言葉があふれてる -7ページ目

言葉があふれてる

思いついたこと、気になった記事、なんでも

やっとこさ、『半沢直樹』の最終話を見た。
しかも見始めたの8話からなんですけどね(笑)
やっぱり、ヒーローはヒーローのまま終われないんだなぁ。
そうです。
『iPhone5s』でも『iPhone5c』でもなく、『iPhone5』に機種変いたしました♪
タイミング的に、使用中の『iPhone4S』の二年縛りがそろそろ終了間近な事、そして『iOS7』がリリースされてしまったので、使用中の『iPhone4』をアップデートすると、かなり使いにくくなりそう、というのが主な理由ですね。
『iPhone5s』『iPhone5c』でないのは、やっぱどんな機械でも出たてはあまり信頼してないってとこかな。
不具合の報告やユーザーレビューが出てから考えたいしね。
初回生産分が出尽くして、安定した機械になってから購入を考える感じ。
特に『iPhone5s』の指紋認証が二の足を踏ませるところ。
「実用レベルなのかどうか?」の評価を待っているというところもあるけど、なにより、ハードウェアに大きな変化があった訳だから、「指紋認証機能を付けた事が他の部分にどう影響するか」が気になるんだな。
主人公の大佐藤大(だいさとうまさる)はいつも折り畳み傘を持っている。
質素な食事では “ふえるわかめ” を愛用している。
「必要な時だけ大きくなるのがいい」というセリフがエロいと思うのはわたしだけでしょうか(笑)
巨大化した後もとに戻るのも、「ほっといたら戻る」「何も出来ないからね」「勝手に小さくなる」「徐々に」「体調なんかにもよる」「うつっぽくなる」って、男性自身じゃないですか(笑)
ところで、『大日本人誘致連盟』の旅館、年末に使ってませんでしたか?(笑)

しかしなんだこの、取材する側のズケズケ感。
撮るならもっと、カッコ良く撮って欲しい、でもカッコ良く思われていないことは十分過ぎるくらい分かってる。
自分に対する自信と、自信の無さと、正当化と、自己完結。
おっさんのカッコ悪さ。
何かに従わざるを得ない、居心地の悪さ。
この居心地の悪さが、エンドロールまで続く。
居心地が悪くて逃げ出したい、ちょうど電話がかかってきても「じゃあ続けていいですか」の一言で逃げられない。

クライマックスに入る直前のセリフが好きだったりする。
ーー
強いねお酒
強いのは酒だけじゃないよ
雨降ってるよ
折り畳み傘だよ
まめだねー
大日本人だよ
ーー
奥田民生の歌詞かよ(笑)
飲んだくれてるおじさんの哀愁が溢れてるね(笑)

そうだ、前々から、なんで〈おじさん〉や〈おじいさん〉をネタにするんだろう?と思っていたのだけど、今回のコレを見て「まっちゃんって、“グランファザコン” なのかも」なんて思ったのでした。
次々と現れる『獣』の不気味なこと!
こんな不気味な生き物がまっちゃんの脳内に蠢いているのか……

一匹目『締メルノ獣』の顔に「ししょー!」と叫んでしまった(笑)
腕の千切れ方といい産卵管の金属感といい、とってもメカ的なのに、産卵のスライム表現は生き物的なんだよな。
もしかして “粘液” じゃなくて “シリコン” だったりして。

二匹目『跳ネルノ獣』の脚が素晴らしくキモい。
蛙とか鳥っぽいなーと思ってたら、足が鳥だね。
首の下に直接あの右でも左でもない脚を繋いでいる造形がすごい。

三匹目『睨ムノ獣』
やっぱ鳥だ。
こいつちょっと可愛いし(笑)

四匹目『匂ウノ獣』
粘膜が皮膚化した部位のようなツヤっと感がエロい。
花弁の隙間から覗く肉感も凄すぎ。
頭のすぐ下から花弁が広がり、花弁の奥にムクムクとした肉が入り組んだ『メス』と、顎の下に鶏のようなブヨブヨとした肉襞がある意外はツルンとした上半身が花弁の上にニョキッと生えている『オス』という特徴は、性器そのもの。
『エイリアン』の造形は確か、性器と骨がモチーフじゃなかったっけな、そう言う生々しいグロさ。
そしてティッシュ(笑)
テイ・トウワの音楽、カッコよすぎる。
ジャパニーズ風音楽が耳について離れない。
巨大化シーン、超かっこいいし!

