発達障害の娘と共に〜自閉症啓蒙デーのH

 

昨日は世界自閉症啓発デーでした。

昨年は、テレビであまりに取り上げられないので、ちょっと寂しい気がしたということを先日ブログにも書きました。

 

今年は家にいられず、あまりテレビを見る機会はありませんでしたが、どうだったのでしょう、、、みなさま、ごらんになりましたか?

冷たい雨に東京タワーや江ノ島のブルーのライトアップ(ブルーは自閉症のシンボルカラーになっています)に参加するのは、大変!!とおもいましたが、雨も止んでよかった。

 

Hも、いつもサポートをしてくれているMと一緒に江ノ島に。

 

その前には、セサミストリートの池袋のお店にある手紙をもって向かっておりました。セサミストリートのジュリアは自閉症で一番有名な人かもしれません。人々に影響を与えられる存在、だから、だから、もっと4月2日当日にもセサミストリートのショップでなにか特集してほしい、、と手書きの手紙を渡したいとでかけました。なかなかジュリアのグッズも増えない状況に、ちょっと寂しい思いをしておりました。

 

お店につくと、ジュリアがフューチャーされていて、とても嬉しく、よかった、よかったと手紙を渡さずに江ノ島に。

 

彼女がこのような行動をとるのは、ここ半年の、特に、ここ1ヶ月の回復と成長がなせる技だと思います。

 

3年間は、ひたすら、なんとか自分を日本の社会に溶け込ませようと努力をしつつ、どこかで無理を感じていました。自分なりの生き方があるはず、、と模索していた気がします。

 

私も外から、「自分らしく、、それでいいと思う」ともうしましたが、機を熟さないものは、うまくいかないものです。

 

卵のたとえがありますね。中から突くひよこと、そとからつつく親鳥とのタイミングが大切。どっちが早くてもひよこは生まれない。

 

やってみてわかること、、

やってみて、ダメで、またやってみて、ダメで。

それでも懲りずにやっていて、後悔の雪だるまになることもあります。

 

ですが、最後にその雪だるまが割れて、もともともっていたエネルギーが再び復活することもあるのだと、今回知りました。

 

彼女は一つの扉を開けつつある、、この自閉症啓蒙デーにそう思えたことは母として嬉しいことでした。

 

 

発達障害の娘と共に〜パニックが減ってきた。。。

そんな気がします。

 

落ち着いてきた、、そんな気がします。

 

スムーズになってきた、、、そんな気がします。

 

毎日毎日、障害物競争をして無事に陣地に帰ってくることが大変な彼女たちですから、見ていて「難儀だなあ」と思うことも多い毎日です。

 

車椅子の方に、「ちょっと頑張って階段をのぼってみましょう」とは言う人はいないと思いますが、外からわかりにくい障害を持っている方々は、それがわかりにくいゆえに、ちょっと頑張れば出来ると思われがち。

 

頑張って頑張ってやりとげると、「ほら、やろうと思えばできるのよ!」と励まされちゃう。常にアクセルを踏みっぱなしにしないと周りから浮いてしまう、遅れてしまう、笑われてしまう、、

 

だから、なるべくわかりやすいように「それは、できません」「それはとても難しい」と話す、示すことが大事ですね。

 

音楽仲間が四人で集まる、もうすぐコンサートがある。

練習が終わって、カフェに入る。

 

やれやれ、、つかれた、、、から始まって、雑談が少し入って、仕事の話になって、、、飲み物がきて、飲みながら、話は段々多岐に渡り、、

 

これが難しい。。。仕事の時間なのか、リラックスする時間なのか、はたまた自由時間なのか、、はっきりしない、この先どうなっていくのか予想がつかない、、こういうことで心臓がバクバクしてきます。

 

「ねえ、いま、なんの時間なの?」と聞くことは、みんながスムーズに話している様子を見て、「そんなこと、聞いたら、みんなの話の腰を折る、、、かな?」と、黙ってしまう。

 

意見はあるけど、言うタイミングがわからない。

人の話は聞くべきだし、そう思っている間に、話題はかわってしまい、、、なんてことは、しょっちゅう起こること。

 

遠慮をしているわけではなく、自分が直面して、初めてそこで「これは苦手なんだ」ときづくことが多かったと思います。

 

認知行動療法の先生と、1か月に2、3度、1時間、話すことによって、少しずつ、自分がストレスなく生きる生き方を学んできた気がします。

 

Hも、この人は私がどうなっても、何を言っても、『え???』っとびっくりすることはないのだ、と思うと、自分のままでいられる、そして話せるそうです。

 

以前にも書いたことですが、「安心」は大事ですね。

 

読んでくださっている皆さんや、当事者であるご家族の安心はどんな時に訪れますか?

 

お教えくださったら幸いです。

 

 

 

 

 

発達障害の娘と共に〜

私の気持ちに余裕がない時には

 

昔々、まだ私が独身でいた頃、結婚し、子供を産んでも(同居の自分の親に手伝ってもらいつつ)大勢の生徒を教えていた音大のクラスメイトがいました。

 

ザ・ピアノの先生という友人でした。ところがある日、彼女が私に言ったのです。

 

私、教えるの止める!って。

 

かなり驚いて話を聞くと、、、

「娘がミルクを飲んでいてね、私は、さあ、これからレッスンだと立ち上がった時、彼女、ミルクをテーブルの上にバーってこぼしたの、私、もうすぐレッスンが始まるからって、なにやってんの!!って怒っちゃったの、だから」って。

 

ミルクをこぼすなんて、大人でもやるし、だれでもが失敗をするのに、自分の焦りから感情で怒ってしまった。時間的余裕があったら、あんな怒り方しなかった、ひどいことした。。。と。

 

この彼女の一言は、私の子育ての指針となりました。

自分の感情で怒らない!

