運命共同体。
学生の頃、これは運命共同体のような体験を、
いくつかしたことがある。
サークル、部活、ともだち、数少ない恋人。
友のためならば、どんなことでも、わかちあう!!
我が事のように想う!!
ある種の、一心同体。
当然のことながら、その共同体は、長くは続かない。
ひとは、いつまでも、一心同体にはなれない。
年齢や、仕事や、いろんな状況で、人は変わる。
学生の頃のような、運命共同体は、
EU並みに、むずかしいのかもしれない。
(経済のことは、よくわからないけれど。)
でも、悲しいことは、ぼくでも、わかる。
共同体の崩壊。
いまでは、その運命共同体は、家族や、会社(会社は、そこまで守ってくれなくても)
に、とってかわったのだろうか?
ぼくらの世代は。。
けれど、そこから、ゆるやかに、ぼくは考えるんだけど、
一時にせよ、小学校、中学校、高校、大学と、
一心同体を感じれた、運命共同体に、
属し、いろんな葛藤や、いろんな感動を、ともだちや、
あるいは、数少ない恋人と味わえたことは、
その、あたたかみは、とても大切に残っている。
あたたかみを、忘れずに、そして、そんなあたたかみを求めていくのかも、
ぼくらは。。。
一方で、建設的に、運命共同体は、壊れるのかもしれない。
家族の自立、発展的解消。
個が弧として、生きていくのには、成長するには、
あるいは、そういうものが必要なのか?
永遠はありえないのか?ぼくのテーマかもしれない。
人が死が当然あるように、終わりはあるのだ。
その、はかなさ、その、あわれ、
失っていく悲しみ、それは、人間が多く感じてきたことではないだろうか?
ぼくは、時々、想う。
ゆるやかな共同体、かたい共同体、
夫婦でも、友人でも、その時々に、あわせて、
変化していくことが大切ではないだろうか。
家族の形、友情の形、恋人の形。
形をかえることができるからこそ、続くのではないだろうか。
人と人との結ぶ糸は、ほんとうに、細いんじゃないかと思う。
(いや、細いからこそ、大切なのだ。。)
運命共同体、生き別れた双子、
ぼくは、そんな人たちを失う(あるいは、僕自身の手で損なった事に。)
ぼくは、心の中に、大きな問題を抱えているような気がする。
それは、誰かが悪いのではなく、運命が悪いのではなく、
ぼく自身の、問題だと感じている。
ぼくの、心の中は、出血しているみたいだ。
絆創膏をいくらはっても、内部に、患部があるような形。
それは、どんな薬でも、治せない。
(浅はかな知識の薬剤師でも、やっぱり、そんな薬は思いつかない。)
逆に、いえば、その運命共同体に、いた人を、
ぼく自身が、決定的に傷つけたことが…しかし、どうにもならない。
(それが、一番大きな問題なのかもしれない。)
治せるのは、ぼく自身、なのかもしれない。
当然のことながら、別の人の心のなかの傷を、完全に消すことは、不可能だ。
ぼくが、新たな、運命共同体を築く(つまり、家庭を作る)
には、心の中の大きな、形のわからない、
その、今までの、運命共同体を失ったことによる、
なんらかの心の問題を自らの手で、納得していかなければならないのかもしれない。
とても、強く、それを感じています。
そうでなければ、おそらく、
ぼくは、一生、運命共同体を築くことはできない、
それは、断言できると、思っています。
いくつかしたことがある。
サークル、部活、ともだち、数少ない恋人。
友のためならば、どんなことでも、わかちあう!!
我が事のように想う!!
ある種の、一心同体。
当然のことながら、その共同体は、長くは続かない。
ひとは、いつまでも、一心同体にはなれない。
年齢や、仕事や、いろんな状況で、人は変わる。
学生の頃のような、運命共同体は、
EU並みに、むずかしいのかもしれない。
(経済のことは、よくわからないけれど。)
でも、悲しいことは、ぼくでも、わかる。
共同体の崩壊。
いまでは、その運命共同体は、家族や、会社(会社は、そこまで守ってくれなくても)
に、とってかわったのだろうか?
