シンプル。

・最近、ファッションも髪型も、
自分の求めているものもすごくシンプルになってきた気がします。
・自分、家族が、健康であること、
仕事に全力を尽くす事。
読書や音楽で自分の時間を保つ事。
あるいは、友人と楽しい話をすること。
たぶん、究極的には、幸せな家庭を築く事。
・それ自体は、
もしかすると、すごく贅沢で、
けれど、富とか名声とかよりは、
ずっと価値のあるものであると思います。
歳を経ると、若い頃からの損なわれた部分も、
もちろん、あります…。
けれど、それによって、得たものも、
僕は、たくさんあると思います。
だから、失うものを悲しみつつも、
新たに得たものをいかして、前に進み、
シンプルにして、一貫した生き方を築き上げていければなぁ、
できれば…ですが。
・暖かくなったら、僕は、水泳かランニングを日課にいれていきたいと、
思っています。
それは、メンタルな部分を強くする為には、
フィジカルな部分も強くして、
自分の日々の中で産まれる「暗い部分」を中和するためです。
暗い部分、心の贅肉とでも、言えるのだろうか?
もちろん、体型維持の為でもあります。
・なんか、別に、シンプルに生きよう!!
みたいな自己啓発本を読んだわけでなくて(笑
やはり、歳をへると、体に贅肉はつくように、
内面でも、余計なものが増えていくので、
そういうのを削り取らないと、
心も、メタボってしまう気がするからです。
もちろん、僕は人間なので、
様々な失敗や、変に頑固になってしまったりはするんだろけど、
そうならないための、努力をしていきたいなと思います。
それでも、なかなか難しいなぁとは日々、感じてるので、
また、変な事言ってるなぁって、笑われても仕方ないんだけど。
UMA.

通勤途中にある、御神木、今回の話とも、つながりますが、
なにか、ひきつけられる気持ちになります。
・昔から、UMA(未確認生物)の話が好きだった。
ネッシーから、始まり、いろんなUMAの本を読んだ。
・もしかすると、
僕の住んでる近くの美鈴湖にも、いるかもしれないなんて
思った事もあった。(笑
名前は、「ミッチー」になるのかな?
女の子の愛称みたいだ(笑
あるいは、相棒の俳優さんじゃん。
・でも、そんな想像はすごく楽しくて、
ロマンがありました。
ネッシーのネタバレは悲しかった。
ある種、物事は答えのでない方が、いいかもしれませんね。
UMAと同じように、
本当の真実を知るよりは、
むしろ、だまされていたとしても、
それが悪質、悪意なきものでなければ、
大風呂敷を広げた話の方が楽しいもの。
・名探偵ホームズのいた、ベーカー街B-221は、
作品で描かれた、ホームズの家がいまでも、あると信じたい。
ディズニーランドのミッキーの中に、
誰がはいっているかなんて考えたくない。
男女の愛は永遠なんだと、できれば、信じたい。
人と人とは、本当にわかりあえるって、できれば、信じたい。
・そう思うと、UMAに想いをはせるように、
世の中には、UMA的な物がいっぱいある。
真実を知るよりは、
だまされたと思って信じる事も時には必要なのかもしれないな。
夢と現実。

・僕は、「スローライフ」にすごく憧れがあります。
仕事も子育ても終わって、本当に好きな事をやるって、
憧れです。
映画の予告で、
北海道でパン屋さんをやる夫婦の物語があったり、
信州の雑誌「KURA」は、
僕にとって、すごく魅力的なスローライフをされているかたも、
よく、載っています。
僕も、こうして毎日、ドタバタな生活をしていると、
うらやましいなぁ…、なんて気もします…。
(今の仕事ももちろん、やりがいは、あります!!)
