日本語英語の特性 | 日本の構造と世界の最適化

日本の構造と世界の最適化

戦後システムの老朽化といまだ見えぬ「新しい世界」。
古いシステムが自ら自己改革することなどできず、
いっそ「破綻」させ「やむなく転換」させるのが現実的か。

昔、英会話教室のCMで日本人の間違った英語をおもしろくやっていた。
「じゃ、私はチキン」=I am.. Chicken!「私はニワトリ」または「私は臆病者」


単語帳を片手に日本人は英語学習にいそしんできた。
アメリカの大学生には"during"という綴りすら書けない者もいる。日本人大学生ではほぼ"during"はわかるだろう。日本人の英語の語彙力はかなり高いはずだ。


だがそれでは足りない。
単語を貼り合わせれば済むものでもない。


楽天・ユニクロに続きシャープも英語一部公用語化に踏み切ったが、やればブザマな失敗もするだろうが、必ず新しい世界が開けてくる。日本人がこれまで英語コミュニケーションを避けてきたのは政治的・経済的損失であった。

シャープが英語公用化 電機初、研究開発部門で 中国語も強化(2010/10/28 産経ニュース)


和製英語の氾濫


なまじ「英単語」能力が高いことが、日本人の英語コミュニケーションを阻害している。それは和製英語の氾濫である。


「AP」(アプリ)←→ apps
*日本のエンジニアにはAPで定着しているが英語でない


「アクセル」(和製英語) ←→ gas pedal

*加速することをaccelerateとは言うが、足で踏むのはペダル


「アダルト」=エロ/「アダルトサイト」←→porn site
  
*英語のadultsだけでは直接にエロや性を意味しない
  *日本語で「おとなの・・」は抑揚によってはエロや性を連想する

   *sexも「性」という意味もあるので、そのままではエロでない

  *ただし、ポルノの中やその文脈で使われれば、当然にエロい方の意味になる


「アフターサービス」(和製英語)←→ customer service, user support
*アフターをしっかりやるとか、売る前にもサービスをしている感覚があるせいだが、売る前にやっているのは客引きにすぎない。

「オーダーメイド」(和製英語)←→ custom made, made to order

*custom=習慣という単語暗記のせいか「カスタム」に「特注」という連想がない


「キャッチコピー」(和製英語) ←→ copy, sales message
 
 *「人の心をキャッチするコピーや!」がそのまま名詞化したものと思われる
  *英語は余計な装飾や修飾を省く傾向がある語だからcopyで充分

「スキンシップ」(和製英語) ←→ physical contact
*「触れ合い」という日本人が好む有機的表現が和製英語化したものと思われる


「ノートパソコン」(和製英語)←→ laptop, notebook
  *noteはメモや注意書をも意味する・「ノート(帳)型」のつもりならnotebookまで言わないと通じない


「バックミラー」(和製英語)←→ rearview mirror
 
 *「バックのミラー」だけでは後部に取付けられている意味にもなりかねない。

「ハンドル」(和製英語) ←→ steering wheel


「フリーダイヤル」(和製英語)←→ toll-free number
*フリーだけでは何がフリーかわからない toll(料金)がフリーなのだ

「モーニングコール」(和製英語)←→ wake-up call


「ワイシャツ」(和製英語)←→ dress shirt
 *ホワイトからできあがった和製らしい/それに白色だけが圧倒的標準でもない


「PR」(和製英語)←→promotion
 *英語でPR(省略語)はpublic relations (広報)になる。広報と宣伝は部署も機能も違う。
 *プロモーションすることを「PRする」と言うがそれは日本語

 *広告などに「PR」という頭出しでよく載っているが、そのまま使えば誤解される


「ワンマン」(和製英語) ←→ dictational
 *代表者が単独で執行責任を負うのは当然。「みんなで経営」のほうが欧米としては異常。
 *専制的というならいろいろな言い方がある。
 *シリコンバレーの語源を作ったフェアチャイルド社は、

  「トランジスタの父」ショックレー博士の専横ぶりに嫌気がさした技術者が設立した


「アーティスト」(和製英語)←→ musician(英語)
 *一部の音楽家を「芸人」を言わずアーティストと言うようになった


「キーホルダー」(和製英語)←→ key ring(英語)
 
