好業績なのに、人が切られた

 

2026年5月、Cloudflareが四半期売上で過去最高となる6億3,980万ドル(前年同期比34%増)を達成した、まさにその日に、全社員の約20%にあたる1,100人の解雇を発表しました。

 

CEOの説明は短いものでした。

 

「AIの活用が過去3か月で600%以上増加し、それによって仕事が不要になった」

業績が悪化したから人を切る、ではありません。絶好調だから人が要らなくなった。その順番が、逆転してしまったのです。


 

 

働く意欲が、世界規模で落ちている

 

こうしたニュースを受けて、現場で働く人たちの心理が揺らいでいるのは自然なことだと思います。

 

作業の多くをAIに委ねることで、短期的には仕事は速くなります。ただ、その裏側で内発的なモチベーションがじわじわと落ちていく。

 

 

自分の仕事に対する手応えを見失うこの状態は、新しい労働問題として企業を悩ませ始めています。

 

マクロな数字にも出ています。Gallupのレポートによると、世界の従業員エンゲージメントは2025年に20%まで落ち込みました。世界の働く人の64%が意欲を失った状態にあり、16%は組織に負の影響を与えているとされています。

 

このエンゲージメント低下による経済損失は年間10兆米ドル、世界GDPの約9%に相当します。

 

効率化だけを追って「何をAIに任せるか」ばかり議論していると、働く側の心は離れていきます。数字上の生産性が上がっても、組織全体の熱量が失われれば、中長期的な競争力は落ちていきます。


 

日本企業が抱える「PoC止まり」の現状

 

では日本企業の現状はどうでしょうか。

 

2026年5月、ストックマークが主導し、日本を代表する企業16社が参画した「AI-Ready化プロジェクト」が本格始動しました。社内の暗黙知やデータをAIで活用できる状態にしていく取り組みです。

 

多くの日本企業は、生成AIを導入しても「とりあえず使ってみた」というPoC(概念実証)の段階で止まってきました。本当の価値を生み出すには、企業が長年蓄積してきた独自のノウハウや顧客データ、つまり暗黙知をAIに学習させ、自社専用のブレインとして機能させる必要があります。

 

実に前向きな動きですが、AI活用が進むにつれ、冒頭で触れた問題が日本でも、より深刻さを増していくことになりそうです。


 

日本では「簡単に切れない」。では余剰人員はどうなるか

 

ここで日本企業特有の問題が浮かび上がります。余剰人員をどう扱うか、です。

 

米国企業のように「AIで仕事がなくなったから切る」という判断は、日本ではなかなか実行できません。

 

整理解雇には、①人員削減の必要性、②解雇回避努力の実施、③対象者選定の合理性、④協議・説明の手続き、という四つの要件を満たす必要があり、法的リスクが伴います。

 

現場で起きつつあるのは、相も変わらず、配置転換という名の閑職行き、割増退職金を使った早期退職募集、グループ会社への出向・転籍、あるいは何もせず抱え続けるという対応です。いずれも根本的な解決にはなりません。


 

浮いた時間を「新しい仕事」へ。それだけが現実解

 

経営者は、AIで浮いた人員・時間を「新しい仕事の創出」に向ける再配置に注力すべきでしょう。

 

これまで後回しにしてきた顧客開拓、社内ナレッジの整備、新規事業のリサーチへ意図的に振り向ける。コストではなく投資として位置づける発想の転換です。

 

その点、AIで削減した年間11万時間を、駅前での声掛け営業に充てさせるオープンハウスは、経営的にはさすがといえます。

 

中長期的には、採用と人員構成を変えることが本質的な対応です。正規雇用で人数を積み上げるモデルから、コア人材を少数精鋭で固め、変動部分を外部リソースや業務委託で対応する構成への移行。新規採用の判断基準を変えるだけでも、5年後の組織構成はかなり変わります。

 

労働力人口の減少が加速する日本社会とのマッチングは、悪くもなさそうです。

 

そして、見落とされがちですが重要な点があります。

 

「次は自分かもしれない」という空気が組織に漂うと、優秀な人から順に自分で去っていきがちです。余剰人員の処遇と同時に、残った人への経営からのメッセージをどう届けるかが、実は最も難しくて重要な経営判断です。


 

人間にしかできない領域に、集中する

 

高収益化と人員削減が同時に進む時代に、組織も従業員も、どうすれば生き残れるのか。

 

AIがどうしても苦手とする「人間ならではの領域」に集中することが、いちばん手堅い方向でしょう。

 

具体的には、三つの領域が挙げられます。

 

一つ目は「複雑な利害関係の調整」です。立場の違う複数の部署をまとめたり、感情的に対立している相手を動かしたりするのは人間の仕事です。正解のない状況で、人の感情や思惑を読みながらプロジェクトを前に進める力は、これからもAIには代えられません。

 

二つ目は「共感に基づく課題発見」です。データに表れる前の「かすかな違和感」や、顧客の「言葉にならない悩み」を見つけるのは人間にしかできません。現場に足を運び、対話を通じて「本当は何に困っているのか」を察知する共感力が、新規事業の種になります。

 

三つ目は「自社らしさへの翻訳と編集」です。AIが生成する文章は整っています。ただ、血が通っていない。AIの出力に対して、自社のブランドや顧客との文脈を照らし合わせ、人間らしい語り口へ翻訳し直す編集スキルが、これからのコンテンツ制作で大きな差を生みます。

 

AIに任せるべきことは任せて、浮いた時間を人間同士の対話や価値の創造に使う。

地味ですが、やはり、それしかありません。

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。またお会いしましょう!