・けれど、実際は好きな事を、本当に、
やることは、とても大変な事だと思います。
お金の問題もあるし、実際、その生活もまた、
いろんな努力や経験が必要とされるのだと当然、思います。
僕が普段いっているお店、
カレー屋さん、洋食屋さん、洋服屋さんを見ていると、
すごくやりがいをもって、本当に素敵だなと、いつも思います。
でも、そこには、様々な努力や、人に言えないくらいの苦労が、
あると僕は思います。
・最近は、僕は日々のドタバタに翻弄されながらも、
時には、好きな事をしながら、暖をとって計算するのです。
夢は願ってかなうものではなく、
現実との折り合いを考えながら、理想を気持ちに秘めつつ、
計算していく…。
日々、頑張りながら、たぶん、
時は熟した!!という時が、きっとあるものです。
その時まで、やるべきことを頑張りながら、
一見、関係のないことでも、吸収していくことがすごく大切なのでは、
と感じます。
・来年の事をいうと、鬼が笑うといいますが、
僕の考えている事は10年20年ぐらい先の話で、
まだ、なんの形でもないものです。
僕がやりたいと考えている事は
絵本をセレクトして、
落ちつく空間で、ドリンクと軽食をだす、
時々、読み聞かせを開催したりとか…。
そんな、絵本喫茶店をやりたいなぁというのが、夢です。
たぶん、昔の図書館が好きだった事もあるし、
大人、親子が絵本を読んで、リラックスする空間って、
いいなぁって思うんです。
・陶芸でいえば、土も用意しておらず、
こねてもいない、まったく、頭の中で、
考えている事ですが、
日々をがんばっていきながら、
現実との相談を何年もしていきながら、
実現できるような、土のようなものを、
心に貯めて、
夢をみるというよりは、
夢を実現する可能性を追っていきたいと考えています。
・僕がお手本にしたい本屋さんは、
京都の恵文社です。
本当に素敵な空間です。
僕はここにいく為だけに京都に行きました。
これほど、大規模なものは無理ですが、
やってみたい…。
よかったら、リンク先のぞいてみてください。
本当に、いい空間ですよ。
本好きにはたまらないです♪
趣味はなんですか??

・趣味は?
と訊かれると返答に困ってしまう事がある。
・僕の本当の趣味は、
「読書」「音楽鑑賞」と本当に平凡なものだからだ。
あるいは、コーヒー豆を自分で挽いて、飲む、
その過程が好きなんです、と答えても、
それが趣味といえるのだろうか?とも思う。
あるいは、ツーリングが好きで、ゴルフにはまってるんですって、
答えられたら、すごくかっこよく感じるような気がします。
そして、世間一般でいうと、「読書」「音楽鑑賞」は、
なにか無趣味なような、印象を受けるような気がして、
僕は恥ずかしく答える。
本当はそんなことないと思うんだけど、
たとえば、女性を口説くときには、あまり使えない(冗談!!)
サックスと写真にたいしては、
まだ、まだ、とても趣味といえるほど、
やりこんでいないので、
うかつに、胸をはっていえません…。
・でも、読書をするのは、
僕にとっては、至福な時なんです。
物語の中に入っていって、
その中で、いろんな体験をしたあと、
日常の中に戻るのだけれど、
その後、なにか自分自身に、
本当に、わずかながら変化を感じる時があります。
それは素晴らしい体験ですよね?
・音楽も同じです。
いろんな音楽を聴いて、
昔の情景が浮かんできたり、
あるいは、気持ちの部分で揺さぶられる部分おおきいですよね。
ロック、JAZZ、ピアノソロ…、本当にいろんなジャンルを聴きます。
・この2つに共通することは、
それによって、自分の中身に影響を与えていくものだと思います。
そういう体験は現実でも、ありえることだけれど、
現実で体験することには、限りがあって、
だから、本や音楽に心をゆだねていくことで、
想像力、心の動きとか、
言葉では説明できないなにかを得る事ができるんだと思います。
・ある種、心の中で旅をしている感覚です。
10万円の旅行パックも素晴らしい体験ですが、
500円の文庫本から、CD1枚から、得るものも大きいです。
だから、僕はそんな意味では、たくさん旅行してるのかも…。
・運動神経がなくて、ずいぶん、小さい頃は悩んだものだけど、
そのぶん、僕は、たくさん本を読めた小さい頃は、
よかったんだなぁって、今は思います。
そういう環境を作ってくれた両親や司書の先生には、
本当に感謝しています。
僕は、小学校の図書館がとても大好きでした…。
毎日のように本を借りてて、楽しかったな。
今、その環境が生きている気がします…。
今日の気になり事:大好きな「相棒」の新女将に鈴木杏樹さん。
花の里が復活してよかった。
だれでも、自分の癒しの場所がないと、リズムおかしくなりますよね(笑
