2日目も仕事は好調。
気になって東京オフィスに連絡してみると、ちゃんと申込書がファックスで届いていた。
即決で申込書にサインしてくれるところもあって、この流れならノルマを達成できそうだ。
俺が売って回っている商品が完全出来高制の内容なので、これほど高い成功率を見せているのだが、それでもこの回収の高さは他に類をみない。
リスクのある商品には一切手を出さない京都人。
でもノーリスクと判断した場合の行動の早さも県民性なのだろうか。
それとも、日本一の観光地と言われながらも、そこにはやっぱり不況の波が押し寄せているからなのか。
市を挙げて観光に力を入れているのは、街を歩けばすぐにわかる。
いつまでも、観光といえば京都、というイメージを与え続けて欲しいと思う。


昼になると、天気は急速に回復してきた。
青空が広がり、ようやく京都を楽しむゆとりも出てくる。
西京極ではキンモクセイの香りが周りを包み、ちょっとした秋の行楽ムードに。

東京から連れてきた相棒のビニール傘は、いつの間にかなくなっていた。
おそらく途中の町屋に置いてきてしまったらしい。
けどもフットボールを失ったトムハンクスのような感情は毛ほども湧き上がらない。
ビニール製のウィルソンは、西陣の町屋の養子になってしまった。
元気でな、ウィルソーン!


天気は良い。ノルマ達成も目の前。
このペースならノルマ以上に稼げるはずだ、今の俺様ならやれる!
帰りの飛行機は18:00に伊丹を出るが、せっかくならもう少し新規開拓するか。
途中の話では清水寺のそばに陶芸体験の施設があるらしい、観光半分そこを攻めてみよう。
さっそく本社に連絡し、飛行機の予約を後ろにずらしてもらうよう要請。
これも旅行会社ならではの特約。
しかし返ってきた答えに俺は激しく狼狽した。


スタッフ「最終便は満席ですねー」
はっちょ「え、じゃあその前は?」
スタッフ「欠航です」


な、なんと!?
台風18号は確実に日本経済に爪あとを残していた。
ダイヤが乱れまくっていたのだ。
欠航の前の便は、俺が本来押さえていた18時のもの。
つまり18時の飛行に乗れなければ、俺は東京に戻れないということだ。
やばい、もうすでに足は二年坂に向かっている。
現在16時過ぎ。リリー・マルレーンがも収限界である。
これはマズイ、俺の帰るフネがなくなっちまう!


踵をかえし、一目散に阪急電車に。
ここでも18号は邪魔をしてきた。
特急電車に若干の遅延。
この10分がもどかしい!

南茨木でモノレールに乗り換え、駅につくやエアポートまでダッシュ。
そこでまた俺はたたらを踏まされた。
何と18時発のANA36便に80分ものディレイが!
19:20に出るんだったら先に言えよ、こんなに慌てる必要もないやないか!!!!
ぷりぷりしてもしょうがない。


エックス線検査をしてもらいながら、まだ俺の胸のもやもやは晴れていなかった。
その原因は手持ちのチケットである。
旅行会社用の、言わばタダ券なので、当然費用を支払って乗る一般客よりも優先度合いが著しく低い。
今日のように便が乱れてキャンセル待ちなんかが発生していると真っ先に降ろされてしまうからだ。
しかもNA36便が今日の事実上の最終便。
降ろされると後がないのである。
案の定、出発ゲート前には長蛇の列。
ゲート前のランオペがしきりに「チケット種別Aのキャンセル待ちのお客様は~」なんてアナウンスしてるし・・・。
一難去ってまた一難。戦々恐々の60分を過ごさなければならなかった。


そして運命のとき。
ゲート前の自動改札が赤く灯ればジエンドだ。
俺は以前2回ほどレッドランプが点灯したことがあり、次便へ回されたことがある。
けれども今回はがけっぷち、灯るなハザード!
そんな俺の心配など何事も無かったかのように青いランプが灯り、無事に機上の人に。
ふぅ、心臓に悪いぜ。。。


乗り込んだ後も滑走路まで飛行機の大渋滞に見舞われ、羽田空港上空では待機。
東京湾と房総半島の間を2周ほどし、降り立った後の駐機場までもが長かった。
開放され京急に乗れたのは21時過ぎ。
この間は旅の文庫本を読みふけっていたので、特に長くは感じなかったものの、3時間以上の遅れは初めての経験。


さすがに腹が減り、着いた先の品川駅でそばを手繰ることにする。
券売機には盗り忘れの80円。ラッキー。
けどもワカメ蕎麦を注文したのに、目の前に現れたのはたぬき。。。
その事実を厳粛に受け入れ、黙って啜る俺はノーと言えない日本人。


