最近昔の嫌だった記憶が蘇る


カウンセリングを受けたから?年齢的に?なのかはわからないけど



母にされて嫌だったこと

嫌なことをはっきりやめてと言えなかったこと




母には境界線というものがなかったんだろうな

自分の不安を晴らすためなら私のプライバシーに土足で踏み込んでもいいと思っていたんだろうなぁ

それくらい母も不安が強く病んでいたんだな



母にネチネチと責められる

(決して怒鳴ったりはしない)

かばんの中を勝手に漁られる

服装を否定される

なにそれー?!とバカにしたような声、表情

(どこからそんな高い声が出る?ってくらいなぜか甲高い)


なんで?いいじゃん?

勝手にみないでよ


そんな風に私が言うと


だって〜(ブツブツ)

私が悪いんでしょみたいな言い方



わたしはあの瞬間が本当に嫌だった


嫌いな人に嫌なことをされ

反発しても全く相手にされず

責められる

見下される


悔しかった

悲しかった

心底気持ち悪いと思った

嫌悪感



そういえばこういう場面って必ず2人きりだった気がする🫢

やっぱり私が気に食わないし許せなかったんだろうな




うんでもすごく納得

もう悲しいとかない照れ

母の生い立ちを考えたら愛情深い母なんてできるわけないもんな


頑張っていい母をやってたんだろうな



でもあの頃は親を嫌うことができなかった


自分が濁ってしまうようで(だめな自分になるようで)

怖かった


正しい私でいたかったのかな



わたしはあの家が嫌いだったんだな

苦しかったんだなって最近ようやく気がついた


だからもう無理に会いにいくのはやめようと思う



お盆も母に会いにいこうかと誘われたけど断った



今は父の顔も母の顔もあんまり見たくない



ようやく本音に気づけてホッとしてる


わたしはダメな子なんだ


よく呟いていた言葉



周りからの評価を得れない状況、状態になるとよくこの言葉を呟いていた



これは自分を責めている言葉だけど実際はそれだけじゃない



だめな子なんだと自分を責めることで恐怖を感じることから逃げてるんだよね



みんながわたしから離れていく恐怖

ひとりぼっちになる恐怖


だから自分を責めることで何とか収めようとする防衛反応だったんだなってわかる


人間の心ってよくできているなぁって思う





わたしが育った家庭は貧乏ではなかったし、周りからみたらごく一般的な家庭だったと思う。




食事はいつも手作りでお弁当を作ってくれたりした

部活で必要なものや学費などは払ってもらったし





でも肝心の心は育ててもらえなかったんだなって大人になって気づく


失敗してもいいよ

完璧じゃなくていいよ

人の顔色を伺わなくていいよ

自分の気持ちを大切にしてね

弱音を吐いてもいいよ

できないあなたでも大丈夫よ

そんな風なことをわたしは教わらなかった




それは母自身が未熟だったということなんだけれど本人は一生懸命に育てたんだよね


一生懸命に育てた

うん間違えじゃない


ただ結果的に心は育てられなかったって話だよね

母自身も育ててもらってないもんね

やり方知らないもんね





だから心理学を学んだりカウンセリングを受けて自分で心を育てていくしかない



そんな体験をたくさん自分にさせてあげたいと思うんだよね


辛い時に寄り添ってもらったり

励ましてもらったり

信じてもらったり



人として当たり前の体験をしてそれを子どもにも継承していけたらいいなと思う



人と違う人生だけど

心を育ててもらえなかったけど

あとは自分でなんとかしていくしかないんだよね!


そう思えるまでにも時間がかかってしまったけどそんなふうに今思うんだ看板持ち