スイスの金本位制回帰が国民投票で否決
11月29日(土曜)にスイスで特異な国民投票が実施された。
スイスの右派を中心としたその提案は、スイス中央銀行(SNB)の資産の20%(現在7%)を金で保有することを義務付けるものであった。
*国民投票が可決されれば低迷する金相場が高騰するという投機的な観測も出回った。
・スイス国民投票、中銀の金保有義務を否決 移民規制も (2014/12/07日本経済新聞)
エコノミストのほとんどはこの金本位制への回帰とも言える国民投票を否定的に捉えていた。
結果的には金本位制へ回帰することはなかったわけだが、ここには金本位制の亡霊を感じる。なぜこの現代に?
イスラム国の通貨発行
イスラム国は残虐非道な勢力であることが報道されている。ただこれまでのイスラム原理主義者と異なり、テロによる示威行動だけでなく国家を志向し、タリバンやアルカイダですら躊躇したカリフを擁立し、経済政策にも取り組んでいることが注目されている。
*カリフ&スルタンは乱暴に言えば天皇&将軍のような立場である。
その一つがイスラム国による独自の金貨・銀貨・銅貨の発行計画である。当該地域圏で通用しているイラクのディナールや米ドルに対抗するものらしい。
・「イスラム国」通貨発行へ オスマン帝国を模倣し正統性(2014/11/14朝日新聞)
そこに紙幣がないのは、欧米の紙幣制度を嫌悪しているからかもしれない。欧米すなわち日本も含めた現在の通貨制度を「貧困をもたらす非道な通貨システム」として糾弾しているらしい。ここにも金本位制の亡霊が見える。
*紙幣が登場したばかりの頃は乱発され貨幣価値を歪めインフレをもたらすとされていた。
金と紙幣/金に対する信奉
世界金融危機以降に米国が過剰な量的緩和(ドル安)を強行すると、日本は急激な円高(1ドル=70円台)になり、ドル下落はドル建て資産を持つ者を震え上がらせた。ドル本位制の一時停止に等しい人為的操作に対し、米国では金本位制の亡霊が出現してくる。米憲法上の問題はあるが金を法定通貨として通用させようという動きが一部の州で盛り上がってきたのである。
・金貨を法定通貨とする動き、金下落でも衰えず-米6州が審議(Bloomberg)
ある意味、ビットコイン騒動も紙幣への信頼が揺らぎ、目減りしない資産を求めた結果であろう。
ただ現在では、米国の量的緩和終了により、ドル価値毀損不安はなくなり、現在は将来の米国利上げをにらんだドル高・原油安によるドル高が進行しているため、この動きは沈静化していると思われる。
金本位制の誤解
■ドル本位制への失望か
現在のドル基軸通貨=ドル本位制は、1971年のニクソン政権による金ドル交換停止を起源とするものだ。
*厳密に言えばブレトンウッズ体制(1944年)で表面的には金本位制だが金ドル相場固定によるドル本位制が始まっていた。
人類は古くから国際交易において金銀を用いてきた。これには万能と言える通用力がある。言葉が通じてなくても金銀は通用するのだ。
しかし1971年から人類史上初めて国際交易がドル本位制/変動相場制になった。ドルで石油を買い、自動車を売ってドルを受け取るのだ。すべての通貨がドルに相対する形で価値を計られはじめる。各国は、「金準備」ではなく「ドル準備」を蓄えて資源食糧の輸入に滞りがないようにする。
*戦後、日本経済が劣悪だった頃、海外旅行も規制されドル持ち出しも厳しく制限されていた。
*輸出への国家の傾倒は、この外貨獲得という必然があるためであろう。
こうした紙幣/国債などによる大きな仕込み(レバレッジ)がなければ戦後の高度成長/膨張/福祉国家は実現できないものであった。
しかしドルは一国の通貨に過ぎず金銀のような中立性はない。つまりドルは米国の対内的/対外的な思惑によって操作されてしまう歪んだ基軸通貨である。
*確かに日本のバブルと崩壊の原因の一つであるプラザ合意(1985年)など国際協調によるドル操作はもはや自由主義市場経済ではない。
・米財務長官:中国が保有するドル資産は安全(2009/06/01済龍)
*また危機やデフレを理由とした米国量的緩和・日本量的緩和などで各国の紙幣は市場ではなく国策により操作されまくり、ますます価値基準である通貨そのものが不安定となっている様相がある。
そして戦後先進国が低迷していくと人々はドル本位制も疑い始める。
そこで一部の輩が、金本位制への回帰を言い出すのだろう。
■擬似的金本位制
