発達障害の双子と共に〜車椅子の記憶

 

車椅子を買うことになりました。
けれどそれは、悲しい選択ではなく
、彼女にとって「自由を取り戻す」ひとつの方法でした。
 
うずまき
 

HにFND(機能性神経障害)の症状が出ています。
足が急に動かなくなる。

痙攣する、力が入らなくなる。

 

チューリップ


それは小学生の頃から時々ありましたが、

カタトニアという症状でした。

それは、いつも
数日で治っていました。

 

プンプン

 

けれど今回は、違いました。

長い。

そして彼女自身も、明日は大丈夫 という気がしないと。

 

下矢印


もうしばらく車椅子が必要になっています。

最初はレンタルで過ごしていましたが、
長くなりそうなので購入を決めました。
自分で漕げるタイプです。

 

ショボーン

 

自分で焦げるアクティブタイプの車椅子の

レンタル自体

とても少なく、千葉までレンタルをお願いに行きました。

 

走る人


購入価格は

想像していたよりずっと高価になるんですね。

あれ、これ、オプションが必要です。

転倒防止、押し手、などなど。。。

 

プンプン

 

不思議なことに、彼女は小学生のときの夏休み、
自由研究のテーマに「車椅子」を選んでいました。

その時は必要ではなかったのに。

 

はてなマーク

 

その頃から、彼女の中には

「動く」「動けない」「支える」という世界への
静かな興味があったのかもしれません。

 

地球

 

だから、今回も自分から福祉機器展に行き、
最新の車椅子を見て、

話を聞き、比較して、まるで研究者のように調べ尽くしていました。

 

びっくり

 

そして注文の直前、
「やっぱりもう少し探してみる」と言い、
中古市場を自分で調べはじめました。

 

びっくりマークはてなマーク


結果――彼女の理想に近い車椅子を、
相場よりずっと安い値段で見つけたのです。

 

星

 

今回のことで、いろいろ現実を知りました。
彼女のようなケースでは、公的な補助が出ません。
身体障害者手帳がなければ対象外。

 

驚き


たとえ手帳があっても、申請が通るのは簡単ではないそうです。

本当に必要な人に、
本当に必要なものが届く制度であってほしい。

 

鉛筆


身体障害だけでなく、
「歩くことに困難がある人」にも
その門戸が開かれたら――と、心から願います。

 

星

 

――「支える」とはーー
届くべき手に、必要なものが 届くことなのかもしれません。

 

 

 

発達障害の双子と共に〜ひとりずつの時間

双子を育ててきた日々の中で、
今日は

「一人ずつの時間」というものが、どれほど尊いか

を思い出しました。

 

イエローハート


忙しさの中で失っていったもの。
それは、1対1で過ごす“静かな一瞬”だったのかもしれません。

 

ニコニコニコニコ

 

彼女たちが幼い頃、

私は「ひとりずつの時間」を大切にしていました。

 

ニコニコニコニコ


それは――入浴の時間。

危険を避けるために、サークルの中で一人は待機

 

ニコニコ


彼女達のためのようで、実は

母としてその瞬間が、一人ひとりの世界と向き合う時間

だったのかもしれません。

 

アセアセ

 

双子だからこそ、

片方が危ない年齢のときには、もう片方も危ない。
だから、同時には見られない。
一人ずつに向き合うしかなかった。

 

ブルーハート

 

でもその分、
湯気の中でゆっくり流れる時間がありました。

 

ブルーハート
笑ったり、泣いたり、髪を洗いながら話したり。
そこには“静かな親子の会話”があったように思います。

 

ブルーハート

やがて成長とともに危険は減り、
同時に、「ひとりずつ」の時間も減っていきました。

 

驚き


母の私を彼らが独り占めできる瞬間が、

少しずつ少なくなっていったのです。

 

驚き

 

元夫が、彼女達が5歳のころ蒸発したため
シングルマザーとして二人を育ててきました。

 

えーん


「もう一人の大人」がいない生活は、

想像以上に濃密で、孤独でもありました。

 

ブルーハート

 

Hはパニックが分かりやすく、周囲から「心配される子」。
Nは静かに見えて「大丈夫な子」と見られてきました。

 

波波
けれど、NもまたASDであり、

心の中にはずっと――
「私だって大丈夫じゃない」という叫びがあったのです。

 

えーん

 

それを見えないようにするのが、彼女の生きる術。
だからこそ、誰にも気づかれにくかった。

 

イエローハート

 

時々、いや、きっと毎日。
彼女の中で「私は?」という声が顔を出します。
2歳のときから積み重なった“私は?”が、

いまもまだ、そこにあります。

 

ショボーン

 

今日は久しぶりに、Nと一日二人きりで過ごしました。
しゃべって、笑って、泣いて。

 

チューウインクえーん


何かを解決したわけではないけれど、
お互いの「わかりたい」「わかってほしい」が
少しずつ交わる時間でした。

――彼女にとって、いい日だったらいいな。

 

ハートのバルーン

 

「我慢」という言葉では片づけられないこと

 

外で笑っていても、
人知れず「我慢」をしていることがあります。

 

ウインクえーん

 

でも、それを
「誰にでもあること」とは片づけたくありません。

ASDの人の我慢は、
たとえるなら、足が悪い人が「階段を上って」と言われるようなもの。

 