東京よ、お前も俺を冷やかし続けるのかい?
おしまい



さあ、今宵は仙台に到着。
宮城は俺に優しくしておくれよ~
※10.8現在の国盗り数;110国

君が泣くまで殴るのをやめない
※写真;寄るつもりはなかったけれど、偶然通りがかった晴明神社。
    台風が過ぎ去った秋晴れの空に、陰陽道の威光がいちだんと映える。

日も明けきらぬ午前5時、はっちょは羽田空港に向かっていた。
天候は曇り。
天気予報によると、南で発生したタイフーンが日本直撃のコースを辿っているらしい。
大阪に着いた時点で雨が降っていると予想しビニール傘を持参。


伊丹に着くとまっしぐらに京都イン。
この1泊2日の京都巡りで20箇所もの新規営業をこなさねばならないからだ。
小雨のぱらつく京都市内を傘を差しながら軽快に移動。
交通手段は市バス。
京都はバスの交通網がカンペキに整備されていた。
バスはどこで乗っても10分おきくらいでやってくるし、風水に基づいたゴバンの目状の街は停留所の名前だけでおおよその場所を把握しりえた。
おまけに一回220円均一の乗車賃が、500円で乗り放題となるワンデーパスまで発行されているのだ。
さすが京都。観光客にも寛容でおますなぁ。
そんなこんなで思い返せば、2日かけてこの市バスに10回は乗ったような気がする。

君が泣くまで殴るのをやめない

※まっしぐらといいながら、早朝の伊丹空港では余裕の「顔抜き」写真をパチリ。
 ランドオペレーターのお姉さんにお願いして撮ってもらいました。


日が暮れるごとに激しくなる雨とは裏腹に、セールスはすこぶる快調。
おおかたどのお店に訪問しても色よい返事をいただけた。
足を濡らしながらもテンションのあがるはっちょ。
あれ、セールスってこんなにも簡単だったっけ??
ハッとなる。
そうだ、ここは京都。
京の都の商人にはウラがあるんだった。
笑顔で営業マンをお返した直後に塩を撒くような土地柄だった。。。
ちゃんと申込書をいただくまで気は抜けないな。


晩は大阪に戻り、本社の同僚たちと焼肉に行こうと持ちかける。
この頃になりようやく、上陸しつつある台風が10年に一度という獰猛な奴だということを知る。
本社の人間達は完全に浮き足立っていた。
何せ旅行会社である。
台風何ざ迷惑以外のなにものでもない。
皆キャンセルに追われることを嘆いていた。
それでも久しぶりに顔を出した俺のために何人かが一緒にメシに付き合ってくれた。
ありがとう心の友よ!
って思ったらちゃっかり俺が奢るハメに。
友情もソロバン勘定でっか、浪速のみなさんは!涙


翌日。
台風一過の朝とはいえ、まだ雨はしとしとと降り続いていた。
街路樹から落ちた銀杏が、むっとする湿度とあいまって、過剰な芳香を漂わせている。
それでも俺は京都に向かう。


ハラハラドキドキの展開は2日目に待っていた。
後半につづく

君が泣くまで殴るのをやめない
※市内に点在している京都らしい伝統体験ができるところを回る。
    こちらは珍しい“ロウケツ染め”の体験ができるところ。
    どこからみても職人の工房そのものです。

仕事、キャラショー、プライベートなどで八面六臂のアクティブ野郎はっちょ。
この売れっ子タレントばりのスケジュールを見るがいい。


2009年10月7日~8日
京都


2009年10月9日~12日
仙台


2009年10月14日~15日
北海道


2009年10月16日~18日
マカオ


2009年10月24日~25日
茨城(予定)


2009年10月31日~11月1日
山形


はじまる、幕開けだ。
まずは明日、4時に起きて京都に向かおう。
国盗りも大量に獲得できそうだ。ぐひひ。


予備のバッテリーも全部充電にかかれッ 
特車2課整備班はこれより24時間の臨戦体制に突入する! 長期戦に備えよ! 
今日からはトイレットペーパーも一人一回15センチまでだぁ!

