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ひ げ 爺 の 独 り 言

旅行業勤務を終えて年金暮らしのひげ爺。北川辺の田舎暮らしにつづき大宮での隠居暮らしを投稿しています。

日本の政治は 自民と公明の連立解消によって、にわかに政局が不透明になっている。

関心はあっても関わりない老人は、三連休の暇つぶしに「品川宿」散策に出かけた。

10時に品川駅の高輪口を出て、「第一京浜国道」を南に歩き 左寄り「八ッ山通り」

で JR線を横断し 右に入り、左側の「品川宿案内図」を見て 坂を下ると北品川駅前。

そこはすでに「旧東海道」で、落ち着いた商店街の左に「問答河岸の碑」があった。

続いて「土蔵相模跡」、水戸浪士や 高杉晋作など長州武士が 陰謀を重ねた料亭の跡。

 

進むとゲストハウスがあり、いくつか資料をいただき 説明人の丁寧な説明を受けた。

品川は古くから港町として栄え、宿場指定を受けてからも 江戸への物流基地や飲食

街/遊興地として、また大名の下屋敷も多かった等  ほかの宿場とは違う町だという。

街道沿いに 古い建物や観光遺産はないが、歴史的 生活文化を物語る 雰囲気がある。

進むと「品川宿本陣跡」で、その先左に「交流館」があ り右の奥には「荏原神社」。

目黒川を渡ると左に「脇本陣跡」、道脇に別の宿場町からの兄弟松があるのも良い。

兄弟松を見ながら 南に歩くと左に「問屋場跡」があり、右に「城南小学校」「天妙

国寺」を確認しジュネーブ平和通りに出ると12時、右折してカフェで昼食をとる。

 

午後は街道に戻り南に歩き右の「品川寺」、ここはシナガワジではなくホンセンジ。

来た道を戻り「青物横丁駅」で散策を終了、ここまでの歩数は8,200歩だった。

今日の散策は 入場料ゼロでお土産代もゼロ、掛かったのは 電車賃と昼めし代だけ。

それも現金でなく電子決済、しかし最後の大宮駅で スイカが残金不足で現金決済。

「品川宿」に 関所はなかったが、最後の大宮駅には「改札」という関所があった。

『品川宿は 多様な役割で栄えた街、それが判って品川を見直した!』と、独り言。

見直したと言えば 品川駅の内外、リニア新幹線の開業に向けた工事で大変貌中だ。