ダッシュダッシュダッシュ


できないのではなく、構造的に難しいのです。
それを「みんなも足をくじいたことあるから同じだよ」と言われる苦しさ。

おみ足の悪い方に、それは言わないと思うのです。

 

走る人


理解されない痛みは、身体より深く残ります。

光、音、言葉、空気、順序。

 

ルンルン


そのどれかが少しずれるだけで、
世界の輪郭が歪み、息をするのも難しくなる。

 

驚き

 

今日もそんなことがありました。
「そのぐらい平気だろう」「どうってことないだろう」という視線は、
彼女たちにはとてもきつい。

 

プンプン

 

このテーマは何度も書いていますが、
それは、それだけ日常茶飯事に起きていることであり、
その回数分だけ、痛みも重なっていくということ。

 

クローバークローバークローバー

 

それでも、彼女たちは今日も笑っている。
周りに合わせようと、必死にがんばっている。

 

チュー

 

彼らの我慢に気づかないまま、
社会は今日も、何事もなかったかのように時を重ねていく。
 

月見

 

スロープは車椅子のためにある。
では、彼女たちのための“スロープ”はどこにあるのだろう。

 

ハートのバルーン

だからこそ、
「みんな同じ」「頑張ればできる」という言葉ではなく

 

うずまきうずまきうずまき


「ここは大変だったね」と気づける人が一人でも増えたら――
世界はもう少し、やさしくなると思うのです。

 

ピンクハートピンクハートピンクハート

 

 

 

発達障害の双子と共に〜

居場所は二人の間にある

 

双子で生まれたふたりは、いつも一緒にいました。


小さな頃は、まるで子犬のようにじゃれ合い、
その笑い声が家の中に陽だまりを作っていました。

 

パグパグ

 

けれど成長とともに、趣味も考え方も違ってきました。
得意と苦手の差がはっきりして、
楽しい時間の隣に、すれ違いの時間が増えていきます。

 

走る人走る人


お互いを誰よりも理解しているのに、
時にはその存在が『ちがう、、』と感じられることもある。

 

ショボーンショボーン


お互いを大切に思っているからこその軋轢。
期待と、そうでなかった時の悲しみ。

 

雪の結晶雪の結晶


それでも、一瞬で溶けてしまう根雪のような時もあります。

人から見れば仲の良い姉妹でも、
ふたりの間には365日×生きてきた年数分の歴史があります。

 

魂魂
他の誰にも手を出せない日々の層。


だからこそ、専門家の言葉が「正解」とは限らない。
ふたりにしか分からない温度や距離が、

確かに存在しているのです。

 

電球電球

 

その関係は、まるで化学反応のよう。
とてつもなく美味しいものを生む日もあれば、
誰も口にしないような味になる日もある。

 

ウインクえーん


それでも、それがふたりの「生きてきた証」。

私にとっての宝物、

「双子でうんでくれてありがとう」

 

下矢印


心のどこかで願うのです。
その言葉が、本当の、本当の、本心でありますように、と。

 

下矢印

母としての私には、彼女たちはお天気のようなもの

 

晴れ雨


いいときもあれば、悪い時もある。
お天気雨のように泣きながら笑う日も、
雨が去ってのどっ晴れの空を見上げる日もある。

この世に「天候」の変化は常にありますね。

 

晴れ雨

 

居場所とは、

どこかに用意されているものではなく、
ふたりが共に過ごしてきた時間そのものの中に

そして外にも作って行こうとしている

ーーまさに、そんな時を迎えています。

 

 

ブルーハートブルーハート


 

🌙発達障害の双子と共に

〜30年分の涙

 


昨夜は、長い時間をかけて向き合う、
大切な夜でした。

どこまで書いていいのか迷うほど、
プライベートなことです。

 

星

 

なので、ほどほどに?書きますね。

お許しください

我が子は二人ともご存じの通り発達障害がありますが

その現れ方、程度がちがいます

 

お月様


けれど、きっと誰の家にも、
少しずつ似た出来事があると思うのです。

🌙

兄弟、姉妹。
しっかり者の一人と、
少し手のかかるもう一人。

しっかり者の方は、いつも気づく。
空気を読み、場を整え、
誰かの気持ちを先に察してしまう。

 

イエローハート

 

そんな子ほど、
心の奥でふと、思うことがあります。

――「いいなあ、あの子はいつも目をかけてもらえて」ーー

 

🌷

私にも身に覚えがあります。

二人姉妹の私。
妹は本当にしっかりしていて、
私は音楽と英語しかできず、
ほかは「まあ、気にしませーーーん」と笑っていた。

 

パグ

 

きっと妹は
「どうして私は世話をする側なんだろう」
と思っていると思います

 

🌙

 

昨晩、そんな小さな棘のような気持ちを
30年分、抱えていた我が子の言葉が
ぽろりとこぼれました。

涙と一緒に。

 

波

 

私は、その言葉のひとつひとつを
まるごと抱きしめました。

幼児だった頃の彼女も、
思春期の彼女も、

 

イエローハート


迷いながら頑張ってきた30年間の彼女も。

全部、ひとりの人間の歴史として
愛おしくてたまりませんでした。

🌷

「教えてくれてありがとう」

この一言に、昨夜のすべてがありました。

信号は、ずっと出ていたのに、
私は気づかないでいたのかもしれません。

昨夜は、その最終発煙筒が上がった夜。

🌙

子どもって、本当に先生ですね。
まだまだ、わかっていないなあ、私。


気づくのが遅くても、気づけたことが救い。