ぼくらの世代は。。
けれど、そこから、ゆるやかに、ぼくは考えるんだけど、
一時にせよ、小学校、中学校、高校、大学と、
一心同体を感じれた、運命共同体に、
属し、いろんな葛藤や、いろんな感動を、ともだちや、
あるいは、数少ない恋人と味わえたことは、
その、あたたかみは、とても大切に残っている。
あたたかみを、忘れずに、そして、そんなあたたかみを求めていくのかも、
ぼくらは。。。
一方で、建設的に、運命共同体は、壊れるのかもしれない。
家族の自立、発展的解消。
個が弧として、生きていくのには、成長するには、
あるいは、そういうものが必要なのか?
永遠はありえないのか?ぼくのテーマかもしれない。
人が死が当然あるように、終わりはあるのだ。
その、はかなさ、その、あわれ、
失っていく悲しみ、それは、人間が多く感じてきたことではないだろうか?
ぼくは、時々、想う。
ゆるやかな共同体、かたい共同体、
夫婦でも、友人でも、その時々に、あわせて、
変化していくことが大切ではないだろうか。
家族の形、友情の形、恋人の形。
形をかえることができるからこそ、続くのではないだろうか。
人と人との結ぶ糸は、ほんとうに、細いんじゃないかと思う。
(いや、細いからこそ、大切なのだ。。)
運命共同体、生き別れた双子、
ぼくは、そんな人たちを失う(あるいは、僕自身の手で損なった事に。)
ぼくは、心の中に、大きな問題を抱えているような気がする。
それは、誰かが悪いのではなく、運命が悪いのではなく、
ぼく自身の、問題だと感じている。
ぼくの、心の中は、出血しているみたいだ。
絆創膏をいくらはっても、内部に、患部があるような形。
それは、どんな薬でも、治せない。
(浅はかな知識の薬剤師でも、やっぱり、そんな薬は思いつかない。)
逆に、いえば、その運命共同体に、いた人を、
ぼく自身が、決定的に傷つけたことが…しかし、どうにもならない。
(それが、一番大きな問題なのかもしれない。)
治せるのは、ぼく自身、なのかもしれない。
当然のことながら、別の人の心のなかの傷を、完全に消すことは、不可能だ。
ぼくが、新たな、運命共同体を築く(つまり、家庭を作る)
には、心の中の大きな、形のわからない、
その、今までの、運命共同体を失ったことによる、
なんらかの心の問題を自らの手で、納得していかなければならないのかもしれない。
とても、強く、それを感じています。
そうでなければ、おそらく、
ぼくは、一生、運命共同体を築くことはできない、
それは、断言できると、思っています。
豆腐みたいなもの。
「ぼくは、豆腐屋だから、豆腐しかつくれない」
というのは、小津安二郎さんの言葉だけれど、妙に、腑におちる。
幅広い視点が、あって、また遊び心もあると、
面白みは、増すなぁ、とはおもっているのだけれど、
時期というものもあるし、どうしても、優先事項があります。
じぶんの原点は、ひとのお役に立ちたいこと、それにつきる。
もちろん、利益は上げなければならないのは、当然ですが、
それは、後からついてくることであって、
人に役に立てるよう、患者さんの為になるよう、
勉強、行動していこうよ、
ひとつの美学をもっていこうよ、
ということになる。
小津さんの、言葉にあるように、
豆腐屋にカツ丼を、作れと言われても無理だ。
豆腐屋は、豆腐を、一生懸命つくることで、
人を、しあわせにできるし、豆腐以外で、生活できるとは思えない。
時代の流れも、あるのだから、
豆腐への求められ方も、当然、変わるとは、
想像する、いろんな変化があるが、
(たぶん、そこで、変化が必要になるだろうけれど。)
でも、豆腐屋は、豆腐しかつくれない、
というのは、わすれてはいけない、と思う。
大事なのは、豆腐だ。
形は、変えても、豆腐屋なのだと思います。
