知られていない中韓の対立
日本は中国・韓国と歴史問題という溝を抱えている。
ナショナリズムに基づく譲りがたい政治的側面・国益の衝突などを考えれば、この問題には楽観的解決はない。表面的には握手しながら、テーブルの下では蹴りあうような牽制しあう関係がたどり着ける最上のものではないか。日本でも「自虐史観」への批判が一世風靡し、土下座外交ばっかりやっているわけにはいかない。日本には国益を主張し守る権利がある。それは感情とは別の問題だ。
ところで東アジアにおける国情の差異は大きく、金融グローバリストのように当該地域を投資・買収対象のように単純に平面化できないし、ジョン・レノンのようにイマジンを夢想しているわけにもいかない。
しかし、日本人は中国と韓国があたかも一枚岩のようだと誤解している。とりわけ、中国と韓国の感情対立はあまり知られていない。つまり、「日本 vs 特定アジア」という単純な構図ではないのだ。
・中韓ネット戦争が勃発 北京五輪開催中ずっと険悪(2009.08.26J-CAST)
日本が21世紀を巧妙にたちまわって孤立せず、されども国益を失わず生きていくためには、こういった東アジアの感情対立ももっと知らされるべきだ。
中韓の感情対立
■中韓の反日姿勢の違い
靖国問題などでの中国の姿勢は極めて政治的なものであるが、反日を叫ぶ豊かな沿岸部の中国人は、一方で日本製品を愛好しているという実態もある。結局、利用できるものを利用するようなドライな反日のような気がする。
一方で、韓国の反日は、政治的利益というより、かなり情緒的・感情的なものに感じる。政治取引不能なレベルの大衆感情のような気がする。
■中韓の感情的対立
日本は島国ゆえの幸運で、中国にあった巨大王朝から地理的に離れていた。しかし朝鮮半島は、古代から強大であった中国に隣接しており、それが中韓歴史問題の遠因であるようだ。実は、朝鮮半島は長い視点でみると、日本の圧力や支配よりも、中国の王朝の支配にあった期間のほうが長かったこともあり、昨今の中国の台頭に対して、韓国人もおもしろくない感情があるのだ。
■高句麗は朝鮮王朝か?
高句麗の発祥が現在の中国であり、のちに高句麗が南下し朝鮮半島統一に大きな役割をはたしたことから、中韓の間で譲れない争いがある。現在の中国にとって「少数民族・朝鮮族=中国人」であり、「高句麗=中国王朝」ということを譲らない。これは中韓の学者も巻き込んでいるので根が深い。
ちなみに韓国をあらわす"Korea"という呼び方は、高句麗後期の正式国号「高麗」が起源だとされ、それが中国起源の王朝であってはならないという韓国の気持ちもわかなくではない。
歴史的に実在したとされる衛氏朝鮮は、漢王朝初期の争乱から亡命した諸侯が設立した王権とされている。またその前にあった箕子朝鮮は、実在が疑われているが周王朝に滅ぼされた殷の末裔が封じられたものとされている。そこで韓国・北朝鮮は檀君という伝説の天子による王朝が最初の朝鮮王朝だとしているが、実在は疑われている。韓国の教科書などでは当然に実在したものとされているが、いきすぎた民族主義であり、科学的姿勢ではない。たとえば日本では、神武天皇(ハツクニシラス・スメラミコト/カム・ヤマト・イワレビコ)が実在したという断定はない。
しかし、韓国にとって、朝鮮半島王朝の起源が中国人王朝であることは受け入れがたいのだろう。
高句麗について、日本人にとっては、高句麗王による「広開土王碑」の研究から、倭人が高句麗と交戦したことが歴史的事実となっているが、その起源について別にどっちでもいい問題なので興味は薄い。
・中韓にまた火種、韓国団体「中国策謀、歴史地図で侵略」(2009.07.02サーチナ)
■韓国の過剰な民族主義的を嘲笑し反発する中国人
東アジアの文物の起源について、韓国発祥とする説が展開されることに中国人は苛立つようだ。中国人ネットユーザーから「在韓米軍の強大な軍事力以外は、すべて韓国起源だと勝手に思わせておけ」という趣旨の書き込みがあったらしい。なるほど、中国人にとって朝鮮半島の米軍の存在はやっぱり不快なものなのか、と改めて知った。
日本は、地理的なことも大きいと思うが、中国の隋・唐王朝から学んで律令体制を整えたことを恥とは思わない。足利義満がこっそり中国王朝に臣従していたことも、別に大きな感情的問題にはならない。明治維新がそうであるように、日本人は時代によっては国粋を捨てて世界最高のものを学びたがる性向がある。また島国であることが、自己保存にも役立っていた。
・「漢字発明は韓国人」 「荒唐無稽」と中国憤激(2006.11.21J-CAST)
・「イエス・キリストは韓国人」で、中国の掲示板が“炎上”(2008.10.03サーチナ)
・「孫悟空は韓国人!」で、日本人も“目まい”―中国(2009.04.09サーチナ)
・韓国で「日本語起源は百済語」説、中国で「またか!」の声(2009.07.23サーチナ)
・北京大学生に嫌韓感情を調査―「文化を盗むから嫌い」(2008.09.29サーチナ)
・韓国医学「標準制定」へ、中国反発「宗主国はウチだ」(2008.10.24サーチナ)
・「漢字を世界遺産に、急がねば韓国人にやられる」―台湾(2009.03.10サーチナ)
・中韓漬け物戦争:四川泡菜が「標準制定」でキムチに逆襲(2009.07.22サーチナ)
■韓国人による中国侮辱?
