発達障害の娘と共に〜「仕事」の解釈

 

まいったな。。。と思う時はどんな時ですか?

私は「言葉の解釈」でよく娘と

 

?? 私こそ??

え?こっちが???

そんな、????

 

となることがあります。これ、本当に厄介で。。

話の途中までは同じ意味で使っていると思うのですよ。

 

ところが話が進むと、え?そういう意味じゃなくて、、

となることが多いのですね。

 

今日の単語は「仕事」です。私はアーチストや先生を生業としているので、九時から五時の仕事ではなく、また、決まったところに毎日行くわけでもありません。

 

そして「仕事として」決まるまでは値段がつかないこともあります。採用になって初めてわかる、またSNSのように、つづけていて、どこかで何かにつながることもある、そう作業も私は「仕事」と呼んでいたのです。

 

が、が、その辺はお互いに話を詰めて離したことがなかったので、今日は仕事をする!と言っても、通じてなかった!!

「それは仕事じゃないよね」

「いや、これも仕事」

「なぜ?」と、まあこんな具合です。

 

仕事をしたら 対価をいただく、、、そうではない仕事もあるのだと、どこかの時点で説明をしなければならなかったのですね。

 

そういう単語が発覚するたびに、ちょっとまって、、、となります。

 

ここ数日は「団欒(だんらん)」もそうでした。

ほぼ、同じ意味で使っていると思い込んでいる、特殊ではない単語に「え????」が伴うと、こちらもドッキリします。

 

そして時にはこれで炎上、そして鎮火、、

最後は大体ハグしておわります。

 

 

 

 

 

 

発達障害の娘と共に〜親のために

 

彼女たちと32年間の付き合いになりますが、

 

日常ってまあ、こんな感じ、、とか、毎日、だいたいこんなものよね、、なんて、ざっくりと思ったことはありません。

 

常に、この場合は?どうしたらいい?どういうこと?なぜこうなる?と自問自答することも多いのが、この発達障害の子どもをもった親の「日常」になる気がします。

 

彼女たちの行動に関して、ついつい認識を間違ってしまうのは、、自分と照らし合わせて、私はこのぐらいのこと、この年にはやってた。。。という記憶かもしれません。

 

私はたまたま、料理も好きでしたし、母が舅の世話で大変だったために、手伝うのが当たり前になっていたこともあります。

 

はい、子供は親のために、なにかできないか?と思うものですね。幼い時から親がいなかったら生きていけないわけですし、これは生存本能でしょう。

 

親が喜ぶことをしたい、親の役に立ちたい、、そう思うのが自然なのかもしれません。 

 

母が舅の世話で大変だった時、私は先回りして、母が大変じゃないようにと家事を率先してやっていたような気もします。

 

彼女たちも、特性を隠して、(ティーンエージャーの時)きっと私に合わせてくれていたんだと思います。

 

今から思えば、あんなこと、こんなこと、いっぱい私が私のやり方を通してしまった気がしています。いまよりもっと、発達障害のこともわかっていなかった。。。

 

時々、仕事の悩みも家に持ち込んでいました。彼女たちは、『シングルマザーだったものね、他に誰も家族は大変だった話、聞ける人いないと思って、一生懸命きいてた。でも、ちょっと辛かったな。。。』と打ち明けてくれました。

 

ただでさえ、生きにくいのに、ほんと、わかっていませんでした。(かといって今、全てわかっているわけでもないのですけれどね)

 

彼女たちは「自分たちにはわからない仕事のことだけれど、それでも聞くだけは聞こう」そんなつもりだったのでしょうね。

 

彼女たち、そこは頑張って自分たちの特性をカモフラージュして「母のために」と行動してくれていたのだと思います。

 

本当はもっと溌剌としていたかったかもしれません。

 

🎵きづかなくて、ごめんなさい🎵

 

そんな歌がこのころ出来ました。

 

 

 

 

 

 

発達障害の娘と共に〜さまざまな申請

 

障害がある、、申請をして手帳をいただく、役所に行く、年金など、いろいろ手続きをする、、はい、ちゃんちゃん、おしまい!