でも、それは、他の分野の勉強を忘れてはいけない、
ということでは、ないと思っています。
幅広く勉強しながら、ただ豆腐に反映させる。
より多くの感じたことを、シンプルに豆腐に反映させる。
多くの情報、知識がふえると、いろんなことを、やりたくなるけれど、
学んだ分だけ、1つのこと、
豆腐のようなものに、集中してみても良いのでは、ないかなぁ、
と漠然とかんがえている。
ぼくも、やはり、豆腐屋は、豆腐屋、それ以外のことはできないよ、
と感じています。
いろいろやることは、あるんだけど、それは豆腐に反映させる為にある、と思う。
じぶんにとっての豆腐を、たいせつにしたい。
そう、心から想っている。
生きることって、自分探しでなく、
じぶんにとっての豆腐探し、なんて…。。
というのは、小津安二郎さんの言葉だけれど、妙に、腑におちる。
幅広い視点が、あって、また遊び心もあると、
面白みは、増すなぁ、とはおもっているのだけれど、
時期というものもあるし、どうしても、優先事項があります。
じぶんの原点は、ひとのお役に立ちたいこと、それにつきる。
もちろん、利益は上げなければならないのは、当然ですが、
それは、後からついてくることであって、
人に役に立てるよう、患者さんの為になるよう、
勉強、行動していこうよ、
ひとつの美学をもっていこうよ、
ということになる。
小津さんの、言葉にあるように、
豆腐屋にカツ丼を、作れと言われても無理だ。
豆腐屋は、豆腐を、一生懸命つくることで、
人を、しあわせにできるし、豆腐以外で、生活できるとは思えない。
時代の流れも、あるのだから、
豆腐への求められ方も、当然、変わるとは、
想像する、いろんな変化があるが、
(たぶん、そこで、変化が必要になるだろうけれど。)
でも、豆腐屋は、豆腐しかつくれない、
というのは、わすれてはいけない、と思う。
大事なのは、豆腐だ。
形は、変えても、豆腐屋なのだと思います。
でも、それは、他の分野の勉強を忘れてはいけない、
ということでは、ないと思っています。
幅広く勉強しながら、ただ豆腐に反映させる。
より多くの感じたことを、シンプルに豆腐に反映させる。
多くの情報、知識がふえると、いろんなことを、やりたくなるけれど、
学んだ分だけ、1つのこと、
豆腐のようなものに、集中してみても良いのでは、ないかなぁ、
と漠然とかんがえている。
ぼくも、やはり、豆腐屋は、豆腐屋、それ以外のことはできないよ、
と感じています。
いろいろやることは、あるんだけど、それは豆腐に反映させる為にある、と思う。
じぶんにとっての豆腐を、たいせつにしたい。
そう、心から想っている。
生きることって、自分探しでなく、
じぶんにとっての豆腐探し、なんて…。。
雨音を聴きながら。
雨の日は、ぼくは、静かにすごせて、
心地よい。
悪くないなぁ、と思う。
晴天の日も心地よいが、それは「動」の自分があらわれ、
なにかしなきゃ、という、
幾分、せわしない日常が現れる。
一方で、雨の日は、
すこし、なにもしなくてもいいよ、
という許しを、与えられた気がするし、
もの想いに、ふけて、静かに雨音を聞いていると、
その音がなにより、至福に感じます。
「ハレ」と、「アメ」、「クモリ」
天気のように、変化する人生ともいえるが、
雨の日や、曇りの日のような気持ちがある日が当然、あります。
そんな日も、また、楽しむのが、
実際には、楽しむのは、難しいけれど、
人としての奥底を、深めてくれるのでは?
いや、何も変わっちゃいないかもだけど、
そんな日も、必要かなぁ、と感じます。
晴れの日も、雨の日も、1日を丁寧に、生きていきましょう。
そんなことを、雨音を聴きながら思う。
若干、いろんなことに、
がっかりはしているけれど。
雨音を聴くのは、落ち着きますよね。
天気雨は、すごく混乱します、なぜでしょう?
