君といた夏。

・ラジオでミスチルの「君といた夏」が流れていました。
夏の終わりのさみしさは、
いろんな歌で描かれているように、
とても、寂しくなりますね。
なんだか、祭りが終わったような。
僕、個人的には、フジファブリックの「若者のすべて」が、
夏の盛り上がりとはかなさを感じさせて、大好きです。
・まだまだ、暑い日は続くけれど、
微量な「秋」を感じたりもします。
コンビニのビールのところに、「秋味」が並ぶたびに、
うーん、秋だ、夏は終わるんだなぁって、
さみしいような、でも秋は好きだし、
と複雑な気分になります。
・残り少ない夏、二度とない2012年の夏。
あなたは、素敵な思い出作れましたか?
あるいは、これから作れそうですか?
僕は、地味ながら、
会いたい人にも会えて、素敵な夏だったと思います♪
海には、いけなかったけれど、
ぜんぜん、日焼けしていないけれど、
でも、いい夏だったなぁ。
恥ずかしい文章。

・歯医者での治療が続いています。
幸い、根冠の治療でよくなるようなのですが、
まぁ、貴重な休みが、それに捕われるという事は、
嫌ですね。
僕が、小さい頃から後悔していることは、
歯をしっかり磨いてこなかった事と、
食事のマナーをしっかり身につけられなかったことですね。
たぶん、ヘビースモーカーであることも、
後ですごい後悔すると思うし、
仕事上で、いろんな不都合が生じています。
・僕は、たとえば素晴らしい小説とか、
今はゲームはまったく、やらないんだけど、
面白いゲームをやったりすると、
作る方がやりたくなるタイプでした。
実際に、小学校の時は、ゲームをみんなでプログラミングして、
作成したり、漫画雑誌を(今でいう同人誌ですね。)
みんなで作っていました。
・さすがに、今は自分の身の程を考えて、
後は、時間的な余裕から、
つつましく過ごしていますが、
国家試験の勉強に飽き飽きしていた時に、
小説をパソコンで書いていたときがあります。
導入部だけで、すぐ、やめちゃったけど。
恥ずかしいけど、プロットを書いたファイルを、
コピーしてみました。
「日本に地図に載っていない、ずっと雨の降る街がある。
それは、太古の神々の呪いであり、
それを最小限におさえるため、
美雨という、巫女が毎日、祈っている。
美雨は、寿命がつきるとともに、
新しい女性に、美雨という名前を与え、
祈りは続けられてきた。
雨の街は、傘がスーツのように、ステータスになっていて、
傘が、その人の地位を現す。
ある日、東京の公務員の主人公が、
上司に命じられ、秘密裏に、
雨の街を潜入捜査することになる。
主人公は雨の街で傘を買う事から、奇妙な物語は始まる…。
そして、美雨になることを宿命ずけられた、女性と出会う。」
…、国家試験で病んでたんでしょうか?
どこから、パクってきたんでしょうか?
読むだけで、赤くなります。
というわけで、なにがいいたいかというと、
小説家とか、当たり前だけれど、
なにかを作り出す人は、凄いということ。
僕は、読む方でいいと、つくづく思いました♪
「やみ」と「だん」。

・基本的に、
「人は病んでいる」というのが、
僕の基本的な考えです。
僕自身も、自分の中にある「やみ」みたいなものを、
もって生きています。
それは、時に少ないながらも、人を傷つけ、
あるいは、誰かを損なう事もある。
だって、人が病んでいないとしたら、
世の中で起きている、ひどいニュースは起きないわけでしょう。
・僕も、時々、なにかリズムがおかしいと、
「やみ」的なものが、多くなってきます。
その中で、歳を取るごとに、
僕は、少しずつ大切な物を失っていった気もします。
ある意味、「やみ」との戦いなんだとも思っています。
・「やみ」を中和するなら、
僕は、何度もいっている気がするけれど、
「だん」をとることだと思います。
暖かい中で、「やみ」を消していくんです。
それは、なにも、自分だけが「だん」をとるだけではなくて、
誰かを、大切な人を、見知らぬ誰かと、
「だん」をとることです。
・人それぞれ、そして、僕自身、
他の誰でもない、孤立した存在だけれど、
誰かと、喜びや悲しみを共有した時、
それによって、救われた時、役に立った時、
「だん」を得られる気がします。
僕は、大変ながらも仕事の中で、そんな部分を得られてる時もあります。
まぁ、嫌な事も同じくらい、正直あるけれど…。
あるいは、恋愛とかも含めて、誰かと、
同じ気持ちを抱いている時もそうかもしれない。
・みんなで、こたつに入るみたいなもんです。
暖かみを共有するみたいなことだと思います。
冬場に幼少の頃、こたつが暖かかったのは、
家族との会話で「だん」をとっていたからだと思います。
・深い「やみ」は、僕を時々、襲って来る、
けれど、僕は、僕らは、「だん」をとることで、
病んでいる部分を、ふりきってきたのかもしれない。
傷ついた事や、傷つけた事を思い返すと、
とりかえしのつかない時間も確かに存在する。
けれどね、だからこそ、
病んでいるからこそ、そこに救いは用意されてるんだと思う。
・「やみ」と「だん」は共存するもんなんだ。
そんな中で日常は流れているんだと思います。
僕だけかもしれないけれど、
少なくとも、それが僕の世界観なんだ。
今日のハタマロ:秋の気配がしますね。秋といえば、東北の芋煮会!!ひさしぶりに、やってみたいなぁ…。
僕にだって、守るべき物があるから。

