ASDの娘たちは、、ポジティブになれないのかな。。。
「何事も、ついネガティブに考えてしまう…」
あなたのお子さんや、
あなたの周りの大切な人が、
このように「最悪の事態」ばかりを口にして、
不安に苛まれている。。
「そんなことないよ、大丈夫っ!」と
励ましたくなる気持ち、ありますよね。
でも、本人の「性格」だけの問題ではないのかもしれません。
◆ポジティブになれない、脳の「仕組み」
なぜ、あんなにも未来を楽観的に考えられないんだろう。
私もずっと不思議だったのですが、
少し調べてみて、ハッとしたことがあります。
どうやら、ASD(自閉スペクトラム症)の人が持つ
不安の強さには、「実行機能の弱さ」と
「想像力の偏り」が
関係あるらしいのです。
もちろん、私はお医者さんではないので、
難しいことは分かりません。
でも、素人なりに「なるほど!」と思ったのが、
「実行機能(じっこうきのう)」と「想像力の偏り」という、
2つのキーワードでした。
1. 「実行機能」(そう呼ぶらしいです)が弱いらしい
これは、何か目標を達成するために、
計画を立てたり、
気持ちを切り替えたりする力のことだそうです。
この力が弱いと、
たくさんの情報の中から「これは大事」「これは、まあ大丈夫」と見極めるのが、苦手になるんですって。
だから、私たちから見れば「万が一」の小さなリスクも、
本人にとっては「いつ起きてもおかしくない」同じ重さの大きなリスクに感じられてしまう、ということのようです。
2. そして「想像力」にも、偏りがあるらしい
これは「空想が好き」とか、そういう話ではありません。
むしろ逆で、物事の「全体」をぼんやりと捉えるのが苦手で、
どうしても、
一つひとつの「細かい部分」に
目が行ってしまう傾向のことだそうです。
英国のある研究者の方は、
これを「木を見て森を見ず」と表現したそうですが、
まさにそれ。 過去の失敗という一本の「木」が、
あまりにも鮮明に見えすぎて、
未来に広がる「森」全体が、
穏やかで安全かもしれない、とは、どうしても思えない。
「性格」ではなく、脳の「仕組み」が、そうさせている。
そう考えたら、彼らがなぜあれほどまでに不安に苛まれるのか、少しだけ、その理由が見えてくる気がしました。
◆白線を踏んだだけで、「前科者」になる
我が家でも時々おきることですが、
ルール違反の大小が
すべて同じように見えている時があるとおもいます。
たとえば
仮に彼女たちが免許をもっていて、
路上の四角い枠の駐車スペースに
車を停めるとします。
そのスペースの白線にタイヤが少しだけ
かかった状態でも「ああ、空いててよかった。停められた!」
私だったら、こう考えます。
「まあ、少ーーし先の上から出てるかなあ、
でも大丈夫だろう」
しかし、彼女たちの脳は、そうは考えないと思うのです。
彼女たちの脳内では、瞬時に以下のような思考が、
超高速で駆け巡っている気がします。
- 「白線を踏んでいるー駐車場の利用規約に違反している」
- 「規約違反は、罰金の対象になるかもしれない」
- 「もし、誰かに通報されたら?警察が来たら?」
- 「これは『不正駐車』だあ」
- 「一度、記録に残ったら、未来永劫、私は『ルールを守れない人間』としてレッテルを貼られちゃうかも。。」
これは想像の出来事ですが、
こういった不安とよく隣り合わせになります。
「規約違反」→「罰金」→「警察」→「前科」
というように、一直線に「最悪のシナリオ(=有罪判決)」へと、直結してしまう。
これは、「性格が悲観的」なのではありません。
彼女たちが、あまりにも「正直」で、「正義感が強い」
そして、実行機能が弱く、
想像力に偏りが強い
そして、ネガティブバイアス(悪いことの方が記憶に残る)
のために起こる、必然的な苦悩なんですね。
親なら、彼女たちに
99、9パーセント起きない心配と共に
時間を過ごしてほしくないと思うのです。
一体私には、何ができるのか、、
「大丈夫!!」
は、全く功を奏しません。
どうしたらいいんだろう。。
私自身も、まだその完璧な「打開策」を見つけ出せずに、日々、試行錯誤を続けています。
でも、どこかに光が見える方法があったら嬉しいですよね。
これから、専門家の先生方の知恵を借りたり、
海外の研究を調べたりしながら、
その具体的なヒントを探していくつもりです。
そして、もし、どこかに「これだ!」と思える、いい打開策を見つけたら、このブログで、皆さんにご報告しますね。