心地よい。
悪くないなぁ、と思う。
晴天の日も心地よいが、それは「動」の自分があらわれ、
なにかしなきゃ、という、
幾分、せわしない日常が現れる。
一方で、雨の日は、
すこし、なにもしなくてもいいよ、
という許しを、与えられた気がするし、
もの想いに、ふけて、静かに雨音を聞いていると、
その音がなにより、至福に感じます。
「ハレ」と、「アメ」、「クモリ」
天気のように、変化する人生ともいえるが、
雨の日や、曇りの日のような気持ちがある日が当然、あります。
そんな日も、また、楽しむのが、
実際には、楽しむのは、難しいけれど、
人としての奥底を、深めてくれるのでは?
いや、何も変わっちゃいないかもだけど、
そんな日も、必要かなぁ、と感じます。
晴れの日も、雨の日も、1日を丁寧に、生きていきましょう。
そんなことを、雨音を聴きながら思う。
若干、いろんなことに、
がっかりはしているけれど。
雨音を聴くのは、落ち着きますよね。
天気雨は、すごく混乱します、なぜでしょう?
さん八の、ご挨拶。
無事に、38歳を、迎えられたのを、
嬉しく思います。
健康で、ぼくも、まわりも、
いろんなことは、あるけれど、
嘘や、矛盾や、不条理や、争いや、悪口や、非難や、裏切りや、
ネガティブな要素に、満ちている世の中だとは、思うんだけれど…。。
(そして、ぼくも、そんな闇をもっていると思う。)
でもねー、
小さくてもハッピーで。
そんなふうに、特別な日でなくとも、
小さな灯火、みたいな幸せが、あればいいですよね。
そして、お互いに、みんなが、
その火を、つけれたり、つけてもらったり、
その日を、大切にしたりとか、
そんなふうに、生活をしていければ、
なによりだなぁ…、と個人的には、思っています。
そういうのが、なにより、
ですよね?
そんなことを、思うようになっています。
ぼくは、思うのだけれど、
ぼくらは、日々、いろんなものを、目にするけれど、
その中で、真に、正しいもの、うつくしいもの、
(それは、見せかけだけではなく、形なきもの。)
をみつけ、大切にしなければならない。
五感を使って、感じなければならない。
なにより、そういう探すことで、みつかんなくても、
探すこと、一生懸命に打ち込めるように、ガンバラネバ。
ぼくも、いや、みんなが、自分という物語の主人公なのだと思います。
死ぬ前に、じぶんの、物語が、
あー、おもしろかった、(いろいろ、あったけど。。)
って、なれればいいよねー。
お互いに、がんばりましょう!!
と、なんだか、抽象的なご挨拶。
雨の日も、風の日も、そして、ハレの日も、
読んでくれてありがとうございます。
嬉しく思います。
健康で、ぼくも、まわりも、
いろんなことは、あるけれど、
嘘や、矛盾や、不条理や、争いや、悪口や、非難や、裏切りや、
ネガティブな要素に、満ちている世の中だとは、思うんだけれど…。。
(そして、ぼくも、そんな闇をもっていると思う。)
でもねー、
小さくてもハッピーで。
そんなふうに、特別な日でなくとも、
小さな灯火、みたいな幸せが、あればいいですよね。
そして、お互いに、みんなが、
その火を、つけれたり、つけてもらったり、
その日を、大切にしたりとか、
そんなふうに、生活をしていければ、
なによりだなぁ…、と個人的には、思っています。
そういうのが、なにより、
ですよね?
そんなことを、思うようになっています。
ぼくは、思うのだけれど、
ぼくらは、日々、いろんなものを、目にするけれど、
その中で、真に、正しいもの、うつくしいもの、
(それは、見せかけだけではなく、形なきもの。)
をみつけ、大切にしなければならない。
五感を使って、感じなければならない。
なにより、そういう探すことで、みつかんなくても、
探すこと、一生懸命に打ち込めるように、ガンバラネバ。
ぼくも、いや、みんなが、自分という物語の主人公なのだと思います。
死ぬ前に、じぶんの、物語が、
あー、おもしろかった、(いろいろ、あったけど。。)
って、なれればいいよねー。
お互いに、がんばりましょう!!