*keyholderは鍵保管人(管理人など)のこと


「コンデンサ」(和製英語)←→ capacitor


「フライドポテト」(和製英語)←→ chips
*fried potatos は「ジャガイモ丸揚げ」


「ペーパーカンパニー」(和製英語)←→ dummy company, shell company
*paper company だと製紙会社になってしまう


「ペーパーテスト」(和製英語)←→ written examination
*paper testは紙質検査


「モーニングサービス」(和製英語)←→ breakfast special
*morning service は宗教的な「朝の礼拝」


「ジェットコースター」(和製英語)←→ roller coaster
*構造的にジェット噴射等はない・日本語的誇張


「ホッチキス」(和製英語)←→ stapler


「リフォーム」(和製英語)←→ renovation, revamping
*reformは改革・制度などの改定を意味する。日本不動産業の和製英語。


上記は「和製英語」より一部抜粋(wikipedia)

和製英語や英語風表現を見るとき、そこには英単語(名詞)などの多用が特徴として見られる。


英単語による生成


モータープール
大阪発祥 モーターをプールするから
「名詞」+do=「~する」がぴったりはまる表現で、なかでも「プールする=プール+do」は松下幸之助の「ダム経営論」ともあいまってか、直感的に響く日本語となっている。

*モーターだけでは自動車の意味はない
*ダム経営論:内部留保をしっかり貯めこんだ手堅い経営(その反面、低配当による株主資本主義の軽視、資産隠し・脱税などの犯罪にもつながる


だが、「モータープール」は日本語でしかも大阪中心だけの言葉である。


マンション
分譲住宅などをマンションといい、「マンション住民」という表現はマスコミからもよく聞かれる。だが英語でmansionというとそのまま「豪邸」ということになる。「夢のマイホーム=豪邸=マンション」という言語導入があったのだろうか?これは日本の不動産開発業者の誇張宣伝用語でしかなかった。
・1955年:集合住宅が「マンション」という名称で販売されはじめる


また集合住宅であるマンションだが、英語のmansionには集合住宅の意味がない。
分譲集合住宅:condominium
賃貸集合住宅:apartment, flat


ゲームする/イメージする
「ゲーム+do」「イメージ+do」である。だが英語圏でdoだけつけても通じないことが多いだろう。

I do game! I do image!


なぜこれが英語ネイティブはわからないのか。

英語では「動詞」が極めて重要だからだ。



ところで「カレー風」と言ったとき、それはカレーではない。

「中華風」と言ったとき、それは中華ではない。


「和製英語」は「英語風」というべきもので英語ではないのだ。
*ただし、トヨタの「リードタイム(Lead-time)」のように和製英語からグローバル語になった数少ない例もあるのは確かだ。


名詞を多用する言語構造


「名詞」+do
日本語は「名詞」+doでさまざまなことを表現する。

その原因は漢字の利用にもある。漢字も元来は外国語であった。日本人は、和表現を捨てずに漢語をうまく取り入れた。その結実が「漢語」+doである。


「社会を科学する!」といっても通じるように「科学」+doは「科学」という明治知識人が外国語を「漢語」に訳したものを使っている。


「それでは中継しま~す!」も通じるが「中継」+doである。和語にするなら「つなぎます」ということか。「つなぐ」という和語のほうが生々しい。「中継」というと客観的かつ抽象的である。


ある意味、あっという間に西欧風を取り入れることができたのは、「漢語・カタカナ(洋語)・その他なんでも」+doのおかげだったかもしれない。


しかも、漢語が当初は支配層・富裕層・エリートのものだった名残りなのか、「漢字読めない=標準以下・賎民」という感覚が社会にある。麻生総理の「漢字読み間違い多発」も大きく政権を揺るがし、とりわけ保守層には失望を招いたようだ。


しかし、「泳ぐ」と言わず「水泳する」とか、「5時に起きる!」と言わず「5時起床!」と言うのは、漢語がカッコいいと思っている証拠なのだ。また事務的にも、「語」を羅列するだけで複雑な観念も表現できるのは簡潔であり処理に向いている。


その他、○○化 ○○的

○○化
砂漠+化 ここでの「化=なる」 砂漠化=砂漠になる 
英語では desert(砂漠) desertification(砂漠化) だ

さらに「砂漠化」が名詞化し、「砂漠化する」ともなる。この方式は当然英語にはあてはまらない。

become desertification では通じない。is becoming a desert とかだろう。それかもっと具体的に荒廃の様子を加えるだろう。英語は日本語ほど便利ではない。


