「これ、AIが作ったの?」
最近、この質問が本当に増えました。SNSで流れてくる美女の写真を見ても、整いすぎてると「どうせAIでしょ」とスルーしてしまう。実際、北川景子さんや佐々木希さんレベルの方がいたとしても、うっかり見逃していそうで怖い(笑)。
コミック、アニメ、実写っぽいのに誰も出演していない動画。数年前に居酒屋で笑いながら話していたことが、もう現実になっています。
「人間だもの」は、免罪符にならない時代へ
AIのコンテンツに「パクリだ」「創造性がない」という声は根強いですよね。気持ちはわかります。
でも少し立ち止まると。
音楽の世界では、人間が思いつくメロディーはほぼ出尽くしていると言われて久しい。ファッション業界も、20〜30年ごとに賢い商売人が過去のアーカイブを「新しいトレンド」として売ってきた。それを何度も繰り返してきた現実は、業界の人間はみんな知っている。
イノベーションの父・シュンペーターも「創造とは新結合だ」と言っています。
つまり「創造的な仕事」って、完全なるゼロイチじゃなくて、「過去ネタの組み合わせに斬新な角度を見つけること」だったんじゃないか。
そう考えると、膨大なデータを学習して新たなパターンを出力するAIと、人間の創作プロセスとの間に、全否定できるほどの断絶があるとは……正直、言いにくいですよね。
AIの武器は「量と速さ」。マーケティングが勝負を決める
AIが圧倒的に優れているのは、一定水準以上のコンテンツを、人間には不可能な速度と量で出してくること。
だからこれからは、一部のプロデューサーの「俺の直感」に数千万をベットする博打から、科学的なポートフォリオマネジメントへの移行が必要です。
AIでたたき台を100パターン生成して、A/B/C/D……と高速で検証。データで「どこにリソースを集中すべきか」を判断する。
そしてもうひとつ、重要なことがあります。
AI時代は、コンテンツそのものの価値以上に、マーケティングの優劣が占める比重がさらに大きくなっています。
なぜか。「そこそこ良いコンテンツ」を作ること自体のハードルが、AIで一気に下がったから。
みんなが70〜80点のものを出せるようになると、残るのは「誰に、どのタイミングで、どう届けるか」の差だけ。ここを前提に置かないと、良いものを作っても誰にも届かない。
「完成品」より「プロセス」が資産になる
AIの大量生成が当たり前になると、完成品の価値が相対的に下がります。コピーされ、模倣される。クオリティだけで差をつけることは、どんどん難しくなっていく。
では価値はどこへ移るか。プロセス(制作過程)です。
『Nizi Project』や『PRODUCE 101』があれだけ人気なのも、完成品より成長の過程を共有するから人が推したくなるわけで。
ボツになったラフ画や、プロデューサーが揉めている会議をそのままYouTubeライブで流してしまう。それが最強のマーケティングになる時代です。
天然うなぎとホールフーズの話
少し遠回りですが、これが本質に近い。
養殖に対する天然うなぎ。ホールフーズ・マーケットのオーガニック食品。絶対的に「おいしい」かどうかは別の話で、そこに高い価値を見出して高い対価を払う人たちが確実にいる。そのマーケットはちゃんと成立している。
コンテンツも同じ構造になっていくと思います。「これは人間が作った」という事実が、ひとつの強いブランドになっていく。
AI生成が増えれば増えるほど、人間制作の希少性と価値は上がっていく。天然うなぎが養殖の普及とともに値上がりするように。
対立じゃなく、共存。それが自然な落としどころです。
結局、「冷たい検証」と「熱い熱狂」のハイブリッド
AIで冷徹に大量検証して、市場の答えを導き出す。選ばれた「器」に、コピーできないプロセスとWhyを嵌め込んで、ファンが自己表現として参加できるコミュニティを育てる。
TikTokでバズっても放置しない。DiscordやLINEへ誘導する動線を早めに設計する。100体テストしたら、勝ち残った1〜2体に全集中。
極端なデジタル(検証)と極端なアナログ(熱狂)のハイブリッド。これが、完成品が溢れかえる時代を生き抜く道だと思っています。
少なくともしばらくは、人間のクリエイターは、AIには作り難い魅力的なコンテンツを作り得ると思います。
ただし、その価値基準は今とは異なり、AIが作りたがらない斬新さや凡庸さが評価軸になっているのではないでしょうか。
人とAIで堂々巡りしていくことになろうかと思いますが、その斬新さの追求がプラス作用し、未来人なのか誰目線かは分かりませんが(笑)、コンテンツの普遍的クオリティ向上に寄与することを期待します。







