長年の工場運営で、工場運営の楽しさも苦労も味わってきた私は、フィリピン工場の運営から撤退して、直営工場が無くなったのを期に、中国のいたるところの工場を見て回りました。杭州の山奥の工場で手編み帽子を作ったり、南昌で安いTシャツを作ったりと、今迄自家工場で生産出来る物の制約から解き放たれた様に、チャンスの有るものは何でも手を出す様に成りました。またアメリカの"GOORIN BROS." や "NEW YORK HAT" に行って中国生産をアピールしたり、アメリカ各地の帽子工場を訪ねて、生産を依頼したりとあらゆる事をやってみました。
また香港に生産オフイスの有った "GAP"や"DKNY","AIGNER" からも引き合いが有り、中国でOEM生産をしたのですが、長くは続きませんでした。当時数年の間アメリカの"BRONER" にもOEMでニット帽子を生産していたのですが、これも徐々に断ち切れて行きました。
香港に居て私が分かった事は、『日本人が日本の生産ノウハウを基に中国生産した製品は、世界中で売れる』と思っていた事は大きな間違いで、生産方式や品質管理の苦労をせずに中国で出来る物を生産するだけなら、日本人の生産管理会社は、もはや必要としなくなっていたのでしょう。
私に生産を依頼してきた"GAP"や"DKNY","AIGNER" も当初は日本人の私に依頼する事での、メリットを感じていたのかもしれませんが、すぐにそれは直接中国に依頼すれば同じ物が作れると、判断したのでしょう。それほど中国工場の販売意欲は凄まじく、技術革新や中国政府の輸出促進政策も有り、世界の工場に成り得たゆえんではないかと思います。
余談ですが私の住んでいるフィリピンの輸出展示会を見ると、フィリピンで作れるものが並んでいますが、中国の広州交易会や上海の展示会では、世界で売れる物は何でも有ると言った感じで、莫大な種類の製品が、所狭しと並べられています。
また20年以上も香港に居て感じるのは、香港に居る人々は、その90パーセント以上は何かを売ろうとしていて、何かを買う為に香港に居る人は、観光客以外ではほんの少ししか、居ないと言う事でした。