と、なんだか、抽象的なご挨拶。
雨の日も、風の日も、そして、ハレの日も、
読んでくれてありがとうございます。
札幌の、歌うたい。
大学3年の時、つらいことがあって、
夏休みに、北海道を放浪した。
札幌駅の前で、新聞紙をひいて寝たり、
富良野で、ラーイダーズハウスで、寝たりと、
青春18切符を、つかって、とにかく、
なにも、考えないように、考えないように、務めた。
夏の北海道は、本土と違って、
夜は冬のように寒かった。
ぼくは、その寒さを、直に感じながら、
そして、耐えるように、受け入れた。
必要なことだと思った。
ススキノで、歌を流している歌うたいの女の子が、いた。
名も知れぬ、歌うたい。
槇原敬之の「どんなときも。」
ぼくが、受験のたびに、聞いていたから、
それは、まるで、リクエストが、神様に届いたようだった。
どんなときも、どんなときも、ぼくが、ぼくらしくあるために。
当時、頭が混乱して、まとまらない状態だった。
ただ、その「どんなときも。」は、
いまでも、鮮明に覚えている。
名も知れぬ、歌うたいの、「どんなときも。」
ぼくも、いま、そんな状態かもしれない。
ぼくの、普段することで、仕事で、
札幌の歌うたいの、「どんなときも。」
みたいに、誰かの役に立てたら、どんなに良いかと時々、思う。
とても、しんどくてもね。
その時は。
どんなときも、ぼくは、やはり、ぼくは、ぼくらしくありたい。
ぼくが、救いはなくとも、
ぼくは、救いに、価する人間でありたい。
心から、そう思います。
夏休みに、北海道を放浪した。
札幌駅の前で、新聞紙をひいて寝たり、
富良野で、ラーイダーズハウスで、寝たりと、
青春18切符を、つかって、とにかく、
なにも、考えないように、考えないように、務めた。
夏の北海道は、本土と違って、
夜は冬のように寒かった。
ぼくは、その寒さを、直に感じながら、
そして、耐えるように、受け入れた。
必要なことだと思った。
ススキノで、歌を流している歌うたいの女の子が、いた。
名も知れぬ、歌うたい。
槇原敬之の「どんなときも。」
ぼくが、受験のたびに、聞いていたから、
それは、まるで、リクエストが、神様に届いたようだった。
どんなときも、どんなときも、ぼくが、ぼくらしくあるために。
当時、頭が混乱して、まとまらない状態だった。
ただ、その「どんなときも。」は、
いまでも、鮮明に覚えている。
名も知れぬ、歌うたいの、「どんなときも。」
ぼくも、いま、そんな状態かもしれない。
ぼくの、普段することで、仕事で、
札幌の歌うたいの、「どんなときも。」
みたいに、誰かの役に立てたら、どんなに良いかと時々、思う。
とても、しんどくてもね。
その時は。
どんなときも、ぼくは、やはり、ぼくは、ぼくらしくありたい。
ぼくが、救いはなくとも、
ぼくは、救いに、価する人間でありたい。
心から、そう思います。
あなたの大切にしてることは、なんですか?
あなたの、大切にしてることはなんですか?
