古くからお付き合いいただいているスペースマーケット重松大輔さんが2026年9月6日に投稿した「40〜60代男性のサードプレイス問題」は、数時間で、いいね2,000件超、引用200件近くという反応がつきました。

 

 

 

 

この手のテーマにしては異例の伸び方です。今回はこの熱量を受け、主に仕事一筋で結果を出し、経済的にも比較的余裕がある層の、後半生の人生ステージの過ごし方をテーマとして掘り下げます。

 

「リタイア後、どう過ごすか」ではなく、まだ現役で働いている50代のうちに、会社以外のどこに身を置いておくべきでしょう?という話にしたいと思います。

 

仕事仲間しかいない状態は成功者ほど起きやすい

長年、事業を伸ばし、役員や創業者として結果を出してきた人ほど、私生活の付き合いを後回しにしてきた時間が長くなります。取引先や部下との関係は濃密でも、それは役職や利害があってこそ成立する関係だったりします。

役職を外れた途端に連絡が来なくなる相手は、友人ではなく仕事仲間だったと退任後に気づくケースは珍しくありません。

 

内閣府の調査でも、孤独感が「しばしばある・常にある」割合は男性5.3%に対し女性3.7%、男性は50代で最も高く出ています。趣味のサークルにも地域活動にも縁がないまま50代を迎えると、選べる居場所の選択肢自体がすでに乏しくなっているという事情もあります。

 

定年してから探すのでは遅いという研究の指摘

ここで重要なのは、居場所づくりに着手するタイミングです。オーストラリアの心理学者らが2023年に発表した縦断研究では、退職後1年以内の労働者170人を追跡し、退職前に複数の所属集団を持っていた人ほど、退職後も既存の所属を維持したり新しい所属を得たりしやすく、それが結果として心身の健康や生活満足度の高さにつながることを確認しています。

 

社会的アイデンティティ変化モデル(SIMIC)と呼ばれる枠組みで、退職前の所属そのものが直接引き継がれるというより、退職前の所属が退職後の所属の土台になるという構図です。

 

日本でも近い指摘があります。立教大学和秀俊氏は、男性退職者が現役時代は家と会社の往復で地域のことを配偶者任せにしてきたため、退職後は地域どころか自分の居場所すら持てないと指摘し、日本社会福祉学会で研究発表を行っています。

 

内閣府「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」でも、日本の60歳以上で「親しい友人がいない」と答えた割合は調査年により25.9%から31.3%で推移しており、同時期のアメリカ・ドイツ・スウェーデンが軒並み10%台にとどまるのに比べて突出しています。

 

定年してから探すのではなく、50代の現役中に土台を作っておくべきだ、という主張には相応の裏付けがあります。

 

コメント欄に並んだサードプレイス案が普通に楽しい

重松さんの投稿への反応で面白かったのは、アクティブにコミュニティに参加できている人たちからの具体例がやたら豊富だったことです。

 

45歳から始めたギター、柔術、コミュニティ型BBQ、イタリア製スーツを買いに行く店(素材や仕立ての歴史を語り合える教養コミュニティ化している)、保育園や学童の保護者会、日本酒の会、読書会、ビブリオバトル…。

 

仕事以外でも「何かを一緒にやる場」には男性でも参加しやすい、という指摘は複数の投稿で重なっていました。

 

英国で盛んなMen’s Sheds研究でも、作業場でshoulder to shoulder、つまり真正面ではなく横並びで作業することが、対面で話すことに抵抗のある男性にとって会話しやすい環境になると報告されています。

 

 

 

 

面白い例としては、VRChatで、美少女アバターをまとえば肩書きも年齢も外れるため、これが中年男性のサードプレイスとして機能しているという声まで出ていました。スナックについても「誰もおじさんの話を聞きたくないが、スナックだけは受け入れてくれる、もはや福祉」「その役割はいずれ個人VTuberに移る」という、笑っていいのか分からない鋭い指摘もありました(笑)

 

 

出禁問題と、安いオープンな場が経営者層に向かない理由

その一方で厳しい声も目立ちました。「居場所を求めている40〜70代男性は、自分本位で出禁になる率も高い」という反応です。

 

新宿のバー店主による投稿の整理が的確で、社会では職業や所属が信用の先払いとして機能するが、サードプレイスで問われるのは肩書きではなく「他者を侵害しない人かどうか」だけだ、という定義でした。

 

コミュニティ運営で一番難しいのは集客ではなく、この排除と安全設計だという指摘は重い一言です。

 

社会学者レイ・オルデンバーグが定義した第三の場所は、安価で、誰でも入れて、地位を持ち込まないことを条件としています。

ところがこの条件は、経営者や富裕層、社会的評価など何某か失うものを持つ男性たちにとってはリスクにも繋がりがちです。肩書きを隠して参加しても、相手の知的水準や意図が分からない環境では、営業目的の接近や情報の持ち出しを警戒し、心理的な武装を解くことができません。

 

先程の出禁問題を裏返すと、審査で最初に選別してしまうコミュニティというのも、ひとつの現実的な解決策になります。

 

Hamptonは現役のうちから入れる審査制ピアグループ

その代表的な存在である米国のHamptonは、創業者やCEOを対象にした会員制コミュニティです。退職者向けではなく、現役でまさに会社を回している人向けの設計である点が重要です。

 

年間売上100万ドル以上、または資金調達300万ドル以上、または過去のExit経験のいずれかを条件に審査を行い、合格率はおよそ8%とされています。合格者は8人単位のCoreグループに配置され、エグゼクティブファシリテーターの進行で月次のミーティングを重ね、事業だけでなく家族や資産といった話しにくい領域まで共有します。

 

 

 

 

こういう経営者コミュニティって、日本にもいっぱいありますよね。


厳選されたメンバーによる、直接的な仕事絡みのないお付き合いだけという、気楽なものであれば、今回の趣旨に即しているのかもしれませんが、そうではなさそうです。

 

