一日一偽善~総集編第2回~ | 最強の作家への飛翔

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今から一年ほど前の2010年5月7日に、僕は『一日一偽善』というタイトルのエントリーをブログに書きました。


このときは、この言葉は僕のオリジナルだと思っていたのですが、そして半分ギャグで書いたのですが、結構いろんなところで言われているみたいですね。


ネットで一日一偽善で検索したら、こんな文章が見つかりました。


『阪神淡路大震災の時、泉谷しげるさんが一本のギターを持ってゲリラライブをして募金を集めていると、心許ない人から売名行為と言われたが、「売名?あーそうだよ。有名じゃなきゃ募金は集まらないんだよ!一日一偽善だ!」と言われたそうです。カッコいい。日が登ります。一日一偽善しましょう』


今回の地震で、僕は何をしていいか、分かりませんでした。

ボランティアをしている人や募金をしている人を見ても、自分が何かしようかと思っても、でもそれって偽善なんじゃないかとか、ウダウダ考えていました。


でも、ついさっきなんですが、考えを固めました。

これから僕は、毎日、偽善をしていこうと思います。

人のために何ができるかを考え、小さなことしかできませんが、実行していこうと思います。

具体的に何ができるかは、まだ分かりませんが。


2010年5月7日に書いた『一日一偽善』の文章をアップします。

これはふざけて書いたので極端ですが、でも、このぐらいの考えでも、人のために何かできることをしたほうがいいと、今では思っています。



『一日一偽善』


最近心がけているマイキャンペーンの一つに「一日一偽善(いちにちいちぎぜん)」というものがある。

これは、「一日一つ、見返りを求めて善いことをしていこう」という戦法である。


例えば、この前駅のホームで吐いている若者がいた。線路に顔を出して吐いていて、もう終電の時間だったので電車は来ることはないのだが、危ないといえば危ない。


私はとっさに「チャンスだ!助けよう!」と思った。水をあげたほうがいいと思い、買おうかどうか迷ったが、ちょうど自分の飲みかけのペットボトルの水があったので、どうせ酔っ払って意識も朦朧としてるだろうしこれでいいか、と一瞬考えたが、さすがに知らない人から飲みかけの水をもらってもなあ、と考え直し、ボルビックを自動販売機で購入して、若者に「大丈夫ですか?」と言いながら渡した。すると


「ああ、ありがとうございます!」


と目を輝かせながら感謝された。私はこの男が御曹司だったらいいのに、そして「今度我が家のパーティに来てくれませんか?」と言ってくれればいいのに、と思ってしばらく沈黙のまま彼を見続けたが、結局何も言ってこなかったので、その場を立ち去った。彼に聞こえないように、「チッ」と舌打ちしたのは言うまでもない。


このような「偽善」を続けていけば、いつか私に大量の「謝礼」が入ってくるのではないかと日々期待している。