 

とはいきません。残念ながら、、

 

我が子の場合には、正式に診断が下ったのが17歳、そしてさまざまな思いがあって申請に着手したのはHの場合、今から3年前、もう一人Nはこれからです。

 

0歳からの記録をこれから書く、いまから10年以上前、あちこち頼って行ったクリニック、、どこが最初だっけ?20歳の時、どこに通ってたっけ?実際にクリニックに行って書類を申請、また取りに行って、、

 

その時、症状はどうだった? をこまかく書く書類がいっぱいあって、思い出さなければならないことがいっぱいあって、

 

あまり楽しいことではないですしね、

Hはその手続きをしているときに、年金窓口で何回か倒れました。

 

パニックを起こしたこともあります。毛布をかしていただいて、頭から被って震えてたこともありました。

 

障害があるって大変です、、

障害がないことをデフォルトにこの世の中はできているので、その中をスルリと生きていくのは難しいのですね。

 

だから、申請をして、いろいろなカバーをしていただきたいこともある。。。でも、、

 

自宅でインタビューとか、そんな形にしていただけないかなあと思うのです。不正があってはならないから、だと思いますが、

 

Hの時は、彼女自身があちこちに顔をだしてお願いする、これは到底無理です。

 

代わりに病院行って、書類集めて、あれしてこれして、年金事務所に行って、記入がちがってたりして、、、いやあ、途中でめげそうだったことをよく覚えています。

 

それは役所の係の方も、「大変なご家族に大変なことを頼まなければならないのは心が痛いんですけれど、、、、」と。

 

これからNの手続きをはじめるにあたって、あの手順を踏むことを考えると、もう少し簡単になっていて欲しい、そう思いました。

 

行政とのやりとりは障害があって、母親はシングルマザーで忙しくしていて、手いっぱいという人でも、もう少し簡単にできたらな、、と思うことがあります。

 

精神的な負担が大きいからでもあります。。。

 

記憶はただの記憶ではなく、感情の記憶でもあるので、そこに引き返されるのはなかなか辛いものですね。親子共に。わからなければ本人に確認しなきゃならないし。

 

体力知力、精神力、必要なことが多いのが、この申請手続きですね。

 

 

発達障害の娘と共に〜

一生懸命言わないようにしている。。

 

先日、片親だからこそ、心配かけまいと、娘の前では頑張ってしまう、元気ですよ、問題ないですよ、、という風にしてしまう話を書きました。

 

ある方の本に、人に、自分の具合がわるいことを誰かに話しても、その人、笑顔になる?ならないよね。「わたし、ずっと頭が痛いんだあ、、」って言って、その場所にいる人が幸せになる?口角上がる?

 

だから、そんなこと、言わなくていいと思う、、、そんなことが書いてある本を読みました。まさしくこれでありまして、そんなこと言ったって、何も変わらないし、自ら「具合悪いー」と言うと、具合悪さを呼び込むような気がしておりました。

 

だから、これを読んで「そうだーそうだー!!」と両手をあげて喜んでおりました。

 

実は昨日、実家に行くのに、あれもこれも欲張って袋に詰めて持って行こうとしたら、その一番内側に持っていた大きな「プラごみ」の袋を踏んでしまい、玄関でひっくり返りました。

 

私、忘れ物は多いんですが、転ぶことはあまりない。

硬いタイルの上でスドーンと左肩からおちたのですが、(左足でゴミ袋踏んだ)その時に、スッと立ち上がったにも関わらず、Hは、その想定外な私の態勢と、心配で、大騒ぎになりました。

 

どーしよー、大丈夫? どーしよー、大丈夫?