ただし、一定規模の事業売却などの実績を残し、メンターなど後輩育成に携わっているシニアには、継続して参加も許されており、仕事によって世の中との関わりを維持していきたい、生涯現役的なタイプには打って付けかもしれません。

 

YPOとWPO、卒業しても居場所を失わない設計

より長い歴史を持つのがYPO(Young Presidents' Organization)です。1950年に設立され、現在は130カ国以上に3万人規模の会員を抱え、加盟企業の年間売上高は合計で9,000億ドルを超えるとされています。

 

もともと若手経営者を対象にした組織のため、年齢や在任期間の節目で会員資格を卒業する設計になっていますが、1970年には元会員がWPO(World Presidents' Organization)を設立し、卒業後も同じ形式のピアグループを続けられる仕組みを作りました。

 

両組織は2007年に統合され、ビジネスからのリタイア後も、引き続き参加が認められているそうです。現役のうちに参加し、節目を迎えても同じ帰属先を失わずにいられる。この「積み上げ型」の設計は、定年後に一から探すより楽ですので、生涯現役的な雰囲気がマッチする人には、こちらも生涯にわたりいい拠り所となりそうな気もします。

 

 

 

盛和塾は親睦ではなく信奉の共同体だった

日本での近い先行例として有名なのが盛和塾ですが、これを単純な「経営者同士の親睦の場」と呼ぶには、無理があります。

 

京セラ創業者の稲盛和夫氏が塾長を務めたこの塾は1983年に発足し、最盛期には国内56塾・海外48塾、塾生は約1万4千人規模まで広がりました。

 

ただし例会の中心は、稲盛氏の講話、塾生による経営体験発表、そして稲盛氏からの評価という構図で、対等な情報交換というより師弟関係に近いものでした。

 

京セラフィロソフィは塾生にとって教典に近い位置づけで、稲盛氏が神格化され「拝み奉る」ような雰囲気があったことは複数の記録が指摘しています。

 

黒字化に成功した塾生をそれでも稲盛氏が厳しく叱り、当の本人が落胆したという逸話が、稲盛氏自身の講話の中で紹介されているほどです。ベテラン塾生が新人を厳しく指導する上下関係もあり、それが合わずに去った塾生もいたとされています。

 

今からならば、盛和塾よりもNVIDIAのジェンスン・ファン塾に入りたいかもしれません(笑)

 

もっとも、稲盛氏抜きで各支部が運営する自主例会や、稲盛氏がJAL会長に就任した際に塾生有志が自然発生的に結成した応援団のように、対等な連帯が働いていた場面もありました。

 

それでも全体を支えていた核は、一人の経営哲学への信奉です。だからこそ稲盛氏の高齢化を理由に、2019年末で全国組織としての活動は終了しました。

 

HamptonやYPOが審査基準やファシリテーター、卒業後の受け皿という仕組みで持続性を作っているのに対し、盛和塾は一人のカリスマへの信奉によって強い結束と実践力を生んだ代わりに、代わりのきかない依存を抱えていたということです。

 

社会貢献とGood Eldersに見る新しい動き

経験と時間に余裕のある人が集まる場は、社会貢献の担い手を生む回路にもなります。NPO法人「二枚目の名刺」は2009年の設立以来、社会課題の解決に取り組むNPOや企業と、それを支援したい社会人をプロボノで結びつけてきました。経験値の高い経営者ほど、支援の受け手にも担い手にもなりやすい存在です。

 

 

 

 

 

より新しい動きとしては、マーケターの佐藤尚之氏が2023年に立ち上げた「Good Elders」があります。50歳以上限定というシンプルな入会条件のコミュニティで、参加者が自分の生活や考えをブログに書き続ける場を提供しています。

 

若い世代の目を気にせず書けることが好評で、始動から9カ月で1,650本を超える記事が投稿されたといいます。教養や実務ではなく「同世代しかいない安心感」だけで場が回るという、これまでの経営者コミュニティとは違う設計思想が興味深いところです。

 

 

 

 

50代から身の置き方をどう設計するか

ここまでの事例を並べると、今回対象とした層にマッチするコミュニティにはいくつかの共通条件が見えてきます。

 

参加者の水準をあらかじめ揃える何らかの審査制であること、
現役を卒業しても帰属先を失わない設計になっていること、
単一の指導者やカリスマに依存せず組織として存続できること、
経験を社会に還元する出口を持っていること、
です。

 

そして、やっぱり一番大事なのは、定年を迎えてから探すのではなく、まだ現役で働いている50代のうちに動き出しておくことだとも再認識できました。

 

SIMICの研究が示すとおり、退職前の所属そのものよりも、それが退職後の所属をつなぐ土台になるかどうかが問われます。

 

そして、重松さんの投稿への反応を見る限り、求められているのはひとつの高級クラブではなく、審査制のピアグループ、趣味を入り口にした緩い集まり、Good Eldersのような同世代限定の場が、それぞれ別の温度感で並行して、急速に伸びていくのだろうな、と思います。

 

【2.17兆円というニュースの裏側】

日本動画協会の最新集計では、2024年のアニメ海外市場は2兆1702億円、前年比126.0%。

 

「鬼滅の刃」の劇場版は全世界で興行収入1179億円を稼ぎ、クランチロールの有料会員は2100万人を超えました。

 

ここだけ見れば「日本アニメは世界を制した」という見出しに何の違和感もありません。

 

ところが同じ時期、経済産業省とCODA(コンテンツ海外流通促進機構)は、日本発コンテンツのデジタル海賊版被害額が2022年の2.0兆円から2025年には5.7兆円へ膨らんだと発表しています。

 

偽グッズを含めれば10.4兆円。2025年春のSimilarwebベースの調査では、「アニメとマンガ」カテゴリの世界上位50サイトのうち64%が海賊版サイトだったという報告もあります。

 