札幌の弾き語りの女の子。

・しばらく、更新休んでいました。
個人的にいろんな、つらいことがあって、
ネガティブな事は書きたくないという方針なので、
胸にしまって、いろんなことを考えていました。
・何度も書いたかもしれないけれど、
あるいは、僕は書いた事をよく忘れるのだけれど。
今と同じように個人的にすごくつらいことがあって、
学生時代の1999年の夏休みに、
青春18切符を使って、
仙台から、北海道を鈍行電車で一人旅をしたことがある。
そのときの僕は、ただ、何も考えも無く、
行き先も決めず、意識を閉ざして、野宿しながら、
北海道を巡った。
・夏の北海道の風景は、僕にはずいぶん新鮮で、
つらい現実が、いつしか、
その旅をしている時は、開放され、
次第に、「傷」から「かさぶた」になっていくのを感じた。
毎日、どこへいくかは、その日の気分しだい。
みしらぬ人とも話をしたりした。
北海道の旅は「なにか」を僕に与えてくれた。
札幌で、弾き語りの女の子が槙原敬之の「どんなときも」を歌っていた。
僕の、思春期に思い出深い曲だったので感動したのを覚えている。
どんなときも、僕は僕らしくなければ、ならないんだ!!と、
なにか勇気づけられたのを覚えている。
(その後、槙原敬之が捕まったのはさておき。)
・そのときも、今も、これからも、
生きていく上で本当につらいことは、山ほどある。
それこそ、先のみえない絶望にあたることがある。
僕だけでなく、どんな人にでも、そんな場面は、
必ずある。
そのたび、人はその「傷」を「なにか」で、消化して、
なんとか、「傷」を「かさぶた」にして、
残念ながら、心の中の「傷跡」として、残るけれども、
また、いろんな、つらい部分と向き合う。
・ただ、それによって、ただ1つ、良い所は
人の痛み、気持ちが、少しずつ理解できるところだ。
時々、自分はもっと、鈍感で脳天気だったら、
どんなにいいかと思う事がある。
でも、いろいろ考えてしまうのが僕という人間でもある。
もう、今年で35歳なんだけど…。
・そして、僕は今、抱えている「傷」を、
あの夏、北海道の旅をしたように、
「かさぶた」にして、大きくなりたいなって思う。
それによって、より相手の気持ちが少しでも理解できていけば、
それは、プラスの側面だ。
・僕の普段、薬剤師として、やっている仕事が、
ごくわずかでも、患者さんの病気に対して、
本当の薬だけでなく、病にたいする心の部分で、
傷口を少しでもよくできる、
あの弾き語りの札幌の女の子の歌っていた「どんなときも。」みたいな、
「なにか」になれればいいんだと思います。
患者さんのお気持ちをもっと考える事ができれば、
その過程も無駄ではないんだと思います。
そして、自分の周りの大切な人達の、
気持ちをより分かっていければな…と思います。
本当に心からそう思う。
追記:スパえりさん、スパえりさんのめでたいニュースは、
僕にとって、とても嬉しいものでした♪
いろんなお気持ちがあるんだろうなって、想像していて、
今年の絵本の内容も、もしかして、
傷つけてしまったのでは?と、後で心配しました。
でも、結果的にタイミングよくて良かったです♪
スパえりさんは姉のいない、僕にとって、良きお姉さんみたいな存在です(笑
僕も、自営だから、わかるんだけど、
お店をやる上で、もちろん、利益がなければ困るんだけど、
でも、それだけではないですよね。
そんなことをお店にいくと、いつも感じていました!!
お身体を十分、大切にしてくださいね♪
今日の、笑顔はすごく幸せに満ちた、
とてもいい笑顔で元気をいただきました♪
でっ、コメントは気を使わないでくださいね(笑
ホメアイタイ。

・できることなら、
理想を言えば、
人間と人間どうし、
褒め合っていきたいものだなぁと思う。
世の中に、あふれかえる言葉が、
褒め言葉ばかりだったらなぁって思う。
・時には、必要だけど、
そして、人はどうしても、そうせずにはいられないのだけれど、
傷つけてしまう事の方が多いかもしれません。
そして、世の中には山ほど、嫌な言葉がいっぱいある。
・褒め方も難しい、
たんなる、お世辞ではなく、心から言っていて、
相手も、嬉しくなり、
もちろん、自分も嬉しいのが褒めのレシピだと思う。
いいところを、見つけて褒める。
そして、褒められた人も嬉しくなり、
いいところを、みつけて褒める。
褒める空気と言葉が、
いろんなところを循環して、
暖かい空気が、広がればいいのにな。
サックスのレッスンで先生が褒め上手だから、
やっぱり、やる気になるもの。
・僕は理想主義かもしれないけど…。
そう、心がけていくと、
なんか、変わる気がして。
褒めることは、褒められた人だけではなく、
褒める人も暖めるんじゃないかな??
