豊かさ、自由。

・形に見える豊かさというものが、
世の中では、大きなウェイトをしめている部分があります。
僕は、一応…、働いてるわけで、
その分、制約はあるにせよ、
たとえば、iPhoneに変えたいなぁと思えば、
自分の意志で変えられるわけです。
・その分、失った物もあります。
ある程度の歳になると、世間体が気になって、
やっぱり、「自分はこう思う、感じる。」と思っても、
それぞれ立場が、違うから、なかなか言えない場面も多いですよね。
まぁ、人の事を、とやかく言える立場じゃないってのもありますが。
自分の心に正直なることって、なかなかうまくは生きてはいけないものです。
自分に嘘をつくのが、だんだん、うまくなっていきます。
そういう意味では、僕はある意味、
物質的には、子供の頃より、自由なのですが、
思春期や学生時代の、
感情の素直さや、あるいは、時間の自由さがあったころより、
時間や人間関係に、おいては自由ではないなぁって気がしています。
・そういう意味では、僕は、
豊かさ、自由って、なんなんだろうなぁって、
いつも、考えるんです…。
でも、それが大人ということであり、
それを考えなかったら、いろんなことは破綻していくのだと思います。
・だから、みんな、いろんなことに、
折り合いをつけて、生きているんだよね。
その失った物の中で、
僕は、得たものも、間違いや失敗で、
ある気がするのです。
だから、それも醍醐味なのかなぁ、なんて、
開き直っています。
・そんななかで、新しい、自分の味わいみたいなものが、
増えていくのかもしれませんね。
だから、僕は、
「豊かさ」ってものについては、
本当にしつこく考えています。
たぶん、一生、考えるんだろうなぁ。
BREND.

・昨日、丸山珈琲の「秋のスペシャルブレンド」のコーヒー豆が届きました♪
早速、頂きました、おいしい…。
・ブレンドとは、さまざまな持ち味の違った豆により、
単体の豆では、出せない味をだしたものです。
時々なんだけど、僕らはもしかして、
コーヒー豆みたいなもんじゃないかと思うことがあります。
・僕ら、一人、一人がブレンドなんだと思うのです。
その人の中にある、そのコーヒー豆にある、
優しさや、悲しさ、面白さ、誠実さ、
あるいは、寂しさや、怒り、憎しみ…。
いろんな感情をブレンドしている。
僕は、「さわやかブレンド」です!!って人も、
そのブレンドの中には、嫉妬や、自己嫌悪や悲しさが混じっている、
のかもしれない。
ラベルだけでは、わからない、
深く味わってみないとわからないのだと、思う。
・そして、感情もブレンドされているんじゃないだろうか?
「愛してる」っていう感情の、ブレンドの中にも、
思いやり、大事に思う気持ちがあれば、
嫉妬や、怒りや、痺れるような快感もあるんだと思う。
・そして、その1つ1つの、「わたし」や「あなた」というブレンドが、
お互いの複雑な「感情」というブレンドが、
いろんな人のブレンドと、またブレンドされることに、
僕は、すごく興味があり、それは怖くもあり、面白くもあるんだ。
コーヒー豆(わたしたち)は、それぞれ違うから、
それぞれ違うブレンドであり、違う感情のブレンドだから、
さみしかったり、孤独に思う。
とても、つらいことだと思う。
けれど、それが、
奇麗な部分も嫌な部分も含めて、
ブレンドされた時、
そこには、なにか新しい味、新しいもんが待ってる気がすんだ。
…そんな、気がしてんだ。
僕だけだと、思うけど。
この、秋のスペシャルブレンドのように…。
今日のハタマロ:このブログを書いている間にコーヒー3杯飲みました。
寝れなくなってしまうなぁ、困った(笑
同じ時代、ぬくもり。

