自分の誕生日に書く内容ではないが…

「死」を考えたこと あるだろうか




私は ある




精神的に追い詰められていた時期

…というより
自分自身の存在価値を見失った、ある時期
あまりに利己的で傲慢な自分という人間を悟った瞬間の時期

自分と関わった全ての人に土下座して
そしてこの世から消えたいと本気で考えた


泣くのは自己憐憫だと思いながら、
涙の出ない日泣かない日は無かった





そして

高速バスの前に飛び出した

暑い夏の昼間だった

目の前の歪んだアスファルト

ビルから垣間見えた青空

私は消えたかった


ずっと人を見下して生きてきた
だから
幸せを望んではいけない
それどころか
存在するだけで他者を不愉快にする

今ここから消えよう
あの夏の青空の向こうに吸い込まれるように
消えよう



これを読んで不快に感じる者もいるだろう

世の中には 生きたくても生きられない人間が沢山いるのに

敢えて「死」を望むなど、それこそ傲慢だと憤慨する者もいるだろう

なぜ生きるべき人が生きられず自分が生きているのか…このような疑問にすら捉えられた



このときからだと思う
私は幸せを得る行動を止めた気がする
与えられた事象に感謝しそれだけで充分幸せだと
そう考えるようになった


それでもいまだに怖い
生きることが怖い

自分の幸せは要らない
でも誰かを幸せにしたい
それなのに
いつも誰かを傷つけ不快にさせているような気がする





あの夏の昼間の景色
瞼の裏にこびりついている

あのとき実際に消えていたら

ここにこのような文章を晒すこともなかったろう

誕生日に死に失敗することもなかったろう



うーん
今日のブログは…イレギュラーだね 笑

まずはお詫び

前回のブログに「淘汰される経験則」と書いてしまったが

これは間違い

経験則に無駄なものなどないのだから「淘汰される経験則」もまた無いのです

誤解を招く文章で申し訳ない

と、
まずはここできちんと矛盾を正してから

改めて


経験則に無駄なものなどありません

辛かったり苦しかったり悲しかったりしたこと
…それらがあるからこそ
他者の同じ立場を理解することが出来る

無駄に過ごしたと思う社会人生活
無意味に過ごしたと思う学生生活
…それらを経たからこそ人間は社会性を身につけることが出来る
例えば礼儀作法、連帯意識、上下関係、競争意識、客観的視点、観察と認識、自己責任
…それこそ数え切れないほど成長する糧を得る

勿論
良しにつけ悪しきにつけの経験則である

想定外の事象に巻き込まれることもあろう
他人の残酷さを思い知らされることもあろう
矛盾や不条理、偽善、虚飾…出来れば味わいたくないこと、知りたくないことが沢山ある

しかしそれらは得るべき経験則なんだ
これらの経験から
人間は自分自身を成長させる糧を得るんだ

すぐに活かせるとは限らない
一年後かも知れない
五年後かも知れない
十年後かも知れない


時間の喪失を嘆くかもしれないが
その時点での自身の精一杯からなされ得た経験則なら
必ず将来の自分をステップアップさせる


経験則が増えるにつれ感じる失望も増えるかもしれない

世界は善ばかりではない
己が正論だとは限らない

だからといって
未来に希望を失うこともないんだよ

経験則は活かすために積まれている

清濁併せ呑むという言葉がある
世界の裏表を
社会の裏表を
人間の裏表を
それら全てを受けいれて
かつ愛し希望を抱くこと
未来を捨てないこと

そのためにも経験則は必要なんだ
その経験則がキミを成長させてくれる


希望を捨てるなよ

未来を諦めるなよ

キミの将来はこれからだ

なんてことはない
もうすぐ自分自身の誕生日なんだよね 笑

魂は直線に延びていて
誕生日はその都度都度のクリア地点に過ぎない

とはいえ

クリア地点を通過するということは
即ち「生きてきた」証でもある


世の中にはクリア出来ない者もいる
…病によりクリア地点に到達出来なかった者
…自らクリア地点への道を絶った者


クリアするということは、それだけで大変な作業なんだね


無論、人間は単に魂の直線を進んでいるわけではない

クリア地点から地点へ生き進む過程で
人は沢山の経験則を積んでいく

クリア地点を重ねるごとに
その経験則は多種多様に増え、その人自身の糧となっていく


…そう

十代の通過点で得た経験則は

二十代の通過点の際には
逆転の意味合いを持つかもしれない
昇華された経験則にもなれば
淘汰される経験則になるかもしれない

二十代で完成されたと思った経験則は

三十代では毎年通過時に更に変化する
内外からの刺激に、より寛容になる三十代は
経験則に更なる深い意味を持たせ
より細かなシナプスを飛ばす経験則へと成長する


人間は一生成長する
完成することは 無い

でも生き方というものは
生きている間、その人自身を形成する根本的本源的なものである
だから 完成しないからと投げ出しては勿体無い




私はまだまだ未熟者である
一生死ぬまで未熟者であろう

多分魂そのものが未熟者なのだろうな 笑


とりあえず 明後日のクリア地点を越えてみるのも

悪くはないのだろう