ということを、けっこう、いろんな人に聴いている。
大切にしていることが、わかれば、
その人の、しごとや、人生に対する姿勢が、わかるし、
大切にしていることが、同じであれば、
お互いに、Happyになれる。
恋愛でも、しごとでも、家族でも、
それは、おなじではないかな。
おたがいに、大切なことを、大切にしている、
会社や、カップルや、家族をみると、微笑ましい。
ぼくは、たいせつなことを、共有できる仲間と、いたいし、
はたらきたい、そして、愛したい。
少ない、読者に、
アンケートをとります。
「あなたの大切にしてることは、なんですか?」
kyouritsu.pha@lemon.plala.or.jpまで、メールください。
よかったら。
送ってくれた方には、hatamarogグッズ贈呈(冗談です。)
ということを、けっこう、いろんな人に聴いている。
大切にしていることが、わかれば、
その人の、しごとや、人生に対する姿勢が、わかるし、
大切にしていることが、同じであれば、
お互いに、Happyになれる。
恋愛でも、しごとでも、家族でも、
それは、おなじではないかな。
おたがいに、大切なことを、大切にしている、
会社や、カップルや、家族をみると、微笑ましい。
ぼくは、たいせつなことを、共有できる仲間と、いたいし、
はたらきたい、そして、愛したい。
少ない、読者に、
アンケートをとります。
「あなたの大切にしてることは、なんですか?」
kyouritsu.pha@lemon.plala.or.jpまで、メールください。
よかったら。
送ってくれた方には、hatamarogグッズ贈呈(冗談です。)
赤。
学生時代、赤色が、すごく好きで、
赤いマフラー、赤いコート、赤いメガネと、
真っ赤だった。
そう、ぼくの学生時代は真っ赤でした。
でも、まぁ、真っ赤な嘘は、ついていないので、
こころは、いちおう純粋だった(と勝手に。)思っているんだけど。
いまは、差し色にこのんで赤を使っています。
メガネは、プライベートは、赤のチェック(気に入ったので、4本同じのがある)
時々、赤が入った、靴下も履いている。
赤は、ぼくからいえば、粋な色です。
いってみれば、ぼくは粋な、シンプルな、ものが好きなのだと思います。
赤を、さりげなく、粋につかえるのは、
ぼくの、理想です。
小津安次郎さんの映画が、好きなのですが、
小津さんの、所有物をみていると、
実に、鮮やかに、シンプルに、赤が使われている。
素敵だなぁ、と見とれてしまいます。
小津さんの作品は、ほんとうに、綺麗なデザインが、ほどこされた、
アングルで作品が撮られている。
綺麗な世界の、なかに余白があり、そして粋なのだ。
登場人物の服装も、シンプルながら粋。
店などの看板も粋。
どこか、ぼくも、そんな粋な人になりたいなぁ、
と思うんですが、なかなか難しいですね。
松本で、クラフトフェアがあります。
人が多いのは、好きではありませんが、
クラフトを見るのは、大好き。
ものづくりが、もともと好きなので、いってみたいなぁ。
と、なんだか、今日は余白が埋まりません。
だから、短めに、余白を残します。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
赤いちゃんちゃんこを着れたら、赤い服は、コンプリートかも。
赤いマフラー、赤いコート、赤いメガネと、
真っ赤だった。
そう、ぼくの学生時代は真っ赤でした。
でも、まぁ、真っ赤な嘘は、ついていないので、
こころは、いちおう純粋だった(と勝手に。)思っているんだけど。
いまは、差し色にこのんで赤を使っています。
メガネは、プライベートは、赤のチェック(気に入ったので、4本同じのがある)
時々、赤が入った、靴下も履いている。
赤は、ぼくからいえば、粋な色です。
いってみれば、ぼくは粋な、シンプルな、ものが好きなのだと思います。
赤を、さりげなく、粋につかえるのは、
ぼくの、理想です。
小津安次郎さんの映画が、好きなのですが、
小津さんの、所有物をみていると、
実に、鮮やかに、シンプルに、赤が使われている。
素敵だなぁ、と見とれてしまいます。
小津さんの作品は、ほんとうに、綺麗なデザインが、ほどこされた、
アングルで作品が撮られている。
綺麗な世界の、なかに余白があり、そして粋なのだ。
登場人物の服装も、シンプルながら粋。
店などの看板も粋。
どこか、ぼくも、そんな粋な人になりたいなぁ、
と思うんですが、なかなか難しいですね。
松本で、クラフトフェアがあります。
人が多いのは、好きではありませんが、
クラフトを見るのは、大好き。
ものづくりが、もともと好きなので、いってみたいなぁ。
と、なんだか、今日は余白が埋まりません。
だから、短めに、余白を残します。
きょうも、読んでくれてありがとうございます。
赤いちゃんちゃんこを着れたら、赤い服は、コンプリートかも。
風の音。
風の音が、聞こえる。
きもちが良い。
きもちの、良い時は、どんなときだろう?