金本位制には実は二つある。金貨本位制(重金主義)と擬似的金本位制(紙幣)である。
金貨本位制(重金主義)← → 擬似的金本位制(兌換紙幣)
金の量が上限 上限の引き上げ可能
兌換性が動揺すると金融危機に
産業革命は、スペイン帝国が西欧にもたらした銀流入による通貨革命=貨幣経済・商業化促進が遠因とされるが、金銀貨幣本位制と言えたスペイン帝国は資本主義も産業革命も生まなかった。
・スペイン帝国はなぜ資本主義を生まなかったか(当ブログ)
金銀貨幣にはレバレッジが効かない。
だが新鉱山発見や鉱山枯渇がない限り、デフレもインフレも起こりにくい。デフレ時には採掘コストが下がって金銀産出量が増えて通貨インフレによってデフレを相殺し、インフレ時には採掘コストが上がって金銀産出量が減って通貨デフレによりインフレが相殺される。原始的な環境ではこういう自動調節機能がある。
*ローマ帝国衰退期の3世紀はイベリア銀山枯渇期と一致している。
イスラム国のような金貨等へのこだわりはこうした金貨本位制(重金主義)と呼ばれるものだろう。しかし重金主義は、金銀という物体の生産量/流通量が経済の上限となってしまう。金銀の量が経済成長に追いつかない場合は、金銀によるデフレとなる。「交換の媒体」としてのマネーは、経済の上限を規定してしまう。
*織田信長が上洛後に『撰銭令』で貨幣交換比率を定め悪銭拒否を禁止したのは、悪銭を否定すれば通貨量が縮小しデフレになってしまうことを理解していたからかもしれない。
*イスラム国の場合、金銀を産出するわけではないから結局、石油収入の対価として金銀を獲得するだけであって、石油価格下落があれば経済は縮小することになる。つまり、マネーが金か紙幣かというより石油がマネーになっている。
産業革命や近代戦争を可能としたのも金銀を担保とした紙幣/手形/公債という紙切れによるレバレッジである。それらは金銀証券/手形とも言えるものである。これはスペインの金銀貨幣本位制とは異なる。信用創造によって紙切れが膨張し、1億ポンドの紙幣に対し1億ポンドの金銀との交換の約束/担保としての備蓄は常に裏切られていた。こうした信用創造(レバレッジ)を可能とした体制は擬似的金本位制(兌換紙幣)であった。
*ナポレオン戦争中にイギリスは所得税を始めて導入
*イギリスの20ポンド紙幣には" "I promise to pay the bearer on demand the sum of twenty pounds"と記載されているが「この紙幣保有者に20ポンド支払うことを約束する(銀で)」という兌換性文言が名残りとして残っている。
擬似的金本位制 ← → 現在の管理通貨制
金が紙幣の担保 国債が紙幣の担保
この擬似的金本位制は、それほど安定したものでもなかった。
とりわけスペイン帝国によって世界が銀本位制あるいは金銀複位制であったので、金銀相場は時には投機の対象でもあり乱高下した。また大英帝国が金本位制に一本化し、普仏戦争・普墺戦争に勝利したプロイセン=ドイツ帝国が金本位制に移行した時、銀本位制であったオーストリアと米国では銀暴落/金不安もあり金融パニックが生じている。
また擬似的金本位制下の国際貿易において貿易赤字=金流出/貿易黒字=金流入となり、大抵の国家が金の国内保有量や金取引に国策的に介入したので、実はそれほど自由貿易でもなかった。口先とは異なり隠れた重商主義が続いていた。
*重商主義は最終的に国家間の闘争・戦争に行きつくもので、自由市場経済とは異なる。
福祉国家と紙切れ膨張の失敗
戦後のケインズ主義経済政策は、「紙切れの膨張/財政の膨張」によって福祉国家を可能とした。それは、技術革新と人口増が連動して現実に将来の成長が実現する場合には先に膨らませても後でついてくる場合はバブルにはならない。
そしてマネーがそれ自体価値のある物体である必要もない。貧困から福祉国家を作っていく場合、やはりレバレッジが必要だ。自然状態では元手もない貧乏人は永続的に貧乏人である。
現在のマネー=紙幣は国債を担保としてまわっている。保険も年金も国債を最も重要な資産としてまわっている。もはや金という量的に制約があり採掘コスト・保管コスト・輸送コストの大きい商品でレバレッジの効かないものがこれに代替することはできない。
*遠隔地のモノを買った時、売主への支払いのために金塊を馬車に積んで旅をすることは恐ろしくリスクの高いもので警護の兵もつけなければならない。決済コストが膨大である。