海外市場の伸びと、海賊版被害の伸び。この2つは同じ現象の表と裏で、地域によってどちらが強く出るかが異なります。

 

 

 

 

【無料コンテンツとしての普及が、ファンベースの土台となった話】

普及の起点をたどると、地域ごとに独自の歴史があったことがわかります。

 

中南米では、日本の権利元が市場性を見誤って正規のライセンス供与に消極的だった時期が長く続き、その空白を埋めたのがファン自身でした。海賊版サイトの議論では、無政府資本主義の論者スティーブン・キンセラの知的財産権否定論が引用されるほど、著作権という概念そのものへの疑いが根を張ったこともあります。

 

一方フランスでは、事情はもっと単純でした。テレビ局TF1が1987年から1997年まで放送した子供向け番組「Club Dorothée」は、制作協力会社が番組権利をまとめ買いした際、予算の都合で購入分の9割以上が日本アニメになったという、ただの調達上の偶然から始まっています。

 

それでも最盛期には4~14歳の子供の平均55%が視聴し、学校休暇中は週40時間を超える放送量に達しました。

 

無料コンテンツとして触れた理由は地域ごとに異なりますが、その後の展開を見ると、無料接触そのものは共通して強力な土台になっています。

 

 

【5.7兆円が意味するのは「モラルの低さ」ではない】

なぜ人はお金を払わないのか、というテーマには、モラルで片づけたくなる誘惑があります。

 

ですが、中南米の実態を見ると、経済的な理由の方がはるかに大きいことが分かります。ブラジルでは、正規の輸入コミックや有料配信を継続契約できるのは所得上位の一部に限られ、残りの大多数は海賊版を介さなければ文化的コンテンツに一切アクセスできないという構図が続いてきました。

 

現地出版社パニーニ・ブラジルが2025年5月に投入した薄型・低価格(1冊19.90レアル)の「カヌー・スパイン」フォーマットは、この構図に対する有効な対応で、値段を下げれば買う人がいる、というシンプルな仮説に基づいた商品です。

 

 

【翻訳が壁を壊した先で、作家が壊された】

無料コンテンツが育てたファンの熱量は暴走し、時にクリエイターにすら理不尽な牙をむきます。

 

象徴的なのが、マンガ「ガチアクタ」の作者・浦那圭氏をめぐる一件です。海外のファンから「正規サービスがないので海賊版で読んでいるが、とても気に入っている」という趣旨の投稿を直接受け取った浦那氏は、「作品を続けるために合法的なルートで読んでほしい」と伝えました。

 

ごく真っ当な要望のはずが、一部海外ファンから激しい反発を受け、SNSの自動翻訳機能が普及した結果、日本語での丁寧な説明すら真意を汲まれないまま拡散し、浦那氏は2026年初頭にSNSアカウントを削除するに至りました。

 

無料で読むことに慣れた読者には、作家が対価を求めることを裏切りだと感じてしまう謎感覚の持ち主も少なくないようです。

 

 

【それでも、優良な有料ユーザーになってもらえることは、フランスが証明してくれた

ここまで悲観的な材料が続きましたが、無料ユーザーが優良顧客に育ってくれた実例もあります。それが前述のフランスです。

 

Club Dorothée世代は今、フランスを日本国外では最大級のマンガ市場に押し上げている当事者そのものです。「ワンピース」の現地累計販売は5150万部、フランスは最大の「ワンピース輸入国」という調査もあります。

 

無料で育った子供が30年かけて最大の顧客層に育っていただけた、というのがフランスの現状です。

 

同じ「無料コンテンツから始まった」市場でも、中南米では今も購買力の分断に苦しみ、フランスでは既にステージが変わっている。この差を分けたのは、モラルでも情熱の差でもなく、経済事情に尽きます。

 

 

【価格と品揃えは、儲かるかどうかで決まる】

インドの事情はこの2つの中間にあります。

 

クランチロールが2025年に委託した調査では、エンタメ消費者の62%が日本アニメを「好き・大好き」と回答しているのに、正規配信の取り扱いタイトル数は長らく約120本、米国の1000本超と比べて薄いままでした。

 

配信ライセンスの取得費用は視聴者の支払い能力とは無関係にほぼ一定額で発生するため、インドの価格帯では回収が見合わず、配給側が売れ筋に絞っていたとみられます。

 

2026年5月のSony LIVとの提携で月額が49~99ルピー(90~180円程度)まで下がったのは、既存の大規模会員基盤に乗せることで1本あたりの負担を薄く配分できるようになったからです。

 

値段が下がったのは善意ではなく、採算が変わったからです。

 

 

【価格の精度を支える「クランチロール・コンパス」】

インドでの価格判断がここまで踏み込める理由の一つが、クランチロールが権利元と共有する視聴データの仕組み「クランチロール・コンパス」です。

 

国別の視聴傾向、視聴者の年齢層や性別構成、字幕と吹替の比率、どの話数で視聴をやめたか、やめた後にどの作品へ移ったかまで権利元に開示しています。

 

チーフ・コンテンツ・オフィサーの末平アサ氏によると、このデータを使えば権利元は関連グッズの展開まで具体的に検討できるようになるといいます。(WIREDの記事より)

 

値段や品揃えを地域ごとに変える判断は、勘ではなくこの情報基盤に基づいています。クランチロールはこのサービスを、動画配信ではなく、ファンコミュニティをつくるプラットフォームだと位置づけています。

 

 

【儲かる市場でも、別の理由でつまずく】

北米はすでに「たくさん払ってもらえる」市場です。書店流通のマンガ売上は2025年に金額4.6%増・部数8.1%増、コミック専門店では33.1%増と伸びています。

 

それでも同じ年、大手取次ダイヤモンド・コミック・ディストリビューターズが経営破綻し、多くの書店が仕入れ先の切り替えに追われました。関税も一時145%まで跳ね上がり、2026年2月の最高裁判断でようやく10%の課徴金に落ち着いています。