自然に触れる、入浴、泳いだ時、
なにかを達成したとき、エクスタシー。
もちろん、いろいろ、あると思います。
逆に、きもちよくないことは?
だれかを、モノを、大切にしないこと。
つまり、愛情をもって、なにかをしないことだ。
つまり、真心を、こめて生きていったり、
真心をこめて、仕事をしていない時ともいえるなぁ。
ぼくも、自信がないのですが、至らないので。
「患者さんが、もし、じぶんの家族だったら、どういう気持ちになるか?
患者さんを家族のように思って考えること、薬を作ることが、大切だよ。」
という、先輩の言葉は、今でも、しっかり残っていて、
折に、ふれて、思い出しています。
根本は、そういうところになります。
それが、「できない」とき、気持ちがよくない。
とても、くやしい。
チームとしても、個人としても。
つまり、まぁ、良いか、
というように、ごまかしたりすること、甘えること、
いいかえれば、じぶんに嘘をつくこと、
が、生理的にきもちよくない、のではないかと思う。
じぶんに、嘘をつくと、だれかに、嘘をついたことになり、
そして、それは、じぶんの力の無力さを感じることになると思うのです。
いいかえれば、ドラッカーの組織としては、
「知りながら、害をなすな。」だろうか。
もう、一度、耳をすましてみよう。
風の音をきいてみよう。
その中に、大切なものがあり、
なぜ、その風は、気持ちが良いのかなぁ、
と考える。
ぼくは、思う。
その風は、じぶんに、嘘をついていない。
ぼくも、そうなりたい。
今日のハタマロ:カラマーゾフの兄弟を、読み進めています。
きもちが良い。
きもちの、良い時は、どんなときだろう?
自然に触れる、入浴、泳いだ時、
なにかを達成したとき、エクスタシー。
もちろん、いろいろ、あると思います。
逆に、きもちよくないことは?
だれかを、モノを、大切にしないこと。
つまり、愛情をもって、なにかをしないことだ。
つまり、真心を、こめて生きていったり、
真心をこめて、仕事をしていない時ともいえるなぁ。
ぼくも、自信がないのですが、至らないので。
「患者さんが、もし、じぶんの家族だったら、どういう気持ちになるか?
患者さんを家族のように思って考えること、薬を作ることが、大切だよ。」
という、先輩の言葉は、今でも、しっかり残っていて、
折に、ふれて、思い出しています。
根本は、そういうところになります。
それが、「できない」とき、気持ちがよくない。
とても、くやしい。
チームとしても、個人としても。
つまり、まぁ、良いか、
というように、ごまかしたりすること、甘えること、
いいかえれば、じぶんに嘘をつくこと、
が、生理的にきもちよくない、のではないかと思う。
じぶんに、嘘をつくと、だれかに、嘘をついたことになり、
そして、それは、じぶんの力の無力さを感じることになると思うのです。
いいかえれば、ドラッカーの組織としては、
「知りながら、害をなすな。」だろうか。
もう、一度、耳をすましてみよう。
風の音をきいてみよう。
その中に、大切なものがあり、
なぜ、その風は、気持ちが良いのかなぁ、
と考える。
ぼくは、思う。
その風は、じぶんに、嘘をついていない。
ぼくも、そうなりたい。
今日のハタマロ:カラマーゾフの兄弟を、読み進めています。
ゼロ。
今年の6月10日に、38歳になるのだけれど、
毎年、誕生日には、ご褒美というより、
じぶんの、あらたな可能性を、
探せるものを購入しています。
30の誕生日に、はじめた、
カメラ(GRDEGITAL2)の趣味は、最近は…
ですけれど、すごく楽しい時間をすごせましたし、
もともと、このブログは、写真と文章の融合も、
コンセプトにあったものですから、
すごく生きています。
ぼくは、今年は、まだ迷ってるのですが、
釣りをはじめたいなぁ、と前々から思っていました。
ゼロになるのに、これほどいいものは、
ないんじゃないか、と。
不器用ですし、右も左もわからないものにとっては、
ハードル高めですが、
