突然ですが、一つ質問させてください。
あなたの会社の意思決定層に、「10年以上前の成功体験を今も絶対的な正解だと思っている人」が何人いますか?
1人でもいたら、少し読み進めてみてください。
一時代を築いた会社が、次の時代で消えていく。
これ、ビジネスの世界では本当によくある話なんですよね。
ガラケーの時代に世界を席巻した日本のキャリアや端末メーカー、テレビ広告で圧倒的な存在感を誇ったキー局、百貨店、レンタルビデオチェーン……。「あんなに強かったのに、なんで?」という事例が、ざっと思い浮かぶだけでいくつも出てきます。
よく言われる説明は「時代の変化に対応できなかった」「既存事業を守ろうとした」というもの。
でも、私はこれだけでは腑に落ちない部分があって、ずっと考えていました。
だって、資金も組織も技術も、ぜんぶ持っていたはずなんです。
なのに、なぜ動けなかったのか。
気づいたんです。「正しかった人間」の問題だ、と。
iモードを成功させた人たち、テレビのゴールデン帯で視聴率を稼ぎ続けた人たち、百貨店の外商で関係を築いてきた人たち——彼らは本当に優秀だったんです。
判断は的中し続け、評価され、昇進して、気づけば会社の意思決定の中枢を担っていた。
でも、時代が変わったとき、彼らには「自分たちのやり方が通用しなくなっている」という感覚が、構造的に生まれにくいんですよ。
なぜか。
成功体験って、単なる「昔の思い出」じゃないんです。「何が正しいか」という判断軸そのものを作り替えてしまうんです。
「ユーザーは月額課金に慣れている」「テレビCMが最強の認知獲得手段だ」「百貨店のブランド力は揺るがない」——これらは、それぞれの黄金時代には完全な真実でした。
だからこそ、それと逆行する新しいやり方が出てきたとき、「なんか違う」「長続きしない」と感じてしまう。
これ、能力の問題じゃないんですよね。むしろ有能であればあるほど、前時代の成功パターンへの確信が深まって、新しい波を見誤りやすくなる。
そして怖いのは、この問題が「個人」に留まらないことです。
組織って、成功を再現しようとするんですよ。
成功したプロセスがマニュアル化されて、成功した人間が評価の基準になって、成功した判断軸で次の幹部が選ばれていく。
気づいたときには、「前時代の成功ロジックで最適化された人たち」が、採用から昇進から予算配分まで、全部を握っている状態になっています。
個人を入れ替えても、変わらない。なぜなら、人事制度そのものが前時代の論理で動いているから。
日本では、これがさらに深刻になる理由があります。解雇の難しさです。
欧米では、株主主導の経営転換のタイミングで大規模なリストラが伴うことが多い。でも日本では、前時代の成功者を簡単には切れない。彼らは部長として、顧問として、子会社の社長として、委員会のメンバーとして、組織に残り続けます。そして新しい投資や事業の意思決定に、当然のように参画し続ける。
どんなに革新的な提案も、前時代の感覚でスクリーニングされていく。これが続く限り、転換は起きません。
「投資会社になればいい」も、実は難しい。
「じゃあ前時代の収益を資本にして、投資会社に転換すればいいのに」と思う方もいるかもしれません。
でも、これも思ったほどうまくいかない事例が多いんですよね。
投資判断もまた、意思決定だからです。
結果として、「投資会社」を名乗りながら、前時代の感覚で投資対象を値踏みして、相手側から「あそこと組んでも話が噛み合わない」と敬遠される、という悪循環になりがちです。
それでも、生き残った会社には共通点があります。
ここで少し希望の話を。
歴史を振り返ると、時代をまたいで生き残った企業は確かにあります。日立製作所、富士フイルム、IBM……。
彼らに共通するのは、経営書が語るような「自社資産の抽象化」だけじゃないんです。もっと具体的で、もっと痛みを伴うことをやっていました。
自分たちの「顔」だった事業を、市場に殺される前に自分で葬っていた。
日立はテレビ事業を撤退し、自分が再建に携わった子会社のHDD事業を「競合と統合した方が競争力が増す」という判断で売却しました。
IBMは象徴ブランドだったThinkPadをLenovoに売却した。
富士フイルムはフィルム事業の縮小を受け入れ、ヘルスケアと材料へ軸足を移した。
どれも、「会社の誇り」に自分で引導を渡す決断です。
そして日立は、もう一つ重要なことをやっています。2012年までに取締役会の過半数を社外取締役にしました。現在は12名中9名が社外、うち5名が外国籍です。「空気を読む、忖度する、先送りする」が機能しない取締役会を、意図的に設計した。
つまり、「前時代の論理を持つ人間が意思決定を染める」という問題を、制度として解決しようとしたわけです。
最後に、一つだけ。
「正しかった人間」と「次の時代に正しい人間」は、ほぼ別人です。
これは、能力や努力や人格の問題じゃないんですよ。
時代が変わることで「何が正しいか」の定義そのものが変わる。前時代に最適化された判断力は、次時代では「誤りを犯す力」として作動してしまう。
だとすれば、問うべきは「誰を昇進させるか」ではなく、「誰の声に、どこまでの決定権を与えるか」の設計なのかもしれません。
そしてその設計は、危機が来てからでは遅い。成功の絶頂期にこそ、始めなければならない。
冒頭の質問に戻ります。
あなたの会社の意思決定層に、「10年以上前の成功体験を今も絶対的な正解だと思っている人」が何人いますか?
その答えが、ちょっと気になっています。