・僕らの口は誰かの悪口を言う為についてるんではなくて、
誰かを褒めるためのポシティブな為についてきたんだ、
なーんて、信じたいです♪
それだけ、日本語は美しいと、僕は思うから。
30半ばの僕は、若い頃は「抱きしめたい」だったけど、
今は、「褒めあいたい」です♪
(抱きしめたい、はミスチルの名曲です)
それでも、愚痴いっちゃうんだけどね…、嫌だな、ほんとに。
追記:ピアノソロの曲ばかり聴いています。
Akira kosemuraは、良いですよ。
山田洋次さんのドキュメントを見て。

・最近はBSの方が良い番組をやっているので、
テレビをみても、BS放送ばかりみています。
僕は、主にラジオ、テレビでは、BSが、ほとんど♪
だから、新しいタレントさんとか世の中の流れには疎いです…。
実際、僕は、そのへんは本当にどうでもいいことなのだけれど。
・2夜連続で、BS放送で映画監督、山田洋次さんの
ドキュメンタリーがやっていました。
戦後から震災までの、日本の家族、故郷のあり方、
それを、山田さんが撮った映画、「男はつらいよ」「幸せの黄色いハンカチ」
などと、重ね合わせながら…。
山田さんの社会に対しての鋭い観察眼と、
そして、深い考えに深く、共感しました。
・柄にも無い事なんですが、僕も、
世の中の変化、家族、仕事、故郷、人との繫がりに関して、
最近、よく考えます。
人はそれぞれ個人に、自分の人生の物語を、
持っているんだというのが、僕の一貫した考えなんですが、
山田さんの監督した作品は、(ごく、わずかしか、みたことがありませんが。)
実に、日常を生きている人にスポットを当てて物語を描いているかが、
ドキュメンタリーをみて感じました。
・歴史に名を残す人の物語も興味はあるけれど、
僕が興味があるのは、その時代、その時代を、
名を残さなくとも、生きてきた人達の物語です。
山田さんは、そこに名を与え、それを掘り下げ、
映画として、表に出なかった物語を共有させてくれている。
フィクションだけれど、確かに、かって、現在あった風景…。
山田さんの作品はそんな人への愛情や尊敬を感じます。
・そして、山田洋次監督の作品を、
ちょっと、借りてみようかなと思いました。
いろんな、普遍的な物語がある気がします。
・そして、嬉しかった事、
それは山田監督が好きな作家は、藤沢周平さんだということ。
僕も、藤沢周平さん大好きです♪
藤沢さんも、名を残さぬであろう人々を描いています。
なにか、繫がるものを感じました。
さて、寝る前に落語を聴こう♪
(僕のリラックスタイムは落語を聴きながら寝床に着く時です)
追記:視力を調べてもらったら、大部、悪くなっていた…。
ここ、最近の頭痛はそのせいかも。
レンズを入れ替えなければ、いけません。
痛い、出費…。
ハタチの頃。

・1997年6月10日に、
僕は仙台で20歳になった。
他の歳には、別の呼び名はあまりないけれど、
「ハタチ」という言葉に素晴らしい響きがあった。
その日は、のどかで、すごく良く晴れた平日だった。
大学の授業があったけど、
僕は、なぜだか、出る気がしなくて、
歯磨きをして、服装を整え、
原付にのって出かけた。
のどかな公園を見つけて、
僕はそこのベンチに座った。
今でこそ、すごく短い髪型の僕だけど、
そのときは、パーマをかけた長い髪型で、
ジョン・レノンって良く言われた(笑
・その時は、なんだか「自分」がよくわからなかった。
新しい友人もできて、仙台にもなれてきて、
のどかな6月は僕をやわらかく包んでくれた。
でも、僕はその時、「自分」がわからなかった。
まだ、若くて理想主義的な所もあったし、
自分が人とは良い意味でも悪い意味でも異なることに、
悩んでいる事にも気付いていた。
僕は、この世界では「ひとり」なのかもしれない。
友人には恵まれているけれど、
僕という人間の奥底は、僕にしかわからないものなんだ、
そう考えていた。
でも、大事にしたいことを今日、考えよう、
原点みたいなことをこの日、考えよう。
そう、思ったとき、
僕は、なぜ仙台に来たのか??
