持つこと、絶対的価値を持つことだとしたら、
自分を表現する芸術→美術→お絵かきは誰でもができる哲学への道になるのではないだろうか?
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
無いを埋めるのではなく、在るをつなぐ!
━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
ことをしよう!
■コーチのネットワークで、きっと一生出会うこともなかったであろうワインに遭遇!
グルジアワイン・・・
何でもこのワインにほれ込んで畑を購入して、
このワインを大切な時に美味しく飲んでいただける仲間へ届けているという
美味しさという体験でつなげているのだそうです。。。

ところで。。。
グルジアは、1991年に独立し、西アジア北端、南カフカース地方に位置する共和制国家で、旧ソビエト連邦の構成国のひとつ。英語名はジョージアGeorgiaだそうですが、日本語ではグルジアと表記されているんだそうです。
温暖な気候を利用したワイン生産の盛んな国だったんだそうで、ワインとともにグルジアという国も初体験です。
しっかりとした濃さなので、ワインとして味わうのがいいのでは?
また、甘みのある濃い味でデザートとしても食後にカカオとともに頂けるかな?
□最後に!
自分自身の在るをつなぐキュレーションの場になるかもしれません!
自分の在るをつなごう!ってことで、
コモンビートの24期キャストの募集のお知らせです!
体験会詳細
「A COMMON BEAT」ミュージカルプロジェクト事務局よりお知らせです。
第24期東京ミュージカルプログラムへの参加希望者に向けた「キャスト体験説明会」を開催します。
このプログラムで上演する作品はミュージカル「A COMMON BEAT(共通の鼓動)」。
アメリカ発のエンターテイメントショーで、「違うからこそ美しい」をテーマに異文化理解や平和へのメッセージを届けるものです。
作品のメッセージを感じ取りながら、個性の異なる100人のキャストで100日間で作品を作り上げます。
ひとりひとりの個性を生かし、互いを認め合い、共通の鼓動を生み出していきます。
歌や踊りの経験がなくても「やりたい!」という気持ちが参加資格!
ミュージカル「A COMMON BEAT」の世界へ、ぜひ一歩踏み出してみてください!!
※体験説明会への参加がプログラム参加の必須条件となっています。キャスト参加希望の方は必ずご参加ください。
<第24期キャスト体験説明会開催概要>
日時と場所
日時:3月30日(土) 13:00~17:00(12:45~受付)
場所:荒川総合スポーツセンター 武道場
アクセス
[荒川総合スポーツセンター]
〒464-0808 東京都荒川区南千住6-45-5
JR、東京メトロ、つくばエクスプレス 南千住駅徒歩10分
http://www.arakawa-sposen.com/map.html
参加対象
・18歳以上の方
・100人で100日間で創るミュージカルに興味をお持ちの方
参加費
無料
内容
・100日間の体験(ダンス・歌・アクティビティ)
・100日間で創るミュージカルとは(プログラムの説明)
・参加者した人の声、コモンビートの説明など
持ち物
・上履き
・運動できる服装
・筆記用具
・タオル
・水分補給用飲み物
申込方法
下記の宛先にメールを送って下さい。
宛先:taiken24@commonbeat.org
件名:24期体験
本文:氏名・ふりがな・会員/一般の種別・参加希望回(第1回、第2回、第3回、第4回、全回)・メールアドレス・携帯電話番号・体験説明会を知ったきっかけ(HP、メール、友人の紹介など)
※お申込に対する返信メールと、体験会直近でのリマインドメールを送信するため、携帯メールで「ドメイン指定受信」をされている方は”@commonbeat.org”からの受信が可能な設定に変更をお願いします。
※体験説明会に参加できない方には電話説明会を実施します!
その旨を m24@commonbeat.org までお知らせください。
申込期限
各回開催の前日まで
<第24期東京100人100日プログラム実施概要>
活動期間:2013年4月~8月
公演日:2013年8月23日(金)・24日(土)
公演会場:昭和女子大学人見記念講堂
プロデューサー:奥村広哉(こーや)
・練習日は2013年4月~ 8月までの土日祝日を対象とし、練習場の確保状況により決定します。
・合計で24日程度の練習日を予定しています。
・練習時間は10 ~ 18時を基本とし、練習場の都合上13 ~ 21時になる
こともあります。
・月に1回程度合宿を行います。
※応募方法、スケジュールの詳細は体験説明会にて説明します。
※上記内容は、変更になる場合があります。
お問い合わせ
「A COMMON BEAT」ミュージカルプロジェクト
第24期東京100人100日プログラム
プロデューサー 奥村広哉(こーや)
m24@commonbeat.org
三寒四温???三寒風四温風
って感じでしょうか?変わり目には風が吹くものです。
そして、変わっていく。。。風を吹かすころになりましたが…
私の風は現在穏やかに吹いていて
↑
というのも、いつでもだれでも同じ24時間が
春休み中の私はいつもより長~~くいただいているような気になっているからかもしれません。。。(´∀`)
そんなわけで~~~こんなことしたいな~~!っと思った時にメモっておくリストの1つであったキュレーション学@自由大学にお邪魔しています。
自由大学のキュレーション学では、
自由大学という場で学びをキュレーションするという目標を以て
キュレーションとは?自由大学の場でのキュレーションとは?学びをキュレーションするとは?