 

北米の壁は、需要でも海賊版でもなく、供給網と制度の不安定さです。

 

また、巨大市場である中国では、他の多くの業界同様に、ややこしい舵取りを迫られています。

 

2025年秋、高市早苗首相の台湾有事答弁を受けて日中関係が緊張し、「クレヨンしんちゃん」「はたらく細胞」の中国公開が延期、「セーラームーン」の北京公演が中止になりました。上映中だった「鬼滅の刃」は続映されたものの興行収入は急減。ライセンスや価格をいくら磨いても防げない政治リスクが、ここには別途存在します。

 

 

 

 

【で、日本の作り手はどうすればいいのか】

答えの一部は、すでに動き出しています。

 

集英社の「MANGA Plus」は日本の発売と同時に最新話を世界へ多言語で無料配信し、海賊版の最大の武器だった即時性を公式側が取り込みました。クランチロールも配信単体でなく、劇場、グッズ、ゲーム、イベントまで束ねる形に事業を広げています。

 

無料で広がった歴史を否定せず、その先に決済とローカライズを重ね、最後にIPの周辺商流を自分たちで持つ。

 

フランスが30年かけてたどり着いた場所に、他の地域も別の道筋でたどり着けるかどうか、日本の漫画・アニメ業界の手腕が試されております。

 

 

 

サッカーワールドカップ、いよいよ決勝トーナメント戦突入ですね!

 

今回の大会は、これまで以上に日本代表にも世界の注目が集まる大会になっており、うれしい限りですが、

実は、サッカーや野球を中心とした日本のプロスポーツは、すでに世界の一部の人たちから大きな注目を集めています。
 

しかも、その注目は単なるファン人気だけではありません。

 

日本の法律とは関係のない海外のスポーツベッティング市場で、日本の試合には年間およそ4.9兆円ものお金が賭けられているとされています。

 

Jリーグやプロ野球が、海外では「良質なベッティング対象」として扱われているからです。

 

ところが、その巨大な流れから、日本のリーグ、クラブ、企業が得られている利益は、ほとんどありません。

今回は、この現状を整理しながら、日本企業はこの領域に、どこから、いつ、どのように関わるべきなのか。

 

その現実的な入り口について考えてみたいと思います。

 

これは、賭けの是非を語る記事ではありません。

すでに世界で動いている数兆円規模のお金のなかで、日本側がどこを押さえるべきなのか、という話です。

 


世界の需要と、日本の取り分はまったく釣り合っていない

世界のスポーツベッティング市場は、調査機関によって幅はありますが、15兆円を超える規模とされ、年率8〜11%程度で成長していると見られています。

 

そのなかで、日本のスポーツを対象にした海外ベッティング市場、いわゆるフリーライド市場は、スポーツエコシステム推進協議会の推計で、2024年に約4.9兆円。そのうち、半分を超える約2.9兆円がサッカーに賭けられているとされています。

 

中心は、中国などアジア圏、そして米国の居住者です。

 

一方、日本国内の合法なスポーツくじは、令和6年度に過去最高を記録しても約1,336億円。

世界で日本のスポーツに賭けられている金額と、日本国内で正規に動いている金額には、文字どおり桁違いの差があります。

 

需要は世界にある。

しかし、日本はその大きな輪の外側にいる。

 

さらに、日本の居住者が海外の違法サイトへ流している賭け金も、年間約6.5兆円あるとされています。

本来なら国内に残る可能性のあったお金が、一方的に海外へ流出している。

どこか、幕末の開国後に金が大量流出した時代を思わせる話です。

 

では、なぜ日本の試合が海外で好まれるのか。

大きな理由は二つあります。

 

一つは、時間帯です。

欧米の試合が終わり、市場が手薄になる時間に、ちょうど日本の試合が行われる。

 

もう一つは、日本スポーツへの信頼です。

八百長が少なく、クリーンに運営されているという評価がある。

つまり、日本のスポーツは、海外のベッティング市場から見ると、非常に扱いやすい「高品質な商品」になっているわけです。

 

 


国内の規制は、当面大きく動きにくい

では、日本も海外のようにスポーツベッティングを合法化して、税収やスポーツ振興に回せばいいのではないか。

そう考える人もいると思います。

 

実際、そうした議論はこれまでも何度も出てきました。

 

しかし、直接的な解禁は簡単ではありません。

 

理由は大きく三つあります。

八百長や反社会的勢力の介入リスク。
ギャンブル依存症への対応。


そして、競馬、競輪、競艇、オートレースなど、既存の公営競技を所管する省庁との調整。

どれも軽い論点ではありません。政治が簡単に動けない理由もここにあります。

 

また、ファンタジースポーツの賞金型についても、過去にグレーゾーン解消制度で照会されたことがありますが、賭博罪に抵触する懸念を完全には払拭できず、事業化は止まったままです。

 

つまり、国内でユーザーに直接お金を賭けさせるビジネスは、当面、前提にしないほうがいい。

エンタメ企業やスポーツ関連企業が現実に狙えるのは、次の二つです。

 

国内の合法領域。
そして、海外の合法市場。

この二つに絞って考えるべきです。

 


依存症という重い逆風

規制が動きにくい背景には、ギャンブル依存症の問題もあります。

海外では、スポーツベッティングの拡大に伴い、若年男性を中心に依存症リスクが高まっているとの指摘があります。

 

特にオンラインベッティングは、スマホひとつで参加できるため、従来のギャンブルよりも日常生活に入り込みやすい。

 

この問題は、参入を考える企業にとって二重の意味を持ちます。

一つは、国内の直接解禁をさらに遠ざける要因になること。

もう一つは、どのような形で参入するにしても、依存症対策を軽く見た事業は、社会的に許されなくなるということです。

 

この領域では、攻め方だけでなく、守り方が問われます。

売上を伸ばす力と同じくらい、ユーザー保護、広告規制、年齢確認、入金制限、相談導線などをきちんと備える力が必要になります。

 