はっちょが旅行の、それも現地オプションツアーを専門に扱う仕事をしているのはご報告した通り。
一言で現地オプションといっても様々なジャンルがある。
ダイビングや乗馬、カヤックといったアクティブ系。
ガラス工芸や陶芸制作、豆腐作りなどの体験系。
そして、国会議事堂や魚市場、工場、水族館・野球場の裏側など、普段入れないロケーションを巡る見学系。

営業をしている手前、お取引先さんの商品、つまり現地体験ツアーにご招待いただくこともある。
その体験の中で今回は人気急上昇中のツアー“朝日新聞社”体験をご紹介したい。

普段当たり前のように目にする新聞。
昨晩起きた出来事が、翌朝には日本中の家庭のすみずみにまで紙面として行き届くのだ。
よくよく考えてみると、これってとても凄いことではないでしょうか。
新聞が作り上げられるまでに、いったいどのような行程を経ているのか。
その知的欲求を満たすのが本ツアーの狙いのひとつだ。


朝日新聞社の東京本社は築地市場の向かい側、本当に道路を隔てて目の前という立地にある。
見た目は裁判所のような真四角で飾り気のない建物。
だがしかし、この地上9階、地下4階のビルの中で、新聞の構成、編集から印刷、製本、梱包、発送にいたるまでの行程全てを行っているのだ。それも毎日。
こんなワクワク感は子供のころ依頼だな。
正面玄関をくぐった先にあるロビーで一般の参加者さんを待つ。
今日申し込まれたお客様に混じって俺も体験させていただく手はずなのだ。
全員が揃うとロビー脇の大きな講堂に集められた。
その数10人ほどで、みなお年を召した方ばかり。


まずは大きなスクリーンを使って会社説明の上映。
社員の半分は記者さんで、世界中に数千人いるということや、政治・スポーツ・地域・医療など15のジャンルに分けられてしているという事を学ぶ。
20分ほどの上映が終わる頃にはすっかり“新聞社ってすごい!”という気持ちにさせられていた。


続いて社内見学タイム。
強烈な撮影規制のなか局内をぞろぞろと歩いて巡る。
ここで感じたことをいくつか列挙しよう。


何よりもまずは、“静か”であること。
出版社などのイメージでは、喧騒と忙しさに包まれていそうな雰囲気を想像していた。
実際はというと、これがまた役所のように静かのなんのって。
一般企業でいうところのセールスマンポジションである記者さんは出払っているのはわかっていた。
しかしここまで静かだとは。内勤されている職員の数も驚くほど少ない。
まあ、一番暇な時間を狙って見学ツアーが組まれているのには違いないけど。。。


“時計が多い”。
どのフロア行っても四方を幾つもの壁掛け時計に囲まれている。
証券取引所にあるような、海外時間を示しているわけではない。全て日本時間で同じ時をさしている。
この疑問には案内嬢のお姉さんが答えてくれた。
仕事から常に秒単位の締め切りに追われている皆さんなので、どの位置からでもすぐに時間が分かるようにとの配慮なのだそうだ。
なるほど、でもひとつのフロアに30個以上の時計があるのって、やっぱ異様に映ってしまった。
同時に、ちょっと思い始めていた新聞社への憧れも急速下降。
ここまで時間に切迫されるってのも、どうかなあ。


“えんぴつが多い”。
これはホンマにホンマの率直な感想。
どこに行っても黒と赤の鉛筆がデスクのいたるところに置いてあった。
おまけに全てがピンピンに尖っていてまるで剣山。
この数は数千本はあったかのように思う。
記者さん、構成さん、編集さんなどのあらゆるワークで鉛筆が使われていることを示唆していた。
特に、上がった文章に誤字脱字がないか調べる専門部署『校閲局』では消耗が激しそうだ。
朝刊1部を隅々まで読むと、ちょうど文庫本1冊に相当する文字量だと聞いた。
いったい何人体制で、どれくらいのペースで仕上げていくのだろう。
毎日毎日そればかりする仕事なんて発狂しちまいそうだ。。。。


続いては地下3階まで降りる。
そこは轟音とインクのような薬品のにおいで満たされていた。
出来上がった新聞記事はここで紙面となる。
超巨大な印刷機(輪転機?)がフル稼働で今日の夕刊を刷っている。
夕刊にしても3回に分けられるそうだが、これには2つの役割がある。

一つ目は“ニュースの鮮度”。
初版を刷っているうちに重大な出来事がおこった場合、次から内容を差し替えての刷り直しが利くということ。

もう一つは“配達のタイムラグ”。
朝日新聞社の場合、ここ東京本社を含めて、日本全国8箇所で印刷しいているのだが、当然地域によって配達時間が変わってしまう。
そのため初版をまず発送元から遠い地域に送り出し、最終の3稿は最も近いところに配達するという仕組み。

この2点の事実を総合すると、遠い地域の新聞はネタ的に古い(といっても数時間の誤差)ということになるな。
案内係のお姉さんは、手元に届いた新聞が初稿なのか最終稿なのか見分ける方法も教えてくれた。
ただしこれはヒミツにしておこう。皆さんツアーに参加しで確認してね笑