ただ、大学にいきたかったのか、
(当時の僕は大学にいかせてもらう、ありがたさを、まったく、わかっていなかった…。)
そこで、なにも考え無しに遊びたかったのか??
違うんじゃないか??
と思った。
大好きな、育ての親の叔父が、腎臓病で苦しんでいた。
なくなった祖母は糖尿病で、最後は認知症で、
家族はずいぶん悲しい想いをした。
お金を稼いでいないで、親の仕送りに頼っている頃に、
ずいぶん、生意気だけど、
お金を稼ぐ事だけがすべてではないと感じていた。
・「自分」とはなにか?
「自分」は小さい頃、医者になって多くの人を助けたい、
そう、思っていた。
形は違えど、薬学部にいて、
そこで頑張る事によって、僕は誰か、
病気で苦しんでいる人を中かも外からも、救える機会を頂いている。
親は応援してくれている。
これから、順調にいけば、そんな機会が訪れる。
そして、僕がハタチで、仙台にいて、
新しい友人、新しい先輩、新しい出会いがこれからも、あるだろう。
今日から、タバコも吸える。
お酒も楽しめる。
大人ではないけれど、一応、大人になる日だ。
・でも、まだ薬の事なんて、全然、わからない…。
授業でやる、有機化学、無機化学、物理、その他いろいろ。
不慣れな実験(とても、憂鬱だった。)
僕は、早くもうんざりして、
僕は、本来、英語もすきで、翻訳とか、海外の文学に触れたり、
文系にいきたかった、そんな気持ちもあった。
それも、もう1つの「自分」だと思っていた。
だから、本当に迷い無く(注:今思えば、迷いがあった人もいたと思う)、大学に進み、
薬剤師を目指して、がんばっている同級生をすごいと思っていた。
いま、公園にいるのは、逃げたくなったんじゃないか?
・なれないタバコを吸う、
僕はその時から、ひどく授業をサボった事を悔やんだ。
人とは違う「自分」。
そして、文系でありながら理系に進んだのも「自分」。
でも、今、仙台にいる「自分」は、
誰かの為に役立ち、病に悩む人達の力になりたいと、
「自分」から、進んだ道だ。
そして、ハタチという年齢に、仙台に来た事は、
なにか意味合いを持っている。
これから、先、なんがあろうと、実現するためがんばろうと思った。
公園に逃げてきた「自分」をすごく恥じた、
まだ、夢の一歩もふみだしていない、
大人になった年齢だけど、僕がこれから先、進む道には、
僕は赤子と同じなんだと思った。
僕は、公園から、逃げ出し、原付に乗って、
大学に、向かった。
2限目には、まだ、間に合う。
そう、この日が、
ハタチを迎えた日が、僕の人生のスタートライン。
これから、いろんなこともあるし、苦難もある、
嫌な勉強もいっぱいあるけれど、
原点の自分を思い返そう!!
なにか、「自分」をほんの少しだけ、
「自分」という海原の、浅瀬だったと、今は思うんだけど、
発見した気がして、急いで大学に向かった。
大学にいくと、いつも一緒に授業を受ける友人が席を取っておいてくれた。
僕の席が用意されていること、知り合って二ヶ月だけど、
僕の「自分」の居場所を用意してくれた友人に心から感謝した。
「どうしたの?」
と少し笑って友人は聞いてきた。
僕は「ありがとう」と伝えて、
少し笑って座った。
それが、僕の1997年のハタチを迎えたときだった。
新成人のみなさん、おめでとうございます。
すぐには、「自分」を発見できないかもしれないし、
その旅は(おそらく)一生、「自分」を発見する旅だと思います。
でも、向き合ってください、常に内面を眺めて、
見つめ直してください。
他人がどうであれ、すべては「自分」です。
そして、今日は、友とお酒をおいしく飲んでください♪
僕は、15年たっても、お酒はおいしく飲めませんが(笑
みなさんにとって、新しい「自分」を発見し続ける事が、
できる事を心から願います。
そして、僕も「自分」を発見する旅は、まだ長いです。
ほんとうに。
自己犠牲への憧れ。

三九朗、この時期の松本の風物詩。
僕も、幼き頃は、これに火がついて、
荘厳な雰囲気、神秘的に感じた事、覚えています。
・最近はサッカー観戦が中心になっていましたが、
僕は、かっては巨人ファンでした。
かといって、運動が得意ではなく、
(補欠でした…)
どうも、勝ち負けを決める世界は僕には好きになれなくて、
(今でも、勝ち組だとか、負け組という言葉は嫌いだ!!)