それでも、合法領域で稼いでいる日本企業はある

ここまで聞くと、ずいぶん難しい市場に見えるかもしれません。

ただし、悲観的な話ばかりではありません。

現行法の枠内でも、しっかりそれなりに利益を出している企業はあります。

 

代表例が、サイバーエージェントの「WINTICKET」です。

ABEMAでの競輪・オートレースのライブ配信と、ネット投票をうまく接続し、2025年9月期には純利益約55億円、競輪ネット投票で約40%のシェア、四半期取扱高は900億円規模まで伸びています。

 

MIXIも、「TIPSTAR」や「チャリ・ロト」に加え、オーストラリアのPointsBetを買収し、海外市場への進出を進めています。

2026年3月期のスポーツ事業は、売上658億円超まで拡大しました。

 

また、前述のとおり、Jリーグなどを予想対象とするスポーツくじ「WINNER」を含むスポーツくじ全体の売上も、令和6年度に過去最高の約1,336億円にはなっています。

 

彼らに共通しているのは、賭博そのものを無理に解禁させようとしていない点です。

 

すでに合法な領域を、デジタル化とファン体験で深掘りしている。ここに大きな示唆があります。

 


では、どこを見ておくべきか

この領域に関心のある企業が、まず定点観測すべきものは四つあります。

 

一つ目は、スポーツエコシステム推進協議会やスポーツ庁の政策動向です。

海外事業者によるただ乗り対策や、スポーツデータの権利保護に関する議論が進めば、日本側が収益を取り戻す道が見えてきます。

 

二つ目は、米国各州、オーストラリア、カナダなど、海外の合法ベッティング市場の規制変化です。

 

三つ目は、依存症をめぐる規制強化です。これは海外展開のコストに直結します。

 

四つ目は、WINTICKETやMIXIといった先行プレイヤーの次の一手です。

彼らがどこに動くかを見ることで、まだ空いている領域も見えてきます。

 


参入の入り口は三つある

現実的な参入ルートは、大きく三つです。

1つ目:国内の合法エンゲージメント

まずは、国内の合法領域です。

賭博罪に触れない範囲で、予想、ファン参加、クラブ還元、応援体験を組み合わせる。

WINNERのように、クラブの強化費へお金が戻る仕組みや、公営競技のDXはこの領域に入ります。

すでに実績があり、今すぐ動ける領域です。

 

ただし、賞金型の自由度が低いため、マネタイズには上限があります。

また、サイバーエージェントやMIXIといった強い先行企業がいます。

 

新規参入するなら、推し活との接続、特定競技への特化、地域クラブとの連携など、かなり明確な差別化が必要です。

 

勝算は中程度。ただし、最も現実的な入口です。

2つ目:海外の合法市場への進出

二つ目は、海外の合法市場です。

すでにスポーツベッティングが合法化されている国や地域で、M&Aや出資を通じて参入する形です。

MIXIによるPointsBet買収は、まさにこの方向です。リターンは大きい。

 

一方で、マネーロンダリング対策、依存症対策、本人確認、広告規制など、国際水準の運営体制が必要になります。

買収後には、のれん償却などが利益を圧迫する可能性もあります。

MIXIもスポーツ事業は伸びている一方で、全社の営業利益は前期比で減少しています。

 

これは、資本力とPMIの力がある会社向けのルートです。

 

高リターンですが、高リスクです。

3つ目:権利の防衛と還元

三つ目は、権利の防衛と還元です。

日本の試合情報やデータが、海外のベッティング事業者に無断で利用されている現状を、可能な限り防ぐ。

会場で試合情報をリアルタイムに外部送信する行為を抑止する。

リーグやクラブが生み出しているデータ価値を、きちんと日本側に戻す。

 

これは派手な攻めではありません。むしろ守りの事業です。

 

しかし、ここを固めない限り、国内合法エンゲージメントも、海外展開も、十分な収益化にはつながりません。

リーグ、クラブ、会場運営、警備、データ管理、配信管理を組み合わせた支援には、地味ながら確かな需要があります。

 

今すぐ着手でき、勝算は比較的手堅い。

 

ただし、権利の所在がリーグ、クラブ、競技団体に分かれているため、調整には時間がかかります。

また、DAZNのような海外資本が、高額な契約金で国内メジャースポーツの放映権を獲得している現実もあります。

 

日本側が巻き返すのは、簡単ではありません。

 


いつ動くべきか

時間軸で見ると、国内合法エンゲージメントと、権利防衛・還元は、今すぐ動く価値があります。

需要はすでにあります。法的な土台もあります。待つ理由はあまりありません。

 

一方、海外の合法市場への進出は、資本力のある会社なら今からでも取りに行けます。

ただし、急ぐよりも、依存症対策、コンプライアンス、PMI、現地規制対応の体制を固めてからのほうが安全です。

 

そして、国内での直接的なスポーツベッティング解禁は、当面の事業計画には入れないほうがよいと思います。

動くとしても、低コストで将来の布石を打つ程度。それくらいの距離感が現実的です。

 


依存症対策を軽く見た会社は、この市場から退場する

最後に、どの参入ルートにも共通する話です。

依存症対策は、単なるコストではありません。この市場に入るための入場券です。

 

特に海外展開では、国際水準の依存症対策がそのまま参入障壁になります。

国内でも、若年層保護の観点から、射幸性の高い表現や広告への目はますます厳しくなっています。

 

ここを軽く見て、一度でも信用を失えば、稼いだ金額をはるかに超える代償を払うことになります。

この領域で長く戦える会社は、攻めの数字だけでなく、守りの体制を最初から用意している会社です。

 

日本のスポーツは、すでに世界で価値を生んでいます。

ただ、その価値の多くは、まだ日本側に戻ってきていません。

 