 

今日は 私の携帯の機種変をし、そのデータの移行がちょいとうまくいきませんでした。書いてある通りにしていたはず、、、なのに、おかしい。。。

 

端末に関しては私より明らかに詳しいHに、何気なく質問をいくつかしてしました。無意識でした。彼女は今日、思っていた予定が変わって、少しエネルギーが不安定だったのに。。。

 

それなのに、ねえ、これ、どういうことだと思う?

ねえ、ちょっと見てくれる?

 

燃料がすくない彼女にとっては、イレギュラーな質問は酷だということに、(自分の焦りから)気づきませんでした。

 

私が焦っていたからですね。サポートデスクに電話をしたくても、新旧、両方の携帯がつかえないという事態。

 

Hの携帯を借りましたが、、、彼女の携帯は英語表記。

なにやら英文がポップアップして、ねえ、これ、、、と声をかけたら、「もう一杯一杯だー!!!」

 

そこで気づく私、、遅い。。。

 

はい、私は母なのに、危機的状況を察知するのが遅い時があるのです。特に自分が何かに焦っていると。。。

 

結局はサポートデスクでも1時間半かかった妙な現象で、やれやれ。

 

もちろん人間ですから感情は動きます。でもその感情に振り回されていると、大事な信号を見逃します。

 

感情が動く時は、自分を見つめる時。携帯の不具合なんてね、彼女の不安に比べたらどうってことなかったのに。。。

 

あーあ。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発達障害の娘と共に〜安心グッズ

 

 

なんとなくおちつかなくて、、、という時、

ペンを指の上でくるくる回したり、、

手を揉んだり、色々癖があるとおもいます。

 

発達障害の娘たちは落ち着かない時に、これをもっていると安心する、落ち着くというものがあります。

 

昨日、車に「マリウス」と名前をつけて可愛がっていた話をかきましたが、ぬいぐるみにも、全ての子に名前がついています。

 

外出時、ケースバイケースで連れていく人形がちがいますが、大きすぎず、力をくれる子、寄り添ってくれる子、バッグに入れてでかけることが多いですね。

 

日本では、逆に人形を連れ歩く文化があるので、自閉症の人たちが持っていても違和感がありませんね。ただ、会議にも連れていく、授業にもつれていく、となると、「何もってるの?」と笑われてしまうことは容易に想像できます。

 

何をもってきてもいい仕事をすればいいじゃないか!

何を机の上に置いても、本人が勉強に集中できればいいじゃないか!

 

って思うのは自閉の特性を知っている人だけではないかと危惧します。

 

落ち着くものは人形だけではありません。

 

これは赤ちゃん用の握るおもちゃですが、適度に弾力性があって、握ったり緩めたりするといいのだそうです。解説には、舐めても大丈夫って。(Hは舐めません。)

 

日本では、赤ちゃんの身の回りのものが置いてある売り場にいくと、時々いいものがみつかりますが、海外ではおもちゃ屋さんに、文具屋さんに「センサリートーイ」という売り場があり、そこに、握っていると落ち着くようなもの、さわっていると安心するものが置いてあります。

 

これらは、そこで手に入れたもの。

アボガドだったんですけれど、よくさわっていてもはや、緑の茄子のようですね。

 

やわらかくて、よく触っていました。

 

日本では『フライングタイガー』というデンマークが本拠のおもちゃ屋さんに行くと時々見つけることができます。

 

 

 

 

 

発達障害の娘と共に〜さよなら マリウス

 

 

今日はお世話になっていた車とバイバイをしました。

題名の通り、車の名前は「マリウス」

私と娘二人の合計3名は名前が「まり」で始まります。

だから、、、車種はプリウスですけれど、、、

 

マリウスって名前をつけていました。

 

マリウスは、そう、初代のプリウスで、セダン。

プリウスでセダンなんて、みたことない、、と時々ガソリンスタンドや、お店で言われました。

 

元々は従兄弟のNのもの、そこからその弟のFのところに。

そして私のところに来ました。

 

走行距離は23万キロ。よくがんばりました。

調子はすこぶる良くて、つい先日の定期点検も、あらあ、悪いところない。。。

 

でも、いつおかしくなっても、いつどこがダメになってもおかしくないとも言われていました。

 

娘たちは幼い頃から様々なものに名前をつけて、それが壊れると泣いていました。掃除機、洗濯機、壊れて収集車に載せられると、見えなくなるまで手を振って追いかけていました。

 

バイバイ、バイバイ、、、と。

 

そして今日は愛するマリウスとのお別れ。

車はHにとってもNにとっても大事な力になってくれていました。

 

何度も何度も、ありがとうといいつつお別れし、

新しく、今度は妹の車を譲り受けました。

 

名前?もうつけましたよ。

コゼット。

 

ミュージカルがお好きな方、小説をお読みになる方ならお分かりだと思います。レミゼラブルに「マリウス」という人物がいますが、その恋人が「コゼット」です。

 

思い出がいっぱい詰まったものは、さよならしにくいですね。

歩けなくなった、うごけなくなった、そんな時も大活躍でした。

 

車椅子も乗せてあちこちに行きましたね。。。

 

ありがとう、マリウス。