○○的
また中国語の「的」は"of"の意味合いで、名詞を修飾語化できる。

熱烈的歡迎 など


だが日本語には「名詞」+的=「~っぽい」という意味もある。

故小渕元総理は、「恒久減税」「恒久的(な)減税」と言い直し、やはり「~っぽい」という意味のほうであった。「永久っぽい今回の減税」ということだった(笑)。つまり減税措置は後に解除された。なんだが馬鹿げている。よく言えば繊細な日本語の特徴であり悪くいえば曖昧化する「ずるさ」であろうか。


英語とラテン語

ところで英語にはこのような名詞化表現は少ないのか?

ある。ラテン語というやつがある。


英語はゲルマン言語(アングロ・サクソン)系であり、というかイギリス人には北欧ゲルマン人の遺伝子がドイツ人よりも多く確認されている。ラテン語はゲルマン人にとって外国語だった。


例えば、 have という必須の動詞がゲルマン語である。

ゴート語: haban
ドイツ語: haben
アイスランド語 hafa


日常語が英語で、地位や権力のある人々はラテン語学習にいそしんだ。そのためか高度な抽象概念や政治的観念はラテン語系英語を使う。イギリスでは司法も判例記録がラテン語だった時代はあるが、エリート以外にはやはり外国語であり、元ラテン語の英語は名詞で出てくることが多い。
・1362年イギリス法令:従来の公用語であった古フランス語禁止。英語での請願・裁判等に。


例えば、「陳腐化」

ラテン語 obsolescere 英語 obsolescence

英語でも Obsolescense of a BA = 「学士号の陳腐化」 と名詞表現である。


名詞多用から離れよ


和製英語もそうだが、まずは日本文特有の「名詞」の多用から離れることができれば、ずいぶん英語は通じやすくなる。


日本語はその特徴として名詞多用しすぎ、動詞はこれに比べると貧相だ。
表現力を問う学習ではなく、名詞の羅列を覚える穴埋め受験教育のせいもあろうか?


また名詞をさまざまな修飾語で誇張・装飾しようとする。
「これはただのAではないんですよ!」と言いたい。


だが、英文では名詞にあんまり長ったらしい説明はくっつけない。誇張や装飾が目的なら、別の方式をとるだろう。


和製英語を捨て、漢語表現のクセを捨てて和語に戻ればいい
アングロ・サクソン語も難解な抽象概念を表現する語ではない。
むしろ比喩や例示で後付説明するだろう。


なんてたって和人なんだから和言葉に戻ったつもりで原稿を書けば英訳しても素直にゆく。

         漢文的(ラテン語) ←→ 和文的(英語)


漢字を多用した日本文に品格を感じる人もいるが、品格が欲しいなら第三者客観評価やさまざまな賞を羅列すべきだろう。サポートが乱暴で下請けを泣かしているのに字面で格式や品格にこだわっても意味がない。ヤクザの玄関と応接室は立派であるが、彼らの商売は立派でない。


ましてや、ビジネス表現では、漢語のカッコ良さをそのままにのつもりで、難解なラテン語起源の名詞を多用しないほうがいい。


ビジネス表現では、言いたいことはあっけないくらいシンプルでストレートに。
付加情報を、これでもか、これでもか、とつけ加えて説得力を増す。


わかってくれよん、値引きはいくらでもできるよん、なんとしてでも受注が欲しい」という「思わせ表現」は、まったく通じない。それは英文訳の問題ではなく、コミュニケーションの仕方が異なるから。