*それゆえ為替という信用システム(これも紙切れ)が、まずイスラム圏で、そして十字軍時代の西欧で開発されていく。
*電子決済では物体としてのマネーが消滅しているので更に決済コストが安い
国債 → マネー、保険、年金の基盤
将来の経済成長を見越して現在の景気刺激、雇用下支え、社会保障給付を充足する。こうした莫大な元手となるのは、紙幣・国債公債・政府保証・補助金・輸入割り当てによる「政府部門経済の膨張/介入管理の拡大」である。
*かつてゼロ金利は金融恐慌パニック鎮静化のための一時的措置であったが、現在は長期化している。
*かつて財政出動は不況時の需要を補い好況になれば止める短期的なものとされていたが、もはや政府の経済支出は恒常的に経済の一部となっている。
紙幣/国債による膨張こそが戦後中流社会を形成してきた。
ところで戦後、先進国がケインズ主義を取ったのは、それ以前はマルクス経済学が主流で「資本主義は貧困と格差を生む/階級闘争/革命と社会主義必至」という呪縛から逃れるためであった。ノーベル経済学者ポール・クルーグマンもIMFもFRBも日銀もいわゆるケインズ主義の範疇にある。
*金融政策で膨らませるか、財政出動で膨らませるかは、国家が作為的に膨張させるという点で同一である。
人口の増大したベビーブーマーの世代においてケインズ主義は機能してきたように思える。中流が増大し、高成長が実現できており、少ない老人に対する社会保障給付も問題がなかった。同時に導入された技術イノベーションもすさまじく例えば電化はコンセントに差し込むだけであらゆる生活利便性の向上を実現した。
だがそれ以降は世界経済は低成長/デフレ/長期停滞に落ち込んでいる。
政府部門の膨張/福祉国家のための膨張/経済金融刺激のための補助や膨張は、成長がついてこなければ赤字になる。収支が合わない。
そして経済の素晴らしいところは、国内・全世界において何らかの時間軸で必ず収支が合うことである。「その話しはもうやめよう」と言っても借金は必ずあなたに食らいついていく。例えば第一次大戦後の停滞するドイツでルール工業地帯をフランスに占領されるとハイパーインフレが勃発している。莫大な賠償金とルール工業地帯の喪失でドイツ経済が劇的に縮小したが、表面をごまかすために紙幣をいくら刷ってもダメなのだ。物価がそのままで貧しくなるか(カネがなくて貧しい)、物価がハイパーインフレ(カネはあふれいてるがやはり貧しい)か、道程はどうであれ同じ収支となる。経済にはこうした誠実さがある。
*中世の御家人は土倉に頭があがらなくなった
*近世の旗本は金貸しに頭があがらなくなった
「紙切れ資本主義批判/日本はものづくり、うおお」というのは大きな誤解で、赤字国債はれっきとした紙切れ膨張経済である。それは将来の増税を担保としているのだが、その将来がやってきた時に国民は増税に賛成しない。そうならば、支払える目処のない紙切れを発行していたことになる。「政府がカネを出して経済を助ける!」と言うがそのカネは親父の温かい家父長的支援ではなく結局税収が頼りである。
*ものづくりは神事ではなく結局は欧米等への輸出であり、だからこそ円安による輸出強化が推進されている。マネーから乖離したものづくりなど存続できない。
・ムーディーズが日本国債格下げ、財政赤字削減などの不確実性を懸念(2014/12/1ロイター)
また戦後福祉国家による保障は中流の安定を形作り、戦後混乱期の「男一匹流れ星」のような不安定な渡り鳥ではなく退屈なサラリーマン世界を形成したが、将来の成長がないならその世界はいずれ崩壊する。
*ベビーブーマーという巨大な塊全体が支払人から受取人に変わるまで後わずか。
*ベビーブーマーがすべて死去すると先進国人口の縮小は急激なものになり、これも経済を縮めこむ。
それゆえ「成長なんかいらない/里山資本主義だ!」というのは漫画的現実逃避だ。成長がないならば過去の多くの約束(国家の保障/公的年金/企業退職金等)が単に膨れ上がった紙切れになってしまう。ケインズ主義=福祉国家を続ける以上、嫌でも将来の成長を迫られる。ちょうど将来の借金の返済に向けて走らされるようなものである。
・「脱成長・里山資本主義」思想による根拠なきアベノミクス批判 - 山本隆三(Blogos)
そして金本位制、すなわち重金主義も擬似的金本位制も現在の体制の後釜となりえないのは明白ではないだろうか?