巨大化してる時のキャラデザインは、現代アートの作家にお願いしてるようだ。
〈婆娑羅〉や〈傾奇者〉〈伊達男〉といった粋で華美な美意識や反骨精神を作風としているという。
そして、納得のカッコ良さ。
日本のカッコ良さ、ここにあり!って感じなんだけどなー、このカッコ良さをカッコ良いと思ってもらえない切ないお話なんだよねー。
カッコ良いと思ってもらえないばかりか、イジられちゃうんだもんな。

「いま出ましたー」でドキュメンタリーは終了し、中村雅俊の曲で繋いでバラエティに突入する。
大晦日はNHK派なんですが、この物々しさは年末のアレですよね(笑)
赤鬼の顔は誰をモデルにしてるのかがすごく気になるんですけどね。
じいちゃんの戦闘シーンもメチャクチャかっこいいのになぁ、一瞬で終わるんだよなぁ(笑)
この映画は2007年公開。
まっちゃんが1963年生まれの当時44歳なので、劇中の大佐藤大も同じで一世代25年とすれば
おやじが1938年生まれ・生きていれば69歳
じいちゃんが1913年生まれ・94歳
3代目・1988年生まれ
2代目・1863年生まれ
初代・1838年生まれ
てな感じか。
初代は江戸時代になるんだけど、やっぱ『エレキテル』を使ったんでしょうかね?(笑)

勝負パンツのツヤのある紫色とか、先代たちのふんどしとか、特に人気のあったらしき4代目グッズからイメージするのは “力士”。
なんだけど、4代目の頃はゴールデンタイムで視聴率がすごかった→今は深夜「2:40大日」って、プロレス中継か(笑)
力道山の活躍をご近所みんなでTVのある家に集まって見る感じだったんだな。
そう思うと、この「怪獣倒し」が “興行” であり “伝統” でもある、というのがよく分かる。

昔のヒーローは兵隊さん、
高度成長期のヒーローが力道山、
しかし次のヒーローは “サプライズ演出” や “でかさ” で勝負しようとして自滅し、
いまはTVの中で暴れても、お茶の間は冷めた視線を投げかけるばかり。
むしろヒーローを叩く方が娯楽となり、
TVに映っているのは、カッコ悪くあたふたする生身の人間そのもの。
カッコ悪いことが “オイシイ” と捉えられたりするのだから。
戦争でさえも擬人化コントのネタとなり、楽屋トークも特典映像に付いてくる。

実写の方が嘘くさいのは、興行が憧れの対象ではなく茶番になってしまったからじゃないだろうか。
TVの中に憧れを持たなくなったのは、『獣』が減った=日本人の生活を脅かす不安が減った、からなのかもしれない。
だから最後の『童の獣』は「人畜無害」なのかもしれないな。
それは勝手に推論し過ぎかな(笑)

わたしは、この映画の一貫性は、【ヒーローと興行】にあると捉えた。
「怪獣倒し」は一つのショーであり、見世物である。
“ヒーロー” がいて、それに敵対する “ヒール” がいて、“ヒールを倒す” のがお約束。
だから、“ヒール” に対しては強気で「日本を守る者だ!」と言えても、取材には自信なさ気にしか答えられない。
見世物の一つである「映画」を「壊す」とは、こういう事なんじゃないか……
まぁトンデモ学説はこれくらいにしておこうか(笑)
昨日、寝る間際まで『大日本人』を観ていた。
やっぱ、出だしの作り込みからしたら、ラストのあれはダメダメだ(笑)
“映画” としてはグダグダになってる、でも、全体を通して表現しているものが見えたぞ。
他の人がどんな評価をしてるか、もっと見たいな……そう思いながら寝た。