ワールドカップで日本代表が注目される今だからこそ、スポーツの「人気」だけでなく、その裏側で動く巨大な経済圏にも目を向けるべきだと思います。

はじめに

 

音楽ビジネスが、ここ数年でものすごいスピードで変わっています。

 

インターネットが変えたのは主に「流通・配信」や「マーケティング」のレイヤーでした。それに対して今進行している生成AIの波は、「コンテンツの価値そのもの」が再定義を迫られる話です。桁が違います。

 

今日はその2026年現在の音楽ビジネスのリアルを、できるだけわかりやすく整理してみます。長くなりますが、最後までお付き合いください。

 


TikTokで1000万回再生されても、Spotifyに人が来ない

 

まず、現場で起きている話から。

 

TikTokYouTube Shortsで楽曲がバズる。数百万、数千万回の再生。でもSpotifyでの継続リスニングに繋がらない。ライブのチケットも売れない。

 

MIDiA Researchが2025年に発表したレポートが、この現象を「All eyes, no ears(目は集まるが、耳は動かない)」と表現しています。うまい言い方だと思います。

 

音楽が、ダンス動画やVlogの背景として「消費される素材」になってしまった。30秒のBGMとして流れても、それがアーティストへの長期的な関心に転換するとは限らない。

 

この脆弱性を業界全体に知らしめたのが、2024年のUMG(ユニバーサル・ミュージック・グループ)とTikTokのライセンス交渉決裂です。UMG所属アーティストの全楽曲がTikTokから3ヶ月間消えました。プロモーションの軸を一民間企業のアルゴリズムに過度に預けることの危うさを、業界が改めて体感した出来事でした。

 


1再生0.3〜0.5円。10万回で数万円しか入らない

 

もう少し踏み込んだ話をします。

 

SpotifyやApple Musicで中小・インディペンデント系アーティストが受け取るロイヤリティは、1再生あたり0.3〜0.5円程度です。楽曲が10万回再生されても、手元に残るのは3〜5万円。制作費、PR費、ライブの運営費、生活費を全部自己負担するインディペンデントアーティストにとって、とても持続できる収益モデルではありません。

 

現在の主流は「プロ・ラタ方式」。プラットフォーム全体の総再生数で収益を按分するため、資金はメガヒット楽曲に集中します。ニッチなジャンルや中堅アーティストへの皺寄せが、この仕組みから必然的に生まれています。

 

代替案として「ユーザー・セントリック・ペイメント(UCP)」という方式の議論が進んでいます。ユーザーが支払ったサブスク料金を、そのユーザーが実際に聴いたアーティストにだけ分配する仕組みです。「どれだけ愛されているか」を収益に直接反映できる。正直、こちらの方が筋が通っていると思います。

 


ストリーミング詐欺という、見えにくい問題

 

さらに厄介な話があります。

 

IFPIが2026年5月、「Keep Music Sound. End Streaming Fraud」というグローバルキャンペーンを立ち上げました。ストリーミング詐欺への宣戦布告です。

 

ストリーミング詐欺とは、ボットで再生回数を水増しして、本来アーティストに届くべきロイヤリティを掠め取る行為です。IFPIのCEO、Victoria Oakley氏が「サイレントな脅威」と呼ぶくらい、被害が見えにくい。

 

これを悪化させているのが生成AIです。AIが数秒で生成した単調なビートが大量にアップロードされ、ボットで24時間回し続けることで、詐欺の規模がスケールしています。合法的なAI活用と詐欺的なAI活用が同じ土俵で動いているのが今の現状です。

 


1999年と2024年、何が違ったのか

 

ここから、もう少し大きい話に移ります。

 

 

1999年、Napsterが現れました。音楽業界は訴訟で応戦し、2001年にNapsterを法廷で葬ります。

 

その後どうなったか。業界収益は2000年代に半減し、最終的にApple iTunesとSpotifyが提示した条件でライセンスを結ぶしかなくなりました。技術は叩き潰せても、消費者の行動変容まで裁判所は止められなかった。敵を倒して、市場を失いました。

 

2024年6月24日、RIAA(全米レコード協会)がAI音楽生成サービスのSunoUdioを別々に提訴しました。原告はUMG、ソニー・ミュージック、ワーナー・ミュージック・グループ。3大メジャー全社が揃って名を連ねるのは異例です。

 

ただ今回、初手の設計が1999年とまったく違いました。

 

 


訴訟が商談に化けた日

 

2025年10月、UMGがUdioと和解しました。補償金の支払いに加え、2026年に共同でライセンス付きAI音楽プラットフォームを立ち上げるという内容です。AI生成1回あたり0.002〜0.005ドルのロイヤリティ、学習データへの監査権まで含んでいます。

 

2025年11月25日には、WarnerがSunoと和解しました。補償金+ライセンス協定に加え、WarnerはSongkick(コンサート情報サービス)をSunoに売却するという条件まで入っています。

 

訴えた相手と、1年半後に一緒にビジネスを始めています。

 

Napsterのときとの決定的な違いはここです。当時は「技術を消す」ことが目的でした。今回は、訴訟が最初から「ライセンス交渉のテーブルに相手を引き込む圧力」として設計されていた。業界が26年かけて学んだことの結果だと思います。

 

 


Sonyだけが残った、二つの読み方

 

UMGとWarnerが和解した今、SunoとUdio両社に対して係争を継続しているのはSonyだけです。

 

一つ目の読み方。公正利用(fair use)の悪例を作らせないための判断です。SunoはGoogle Books判例を引用して「AI学習は変容的利用であり著作権侵害ではない」と主張しています。UMGとWarnerが和解で訴えを取り下げた結果、この主張を法廷で否定できる機会が減りました。Sonyが業界全体のために、その判断を引き出す役割を担っているという見方です。

 

二つ目の読み方。UMGとWarnerが先に和解して条件を確定させた後、Sonyが遅れて和解することで、先行2社の条件を参照しながら上積みを要求できる。係争継続が最良の条件を引き出す戦術だという見方です。