どちらかというと、本を読む事が好きな、
青春時代?を過ごしました。
・ただ、野球は好きで、
細かい技術的な所まで、ずいぶん見ていた気がします。
特に、投手と野手の駆け引き、あるいは、気持ちの持ち方に、
すごく、興味深かった気がします。
キャッチャーという、ポジションが好きで、
配球をきめる考え方なんか、
ある意味、心理学的に学ぶものがあって、
憧れのポジションでした。
僕は目立つ、ポジションよりも、
縁の下の力持ち的な、チームのために、自己が犠牲になるポジション、
そんなところが好きで、
たとえば、バンドの名手でランナーを進める川相選手は憧れでした。
自分を犠牲にして、手助けして、なにかを一歩進める…。
その憧れは、今でも、かわらないと思っています。
そうでありたいなって、思っています。
・ただ、僕から、野球はなんだか、遠いものになってしまって、
僕はスポーツは松本山雅でいっぱいです。
ルールもよくわかんないんだけど、
来年はアルウィンに時々、通って、
野球でいう、キャッチャーの配球の醍醐味、犠牲バンドの醍醐味、
サッカーの中に、自己犠牲の精神みたいなものを、見つけられたら、
楽しいんじゃないかと思います。
まぁ、応援することも十分楽しいんだから、
そこまで考える必要もないかもしれないけど。(笑
今から、J2の舞台を楽しみに思っています♪
同じ空気を吸っているという事。

・どんなに離れていても、
どんなに、しばらく疎遠になっていても、
僕たちは、基本的には同じ空気を吸っている。
・空気は形はないけれど、
それは循環していて、きっと見知らぬ誰か、
知っているけれども、しばらく会っていない、
なにか事情のある人も同じ空気を吸っていて、
ある意味、僕らは形のないもので繫がっているのかもしれない。
・温かい空気、冷たい空気、重苦しい空気、
人は、その場の雰囲気をなぜ空気に比喩するか、
深くは考えてきたことは、今までなかった。
ただ、僕は推測だけれども、
形にできないものを、同じ形にできない空気に例えやすいのかも
しれないなぁと僕は思う。
そして、形で現せるものより、形で現せない事の方が重要な気もする。
・こんなに寒い日が続くのだから、
僕の現実の吸っている、あるいは息をしている空気は、
もしかすると冷たいんだろうけど、
暖かい空気を自分から吐き出して、
それが循環し、いろんな人とで暖まり、
1℃でも、誰かを暖められたらそれは素晴らしい事だし、
僕も、その暖かい空気で逆に、暖められたら、
それは、ストーブよりも湯たんぽよりも暖かい♪
・生きているからこそ、僕らは同じ空気を吸えるのであって、
残念ながら、僕は亡くなった高校の親友や、祖父や祖母と、
そうなれないことに、少し寂しさを感じます…。
だから、こうして、いろんなことがありながらも、
日常で、同じ空気を吸える事は、
実はすごく素敵なことだと思うんですよね。
それが、たとえ、見知らぬ人でも、身近な人でも。
・暖かい空気が循環し、
それをみんなで、共有できたら理想だな~。
現実は、とても厚い壁で、超えられそうにないものだけれど、
今を生きている、僕らの穏やかな呼吸、頑張って生きている息づかい、
それは、きっと、感じ取る事がどこかでできるのかもしれない。
現実は、とても厚い壁で、超えられそうにないものだけれど、
大丈夫、どんなに障害があっても、
生きている限り、
少なくとも、僕らは同じ空気を吸う事ができる。
そして、そう思いたい、少しでも。。。
なにか、つたない文ですが、震災や、人と人との繫がりを考えていたら、
こんな文を綴っていました。
追記;向田邦子さんの「思い出トランプ」を読んでいます。
とても、考えさせられ、
そして、その人間模様が豊かな感受性で描かれている。
面白いです!!