離職率の公表は合理的手法
■労働基準監督署は有効か?
労働基準監督署が少ない人員で監督を徹底するのは不可能・非現実的だ。監督する民間企業は膨大な数にのぼる。
過労死やブラック企業などという日本の名物がある。労働基準を監督するといって国費を投じ役人を貼り付けても機能していないということである。また雇われ人は言いなりになって受け入れる者が多い。過労死やブラック企業が恒常化する体質があるわけだ。
■資本と労働の流動性/悪しき慣行を自然淘汰
ところで、
優れた会社に優れた人材・投資家が集まり、ダメな会社から人材が流出し、投資家が去っていく。良い会社のベストプラクティスが取り上げられ、これが真似される。ダメな会社のダメな手法が忌避される。こうして優れた会社が増えていく。役人の警察的監視よりは、栄枯盛衰が自然淘汰のように自然に起こるのが良い。自然と良いものへ収斂していくほうが。
*ベストプラクティスや失敗例のデータベース、事例検証はビジネス界ではまだまだ非常に弱い気がする。
市場原理により企業の優劣が決まる方が、役人が優劣や延命/解散を決める世界よりも良い。
■「離職率」は有意義な指標
それゆえ、「離職率」または「定着率」は、債権者や投資家にも有意義な指標となる。
・ブラック対策に離職率を公表へ(2013/12/02読売新聞)
なぜなら、「離職率」が高すぎる会社は、たとえ社長個人がカリスマ・天才の光を放っていたとしても、組織として「急拡大」に耐えられない(マネージャーに昇格できる人材不足)構造だということを、投資家に教えてくれる。それはコンプライアンス違反のリスクにもつながる。「急拡大」の結果として管理しきれずに不祥事を起こせば、中小零細なら倒産につながってゆく。債権者や投資家はリスク情報を把握する必要があるが、それは金融面だけに拘泥するものではないはずだ。未払い賃金は「隠れた債務」となって残るし、そういったリスク情報も投資の上では必要ではないだろうか?
*もっとも、離職率は業種によっても異なるし、離職率が低すぎる会社は人材がマンネリ化した公務員と化している可能性もあり、新規事業開拓の能力には疑問がある。それゆえあくまで一つの指標である。
*人材の豊富な会社は、経営陣交代や資本注入で再生できるが、人材が乏しければ傾けば後がない。
・ベンチャー企業がぶち当たる人材育成の壁。(2013/07/06日本の人事部)
社長は天才カリスマ!←→ 社員はみんな入社1年目の素人
現場を担うのは社員
現場力のないこの会社に仕事任せますか?
また、社会において違法・法令違反以外はすべてOKというわけではない。法律に違反していなくても、社会的に不快な慣行や悪しき文化というのもあるわけだ。反対に、標準を超えて素晴らしいものは「素敵やん」になる。「悪しきもの」を退け、「良きもの」を取り入れる体質を醸成できる。
・AKB総支配人の脱法ハーブ吸引&女子大生不倫疑惑(2013/11/21ビジネスジャーナル)
*何でも犯罪にして逮捕する社会は警察国家になる。社会的エチケットが民間で発達していたほうがよい
○情報公開は会社側にとってもプラス
会社と従業員が、お家制度のような親子関係ではなく、契約関係だというならば、双方がお互いの欠点も含めて知っておく必要がある。「離職率」もその選択肢の一つである。また民間でブラック大賞などの社会的評価が利用できるのも、働く者の「自由な選択」に寄与する。
そしてブラック企業だということを良く理解した上で入社する場合は、雇う側にとっても「思っていたのと違う」という反発やミスマッチを避けることができる。
また透明性の高い会社が良いということになれば、何でもひた隠しにしようとし、見えないようにする会社は、脱税や違法などの匂いがしてくるというものだ。こうして自然と透明性向上が模範となっていく。
このブログは厚労省をボロカスに批判することが多いが、離職率公表の措置は評価せなばなるまい。また、これはハローワーク掲載企業だけだが、求職求人関係の雑誌・ネットでも、経営情報の一つとして離職率を追加していくべきではないだろうか?