夢を見ていた。
実家の最寄り駅で、父と思しき男性に肩車されている。
遠巻きに、ス男がいる。
明らかにわたしに気付いていて、見て見ぬ振りをしながら、だんだん距離を縮めてくる。
そしてわたし達の周りを行ったり来たりする。
わたし達の横を通り過ぎながらチラチラと横目で見られる。
後ろから追い越しざまに、ジロジロ観察する。
変態野郎やナンパ野郎がよくやる行動だ。
「あのぅ、すみません」
そしてとうとう、声をかけてくる。
「人違いじゃないですか」わたしを乗せたまま素っ気なく答えてくれている声は、従兄弟の兄ちゃんだ。
「話をしたいんですが」
どんなに素っ気ない態度をとっても、しつこく絡んでくる。
右へ、左へと逃げても、付いて来る。
肩車のままでは動きづらいので降ろしてもらって走る。
しかし走って追ってくる。
わたし達は走りながら二手に別れた。
しかし、わたしを追ってくる。
それもそうだ、わたしがターゲットなのだから。
駅を出て、線路沿いに走る。
しかし次の踏切まで視界を遮るものの無い直線だ。
踏切まで走らず曲がった方がいい。
たすけて。
右手には以前使っていたガラケー。
たすけて。
短縮の1は、いま別れて走っているもう一人に掛かるだけだ。
たすけて。
番号が咄嗟に分からない。
たすけて。
110と押す。
たすけて。
発信ボタンを探す。
「たすけて」

声が出て、目が覚めた。
寝る間際まで他の情報を流し込んでも、寝ている間は支配されてるという事か。
生き霊に取り憑かれてる、絶対。
よし。
今日は調子がいいぞ♪
頭グルグルのまま寝て、起きて、出勤して、ゴロゴロしていたら、グルグルの中から良い事思いついた☆

『大日本人』の返却期限は26(木)。
いい加減書きたいんだけど、今日は胃腸科にお薬をもらいに来てるんだな。
昨日は祝日だったからね。
しかし、午後診スタート16時半って、遅いよー。

帰ったらデジモノちゃん達の相手もしてやらないといけないんだけど、すぐ寝なあかんやろなー。
なんせ19時就寝だからね。
今時のストーカーといえば、“ITを駆使してターゲットの居場所を探り当て、どこにいようとその監視の目から逃れられない” ようなイメージがあるが、この人はこんなんだから、全くもってこういうタイプではない。
どっちかというと、“ホームレスに居座られている” ぐらいのイメージの方が近い。
わたしが扱う商品が、スマホだろうと、絵画だろうと、音楽だろうと、関係なく居座っている。
わたしが三宮に居ようと、元町に居ようと、灘に居ようと、兵庫に居ようと、わたしをめがけて突進してくる。
でもわたしは待っているだけしかできない。
もうこんな人の相手をしたくない。
でもこんな理由で出入り禁止になんかできない!


だめだ……今日は疲れてるんだ、きっと。
睡眠薬を多めに飲んで昏睡しよう……
たぶん二年程前の事だったと思う。
わたしが日記に「トナカイのいななき」と書いた事について、
そう言えば、トナカイってどんな鳴き声なんだろう?馬みたいな「ヒヒーン」みたいなイメージで書いたけど、トナカイだから鹿の仲間だよね?
なんて話をした。

その夜、わたしは帰宅してからネットでトナカイの鳴き声を検索してみた。
すると【ネット動物園だよ♪】的な海外サイトの【トナカイのページだよ♪】的なページがヒットした。
うーん……ヤバそう……
と思いつつ開いてみると、外国語で「トナカイの声はこちらで聞けるよ♪」とファイルをダウンロードするように案内している……
とかいう内容を読み取っているうちにも、どんどんポップアップ広告が出だし「ヤバっ!」と思って慌ててウィンドウを閉じ、ウィルススキャンをかけた。

翌々日、当人がまたやって来て
「こないださ、トナカイの声の話してたやん?あれネットで聞けたで♪海外の動物園のサイトでトナカイの声をダウンロードして聞けるで♪「ブフフゥ~」とか言ってたわ♪」
と報告してきた。
それを、仕事の合間に、職場のパソコンでやったらしい。
そしてまたわたしは「いらんこと教えてしもーた」と思う。

頼む。誰か答えてくれ。
わたしの感覚は間違っているのだろうか?
わたしは日常会話をする前に、まず「ネットのセキュリティ」について説明できように準備しておかないといけないのだろうか?
わたしの常識は、常識ではないのだろうか?