発達障害の双子と共に〜昔の時間

遅くまで起きているとお腹がすきます。。。何かちょっとつまみたいところですが、それはやめておいて、、カフェオレだけにして、書き始めます。

 

時間を有効に使いたいと思うのは誰しも思うことだと思います。

 

もちろん人間ですから、

こうしている間に、あれも、これもできたはず、、、

なんて思うこともあります。

 

でもそれは「休みが必要なときだったんだ」と解釈しています。

 

いま、NとHが一緒に暮らしています。(二月の下旬までの予定)

 

小さかった時から二人を平等に、といつも思っていました。

でもそれは、測りで測ったように「同じ」とはいきません。

 

Hのパニックは激しく、ご近所に、周りにいた方々に、音でも行動でも、「どうしたんだろう」と思わせていました。

 

当時、私は本当にこのASDについて全く無知であり、普段の平等第一?!はどこへやら、騒ぎを起こしているHに集中しておりました。

 

Nのパニックは、全く違うものです。

 

恥ずかしながら、私はずっと見逃してきたので、特にHがパニック中はNに対して「ちょっと待ってて」を連発してしまったのです。

 

Hの大変な時間は、H自身も苦しめていましたが、Nも同時に苦しめていました。そして私はことの重大性に気づかなかったのです。

 

二人は大きくなり、いままでの蟠りや、誤解、そしてなにより相手を思いやる気持ちなども言葉にできるようになり、ここ数年「あの時の気持ち」「この時の辛さ」をお互いに話しています。

 

それでも「事件」は起こります。

予定と違う、予想とちがう、私の脳内がわからない(話が噛み合わない、それはないだろう!という行動をする)、などなど。

 

二人のことが何もわからなかった頃、できなかった平等に接すること、今、頭をよぎらない日はありません。

 

昔の時間はもどってきませんが、これからの未来の時間をすこしでもいい時間にと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発達障害の双子と共に〜大事な宝物

 

たった30数年、されど30数年。

 

悲しかった思い出、辛かった思い出もいっぱいありますが、宝になっている小さなキラキラしている思い出もいっぱい。

 

辛かったことは、海底のわかめ?のように心の中にのこっている、何かがあると思い出して、ゆらゆら動きます。

 

たのしかったことは 砂の中にじっと隠れている小さな光るお魚。そうっと宝箱をあけて見せてくれる感じです。

 

最近、私が指導させていただいているコーラスグループ(楽譜は使わず、心で感じていることを歌うグループ)があります。

 

その方々のオリジナルの歌を作るために

「今はもう彼方の世界に旅立った方との思い出を教えてください」と申しました。

 

18名のメンバーの思い出は、一人一行の歌詞になって、ひとつの歌になっていきます。

 

その「思い出」の告白は、涙なしには読めないほどの内容です。

 

昔 どこかの車のCMで、思い出が財産という言葉があったような気がしますが、まさにそれです。

 

何年経っても、色褪せないお一人お一人の思い出は、珠玉。

 

HもNも時々、

「あのとき、たのしかったなあ」

「あの時、本当にうれしかったなあ」

とちょっと空を見ていうことがあります。

 

今は、ちょっと、大変なことが多いけど、、、と言っているような気がします。

 

親としては、その時の笑顔や、何物にもかえられない「そのままの自分」を思い出の中だけでなく、味わって欲しいと思います。

 

そして、そんなシーンをこれからも作っていきたいと思うのです。

 

物は色褪せることもありますし、壊れることもあります。大切にしていても風化していくものもある。

でも、「思い出」は、輝き続けますね。

 

勉強も大切、でも、家族との思い出は、何十年経っても子供達の「支え」になり「宝」になり「生きている」ことになると、ここ数日で学びました。

 

 

 

 

発達障害の双子と共に〜培った「とことん」

 

生きていく間に培われる力は数えきれないほどありますね。

そのなかの、今日は忍耐力にも通ずるお話です。

 

私はコンビニができてから、我々に忍耐力がなくなった気がしています、

 

昔は無ければ無いで、なんとかする、、翌朝10時まで待つ。

 

でも、、夜中だって売っている、、となれば

買いに行きたくなりますよね。

 

電球が切れたって、トイペがなくなったって、お店が開いてる。

24時でも27時でも、、、、すごいことです。

 

携帯ができて、これまた我慢ができなくなったきがします。

人をじーっと待つ力。いつ来るかわからない、、という時も

どこかにドキドキ感をもちつつ、我慢して?待っていました。

 

さて、双子の娘たち。

その時代だったら大変だったかもしれません。

 

待ち人来らず、、、どうなってるんだ、、、線路に駅がないようなもの、、どこで降りたらいいのか、自分はどこへいくのだ?