・ひとり、ひとりに、
守らねばならない空間や、気持ちがあり、
自分にも、いろんな生活があるように、
身近な人にも、街ですれ違う人にも、
それぞれの、生活があり、物語があり、
それを理解することは、大切だと感じます。
それだけで、世界の見方は変わると思います。
・交差点でも、歩いている人には、
それぞれの、物語がある。
それこそ、スクランブル交差点なんか、
物語だらけじゃないかと思う。
そんな、自分だけでなく、
多くの人が、自分の物語を持っている事は、
すごいことだと思うんです。
・逆にそれを理解しないで、
土足で心の中に入って来るヤツもいますよね。
そんときは、僕は、
黙ってろ!!とは、言わないけれど、
少なくとも、わかってもらおうとは思わないし、
自分の物語を理解せずに、なに勝手な事いってるんだ、
って思ってます、正直。
というか、開き直ってます。
僕にだって守るべき物があるから。
・だからこそ、僕は人の物語に理解と共感したいと思うんだよね。
理解がなければ、共感がなければ、
この人と話しても、意味がないって思われて当然だものね。
なかなか、難しい事かもしれませんが、それでも。
今日のハタマロ:アンティークの薬瓶を検索してたら、はまってしまった…。
特に、ヨーロッパ物がいい風合い。
安い物があったら、薬局に飾ってみようかなぁ♪
薬剤師の友人達、検索してみると、面白いよ~。
レシピ。

・学生時代は、暇な時、わりと自炊していたんだけど、
僕は、普通においしいカレーが作れなかった。
原因は簡単で、
いわゆる隠し味的なものを凝りすぎて、
いれすぎてしまい、結果的には、すごく濃いカレーで、
猛烈にまずかった。
鶏ガラでダシをとったり、唐辛子を思い切りぶちこんだり、
コリアンダーや、ガランマサラをおもいっきりいれた。
ナンプラーやチョコレート、コーヒーをいれたりもした。
怖いものみたさで、
後輩からは、「ハタマロカレー」と呼ばれ、
食べた後輩はことごとく顔がゆがんだ。
結局、僕の学んだ教訓は、普通にルーでレシピ通りに作るのが、
一番おいしい、だった。
・レシピ通りに作るということは、
要は基本に忠実な事で、ある程度正攻法にいくことと、
共通している。
なにかをいれたから、劇的に変わるというわけでなく、
要は変化球でなく、忠実に作り、なおかつ、
そこに、自分の色をそえていく(さりげなく。)
・近道ってものは、そんなないんじゃないんだろうか?
ある程度、標準的なレシピを通ってから、
初めて、そこに、自分がのせられるのかもしれない。
僕が、おかしなカレーを作って学んだ事は、
そんなことだった。
・誰もが、同じレシピで生きている事は、ないけれど、
生活する上で、仕事をする上で、恋をする上で、
あたりまえのレシピをあたりまえにやるって大切だと思う。
それから、色をそえてもいいんだって思う。
僕は、まだまだだと思います。
ほんとにね。
でも、もうあんな、おかしなカレー食べたら、
胃が壊れるなぁ~我ながら(笑
脱力文。