そもそも「今年もよろしく」というのも、あまりない。そもそも原稿がグローバル向きでないということだ。「よろしくって具体的に何をだ?」ってことになる。


ご厚情たまわりたい(エコひいきしてね)」

    ←○%ルールとかあってサプライヤーも合理的に取替える

    ←昨今、品質・納品成績・サービスレベルなど数値化・計測が進行している


SLAを避ける日本業者もいるが。数値化を避けて、ぼやっとした権威とか人情という属人性だけで事業を守ることはできないだろう。ましてや海外取引ならそうだろう。


要するに具体性がないのに抱きついて「お願いお願い」と言ってもムダだ。

ある日本金融機関の人間がベンダーの営業ぶりを「魂の営業」と笑っていた。「提案能力ねえな!酒飲ませてお願いお願いだけかよ!」というわけだ。


そもそも取引相手とですら tks (thanks)と乱暴なくらい簡潔なメールでやり取りする文化なのに、美辞麗句をいくら長々と重ねた英文を考えてもムダだ。


日本人集団で醸成されたコミュニケーションを単語中心に翻訳して出してもうまくコミュニケーションできない。


       英語と日本語は機械的な1:1変換はできない


「謙譲の美徳」もない。
「うちの愚妻が・・」←→英語圏に謙遜はともかくへりくだりがない。ラテン文化圏なら自分の妻をほめちぎる。そのまま一対一変換をすると日本人にとってエチケットであるへりくだりが、卑屈や自虐的ともとられかねない。


ましてやビジネスでは、日本文としてはやりすぎくらい自己顕示したほうがいい。小さい会社ですら、「小さい」という表現を避け、自らをdecent(身の丈相応で適切)と自己を肯定する。


さらに日本人の美徳である寡黙は「臆病」とさえ誤解される。自ら手を上げ、自説を展開し、他を説得できる人間こそが責務を担える強い個人だとみなされやすい。


つまり英語学習や翻訳の前に、文化学習が必要だ。グローバルとはマルチカルチャーであるべき。


   マルチ・ランゲージの前にマルチ・カルチャーでなければならない


日本のある電機メーカは、ユーザ・マニュアルを非日本人に英語で作らせ、これをベースに日本版などを作る。日本人特有の論理展開や表現はグローバルなベースにならないからだ。また日本語は漢字という表意文字によって短く説明できるので、他国語の雛形にすれば寸法が足りなくなる場合もある。


国粋派が聞けば怒り狂いそうだが、国粋派の多くはドメスティックな事業しかやってない。だが海外活動の歴史が長い日本メーカにはわかってるところも多い。


英語の見直しは有効


グローバル化や経済の高度化の中で、重点が「製造」だけでなく「サービス」へ拡大していくことは必至だ。
*自民党の谷垣総裁が「やっぱりモノ作り」「やっぱり公共事業復活」と言っているが馬鹿げている

*日本が他の先進国へ比べサービス輸出の割合が少ないということは、グローバルサービス分野に日本が拡大しうるともいえる


欧米のマネジメント理論は、「史上最大の作戦(ノルマンディー上陸)」にあるような巨大物流のマネジメントや「マンハッタン計画(原爆開発)」のマネジメントや「アポロ計画(人類を月へ)」のマネジメントなどが大きな起爆剤となったようだ。高性能の最強戦車というモノを作っても、兵站・運搬や保守・部品交換などのサービスの視点がなければ全体としては「ぱあ」である。全体的な視点と戦略がないかぎり、もうモノだけでは勝てない。
*軍事機密の場合、車座になって「関係者一同心合わせて認識共有!情報共有!」ができず上からの制御や連携の設計が必要となってくる

*日本陸上自衛隊の従来戦車(90式戦車)は冷戦期の開発だったので、中ソ戦車に勝つ装備だが、北海道以外には運べず配置できないモノだった(次世代10式戦車の配備が現在進行中)


その意味で、「スパコン騒動」で「世界1の性能の日の丸!」という論点に傾き、そのハコをどうするのかという視点が弱かったのは残念だった。日本はスパコンの活用も旺盛でない。性能の高い外国スパコンをどんどん活用しているわけでもない。


ドイツには「ドイツ印スパコン」など見る影もないが、「総計算能力」では上位を占め、製薬や化学での競争力を維持している。スパコンは計算のために使うのだ。計算用途の話がもっとスパコン論争のとき盛り上がるべきだった。

税金と人材を浪費する「ITゼネコン」(2008/05/20ASCII)
計算資源量でドイツに負け、中国に追い抜かれている(文部科学省ppt)

*武田薬品来ない・関西の「彩都バイオ都市構想」
武田薬品が「さらば大阪!」(2006/12/05FACTA)
世界の医薬品メーカーランキング2008(ユート・ブレーンの調査による)  

*グーグルに対抗した(?)経産省の「情報大航海プロジェクト」はその後どうなったのかネット上の情報はあまりに少ない


また日本の「サービス」は「タダ」という意味だったので、良いサービスは低賃金とド根性の精神論・顧客愛だけから生まれると信じている人も多い。長期的関係のためなんでも無理がきく(無料で追加変更)サービスでは属人的になってしまう。かくして利益率が低くなるのは当然だ。
*This is a service for you!と言えば外人は財布を探すかもしれない
*メニューすら従業員に教えず「お客さんから教えてもらう」を徹底している小料理屋などたくさんある