 

どちらが正しいかは外側からわかりません。ただ「負けているから動けない」という解釈は、どちらの読みでも成立しません。

 

2026年夏、Suno対Sonyの公正利用に関する判断が出る見込みです。これが生成AI全産業の合法性ラインを決める可能性があります。

 

 


200人の署名の本当の意味

 

訴訟と並行して、アーティスト側でも動きがありました。

 

2024年4月2日、Artist Rights Alliance(ARA)が公開書状を発表し、Billie Eilish、Nicki Minaj、Katy Perry、Stevie Wonder、Stingら200人以上が署名しました。内容は「AIの無断学習停止と正当報酬を保証せよ」というものです。

 

ただ注目すべきは、書状の中にある一文です。「適切に使われれば、AIは人間の創造性を前進させる可能性を持つ」という一節があります。

 

「AI反対」ではなく「無断使用反対・正当報酬要求」。全否定ではなく、条件設定です。技術の流れは止められない。問題は、誰がどこから収益を得るか。アーティスト側の、現実的な判断が現れています。

 


逆張りで声を売ったGrimesと、2021年から始めていたHolly Herndon

 

署名した200人と真逆の動きをしたアーティストもいます。

 

Grimesは2023年、「Elf.Tech」というプラットフォームで自分の声のAIクローンを公開し「私の声でAI楽曲を作ったらロイヤリティの50%を渡す」と宣言しました。

 

実はこのモデル、Grimesが最初ではなく、Holly Herndonが2021年に「Holly+」として先行しています。自分の声を自らライセンス化し、収益分配を自分で設計する。

 

ただしこれは、Grimesだからこそ成立するモデルです。知名度が確立していないアーティストが同じことをしても、収益にはなりにくい。ブランド力に完全に依存しています。

 

 


DRakeがTupacの声を使って、弁護士書状が飛んできた話

 

2024年4月19日、DrakeKendrick Lamarのビーフの最中に、Drakeが「Taylor Made Freestyle」を公開しました。AI生成のTupac ShakurSnoop Doggの音声をフィーチャーしています。

 

Tupacの遺族代理弁護士は即座に書状を送ります。「パーソナリティ権と著作権の明白な侵害」。Drakeは4月26日、楽曲を削除しました。

 

これはRIAA訴訟が問う著作権の問題とは別の次元です。「声そのもの」をどう保護するかという、新しいIPの問いです。

 


テネシー州が全米で先に動いた

 

2024年7月1日、米テネシー州でELVIS Act(Ensuring Likeness Voice and Image Security Act)が施行されました。AIによる声と容姿の無断クローニングを禁じる、全米初の州法です。名前の由来はもちろんエルヴィス・プレスリーです。

 

連邦レベルではNo Fakes Actが審議中で、超党派の支持を得ています。ただ2026年5月時点では可決に至っていません。

 

EU AI Act(2024年8月発効)はAI企業に学習データの開示義務を課す条項を含んでいます。欧州でビジネスをするAI企業は「何を学習させたか」を説明する責任が生じています。

 


ビートルズが示した、もう一つのAIとの向き合い方

 

2023年11月、The Beatles「Now and Then」をリリースしました。1970年代にJohn Lennonが自宅で録音したデモテープから、機械学習で声を分離・復元し、Paul McCartneyRingo Starrが完成させたものです。ドキュメンタリー「Get Back」で使われた音源分離技術の応用です。

 

2025年2月のグラミー賞でBest Rock Performanceを受賞。AI関与楽曲として初のグラミー受賞です。

 

Drakeが「他者の声を無断使用」して削除を求められた同じ時期に、ビートルズは「本人たちの意図のもとでAIを補助技術として使い」グラミーを受賞しました。

 

新しい何かを生成することと、すでにそこにあった人間の表現を復元・補助することは、別の話です。ここに、これからのAIと音楽の関係の分かれ目があると思っています。

 


音楽市場より大きくなったVOD市場

 

余談のようで余談でない話を一つ。

 

 

GEM Partnersの調査によれば、2025年の日本の動画配信(VOD)市場は6,740億円です。日本の録音音楽市場全体(3,988億円)を大きく上回っています。

 

消費者の「耳の時間」と「サブスク予算」を、音楽と映像が直接奪い合っている状況です。ゲーム産業も含めると、音楽プラットフォームが戦っている相手は、音楽業界の中だけにはいません。

 


経産省が「20兆円」を掲げた。その意味

 

経済産業省は2025年6月、「エンターテインメント・クリエイティブ産業戦略(5カ年アクションプラン)」において、日本のコンテンツ産業の海外売上高を20兆円に引き上げる目標を掲げました。

 

国内の録音音楽市場が3,988億円ですから、国内だけで議論していても到底届きません。

 

ネットワーク科学の研究(arXiv:2503.09526)では、音楽産業のコラボレーションに「スモールワールド特性」があることが確認されています。密接なコミュニティが影響力のあるハブを通じて、グローバルな波及を起こすメカニズムです。

 

Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」がアニメとTikTokのUGCを通じて欧州・中央アジアに広がった例が、現時点では最もわかりやすいケーススタディです。海外向け広告を打つだけでは届かない。影響力のある海外プレイヤーとの戦略的な提携を、意図的に仕掛けていく必要があります。

 

 


最後に、まとめます

 

2026年の音楽ビジネスを一言でいえば、「表の数字は過去最高なのに、土台の部分では大きな問いが山積みになっている」状況です。

 

バズが収益に繋がらない。1再生0.3円の低収益。ストリーミング詐欺。AI著作権訴訟の決着。インフラの老朽化。VODとの可処分時間争い。。

 

一方で、訴訟を商談に転換したメジャーレーベルの戦略的進化。ELVIS ActやEU AI Actによる権利保護の前進。ビートルズの「Now and Then」が示した人間主導AIの可能性。

 