 

不安だっただろうなあ。。。

 

さて、今日はその彼女たちが私にくれたギフトの話です。

 

どうしてだ?なぜそうなる?と疑問をもつことも多い彼女たち、

それに対しての話し合いが常です。

 

しかし、脳がちがうので、そう簡単に結論、解決には達しません。ここで必要なのは忍耐力!!

 

単語の使い方が違う、、、

この話、、まだ続ける???(そんなに時間かける話?)

この価値観もちがう。

 

でも納得いかない時には、ひたすら話す。必要なのは忍耐力と

理解したいという気持ち、すなわち愛情ですね。

 

それが今日は仕事で役に立ちました。

私は音楽をお教えする立場にいますが、あることをきっかけに、生徒さんとの認識のズレがあると判明。

 

ちょっとしたズレが、大きくなっていきそうな気配もありました。でも、お互いに、とことん疑問と答えを続けて数時間。

 

2日間にわたって、、、、そしてストンと解決しました。

 

これは彼女たちがつちかってくれた「とことん話し合う」

のおかげです。きっとこの「とことん」まで行かずに、世界では多くの決裂が起きているような気がしました。

 

頭も使うし、大変ではありますが、縁ある方と、好きな人と、????はとことん話し合う、そう忍耐力がハッピーエンドをもたらすと感じた日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発達障害の双子と共に〜事実は一つ?かなあ

 

いい天気!とは

 

お日様が出ている時のこと?

久々に雨が降っている時のこと?

子供が待ちに待った雪が降ってきた時のこと?

暑くもなく、寒くもなく、曇り空の涼しい日のこと?

 

人によって「いい」は違いますね。

 

では いい子とは?

 

いうことをきく子?

おとなしい子?

活発な子?

心配させない子?

 

一口に「いい子」といってもイメージをするものが違います。

そして、このいい子という認識は、

 

だれにとって?

どんな時に?

どんな条件下で?

 

によって変わるのですね。

それじゃあ、都合によって「いい子」が変わるの?

ってことになってしまう。

 

そもそも「いい子」は、だれかにとって、どこかにとって、都合のいい子、なのかもしれません。だから「いい」なんて概念は関係ない、、そう思います。

 

その子がその子らしく、生き生きと、お日様に向かって生きていたら、⭕️だとおもいます。元気をなくしていたら、よりそって、背中を撫でて、エネルギーの復活を願います。

 

 

 

 

 

 

 

発達障害の双子と共に〜絶対値で子供を見ること

 

我が家の双子を育てるときに、思ったこと、いっぱいあります。

毎日毎日、違うことがおきますもの、

その度に、あっちゃー、よっしゃー 色々思いますね。

 

色々なシーンで気を付けてきた一つ。。

双子に対して(姉妹に対して)平等に育てるということです。

 

モノに対してもですが、

一番気を配ったのは私との関係や時間です。

 

手を繋ぐ、すわる順番、抱っこの長さ。

どれもこれも「二人とも大好き」に違いがないように、

態度で示そうとしてきました。

 

我が家は本当にほぼ同時のように帝王切開でうまれたので、

ずっと姉妹上下はなし、双子だからと言ってきました。

 

戸籍上は、同時がないから、長女、二女がありますが、、、

 

それでも、二人は常に比べることが日常でした。

それは学校でもどこでも。

 

黒板に何文字書いた、どっちが多く手をあげた、、

あげたらキリがありません。

 

特にテストは100点と99点で大暴れ。

数値で出るものは残酷でもありますね。

 

本当に小さな小さな出来事なのに、一大事になってしまう。

 

数で表せないもの、点数であらわせないものにこそ、

価値がある!

 

というよりも、その存在そのものに価値がある。

唯一無二の大事な大事な人であるということを、知ってほしいと思ったものです。

 

おりに触れて、そんな話を、

その年に合わせて言ってきたつもりでした。

 

が、目の前にライバルが常にいるとそれは難しいことですね。

私が双子ではないので、私にはわからない心情もあったでしょう。

 

目の形、輪郭、足のあざ、利き手、何もかもが対象になります。

 

そして、それは、

「ちょっとお姉ちゃまの方が〇〇なのね。」

「ちょっと妹さんの方が〇〇なのね。」

 

という何気ない声かけから

その記憶が抜けないこともよくありました。

 

いまは、すこしずつわかってきたかなあ。

それぞれが、それぞれの命をもって、それぞれの人生を歩むようになってきました。

 

私も彼女たちを絶対値でみています。

どっちがどうだ、ではなくて、あなたはN、あなたはH。