エンターテインメントや新規事業において、熱狂的な顧客コミュニティをどう作るか?は常に頭の痛い問題ですが、
敢えて、使い勝手を悪くして独自の審査基準を設けることは、間違いなく、コミュニティの価値を独占する最短ルートのひとつでしょう。
先日、たまたま、疑問が浮かんで、寝られなくなっちゃった、「なぜ、ヨーロッパでのみ、あのような舞踏会が発達を遂げたのか?」問題も、原因はそこにつながるのだな、と、はたと気が付き、また眠れなくなっちゃいまして、このブログを書きました(笑)
大きな背景にはキリスト教の一夫一妻制という強烈な?制約があると思います。
複数の配偶者を持てない、そして離婚も面倒だったヨーロッパの王侯貴族にとって、結婚は一族の資産と影響力を賭けた一点集中投資でした。ゲルマン法の伝統で、女性にも財産分与権や領主相続権があったため、これは両家においては、現在の対等な企業合併そのものだったのです。
適当な相手を選べば、一族が没落します。相手の教養や健康状態、非言語のコミュニケーション能力を厳格に審査する長期的な場が要求されました。複雑なステップを共有するダンスは、この過酷な審査を乗り切るための非常に合理的なテストとして機能したわけです。
17世紀のフランスでは、ルイ14世がこの仕組みをさらに洗練させます。彼は地方貴族の反乱を防ぐため、評価の基準を武力から宮廷の作法へと強引に書き換えました。貴族たちをヴェルサイユ宮殿に集め、難解なステップの習得を義務付け、うまく踊れるかどうかで年金や役職を配分したのです。自分たちのルールで勝負させる。これがプラットフォーム運営の極意と言えます。
時代が下り19世紀になると、産業革命で成り上がった新興富裕層が台頭します。対して、伝統的なエリートたちは自分たちのステイタスを守るため、幼少期からの教育投資が必要なワルツや複雑なマナーを参入障壁として利用しました。
ロンドンの排他的な社交場では、どんなにお金があっても内輪の作法を知らない人間は冷酷に追い出されます。この意図的な摩擦が、コミュニティの価値を限界まで高めました。
一方で、当時のアメリカの有名な新興財閥のヴァンダービルト家は、この障壁を資金力と企画力で突破します。彼らは既存の権威である名門アスター家から仲間外れにされていましたが、独自の超豪華なイベントを主催し、あえてアスター家を招待リストから外しました。
結果として相手から招待状を求めさせ、ヒエラルキーをひっくり返したのです。ちょっと底意地の悪い言い方をすれば、新参者が独自の企画で古い権威を直接的に無効化した格好です。自分たちで新しいルールと場を作ってしまえば、古い権威は機能しなくなります。
さて、ここから現代のビジネスにどう応用するかです。他社と同じ価格や機能で競争するのではなく、参加すること自体がステータスになるような独自の基準を設定します。そして、ユーザーに受動的な消費ではなく、自ら動いて承認を得るアクションを要求します。
ただし、ここで見落としてはならない変数を指摘しておきます。参入への摩擦を高く設定しすぎると、新規の流入が完全に途絶え、初期メンバーだけで自己満足に陥る過疎化のリスクが存在します。
この予測が外れたときのリスクを限定し、成功時のリターンを最大化するためには、メインのコミュニティは厳格な審査を維持しつつ、定期的に誰でも参加できる単発イベントを開催して外のエネルギーを取り込むアプローチが有効です。
失敗しても単発イベントの赤字で済みますが、当たれば新しい有力な参加者を一気に獲得できる非対称性を持ちます。
歴史が証明する人間の欲望のコントロール手法は、まんま、現代のビジネスに適用できますね。