いい話と悪い話が、同時期に同産業の中で進行しています。

 

この夏に出るSony対Sunoの判断が、音楽産業だけでなく、生成AIを使うすべての産業のルールを決める可能性があります。音楽ビジネスに関わる方も、そうでない方も、大いに注目する価値のある判断です。

 

長文をお読みいただき、ありがとうございました。

好業績なのに、人が切られた

 

2026年5月、Cloudflareが四半期売上で過去最高となる6億3,980万ドル(前年同期比34%増)を達成した、まさにその日に、全社員の約20%にあたる1,100人の解雇を発表しました。

 

CEOの説明は短いものでした。

 

「AIの活用が過去3か月で600%以上増加し、それによって仕事が不要になった」

業績が悪化したから人を切る、ではありません。絶好調だから人が要らなくなった。その順番が、逆転してしまったのです。


 

 

働く意欲が、世界規模で落ちている

 

こうしたニュースを受けて、現場で働く人たちの心理が揺らいでいるのは自然なことだと思います。

 

作業の多くをAIに委ねることで、短期的には仕事は速くなります。ただ、その裏側で内発的なモチベーションがじわじわと落ちていく。

 

 

自分の仕事に対する手応えを見失うこの状態は、新しい労働問題として企業を悩ませ始めています。

 

マクロな数字にも出ています。Gallupのレポートによると、世界の従業員エンゲージメントは2025年に20%まで落ち込みました。世界の働く人の64%が意欲を失った状態にあり、16%は組織に負の影響を与えているとされています。

 

このエンゲージメント低下による経済損失は年間10兆米ドル、世界GDPの約9%に相当します。

 

効率化だけを追って「何をAIに任せるか」ばかり議論していると、働く側の心は離れていきます。数字上の生産性が上がっても、組織全体の熱量が失われれば、中長期的な競争力は落ちていきます。


 

日本企業が抱える「PoC止まり」の現状

 

では日本企業の現状はどうでしょうか。

 

2026年5月、ストックマークが主導し、日本を代表する企業16社が参画した「AI-Ready化プロジェクト」が本格始動しました。社内の暗黙知やデータをAIで活用できる状態にしていく取り組みです。

 

多くの日本企業は、生成AIを導入しても「とりあえず使ってみた」というPoC(概念実証)の段階で止まってきました。本当の価値を生み出すには、企業が長年蓄積してきた独自のノウハウや顧客データ、つまり暗黙知をAIに学習させ、自社専用のブレインとして機能させる必要があります。

 

実に前向きな動きですが、AI活用が進むにつれ、冒頭で触れた問題が日本でも、より深刻さを増していくことになりそうです。


 

日本では「簡単に切れない」。では余剰人員はどうなるか

 

ここで日本企業特有の問題が浮かび上がります。余剰人員をどう扱うか、です。

 

米国企業のように「AIで仕事がなくなったから切る」という判断は、日本ではなかなか実行できません。

 

整理解雇には、①人員削減の必要性、②解雇回避努力の実施、③対象者選定の合理性、④協議・説明の手続き、という四つの要件を満たす必要があり、法的リスクが伴います。

 

現場で起きつつあるのは、相も変わらず、配置転換という名の閑職行き、割増退職金を使った早期退職募集、グループ会社への出向・転籍、あるいは何もせず抱え続けるという対応です。いずれも根本的な解決にはなりません。


 

浮いた時間を「新しい仕事」へ。それだけが現実解

 

経営者は、AIで浮いた人員・時間を「新しい仕事の創出」に向ける再配置に注力すべきでしょう。

 

これまで後回しにしてきた顧客開拓、社内ナレッジの整備、新規事業のリサーチへ意図的に振り向ける。コストではなく投資として位置づける発想の転換です。

 

その点、AIで削減した年間11万時間を、駅前での声掛け営業に充てさせるオープンハウスは、経営的にはさすがといえます。

 

中長期的には、採用と人員構成を変えることが本質的な対応です。正規雇用で人数を積み上げるモデルから、コア人材を少数精鋭で固め、変動部分を外部リソースや業務委託で対応する構成への移行。新規採用の判断基準を変えるだけでも、5年後の組織構成はかなり変わります。

 

労働力人口の減少が加速する日本社会とのマッチングは、悪くもなさそうです。

 

そして、見落とされがちですが重要な点があります。

 

「次は自分かもしれない」という空気が組織に漂うと、優秀な人から順に自分で去っていきがちです。余剰人員の処遇と同時に、残った人への経営からのメッセージをどう届けるかが、実は最も難しくて重要な経営判断です。


 

人間にしかできない領域に、集中する

 

高収益化と人員削減が同時に進む時代に、組織も従業員も、どうすれば生き残れるのか。

 

AIがどうしても苦手とする「人間ならではの領域」に集中することが、いちばん手堅い方向でしょう。

 

具体的には、三つの領域が挙げられます。

 

一つ目は「複雑な利害関係の調整」です。立場の違う複数の部署をまとめたり、感情的に対立している相手を動かしたりするのは人間の仕事です。正解のない状況で、人の感情や思惑を読みながらプロジェクトを前に進める力は、これからもAIには代えられません。

 

二つ目は「共感に基づく課題発見」です。データに表れる前の「かすかな違和感」や、顧客の「言葉にならない悩み」を見つけるのは人間にしかできません。現場に足を運び、対話を通じて「本当は何に困っているのか」を察知する共感力が、新規事業の種になります。

 

三つ目は「自社らしさへの翻訳と編集」です。AIが生成する文章は整っています。ただ、血が通っていない。AIの出力に対して、自社のブランドや顧客との文脈を照らし合わせ、人間らしい語り口へ翻訳し直す編集スキルが、これからのコンテンツ制作で大きな差を生みます。

 

AIに任せるべきことは任せて、浮いた時間を人間同士の対話や価値の創造に使う。

地味ですが、やはり、それしかありません。

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。またお会いしましょう!