*昨今の日本IT業でも仕様の追加変更をめぐり現場ではごたごたがある。「お客さんから教えてもらう」精神だけというざっくりでは、赤字事業になってしまう。


だが欧米のサービスが「軍事マネジメント」から体系化され研究がなお進行中であることを忘れてはならないと思う。旧日本軍は兵站部門の人間を前線に出ない後方支援なので「女の腐ったような連中」とバカにする傾向があった。しかし秀吉が「兵糧攻め」を多用したように槍や剣の強さ以上に、「周辺の強さ」が重要ではなかろうか。
*織田信長は桶狭間では敵陣に突撃した者でなく、諜報部員に最高の恩賞を与えた

*営業が一番偉く、バックオフィスの連中は営業に食わせてもらっているという感覚が流布している
*戦国時代から荷駄部隊は百姓中心だったので蔑視ともいえる風潮が日本に染み付いている

旧日本軍における輜重兵の地位(wikipedia)



   日本小料理屋の精神マネジメント ←→ 欧米の核戦略を含む軍事的マナジメント



楽天のような社内公用語化に文句を言う人もいるが、モノ業(製造業)でなく「サービス業」ならグローバル展開の中で外国語・英語を避けて通れないだろう。


ASP、SaaS、クラウドなどすべてITのサービス化を志向しているが、世界展開しうるのは日本大手コンピュータメーカやインフラ屋ではなく、楽天のようなグローバルを志向するサービス屋のほうが可能性が高いと思う。サービス屋はITサービスも可能だが、IT製造屋はサービス屋になりがたい。マイクロソフトがグーグルに株価で負けてきているのは、こうしたWeb2.0の流れでもあると思う。

*クラウドをITハコモノと勘違いした日本官公庁と大手業者はやっぱりうまくいかないだろう


だが日本がその大きな経済(大きな図体)をもってマルチカルチャー対応できればすごいことになる。大胆に舵を切るのは、閉じこもっているよりはいい。企業にも試行錯誤があるはずだし。枠に自分をはめるべきではない。


むしろ補助金を食いながらユニクロ等に悪態をついている昔ながらの問屋のほうが、くだばるべきだくたばれ!


たフィンランドは人口わずか300万人ながら、ノキアという優良製造業を有し、最初からグローバル化が織り込まれている。フィンランド人は「俺はフィンランド人だ、フィンランド語しかしゃべるものか!」と言わない。日本の金融業にはないグローバルな商業金融や保険を手がけるオランダも小国だが、「俺はオランダ人だから外国語など認めん、オランダ語しかしゃべるものか!」とは言わない。

*フィンランドのノキア・携帯端末世界シェア1位39%
*オランダ金融INGグループ年商17兆円相当(日本生命年商6兆円)


日本は、1億以上の巨大な国内市場が「内需低迷」で冬のキンタマのように縮み上がっているが、「俺は日本人だ!学校英語で充分だ!外国語など学ぶものか」と言う。


「日本はモノだけで勝負すりゃいい」

「サービスは文化がからむので御免だ、無理だ」


            果たしてそれでいいのか?それですむか?


かくして日本金融業もその資産規模は世界クラスだが、保険も日本人相手にしか売ってないし、決済サービスなどの「商業サービス」では国際的に無名の存在だ。だがネットを介してPayPalなどが着々とグローバル新興勢力として成長してきている。日本でだけ威張っていても安泰ではない。
*世界の金融は、まず商業銀行(貿易為替など手数料商売)から始まった
*昨今では日本金融機関は増資をはかりグローバル化狙いとりわけ中国への進出が目立つ



地中海に浮かぶ小島だったら


古代から交易が発達した地中海経済は、「世界」と言えたろう。


その地中海に浮かぶ小島が、優秀な工芸によって一躍豊かになったとする。
だがその小島の人々は外の世界を嫌がる。生でやりとりするのは特にイヤだ。


周辺を軍事征圧して無理やり自分達を標準化することには失敗した。


さて、このような小島があったとしたら、その豊かさは維持可能だろうか。
島に閉じこもっているうち、地中海の様相は激変してきている。


      REALITY CHECK