というのを学び、実際に自由大学での講義プランを設計する
というものです。
↑
そろそろ、ドラフトをするように!っと宿題が出ております。。。(・Θ・;)
で、現在3/5回参加させていただいて、
キュレーションとは・・・という根本を体感して、
自身のキャリアの特徴との関わりと、
なにより、自分が好きなことじゃないかと思っているので、その好きなところを確信したいなっと思っております。
~~~ちょいと私事ですが、キュレーションという言葉との出会いですが、
WSD(ワークショップデザイナー)の講座の中で自由大学にもお邪魔したのですが、
美術館、小学校などなどでキュレーターとお会いして
企画運営したワークショップを体験しました。
で、WSDとキュレーターとの違いは?という疑問を持ちつつず~~っと来てたってわけ~~~
で、キュレーションを調べてみると、
IT用語としては、とありましたが、一般でもそうなんじゃないかな。
→情報を収集しまとめること。または収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有すること。
で、キュレーターの語源は、
博物館や図書館などの管理者や館長を意味する「Curator(キュレーター)」からきているんだそうで、、、キュレーター独自の価値判断で館内の展示物を整理して見やすくすることを仕事としているのですね。
いまのところの漠然とした感覚ですが、
キュレーションとは、
芸術だけでなく、実はとってもとっても日常のことで、
人間だれでも一人ひとりが、いつでも自分らしく楽しめるように
自分の生活をキュレーションしていると思うのです。
そして、より楽しく、そして、より早くカタチにするキュレーションのチカラは
仕事ではもちろん、人生全体にも大切な、
価値をつくるというピカピカの能力
だと思うのです。人と人をつなぐ、人とコトをつなぐ、人とモノをつなぐ、人と土地をつなぐ。。。
自分はこんなことが好きだなぁ~~と思います。
■で、せっかくなので、ここで学んだ「キュレーションとは?」を言葉として残しておこうと思います。
>キュレーションには魅力をカタチにするチカラが大事。魅力にヨコ串を刺してカタチにする。
キュレーターが話し手と聞き手をつなぎ、フラットな関係で学びを広げ、知る自由の場をつくることができる存在になっているようだ。つまり、第3者であることに意味があり話し手(芸術では作品の作り手)が、客観的にコトの魅力を伝えることに集中できる場づくりをしている。というのも、話し手は話し方やら場の創り方など、本来話し手の持っているモノを伝えるために場をつくることをしたりして、魅力を十二分に伝えることに集中できなくなっていることがあるから。そして、自分自身では発見しきれない魅力を引き出していくことができるのが第3者だったりするから。
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あ、、、大学の先生の講義にもキュレーターという存在が必要なのではないでしょうか?
魅力を演出することと、魅力の本質を表現しきることはそれぞれ別のことだから、時に演出が不十分で、講義の本質が生徒に届かない先生もいるなぁ~~と思うのです。(°Д°;≡°Д°;)
>キュレーターが楽しめることを企画する。ゼロ円でできることから企画する。キュレーションとはライブ。
自由大学で神社学の教授をしている中村真さんのお話しをうかがって、本当に自分の内側にある探求したいこと、知っていること、体験したことを共有したいオーラが出ていました。
少なくとも自由大学においては、話し手の価値基準が絶対値としてあって、それを絶対値として我儘にならないようにキュレーターが聞き手とのつなぎをしているという事があるようです。
>キュレーションは価値創造に貢献し、長期的に文化を創ることを目指す。
これは、プロデューサー、編集者との違いとしてとらえやすいところではないでしょうか?
プロデューサーや編集者には、商業的価値や流行に乗って、経済的貢献をすることに優先性がある。一方、キュレーションは流行を創り、魅力や才能と社会との接点を創ることを大事にしているという。
私事ですが、モノづくりを仕事とされている方には受け取っていただける感覚かもしれませんが。。。。製品開発をするときにジレンマに陥る、製品開発と商品開発の狭間を思い出します。
なんとな~~くですが、キュレーションをすることでイノベーションが起こる。。。なんて関係があるように思います。
。。。
という事は、組み合わせるとしたら、製品開発はキュレーションで、商品開発はイノベーションなんてことになるのではないでしょうか?
