過日、ゼンショーホールディングス創業者の小川賢太郎さんが逝去されました。一代で日本最大の巨大な外食企業を築き上げられたその事実と功績に対し、まずは心より哀悼の意を表します。
昨今、界隈のタイムラインでは「スタートアップはもうオワコン」「いや、オワコンはVCのほうだ」といった議論が頻繁に交わされています。
しかし、顧客の心理を直接つかみ、日々のシビアな人間管理や数字管理を徹底しなければ即座に淘汰される、まさに生馬の目を抜くようなサバイバルが繰り広げられている飲食業界において、功なり名を遂げた創業社長たちの生き様と比べると、現在のそうした議論は何とも青っぽい気がしてなりません。
人間の基本的な欲求である食に直結する現場で、確固たる事業を築き上げた外食創業者たち。彼らの過去の行動履歴を紐解くと、スマートなプレゼン資料や洗練された資金調達といったものとは無縁の、現場での決断と具体的な行動の蓄積だけが見えてきます。
今回は、彼らが現場で具体的に何をやったのか。外食創業者3名のエピソードを事実ベースでお伝えします。
1. 小川賢太郎さん(ゼンショー・すき家):港湾労働から導き出した「カロリーの供給」
小川賢太郎さんの起業の文脈は、現在のIT系スタートアップとは大きく異なります。
東京大学に入学するも、学生運動に参加して中退されます。その後、労働運動の実践として小川さんが選んだのは、港湾荷役の過酷な肉体労働でした。
そこで彼が直視したのは、机上の議論ではなく、目の前で重い荷物を運び、疲労する労働者たちの姿です。「イデオロギーよりも、安くてカロリーの高い食事を供給すること」こそが彼らの生活を支えると判断し、外食産業への参入を決意します。
小川さんはすぐさま吉野家に入社しました。24時間体制の店舗シフトに入って自ら牛丼を提供し続け、チェーンオペレーションの仕組みを最前線で学習します。やがて吉野家が経営危機に陥り、倒産に至るプロセスを社内で経験しますが、そこでもチェーン店が破綻する構造を冷静に観測し続けました。
その後独立し、1982年に横浜の生麦という、まさに工場や港湾で働く人々が多く集まる街で「すき家」の1号店を開業します。
ゼンショー創業時に小川さんが掲げた「世界から飢餓と貧困を撲滅する」という理念は、事業の本質的な目的として設定されています。ファミリーレストランの「ココス」、うどんの「なか卯」、回転寿司の「はま寿司」などを次々と買収し、多業態を展開していきました。「目的が定まれば、経路は論理的に決定される」という言葉の通り、巨大な自社工場と物流網を構築していく姿は、資本主義の仕組みを利用して食のインフラを創り上げようとする事実行動そのものです。
2. 正垣泰彦さん(サイゼリヤ):全焼からの再起と、包丁をなくす決断
サイゼリヤを創業した正垣泰彦さんの起点は、すべての資産を失う状態からの再スタートでした。
東京理科大学に在学中、千葉県市川市で洋食店を開業します。しかしある日、店内で酔った客同士のトラブルが発生し、ストーブが倒れて店舗が全焼してしまいます。店舗の設備をすべて失った後、どうにか店を再建して営業を再開しますが、客はまったく来ませんでした。
ここで正垣さんは、自分自身の調理技術や店舗の立地を言い訳にせず、冷徹に状況を観測します。「客が来ないのは、単に提供価格が高いからだ」と結論づけました。
そして、メニューをイタリア料理一本に絞り込み、全メニューの価格を当時の相場の7割引きにするという極端な価格改定を実行します。スパゲッティが150円から200円程度になる計算です。
その結果、店舗には連日大行列ができるようになりました。しかし、この低単価で客数をさばき、利益を出し続けることは通常では不可能です。
これを成立させるため、正垣さんは店舗から包丁をなくす決断を下します。自社農場を開拓して食材を確保し、自社の工場で野菜のカットなどの下処理を完全に済ませてしまいます。
店舗のキッチンでは最終的な加熱と盛り付けだけを行うシステムを構築しました。全焼した店舗の跡地から、徹底的に数値化されたチェーンオペレーションが誕生したのです。
3. 宗次徳二さん(CoCo壱番屋):毎日1000枚のハガキを読むルーティン
CoCo壱番屋の創業者である宗次徳二さんは、幼少期に極端に貧しい生活を送り、雑草を食べて飢えをしのぐような生活を経験されています。
不動産仲介業を経て妻と開いた喫茶店で、奥さんが提供していたカレーが客に支持されたことが、カレー専門店へ舵を切る原点となりました。
宗次さんの経営スタイルには、複雑な戦略や特別なマーケティング手法は見当たりません。あるのは徹底した反復行動です。
カレーチェーンとして全国展開を果たし、店舗数が拡大してからも、宗次さんの日常のルーティンは変わりませんでした。
毎朝3時55分に起床し、誰よりも早く出社します。そして、全国の店舗から毎日段ボールで届く1000枚以上のお客様アンケート葉書を、数時間かけて1枚残らず自ら読み込みました。
単に読むだけではありません。アンケートに「カレーがぬるかった」と書かれていれば、即座に該当の店舗へ電話を入れて店長を指導します。「店の周辺にゴミが落ちていた」という指摘があれば、直ちに清掃を徹底させました。宗次さん自身も、毎日店舗の周辺をホウキで清掃し続けています。
経営側の都合や中間管理職の報告を挟まず、顧客からの直接の声を絶対的な基準として、現場の改善をその日のうちに実行する。その日々の行動量の蓄積だけで、日本最大規模のカレーチェーンを築き上げました。
まとめにかえて
私自身、フジテレビ時代に海外で大型イベントをプロデュースしていた際、企画書上の進行プランが現場のトラブルで全く機能しなくなる事態を何度も経験しました。その際に結果を分けるのは、現場の状況を即座に観測し、進行プランを更新して実行し続けることだけです。
外食産業のトップたちは、現場の事実のみを見て、圧倒的な行動量で事業を形にしています。
昨今のスタートアップ界隈における議論も重要かもしれませんが、スマートな計画を作る時間があるなら、まずは現場に出て顧客の動向を直接確認する。そして、今日やるべき業務の改善を即座に実行する。彼らの残した具体的な行動の記録は、現在のあらゆるビジネスにおいて、最も確実な事業成長の原則を示しています。