最後に地下1階の発送工場を見学。
撮影が許されたのはここだけだったので、すかさず写メってみるも、完全にオートメーションされた発送工場は無機質そのもの。
それでも、速射砲の弾薬換装バレルのように送り込まれる新聞の列は圧巻。
正確に部数を数え上げられた新聞の束が、、すばやく梱包されて出荷されていく。
外では何台ものトラックが出来立ての夕刊を満載して外に飛び出して行っている。

君が泣くまで殴るのをやめない 君が泣くまで殴るのをやめない
こうして興味津々の新聞社見学ツアーは終了。
時間にして約90分くらい。
最初はたいしたことないんじゃないか程度にしか考えていなかった。
このツアー、目からウロコ間違いないです!
売っている自分も、内容を体験できて商品に自身をもてた。
詳しくは皆さんの目で体験してもらいたい。
ご予約お待ちしておりますw

ある日社長が言った「屋形船に乗りたい」。
旅行を扱う仕事の中でも現地の体験オプションを取り扱う俺の所に、予約のオファーがやってきた。
船宿さんには相当なご無理を聞き入れてもらい、40名ほどで秋の夜長の東京湾を楽しむことになった。

商品として取り扱っているものの、実際に屋形船に乗るのは今回がはじめて。
その日は担当者さん自らが船長となって我々をエスコートしてくれた。

君が泣くまで殴るのをやめない
19:30出船。
芝浦ふ頭を抜けた船は、思いのほか加速をつけ東京湾へ。
雨上がりの湾内は完全な凪状態で、けっこうなスピードにもかかわらず、これといった揺れを感じさせなかった。
ビールや鍋がこぼれるような状況を想像していたのに。優雅なのね。


レインボブリッジーの下をくぐった時には船内からも大きな歓声があがる。
普段は遠くからしか見ていない景観も、下から見上げると大きく雰囲気が違う。
巨大な橋脚、上の首都高と下の一般道の二層構造がここからははっきりと分かった。
夜の帳が下りた中でライトアップされた虹色橋はため息が漏れるほど美しい。
これには花より団子の社員達も、しばし窓から身を乗り出し潮風に当たりながら次第に遠ざかっていく東京の名所を眺めていた。

君が泣くまで殴るのをやめない
船は20分ほどでお台場のアクアシティ前に到着。
フジテレビの特徴的なビルのもとに広がる東京湾。
この日の湾内には俺らのほかに15隻以上の屋形船が停泊していた。
僚船たちに灯された行灯の温かな明かりも、風情を出すのに一役も二役も買っている。


碇がおろされ、ここから本格的な宴が始まった。
新鮮な刺身が巨大なお椀に盛られ運ばれてきた。次々と空いていく瓶ビール。
飲み放題なのだが、ここは船の上。
もしも想定以上のビールが出て行ってストックが切れたら、一体どうやって追加するのだろう。


天麩羅は船内の厨房で揚げられてやってきた。
貸切の船内には40名の我ら乗客のほかに7名ほどの船員がついて、空いた皿やビール瓶をせわしなく取り替えてくれる。
このサービスの良さには正直驚いた。
ここまでサーブがいいとは考えていなかったからだ。
お台場のイルミネーションを肴に、ここまで持てなしてくれると、ちょっとお高くたって来てよかったという気持ちにさせてくれる。

君が泣くまで殴るのをやめない

船はここで90分ほど停泊していただろうか。
仲間達はすっかり酔っ払い、社長以下みな陽気だった。
今は積まれたカラオケから軍歌が流れ出し、誰かれ構わず熱唱している。
時間が来たようで再び船は港に戻りだした。
楽しい時間はあっという間だ。


夜風にあたりに顔を船外に出せば、帰港する船に付き従うようにカモメ達が飛んでいる。
何気なく刺身を一掴み放り出すと、ナイスキャッチで空中でさらっていった。
面白がって与えていると仲間達もやりはじめ、あれよあれよとカモメ達が集まってきた。
気づけば何十羽ものカモメ達に取り囲まれている。
やつらは可愛い見た目とは裏腹に、獰猛にえさを狙って船内への浸入を試みてきた。
これってヒッチコック映画かなにか?
ヤベ、こりゃちょっとこわい状況・・・。
異様に気づいた船員が大声で注意を促す。
餌をもらえなくなったことを悟った鳥達は、また別の船に狙いを替え飛び去っていた。
賢い奴らだ。

君が泣くまで殴るのをやめない
船から下りても船宿の皆さんは、丁寧に靴を取り出してくれたり手すりから身を引き起こしてくれたりと手厚いもてなし。
こうやって評判が口コミで広がっていくんだろうな。
2時間という限られた中でも、非日常的な体験をぞんぶんに堪能できた。
こんな大人な時間をもっと大切にしていきたい。