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あ”~~、やっぱりキュレーションは自分の好きなことのようです。そして、今その魅力を社会に広く広めたくてマーケティングで以てイノベーションを起こそう!って考えているんだな~~私は。。。
もしも、キュレーションについて楽しくなってきたらうれしいのですが、
もう少し面白い気づきを残しておきたいな。
東京画廊の山本豊津さんの話がとても刺激的でした。
芸術、、、学校では美術ですね。
自分は絵にしても、工作にしてもとっても好きです!が、それがいい悪いとなると途端に自信がなくなる。つまり、自分軸で評価する勇気がないから。誰かがいいというものがいいという中にいて、絵や工作は自分そのものの表現でもあるわけで、それを否定されることはイコール自分を否定されることのように感じていた。。。だから、身体も気持ちも大好きなのに、頭で嫌いってなっている。
だから、芸術家なんて言うととても尊敬する。表現するって真っ裸!ってぐらいの挑戦で恥ずかしくも勇気のいる自分軸を持っていることだと思うから。だから、芸術家は哲学を持っているなって思う。
で、この山本さんのお話はズシンと圧倒された。あっている間違っているではなく、其々のテーマについて(←私が思いも馳せないテーマです)自分がどう思うのか!それを話し切って、かつ、どうしたいのか!というアイデアを持っている。これが人の哲学だと思うのです。
で、山本さんの話で、
>流通がマーケットを造ったが、これからは古来そこにしかない希少な品質がマーケットになる。
今では日本ミツバチは対馬にしか生息していないそうですが、銀座で日本ミツバチを飼育していて銀座はちみつが製品化しているそうです。(会員制らしいですが) それは高価で限定数しかないというものだそうで、ビジネスになっているそうです。
>現代のキュレーションとは伝統を守ること。社会とつながるキュレーションが大事。
今や外人が日本の文化を伝承するという逆国際化が起こっているそうです。
ラオスでお蚕さんが自然のままに育てられ、細い絹糸を手織りで反物にして着物を作っていて、(←西陣織り!)それが希少な高級品となっているそうです。というか、そんな軽くて細かな織りの着物は日本では作れないそうで、というのも日本は機械で編めるように(ジャガード織りってやつだそうです)繭を品種改良をして太い絹糸のお蚕さんを飼育しているからだそうです。
海外で日本古来がつくられているんですねぇ…
キュレーションとは文化・伝統を作り、伝えていくことだから、
今こそ!日本人が日本文化や伝統を社会に表現していくことが大切!
そして、日本古来の文化を日本という土地にこだわらず、こだわらないからこそキュレーションであろうし、異質なところやヒトをつなげて、伝統文化を表現することが今必要とされているキュレーションではないかなぁ~~と思います。
>キュレーションとはとんでもないことをすること!
というか、それができる概念ではないかと思います。逆に言えば、既成概念や規則を取っ払った
所で既存するモノやコトをつなげることができないとキュレーションではないのかもしれません。
キュレーションとは、ぼんやりとした輪郭で、かつ、芸術や文化といったところと親和する貴重性があるから、この資本主義の規制や理論とはかかわりのない概念としてそのぼんやり感と貴重性を残したままにつなぐ価値があるという概念を確立させる必要があるのではないか?!資本主義の世界から抜け出すきっかけの概念となるんじゃないかなぁ~~っと思うのです。
>芸術はコミュニケーションの場。
教会が街の真ん中にあって、町のだれもが集まることができる場所であった。それがコミュニケーションの重要な社会性という役割である。が、宗教で戦争する今では、教会がコミュニケーションの場として存在しにくくなっている。
だから。。。美術が誰もが集まることができるコミュニケーションの場となるのではないか!というのである。
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ふむふむ。。。
そして、コミュニケーションのもう1つの大切な役割は、相手を知ることであり、そうすると人を尊敬することができるようになる。さらに、歴史を知ることは国を知ることで、それが尊重することになると思うのです。となると。。。国をつなげるキュレーションは、平和外交のやり方にもなったりするのかもしれません。
>教育は標準化すること、学問(学ぶこと)は個性を表現すること。
少なからず、日本の義務教育は標準化することで効率化されて教育水準は素早く高まることができた。が、その一方で、標準化とは個性との真逆に在り、アイデンティティーの喪失につながる危険性もあるわけです。そこで、個性を表現するキュレーションが高い水準の知識や経験に個性をつけて表現していくことをする!というコトにならないだろうか?