釣り道具と、野外でコーヒーを作れるガスバーナーがあればなぁ、
と考えています。
休日は、しばらく、水泳と釣りで、ゼロになれればなぁ、
と限りなくゼロにね。
なにかを、ゼロにすると、
新しい芽吹きが、新芽がでてくるんじゃないかと想像しています。
いまは、新芽がでるように、とことん、ゼロにする、
それがいいなぁ、と考えています。
今日も、読んでくださって、ありがとうございます。
実は、ゼロにしたら、やりたいこと、
けっこう、あるのだけれど、時期がきたら。
毎年、誕生日には、ご褒美というより、
じぶんの、あらたな可能性を、
探せるものを購入しています。
30の誕生日に、はじめた、
カメラ(GRDEGITAL2)の趣味は、最近は…
ですけれど、すごく楽しい時間をすごせましたし、
もともと、このブログは、写真と文章の融合も、
コンセプトにあったものですから、
すごく生きています。
ぼくは、今年は、まだ迷ってるのですが、
釣りをはじめたいなぁ、と前々から思っていました。
ゼロになるのに、これほどいいものは、
ないんじゃないか、と。
不器用ですし、右も左もわからないものにとっては、
ハードル高めですが、
釣り道具と、野外でコーヒーを作れるガスバーナーがあればなぁ、
と考えています。
休日は、しばらく、水泳と釣りで、ゼロになれればなぁ、
と限りなくゼロにね。
なにかを、ゼロにすると、
新しい芽吹きが、新芽がでてくるんじゃないかと想像しています。
いまは、新芽がでるように、とことん、ゼロにする、
それがいいなぁ、と考えています。
今日も、読んでくださって、ありがとうございます。
実は、ゼロにしたら、やりたいこと、
けっこう、あるのだけれど、時期がきたら。
ミエルカ。
おしゃれでも、なんでもないんだけれど、
ぼくの服装は、
シンプルということにつきます。
今の時期ならば、白のスニーカーに、白シャツにジーンズ。
ハンドメイドの時計、赤いメガネ、
靴下はカラフルにしているけれど。
まぁ、それで、とくに着るものには、悩んだりはしない。
疲れがみえてきたら、同じものを追加する。
「見える化」というのを、仕事上よくきくんだけど、
食べ物は、もちろん、服も、作り手が見えるものが好きです。
とくに、国産の小さな工場で、作られて、
見た目の派手さとかではなくて、仕立ての良いものが好きです。
で、そういう丁寧に作っている工場を思うと、
また、いいもの作ってください、
と、ぼくは、投票する気持ちで、
買っている。
良い店、良い会社のものを、かうことは、
街をよくして、好きな会社を成長させることになると思う。
薬局に関しても、同じことが言える。
医療は、誰より、患者さんのためにある。
そして、患者さんのために、していることが、
見える化して、地域に受け入れられていけば、
薬局、薬剤師の未来も明るくなるのかもしれない。
今の、閉塞感から、そう想起する。
ぼくの服装は、
シンプルということにつきます。
今の時期ならば、白のスニーカーに、白シャツにジーンズ。
ハンドメイドの時計、赤いメガネ、
靴下はカラフルにしているけれど。
まぁ、それで、とくに着るものには、悩んだりはしない。
疲れがみえてきたら、同じものを追加する。
「見える化」というのを、仕事上よくきくんだけど、
食べ物は、もちろん、服も、作り手が見えるものが好きです。
とくに、国産の小さな工場で、作られて、
見た目の派手さとかではなくて、仕立ての良いものが好きです。
で、そういう丁寧に作っている工場を思うと、
また、いいもの作ってください、
と、ぼくは、投票する気持ちで、
買っている。
良い店、良い会社のものを、かうことは、
街をよくして、好きな会社を成長させることになると思う。
薬局に関しても、同じことが言える。
医療は、誰より、患者さんのためにある。
そして、患者さんのために、していることが、
見える化して、地域に受け入れられていけば、
薬局、薬剤師の未来も明るくなるのかもしれない。
今の、閉塞感から、そう想起する。