先日、大親友TOKUKOさんと、私があだ名を「王子」とつけている仕事関係の男性と代官山「蟻月」へ行った。


なぜか、この王子と私の人間関係がものすごく近くて、知り合ってからお互いの共通の知人が4-5人も居てびっくりした。


蟻月でもつなべをつついているときに、TOKUKOさんのビジネスパートナーの話をしていたら、なんとその人は王子の2年前に仲良くしていたガールフレンドだったのでびっくりして最初言葉が出なかった。


最近、こういうことが多すぎる。


子供の一番中がいい子のエネオスにおつとめのパパが、私の友人の旦那さんと部署が一緒だったり、


私の義理の兄がソニーの台湾工場へ転勤していた時に、同級生の友達のお父様も同じソニーで同時期にその工場でお仕事をされていたことも判明。


私が結婚前に合コンに何度か同席していた耳鼻科の先生を、友人の女医が飲みに行く時に連れて来てくれて目が飛び出しそうに驚いた。11年ぶりにこんなところで会うなんて・・・。


4年前も、たまたま、私が通っている料理教室に私の旦那のデスクの隣の席の方の奥様が何の申し合わせも無く入ってきてものすごく驚いた。他にもまだまだたくさんある。


人のご縁は、ものすごく狭い。それとも、この30代後半になるとそんなものなのか・・・?


丁寧に人間関係を構築していかないと、いけないなと思った。


人は、一生のうちに1000人くらいの人間と出会うと聞いたことがあるが、もうそろそろ私はその一生に出会う1000人に近くてその狭い中で生きているのかもしれない。


不思議。だけど、これがご縁というものなのかもしれませんね。


しみじみ「ご縁を大切に」という言葉をかみしめる。






昨日の東京地裁の傍聴の帰りに、原告側の弁護士さんと証言のためにおみえになった同僚の方とお話する機会がもてた。


昨日の事件は、あるTV局から地上デジタル放送のためのシステム構築の依頼をうけたOO通が、SEの社員を無理な納期と無理な人員で使い、優秀なNさんが過重に責任を負わされ、2度にわたって休職ののち、うつの薬を大量服用されて亡くなった件だった。当時27歳。遺族側原告はお母さん。


川崎北労働基準監督署の下した結果は業務外。そのあと、再審査請求が棄却。労働審査会は事実関係を良く調べようともせず。


Nさんのお母さんは民事で裁判することになった。この裁判で不認定が覆されますように。



昨日弁護士さんと、その同僚の男性と話をした中で・・・。



1・・・ほとんどの人が体の不調を訴えて休む時に、どこにどうやって何を請求していいかを知らない。


2・・・生活があるから、就業規則に決められた期間しか休めず、特にクビになるのが嫌だからうつが治ったと申告し、本当は治癒していないのに会社に出てまた具合が悪くなる。


3・・・日本は、一度会社を辞めたら自分が勤めている会社よりも大手企業につとめられない。生活や社会的地位にということもあって簡単に辞められない。



と言うことを、おっしゃっていました。


まずは、健康保険組合から出る傷病手当金ですが、被保険者(自分が)総務または健康保険組合に診断書や医師の意見書を添付して保険請求をしていきます。それが、仕事に起因する体の不調で休職するなら、会社の住所を管轄する労働基準監督署へ労働者自ら保険請求します。労災保険は、会社側は請求されると都合がわるいので、場合によってはもみ消そうとするくらいなので会社に伝えることなく申告をします。弁護士さんをつけて請求がベスト。


うつについては、私は医師ではないのでみなさんのお話や本に書いてある共通のメッセージにあったことは、徹底的に治るまで仕事を休むことらしいです。完全に治癒が難しい病気らしいです。寛解と言う言葉を使うらしいですが、症状が良くなった、ましになった状態になるにすぎない。また再発する可能性が強いという病気だそうです。うつになるのを未然に防ぐのがいちばんいいのかも。


日本は、リセットの効かない社会だから、自殺が多いのだと思います。社会や周りが受け入れない。

アメリカみたいに転職先がもっといい条件でどんどんキャリアアップできるところだといいのにね。

やめてもいいじゃん、死ぬくらいなら。

生きてこそだよ。

つらいなら、逃げようよ。地球単位で考えたら、本当にたいしたことじゃないよ。

場所を変えたら、もっと楽に仕事ができるかもしれない。


まわりで、そんな言葉を言う人が増えたらいいですね。頑張りたい人だけ頑張ればいいんですよ。

命と引き換えにするような仕事はこの世にひとつもありません。










先日、過労死家族会の方から損害賠償請求の裁判をするかどうかの相談をうけた。


その方がおっしゃるには、亡くなったご家族の命の値段がそれで決められてしまうのが倫理観として・・・ということらしい。


私は、すかさず損害賠償請求を弁護士さんを通して和解交渉ないしは裁判の手続きに1日も早く話を進めたほうがいいとメッセージをおくりました。お金がないとやりたいことも出来ない。例えば、子供が私大医学部へ行きたいと言った時に対応してやるのが親の愛だと思うから。


私の考えは損害賠償で得たお金は、ウチのパパの「命のお金」なんです。だから、私は一生そのお金を働き続けさせるつもりです。「命のお金」は一生使いません。


私は、投資の勉強も6年以上していますのでそのなかで得た知識で「命のお金」に働いてもらって、利益が出たらそれが天国のパパが稼いできたお金なんだと子供に話しています。


金融の知識を子供にもしっかり身に付けさせ、やがて私がこの世を去るときに「命のお金」をバトンをわたすように相続させます。子供や孫の代それからずっと先々の末裔までも。


そうすれば、この「命のお金」は、しっかりと間違えなく言い伝えられ、代々金融リテラシーとしっかりと身を守るための法律的な知識のある一族であれば、ウチのパパは、300年でも400年でも生き続けて働き稼ぎ続けられるということになります。


ということで子供に、連帯保証人には絶対なるなとか教えてます。抗弁権がないことがどういうことなのか理解してくれてるのかしてないのか・・・?ですが。小4ですが、皮膚感覚で為替が分かるようになってきました。「ママ、もう少し円安進むとウチもう少しいいのにねえ」とか会話してます。


日本人はあながちお金に対して汚いとかタブーなイメージを持っていますが、ウチはこんな境遇にあったということもあり、ストレートに経済的な知識や法律に長けてほしいと願ってそだてています。大切なことはそれだけじゃないけどね。






ウチのパパ、天国での仕事もいい稼ぎしてくれてますよ。なんてったって優秀な人だったんでね(自慢&笑)