哲学を持て!というが、そこから始めることはとてもとても難しい、、、
哲学とは自分軸を持つこと、絶対的価値を持つことだとしたら、
自分を表現する芸術→美術→お絵かきは誰でもができる哲学への道になるのではないだろうか?
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無いを埋めるのではなく、在るをつなぐ!
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ことをしよう!
■コーチのネットワークで、きっと一生出会うこともなかったであろうワインに遭遇!
グルジアワイン・・・
何でもこのワインにほれ込んで畑を購入して、
このワインを大切な時に美味しく飲んでいただける仲間へ届けているという
美味しさという体験でつなげているのだそうです。。。

ところで。。。
グルジアは、1991年に独立し、西アジア北端、南カフカース地方に位置する共和制国家で、旧ソビエト連邦の構成国のひとつ。英語名はジョージアGeorgiaだそうですが、日本語ではグルジアと表記されているんだそうです。
温暖な気候を利用したワイン生産の盛んな国だったんだそうで、ワインとともにグルジアという国も初体験です。
しっかりとした濃さなので、ワインとして味わうのがいいのでは?
また、甘みのある濃い味でデザートとしても食後にカカオとともに頂けるかな?
□最後に!
自分自身の在るをつなぐキュレーションの場になるかもしれません!
自分の在るをつなごう!ってことで、
コモンビートの24期キャストの募集のお知らせです!
体験会詳細
「A COMMON BEAT」ミュージカルプロジェクト事務局よりお知らせです。
第24期東京ミュージカルプログラムへの参加希望者に向けた「キャスト体験説明会」を開催します。
このプログラムで上演する作品はミュージカル「A COMMON BEAT(共通の鼓動)」。
アメリカ発のエンターテイメントショーで、「違うからこそ美しい」をテーマに異文化理解や平和へのメッセージを届けるものです。
作品のメッセージを感じ取りながら、個性の異なる100人のキャストで100日間で作品を作り上げます。
ひとりひとりの個性を生かし、互いを認め合い、共通の鼓動を生み出していきます。
歌や踊りの経験がなくても「やりたい!」という気持ちが参加資格!
ミュージカル「A COMMON BEAT」の世界へ、ぜひ一歩踏み出してみてください!!
※体験説明会への参加がプログラム参加の必須条件となっています。キャスト参加希望の方は必ずご参加ください。
<第24期キャスト体験説明会開催概要>
日時と場所
日時:3月30日(土) 13:00~17:00(12:45~受付)
場所:荒川総合スポーツセンター 武道場
アクセス
[荒川総合スポーツセンター]
〒464-0808 東京都荒川区南千住6-45-5
JR、東京メトロ、つくばエクスプレス 南千住駅徒歩10分
http://www.arakawa-sposen.com/map.html
参加対象
・18歳以上の方
・100人で100日間で創るミュージカルに興味をお持ちの方
参加費
無料
内容
・100日間の体験(ダンス・歌・アクティビティ)
・100日間で創るミュージカルとは(プログラムの説明)
・参加者した人の声、コモンビートの説明など
持ち物
・上履き
・運動できる服装
・筆記用具
・タオル
・水分補給用飲み物
申込方法
下記の宛先にメールを送って下さい。
宛先:taiken24@commonbeat.org
件名:24期体験
本文:氏名・ふりがな・会員/一般の種別・参加希望回(第1回、第2回、第3回、第4回、全回)・メールアドレス・携帯電話番号・体験説明会を知ったきっかけ(HP、メール、友人の紹介など)
※お申込に対する返信メールと、体験会直近でのリマインドメールを送信するため、携帯メールで「ドメイン指定受信」をされている方は”@commonbeat.org”からの受信が可能な設定に変更をお願いします。
※体験説明会に参加できない方には電話説明会を実施します!
その旨を m24@commonbeat.org までお知らせください。
申込期限
各回開催の前日まで
<第24期東京100人100日プログラム実施概要>
活動期間:2013年4月~8月
公演日:2013年8月23日(金)・24日(土)
公演会場:昭和女子大学人見記念講堂
プロデューサー:奥村広哉(こーや)
・練習日は2013年4月~ 8月までの土日祝日を対象とし、練習場の確保状況により決定します。
・合計で24日程度の練習日を予定しています。
・練習時間は10 ~ 18時を基本とし、練習場の都合上13 ~ 21時になる
こともあります。
・月に1回程度合宿を行います。
※応募方法、スケジュールの詳細は体験説明会にて説明します。
※上記内容は、変更になる場合があります。
お問い合わせ
「A COMMON BEAT」ミュージカルプロジェクト
第24期東京100人100日プログラム
プロデューサー 奥村広哉(こーや)
m24@commonbeat.org