・最近は、なんだか疲れているんだけど、
快眠が得られなくて困っています。
今日も、朝の5時ぐらいに、
すごい、怖い夢をみて、
飛び起きました。
リズムがおかしくなっているのかなぁ。
なにか、気持ちとか、体調とか整える健康法みたいなこと、
始めなきゃ行けませんね。
いや、まぁ、もう折り返しですから。
・なんだか、歳をとって、肉から魚に移行するように、
僕は、最近、
いい味だしてる古い布とか、昔の薬瓶とか、
アンティーク系の雑貨を、ネットで眺めて、
いいなー、いいなー、と思っています。
フランスとか、チェコとかのものなんだけど、
すすけた感じが心地よいです。
こういうものに、かこまれたいなぁ、
なんて思っています。
けれど、松本だと、そういう店をあまり知らないので、
(ビクトリアンクラフトぐらいかなぁ。)
ちょつと、そんな所も楽しみに加えたいなと思っています。
・コーヒーは、ほぼ毎日煎れているのですが、
なんだか、紅茶も凝ってみたいなぁと思いながら、
手をつける暇もなくて、時間たりないなぁと思っています。
まぁ、あっても、ゴロゴロしちゃう時の方が多いですが。
料理は学生時代から、まったく苦手で、
カレーも凝りすぎて、不味くしてしまう音痴ですが、
コーヒーとか、紅茶とか、お茶とか、
その辺に拘るのは、結構好きかな…、ホッとしますからね。
来客にお茶をいれられるようには、なりたい。
その前に、部屋掃除しないと(笑
・それから、昨日ひさびさにサックス練習したら、
かなり、忘れている事にビックリしました。
がんばって、練習しないとな♪
でも、時間が足りないのが悩みなんだよね…。
どうしてるのかなぁ、みんなは?
暇なようでいて、有意義に過ごすって、難しいよなぁ。。
・力が抜けたというか、適当に書いているので、
今日は、この脱力全開で、
笑えるくだらない夢を見たいです。
そうだな、すこしエッチな夢もみたいかもしれない(笑
冗談ですが…本気にしないでください。
でも、怖い夢みるくらいなら、エッチな夢観た方が、
精神衛生上、良いよね?
同じ匂い。

・同じ匂いのする人、
という表現を、よく使うけれど、
それは、言葉で表現できないからこそ、
匂いという、目には見えない部分に、
例えてるからともいえます。
カッコイイ、カワイイ、イケメン、美人、
そういう外面は、わかりやすくいえるけれど、
人間関係における、匂いというエッセンスは、
目にみえない部分が、
つまりは、心の中に、共感がうまれているのかも…とも思う。
自分でも、よくわからないけれど。
で、こういうの理屈ではないからね…。
・街で時々、かわいいなぁ、セクシーだなぁって、
見とれる人も、ごくたまにいます。
でも、それはいい景色だなぁ…、
と同じ物ではないかと、自分では思っています。
同じ匂いのする人は、景色がいいというより、
もっと深い部分のつながりなのかもしれないね。
この家は、なんだか落ちつく…そんな感じかもしれない。
自分の故郷やHOMEみたいなものかもしれません。
・同じ匂いを感じる人を大切にしたいと思います。
人付き合いも悪いし、友人も少ないけれど、
そういう人達がいるってことは、
ギュツと絞った濃密なレモンみたいに、
僕の中を豊かにしてくれると、思います。
嬉しい事だと思う、ほんとに。
今日のハタマロ:街の帰りに、「オバタリアン」っていうパブの看板があるんだけど、「美人度5%満足度95%です!!」って書いてあった。
その95%はなんなんだろう??…あまり、考えたくないですね…。
でも、頭から離れないんだ、これが♪
色鉛筆のぬくもり。

僕の自宅を少し登れば、こんな風に、
温泉の源泉があります。
浅間温泉は、僕にとって、本当にかけがえのない場所なのです♪
・時々というか、
ごく、たまに、色鉛筆で絵を描きます。
手紙とか、ハガキとかに、
お世話になった人、大切な人には、
アンパンマンのアイコンを書きます。
それは、僕にとって、アンパンマンの正義が、
僕の共感する所だからです。
自分の顔をお腹のすいている仲間に分けてあげる心。
そんな、考えがけっこう好きなんです。
・色鉛筆のアナログな感じが好きです。
12色という、限定されることで、
色彩を、シンプルに決められます。
そして、ぬり方によって、風合いが変わるのが楽しい♪
と、なにか自己満足ですが、
というか、自己満足なんですけどね(笑
結構、受け取った人は、
笑っちゃうんじゃないかなって、時々、心配するんだけど(笑
・手で書くという事が、携帯や、パソコンで、
時々、以前より廃れたかな?なんて思う事はあるけれど、
そして、僕自身もそうだけれど、
大事な事は、本当に手書きが良いし、
気持ちがつたわると思っています。
そして、機械化されていない、手作業が楽しいです。
絵の具を使って書くのも、今だったら、
きっと、すごく楽しいんだろうなぁ、って思っています。
昔から、美術は好きだったけれど、
成績は悪かったなぁ…(笑
・手書きのぬくもりみたいなもの、
僕は大切にしていきたいと思っています。
何回もいっているけれど、僕は、「あたたかみ」みたいなものに、
魅力や興味や大切にしたい気持ちがあるからです。
今日のハタマロ:10月にプラネタリウムピアノコンサート。小瀬村晶さんの手作りのライブ。
チケットはあるけれど、いけるかなぁ、少し心配です…。いや、いくぞ♪
笑顔のリレー。