 

こころから思っているのだと思いますし、心配してくれているのはわかりますが、そちらの方が気になる。

 

私、もう立ってるし、なんともないし、、だからと言ってそのハプニングには、精神的に耐えられないから叫んでしまうH、というか、もう 火に手を翳して、アツっていうのに近いですね。

 

どーしよー、大変だ、ねえ、どうしたらいい? ねえ、大丈夫?ねえー、どうしよー、

 

ゆっくり起きて、「ありがとうね、心配してくれて。ありがとう」って静かに言えたらいいなあって思います。

 

はい、言っちゃいました。

 

「だから、大丈夫なんだってば!!ほら、もう立ってるし!」

そんなこと、なんにも役に立たないし、むしろ火に油を注いでしまうってわかっているのです。

 

それでも どこかで「そんなこと言ってると、本当に具合悪くなっちゃうじゃないか!!大丈夫なんですってば」って思ってしまう。

 

頭でわかっているのに、心は納得いってない。。。

きっと彼女も頭では騒いでも 仕方ないってわかってるけど、脳が反応しちゃうんだよね。

 

体調が悪くなった時(数日前)、咳をするたびに「大丈夫?」と聞く彼女。

 

「大丈夫!といっても、そう言いながら、大丈夫じゃなくて、入院しちゃう人もいるって知ってるもん。ねえ、大丈夫?」

 

私は頼みました。

ゆっくりと。

 

大丈夫なんだ。本当に。

でね、大丈夫?大丈夫?って聞かれると、私、大丈夫じゃないかもしれない、、って思い始める気がするんだ。だから、私が大丈夫って言ったら信じてくれる?

 

彼女はそれから半日経って、言い始めました。一生懸命に「大丈夫?」って言わずに、、、

 

咳をすると「早く良くなりますように」って。

 

座らない!ではなくて、立っていようね。

立たない!ではなくて、座っていようね。

 

どちらも同じ意味だけれど、なるべくなら、にっこり言える言葉を使いたいなと思いますし、彼女にもできる時にはそれを覚えていて欲しいと思うのです。

 

 

 

 

発達障害の娘と共に〜

自分のポジティブ思考は、どこへいく??

 

 

 

ポジティブ思考は、いいものとされていますし、私はなぜか小さい時からどうしてもネガティブになれない性格のようでした。

 

あまり落ち込んだ覚えもなく、妄想癖もすごかったような気がします。なぜか当時住んでいた「荻窪駅」が日本の中で一番偉い駅だと思い込んでいたり、おめでたい人だったと思います。

 

なんど忘れ物をしても、懲りず、まあ、いいや状態でした。

 

そして、このポジティブ思考が取り沙汰されると益々、やっぱりね、、へへへと思ったものでした。

 

ところが、娘たちが生まれてその状況が全く変わります。

娘たちの特性がまだまだ判明する前でしたが、転んでないている彼女たちに、、、

 

「痛かったねえ、、、でも今転んできっと良かったんだ、なにかもっと大きな事故から守ってくれたんだ!!、さ、レッツゴー」

 

的に申しておりましたら、、、、彼女たち。。。

「転んで痛い!って言っている私たちと、もうちょっと一緒にいて、痛い気持ちと一緒にいて欲しい」

 

そう言われたのでした。

 

そんなこと、考えたことがなかったので、びっくり。。

 

そして私は彼女たちと居ながら、

自分の感情と居たのだということがわかりました。

 

子育てで大事なこと、、その子たちの気持ちをわかること、わかろうとすることなのに、なにかハプニングが起きた時には自分の感情に翻弄されますね。

 

コップを倒した、ミルクこぼした、こどもだってキッと、やだーって思ってる。でも「せっかく注いだのに、、」という自分の感情で動いてしまう、、、「なにやってるのー!!!」

 

とかね。

 

私はその逆でした。どうってことなーい!!はい、前に向かって進みましょう!!! をやっちまっていたんですね。

 

全てのことは必然で、偶然など無いという考え方がありますね。この事件も、あの転倒も、意味があるにちがいない、よかった!!と自然に思ってきたので、痛い気持ちと一緒にいることはなかなか大変でした。

 

が、その気持ちに寄り添うという行為は、娘たちだけでなく、人と関わる時に大事なことだと思っています。