小さい頃によく遊んで貰った大叔父

1~2年ほど前に事故死(多分自殺)した

亡くなる前の大叔父は要介護の寝たきりで、老々介護の生活だった



死後に見つかった手帳に、
自分の看護費用を逆算した日程表が記してあった
大叔母がひとりになったあとの生活費等も計算してあった



大叔母は大叔父死後もその家で1人で暮らしていて、
身体が少し不自由なため、いつもはデイサービスを受けている


今回の東北関東大震災

室内はかなり荒れたようだ
無論、大叔母は自分の身を守ることで精一杯
ありがたいことにどこも怪我はなく
室内も近所の方々に手伝って貰って片付いたようだ




…大叔父は このような事態 も想定していたのだろうか


大叔父は東北の出身で、地震の恐怖は沢山経験していたと思われる

江戸っ子の大叔母と出会い都内に居を構えた時から、
今度は東海沖地震を意識していたのだろうか


東京、神奈川、静岡あたりの出身者は、小さい頃から東海沖地震に対する知識と訓練を受けている

兎に角 未曾有だ と

そしていつ来てもおかしくない状態にある と


今回の地震はそれとは違うプレート変動であった
しかし未曾有の大震災となった
東京もかなり被災した


大叔父は人の世話になるのを嫌がる人であった
介護も、極力自力で済ますようにしていたようだ
とはいえ
震災が起きたら1人では何も出来なかっただろう…なにせ寝たきりなのだから


今回の東北関東大震災では、あまりに沢山の方が亡くなられた
ライフラインは壊滅状態となり
医療関係もままならない
今後各地の医師団が被災地へ続々向かうであろう

寝たきりの大叔父への医療や介護サービスは、どうしても後回しになっただろう
そうなれは大叔母の負担が増えたであろう
大叔父はそれを最も恐れていた
…残された手帳からも、その思いが溢れ流れ出ていた


しかし大叔母の気持ちはどうであったのか

大叔母はそれでも一緒にいたかったのではないだろうか
激しく揺れる室内で1人恐怖と闘った大叔母
大叔父の遺影を抱きしめ耐えた大叔母…




大叔父の決断が正しかったのかどうか 私には解らない




…今回の東北関東大震災によって
被災なされた皆様、心からお見舞い申し上げます
亡くなられた皆様、心からお悔やみ申し上げます

一日も早く、かつての東北、関東の活気を取り戻せるよう

微力ながら協力させて頂きます

周囲と喧嘩する夢をみた。
…家族と 横浜の地下繁華街の店員と

同時に煙草の煙に悩まされていた。
地下繁華街にあるカフェは皆喫煙優先で、それが私をイライラさせた

家族のなかでは、
父が何故か私の作品を破り捨てていた。
私は怒り狂って父に飛びかかった
母と弟は私を構うような無視するような…不思議な存在として、
夢のあちこちに現れた

私は家と地下繁華街とを行ったり来たりしているらしい

時間が 気になった。
時計を見ては母の顔色が気になった

いくどか電車に乗った。
爆弾の仕掛けられた車両に閉じ込められた

なにもかもが慌ただしく感じた。
煙草の匂いが常にまとわりついた。



喧嘩する夢、煙草の夢、
どちらもストレス…主に自分自身に対するストレスや現状不満がみせる夢だそうだ

私生活への不満(仕事とか恋愛とか人間関係とか)がみせる夢だそうだ


おぉ 嫌だ嫌だ

現状打破せねばなりませぬヨ(>_<)
イタリアのサイクルロードレーサー、リッコ氏(27)が自己輸血(ドーピング)中に倒れて入院…
サイクルロードレース界では最近話題になっていた出来事



ドーピングというと、薬物摂取というイメージしかなかったのですが
「自己輸血」という方法、古典的なドーピングらしいですね。

しかし輸血が何故違法なの?
輸血に薬物を混ぜるわけでもなく(だったら最初から口腔摂取するだろう)
自分の血を自分の身体に戻す行為が何故?

…偶然にも読み終えたばかりの「サクリファイス」でも取り上げられていた
この自己輸血(ドーピング)に関して理解できずにいたところ、
申し合わせたかのように今回のリッコの事件を知りました。


*自己輸血
自分の血液を一定量採り、そこから赤血球だけを抜き取る
試合前に自分の身体に戻す(自己輸血する)
…このことで体内の赤血球がおおいに働き、持久力が抜群に上がるそうです


リッコの場合、25日前に採った血液を使ったとのことで、
古くなった血液が内臓に負担をかけ重態に至ったようですね。

彼はこれで二度目のドーピング発覚。

多分サイクルロード界から永久追放処分を受け、当然ながら選手生命は絶たれるのでしょう。

27歳にして、自らの将来を破滅させてしまったリッコ。

愚かです。


自転車に限らず。
禁止薬物やそれに近い行為の力を借りて得た栄光や成功に
何の価値があるというのでしょう。

自身の能力の限界への挑戦は、
誰の力も借りずに達成するからこそ価値があるものなのに

これは自分自身への背徳行為でもあるように感じます。


…どす汚れた栄光を背負って生きること
私には出来ない。
たとえ発覚しなくとも。
自分自身が許せない。



人間のプライドとは
こういう時にこそ
発揮されるべきだと思います。