・同じ時代に生まれて、
同じ時間に、みんなと生きている、
これは、とても奇跡的な事だと思います。
それだけで、嬉しい。
みんなと同じ空気を吸って、
いろんなことを考えて生きているのだから。
・実際に同じ時代で、人と人とが出会う事、
それも奇跡的だ。
それは、時間だけでなく、住んでいる場所や、
なんらかの、接点や繫がりがなければ、
出会う事はない。
「縁」というものだろう。
僕の、大学時代の教授は「人と人との出会いは財産だ!!」
が、モットーでした。
本当に、そう思う。
多くの人は、同じ空気を吸っている、
いろんなことを考えているけれど、
たぶん、それを話したり、共有していることに気付くには、
人は出会わなければ、わからないことなんだと思う。
・そして、人と人が出会い、
お互いの「なにか」を交換して、
気持ちを共有する、
心が通じ合ってる時、「ぬくもり」の感じ、
それは、洗濯をして、お日様でしっかりほして、
きれいに畳んだ、バスタオルで身体を拭く、ふわふわ感に似ている。
それは、とても、とても、日常に馴染んでいるようで、
でも、ある種の奇跡的なことで、
生きている事に感謝する。
生んでくれた親に感謝する。
・だから、僕は思う、同じ時代に生まれてよかった♪
僕は、今、「ここ」にいることが嬉しい。
「音楽」や「本」は時代を超えていくけれど、
人の「ぬくもり」は、同じ時間にいるからこそ、
出会えるからこそ、分かりあえるからこそ、
感じられるんだよなぁって、思う。
保存はきかない、冷凍できない、生ものみたいなもんだと思うのです。
あるいは、CDやDVDではなくて、素敵な生演奏を聴いている感覚…。
そんな、「ぬくもり。」
だからね、「ここ」にいて嬉しい。
そんな仕事終わりの日曜日の夕方…。
夏の成分、まだ少し、残ってますね…。
音楽と読書。

・読書に音楽が趣味って、
なかなか地味なので、けっこう聞かれると、
うーん、平凡ですいませんという時もあります。
けれど、本を読む人って、
立派な趣味だよなー、得られるもんだって、
いっぱいあるもの、なんて思っています。
・で、音楽なのですが、
しばらく、歯の治療の為、休んでいたサックスのレッスンを再開します。
時間が空いていたので、またやり直し感も大きいのですが、
地道に、楽しみながらやっていきたいと思っています♪
僕はある意味、歳を重ねてからの、
仕事や家族以外の生き甲斐みたいなもの、
極端にいえば、仕事を引退(今のご時勢では、定年の後も働くんだろうけど)
した時に、楽しめるものを、今の内に、
やっていきたいなって思っているからです。
写真も、最近は撮れていないけれど、しっかり続けていきたいし(で、楽しい)
仙台JAZZフェスティバルが、行われている日に、
なんだか、そう思いました。
・ちなみに、僕は、習慣として水泳を取り入れたいと思っているんですが、
(集団スポーツは…なんだけど、個人スポーツ、水泳は好きなんです。)
ラーラ松本以外に、近場で気軽に通える室内プールを、
探しています。
今の所は、庄内ゆめ広場のプールですね。
もっと、余計な肉を減らして、摂生した身体を作りたいもんです。
Body、大事です。
・旅行は仕事柄、海外にいくとかは、考えられませんが、
普段の生活にそんな彩りを加えたいもんです。
でも、ほとんど一人で完結できることばかりですね。
でも、いいんです、数少ない友人がいて、
中途半端な友人は作らない、それ、僕のポリシーです。
結構、人間関係に悩む、性分なんで、仕方ないですね。
今日のハタマロ:今日はMINIの日だそうです。MINIクロスオーバーをちょっと前に試乗しましたが、いまの車って、進化してるんですね。車関係はうといのでビックリです。
まぁ、車を買い替える事はあんまり興味ないかなぁ。
MINIクロスオーバーは魅力的ですが、貯蓄、貯蓄かな。
暖炉に薪を入れる事。

・私は、私であり、
この世の中で私という存在は、
一人であるという、認識を持っています。
それぞれの「私」の中には、様々な感じ方も人それぞれあり、
同じ感情を抱く事は、
すごくまれなんだなって、僕は思います。
それに、遅かれ早かれ気付いた時、
ひどく孤独を感じます。
・だけど、そこで大切な事は、
確かに、「私」という存在は一人だけれど、
<けして、ひとりぼっちではないよ。>
という事です。
自分では、気付かないだけで、
誰かが、私や、あなたの事を心配したり、どうしてるかなぁって、
思っているんだと思います。
僕も、直接的ではないけれど、
どうしてるかなぁ、って思う人は何人かいます。
・あるいは、まったく同じではなくとも、
ところどころで、私たちは共感をどこかで得ていて、
そこで暖をとる瞬間もあるんだと、思います。
私たちにとって、ストーブや、湯たんぽや、ヒートテック、
みたいな人は、必ずいるんじゃないかなって思います。
もちろん、100%なんて、あり得ないけれど。
・逆にいえば、私たちは、
気持ちが冷えた時、
暖炉に薪をいれて、暖かみを絶やさないような、
そんな作業をしていて、
そして、他の誰かも、どこかで薪を暖炉にいれていて、
そんな風に、暖まって、分かりあえる事もあるんじゃないだろうか??
そんな気もしています。
現実や、世間というものは、四方八方壁に囲まれている世界です。
でも、距離が離れていても、会う事は少なくても、
間接的には巡り巡って暖めている、繫がっているんだと思う。
・「私」以外の人と、違う事は、悲しいけれど、
だからこそ、その暖かみのようなものは、
代え難いものだと僕は思うのです。
寒いときの、鍋は暖まるし、
暑いときの、ビールは最高なのと、感覚的には同じ、
生きてるってそういうことなのかなぁ、なんて時々思っています。
って、書いてて思うんだけど、同じ事ばっかりいってますね。
進歩がないんだか、一貫してるんだか(笑
秋の夜長に。