中国の強大化・覇権拡大は韓国にとっても人事ではない。
日本では民主党が政権をとると中国の属国になるという書き込みもあった。アメリカの属国になるか・中国の属国になるか、ということを言う人もいる。世界中が中国やアジアそしてBRICSが世界経済の牽引車となることを認めており、このままだと経済を通して中国に呑み込まれてしまうという危機感もある。それは韓国にとってもあるようだ。
北朝鮮ですら、ずいぶん中国に依存してしまっているが、軍事に関しては中国以外にも軍備を求め、すべて中国に牛耳られないように用心しているようだ。
こうした単なる中国脅威論というより、韓国による中国軽蔑は、日本による中国軽蔑とはまた違ったものらしい。中国からすれば感情的に敵対する日本に言われるよりも、韓国人から軽蔑されることは腹が立つらしい。それは、歴史的には朝鮮半島も中国覇権下にあったという中華思想も重なっているのかもしれない。また朝鮮戦争時には韓国・アメリカは中国にとって敵国であった。
・【中国のアンケ】「韓国の第一印象は?」…「中国侮辱」(2009.07.02サーチナ)
・【中国ブログ】韓国現代自動車「中国人は入場禁」に“怒”(2009.09.03サーチナ)
・中国紙、韓国にかみつく「わが国観光客を見くびるな」(2009.02.25サーチナ)
・韓国衛星“燃え尽きた夏”、中国でまた「批判の声」(2009.08.26サーチナ)
・【中国ブログ】韓国TV「満州はわが領土」に「その通り(笑)」(2009.09.09サーチナ)
・韓国KBS「満州はわが領土だった」、中国紙応戦「でっちあげ」(2009.09.08サーチナ)
・中韓また“もめごと”―「南京虐殺は主に韓国人の仕業」で(2009.07.13サーチナ)
■日韓共通の中国への懸念
中国脅威論として具体的には中国に技術を盗まれるという懸念は日韓共通している。
・中国が技術を盗んだ?!韓国でまた大騒ぎ―中国紙(2009.10.05 Record China)
・自動車メーカー破綻で中国批判の嵐―韓国(2009.01.14 Record China)
呉越同舟の関係
中国人の嫌韓感情は単に一部のネットユーザの問題にとどまらず中国当局も懸念している事柄のようだ。中国当局は中韓の関係・距離感をきわめて気にしているということだ。一方で日本では「特定アジア」というひとくくりの論調も見られる。
・中国に「嫌韓」はない、日本人の造語だ―人民日報記者(2008.11.07サーチナ)
中韓が対立するよりも、中韓が共同して日本に対峙したほうが中国にとって都合がよいであろうし。しかし、もし中国の脅威に対して包囲網をつくるなら、日本は中国の覇権におびえる小国だけでなく韓国をも味方につける必要がある。それでいて市場としての可能性が大きいのは中国のほうだ。中国を牽制しうる仲間(民主主義国)を増やしつつ、中国が内戦に突入しないようにその地位も認めるというスタンスがいるのではないか。
・【中国ブログ】鳩山首相に「訪中前の訪韓要請」…韓国批判の声(2009.09.28サーチナ)
「日本 vs 特定アジア」というのは、戦略も狡猾さもない情緒的雄たけびにすぎない。国民感情も分析し、相手の強み弱みを熟知した外交策謀が必要だ。そしてわれわれは産油国にむかついても石油は売ってもらわなくてはならないように、つきあっていく必然性がある。
■日中韓・「共通教科書」
日本の新政権が「東アジア共同体構想」に則ったのか日中韓の「共通教科書」研究を提唱した。多分、共通教科書より通貨統合のほうが簡単というくらい困難な課題だ。しかし日本が率先して理想を掲げるのは良いことではないか。実は中韓にも歴史問題の対立があるのだし。
・鳩山構想「東アジア共同体は可能」4割超―中国メディアがアンケ(2009.09.30サーチナ)
・日本外相「韓日中共通教科書が理想的」(2009.10.08中央日報)
・韓日中「共通の教科書」、青瓦台高官が前向きな反応(2009.10.08聯合ニュース)
結局どこの国の民も経済や暮らしが最優先事項だ。歴史問題で国交断絶し、輸出入ストップしたりすることに経済合理性はない。また、憎くても相手国は消えてなくならない。呉越同舟という諺もある。憎くても戦争すればお互いダメージを受ける。われわれ日本にとってイスラエルとイスラム諸国の関係は望むべき姿ではない。