・僕は、好き嫌いは割と激しい方です。
そして、別に、それは、みかけとか、生理的なものとか、
そんなもので嫌うわけでなく、
しっかり根拠があるし、
だからこそ、嘘はつきたくないんです。
まぁ、我慢しなきゃならんということも、もちろんあるけどね。
殴られて、殴り返したりはしないけれど、
傷つけられる可能性があるのであれば、
僕は、会わないように、できるだけ避けます。
その方が快適に過ごせるんです。
いい大人だから…という、論理ではなくて、
大人だからこそ、そういう自己防衛は必要なのかなと、
僕は考えています。
まぁ、人それぞれですね…、受け入れられない性格かもしれないけれど…。
・でも、同時にね、
僕は、全ての人に、良い顔はできないけれど、
できることなら、いつも笑っていたいなぁと思います。
そして、周りが笑顔になって、
笑顔がバトンのように、渡せるように、
そんな笑顔のリレーが、続けばいいなぁと思います。
僕は、自分にとって、
大切な人達、家族、友人、好きな人、患者さんが、
笑顔になることが、なにより嬉しい事だし、
それが、僕にとって、一番大切な事で大切にしてきたことなんです。
もしかすると、奇麗事かもしれない、そんな風に現実は甘くない、
確かに、そうかもしれない。
・でも、そんな努力さえ、むなしく思える現実だけれど、
でも、僕が笑顔でいる努力、周りの大切な人が笑顔になる努力、
というか、自然に、そんな笑顔でいること。
そんなふうにできるなら、どんなことだって力になったり、
なにかできることがあったら、できる限りしちゃうよ、
という気持ちがあります。
笑顔のリレーの一人になれたらいいなぁと思います。
僕の、「大切にしてきた事」を語るなら、
笑顔のリレーの走者の一人になり、しっかり大切な人、あるいは、
見知らぬ困っている人に笑顔を渡す事です。
ときどき、どこかに、落としてしまって、
見失う事もあるけれど、それでも。
・さて、今日はお墓にお見送りをしました。
お墓はいつも、何かを語りかけてくれますね。
僕は、祖父祖母に、
今日、ブログに書いた事を簡単にしたことを、
祈りました。
がんばるから、見守っててね!!って♪
おおかみ子供の雨と雪を観て。

・「おおかみこどもの雨と雪」を観ました。
僕は、映画や小説で泣く事はほとんどありません。
現実の事で悲しい事で泣く事は、ごくわずかにあったけれど、
たぶん、そんな泣くタイプではないと、
自分では思っています。
でも、年齢を重ねたのかなぁ、
最後は一目もはばからず泣いてしまいました…。
ネタバレしてはいけないので、内容はさけますが、
これは、家族の物語、そして、子育ての物語だと感じました。
・僕は、結婚をしたことがないので、
子育ては友人の話で、想像上の事しか思い浮かばないのですが、
自分の親が、たぶん、こうやって、
自分を育て、心配し、将来を考えてくれていて、
思春期や、なにかと反発していたときも、
あるいは、小さい頃、身体的な特徴で、
いじめられたりして、
なんで、自分だけ…、って親に話したときも、
いろんなことを、考えていてくれていて、
自分の成長を温かく観ていてくれたのだなぁ、
そんなことを、思っているうちに、
なにか人としての営み、家族というかけがえのないもの、
そんなものが、僕の心の中に、
スッと入り込んできて、
僕は、たまらなくなりました。
そして、感激しました。
・「おおかみこども」は、僕でもあり、
映画を観ている、全ての人の中に「おおかみこども」はあり、
たくさんの人が、そんな、物語を持っているんだ、と思いました。
薬局に来る、小さい子を連れて、心配そうなお母さん、お父さん、
介護をしている家族の方…。
みんな、それぞれに物語を持っているんだとも改めて思いました。
現実の世界は、本当に厳しいし、
ガッカリしたり、悩む事が多くあります。
僕も、最近は、ひどくガッカリしたことがありました。
けれど、その現実世界でも、
こういう物語をみて、
ファンタジーだけれど、その中には、
そうか、自分も、そんな物語を持っていて、
形は違えど、それは、誰にでも、
かけがえのない物語があるんじゃないかという気持ちになりました。
・親になれるかは、僕は正直、自信がないし、相手もいないし、
怖い気持ちもあります。
けれど、僕は、逆にいえば、
「おおかもこどもの両親」みたいになれたらいいなぁと思いました。
今度は、自分の番だと思いました。
そして、その感情を思い起こさせ、
忙しい中でも、大切な事を思い出させてくれた映画に、
ありがたいなっ、て思いました。
下手な読書感想文みたいで、失礼しました。
さて、お盆も終わりですが、
僕の知り合いの、子育てママ、パパのみなさん、
良き思い出の夏を作ってくださいね♪
追記:今日は終戦記念日でもありますが、母の70歳の誕生日です。