・小学校3年だと思うんだけど、
となりの席の女の子に、
告白みたいな、つまり、
今、手紙を書いているから、読んでね、
と言われた事がある。
彼女は今、どんな生活をしているのかな?なんて思う事がある。
とても、穏やかでけして、人の悪口を言わない、
優しい、おとなしい女の子だった。
・これまでの人生で、
僕は、まぁ、もてない…というか、
受け入れてくれる人と、受け入れてくれない人、
それが、すごくはっきりしていて、
傷つきもし、そして、ガッカリすることも多かった。
だって、小さい頃、あるいは思春期の僕は、
まぁ、今でもそうなんだけど、だらしなくて、不潔なところがあるし、
気が弱くて、運動も苦手で、協調性もあんまりない、
まぁ、本を読んだりするのが好きな、
でも、それを共有する人も少なくて。
まぁ、今も、変わっていないんだけどね…。
・だから、僕はすごく不思議で、
まだ、小さいから、その頃の少年は誰しもがそうなんだけど、
照れてしまい、なんだか、照れ隠しなセリフを言ってしまった気がします。
もしかすると、その女の子を傷つけてしまったのかなぁ、
と、今では思う。
・でも、僕は、それは自分にとっては、
小学校3年の僕にとっては、
そして、今の僕にとっても、
その女の子に感謝しています。
受け入れられるって、とても嬉しい事です。
たぶん、はじめて、異性に好意を持ってもらった事は、
なにか、僕の中でフワッと夢のように、蘇るときがある。
こんな僕でも、ありがとうって気持ちが、
あの時も、今でもあるのかなぁ。
今、この同じ空気を吸っている、
大人になったその女の子にもありがとうだし、
小学校3年の頃のその女の子にも、ありがとうって言いたいなぁ…。
秋の夜になると、なんだか気候のせいか、
いろんなこと、考えますね…。
今日のハタマロ:iPhoneに変えようと思っています、たぶん。
花ぐもり。

・「はなぐもり」という言葉は、
藤沢周平さんの「山桜」という短編から知りました。
桜の花が咲き乱れる頃の、
曇り空が、「はなぐもり」というのです。
桜は、はかなかく、一瞬にして散り、
しかし、日本人を魅了する。
しかしながら、春の天気は雨が降ったり、風が吹いたり。
天気が悪いときの方が多いかも知れない。
せっかくの満開の桜も不安定なんだ。
けれど、日本人は古来から、
その2つのはかなさを、愛してきた。
・それは、結局、
僕らが生きているということは、
「はなぐもり」のように、満開の時期は、
実に、可憐で美しいながらも、その時の状態は実は、
不安定で、危うさが同居していて、
とても短いものだと、
僕は想像する。
・2つの矛盾、短いはかなさと、満開さえも不安定さと同居している、
そんな、日本人の心には、「はなぐもり」のような、
「もののあはれ」みたいなものがあるんじゃないだろうか?
花がさいていても、それでは心穏やかではないけれど、
だからこそ、より、それを日本人は楽しむ心がある。
はかなさに、自分を置き換えているのだとも思う。
・曇り空と、桜の花、
そんな情景は、僕は思えばいつも、
人生で、たった1日の中でも、同居している。
いいことばかりでない、悪い事もある、
なにかを失う事もある、でも、そこには、希望のような華やぎもある。
桜が満開のような情景には、むしろ空は曇っていた方がよいのかもしれない。
そして、これからの僕らも、
当然、そんなはかなさを持って生きていくんだ。
「はなぐもり」ような、情景を生きている。
・そんなことを、この言葉をみて思いました。
美しい言葉だと思います。
ただ、奇麗なだけではない深い言葉です。
オリオン座。

・僕が、まだ本当に小さい頃、
浅間温泉が元気だった時代、
近くに「オリオン座」という、ストリップ劇場があった。
・夜になると、宣伝カーが、
いかにも昭和な陽気で、すこしピンクな音楽をながして、
浅間を走っていた。
僕は、事情も知らずに、(保育園児だから、知る由もない)
その音楽が気に入っていて(ドリフみたいだったから。)
オリオン座の車がくると、はしゃいで手を運転手に振っていた。
景気が悪くなって、小学校に入る頃には、
オリオン座はなくなっていた。
僕は、宣伝カーに手が振れない、音楽が聴けないと思うと、
それは、とても寂しい事だった。
・でも、物心がつくと、
僕は、あの音楽の陽気さにひそむ、
なんだか、ギラギラした大人の欲望みたいな匂いを思い出す。
でも、それはそれで、
あの頃は、明るい時代だったんだなぁ、
と思う事もあります。
浅間温泉自体に元気があったって事だとも思うし。
そこで、働いてる方はいろいろと、大変だったんだろうなぁとは、
もちろん、想像するけれど…。
・その頃は、笑顔の分量が多かった気がします。
観光客の方も、お酒ですっかり陽気になって、
実家の薬店に、ユンケルとか買いにきて、
そんな光景が僕の奥底にはあります。
・僕自身でも、今は、笑顔は笑顔でも、
疲れていても、とりあえず笑顔ってとこもあるし、
心から、笑える事も少なくなってきたし、
あまり、感情は表にだすまい、って、
心がけてる部分があるからね。
・そんなことを、ふと、
晴れた夜空で、オリオン座をみると思い出して、考える。
そんなわけで、僕が、
好きな星座で、一目で見分けられる星座はオリオン座です。
星をみて、ストリップ劇場を思い出す人って、
ロマンチックもなんもないけど、
なかなか、いいものですよ、情緒があって。
私は。

・僕は、本来、自分の事を話すのが大好きだった人間だといえる。
若いときは、人の話を聴くより、
自分の事を話したいという人間だった。
正直、それは根本的には変わっていないかも知れない。
最近、友人に話すことも、
気がつけば、
個人的にやれやれというか、
1年くらい、ずっと、がっかりした事をいつまでも、いつまでも、
嘆いていた、そんな自分だった…。
・しかしながら、ここ数日、
そんな自分にも、ウンザリして、
仕事での、患者さん、従業員のみなさん、
あるいは、僕の周りの人達に、
今、僕が、頑張る事によって、なにかよくなることを、
具体的に、考えていると、
残念なことは、世の中にたくさんあるが、
それは、それで、僕にはやるべき事、まだやらねばならない事は、
星の数ほど、あって、
それによって、もし、小さい自分にも、
誰かが喜び、笑顔にできることが、
もっと、もっと、掘り下げていけるんじゃないかと、
改めて感じるようになった。
すべては、そこにいきつくのではないか?と。
・高い壁が、自分の周りにある。
そんな孤独な気分でいたけれど、
その中で、閉じ込められた、
僕の心の中にある、
なにかが、壁抜けをしてきた気がする。
・そう、僕は、
人の笑顔が観る事が好きなんだ、
小さい頃から、人の役に立ちたいと願ってきた。
実の父と同じくらい尊敬し、育ての親だと思っている叔父の、
腎臓病の闘病生活を小さい頃から、そして、今でも、
みてきた、僕が心から感じた事は、そこだった。
・自分の、小さいけれども、
その小ささなりきに、小回りを利かせるように、
丁寧に、僕は、
患者さんに接しながら、
大切な人や、お世話になっている方に、
耳を傾け、そして、少ない頭でも想像力を働かせ、
考えたすえに行動できたら…。。
そのためには、たくさんの勉強や経験(実際の経験でも物語でも)が、
僕には、まだまだ、必要なのだと思う。
そんな、基本的な事を大切にしていくことが、
自分の大切な事だと感じる、本当に。
・誰がどうした、なんて、どうでもいいことなんだ、きっと。
なんだか、わからないけれど、
そんな、原点みたいなものを、
改めて、感じ、
その気持ちを忘れないように、書き留めておく。
自分のジャッジは自分で決めるのであり、
自分が頑張る事も、自分次第なのだ。
他人は関係ない、自分なのだ。
それが、「わたし」であり、
よくも悪くも、世の中には、「わたし」という、存在は、
一人だけなのだと思う。
私にできることを、丁寧に頑張りたい。
それによって、役に立てる事が、もしかすると、
増えるのだから。
きっと、その方が、いい循環だと感じる。
きっと、そうなんだ、と思う。