5月19日、松任を発つ朝、カーテンを開けると、白山がくっきり見えた。

ホテルをチェックアウトし、浅川マキの親友で同級生の千恵子さんに会いに

金沢に行く前に、気になっていた「千代女の里俳句館」へ。

「朝顔や つるべとられて もらひ水」で知られる江戸時代の女流俳人

加賀の千代女は、松任の人なのだ。

 



 「桔梗の花 咲く時ぽんと 言ひそうな」という千代女の句が、

子供の頃、好きだった。時代を飛び越え、女友達が目の前で呟いている

ような親しさを感じた。

 

 千恵子さんから聞いた、殿様とのエピソードも好きだった。

女流俳人として名高い千代女に興味を持った加賀の殿様が、ある時、

彼女を金沢城に呼び出す。面を上げよ、と言われて顔を上げた千代女を

見た殿様、「加賀の千代 なんにたとえよ 鬼瓦」と一句。

初対面の女性に鬼瓦とは無礼な殿様だが、千代女は笑って受け流すのでも

泣き寝入りするのでもなく、「鬼瓦 天守閣をも 下に見る」と即座に

切り返す。参った!と殿様は、たくさんの褒美を与えたという。

 

 千代女が江戸時代の庶民に人気があったのは、朝顔の句に見られる

繊細な優しさだけでなく、権力に媚びない反骨精神、胸のすくような

啖呵を俳句で切るような所にもあったのだと思う。

 千代女の里俳句館では、現代の女性人形作家が、千代女の句から発想した

作品を展示したコーナーが美しく、海外の評論家による千代女の作品評も、

興味深かった。千代女の句は、世界中の言語に翻訳され、紹介されているの

だが、「朝顔や つるべとられて もらひ水」に対し、詩人の孤独な心が、

彼女(朝顔)をほしいままにさせたのだ、という外国人の解釈に、ハッとした。

生まれつき体が弱かったという千代女。儚い命の朝顔に、己を重ねたのかも

しれない。

 



 1703年、松任の表具師、福増屋六兵衛とてごの娘に生まれ、7歳で俳句を

詠み始め、12歳で美川の俳人に弟子入りし、金沢でも修行し、頭角を現す

千代女だが、17歳の時、決定的な出来事がある。松任に見事な俳句を詠む

娘がいると聞いた松尾芭蕉の高弟、各務支考は、旅の途中、福増屋に立ち寄り、

千代女に「杜若」「稲妻」のお題を出すと、彼女は即座に

「行春の 尾やそのままに 杜若」「いなづまの 裾をぬらすや 水の上」

と詠んだ。驚いた支考は、あたまから不思議の名人、と絶賛したため、

千代女は天才少女として、全国にその名を知られることになる。

 



 俳人として名を揚げ、腕を上げる千代女だが、実生活は楽ではなかった。

18歳で嫁いだ金沢の下級武士の夫は2年で亡くなり、実家に戻って表具屋の

仕事を手伝っていたが、父、母、兄も続けて亡くなり、一人で店を切り盛りし、

表具の注文も減り、家計は苦しかった。

 

 だが、芸は身を助く。俳画に目覚めた千代女は熱心に学んで極め、

自身の俳句に絵を添え、絵師とのコラボも始め、丁寧な表装も評判になって、

あちこちの俳人から注文が入るようになる。暮らし向きが落ち着いて来た

52歳の冬、剃髪して千代尼となるが、そこからの活躍がめざましい。

 

 ようやく俳句一筋に生きられるようになった彼女は、一笠一杖で、

2年に亘る大行脚に出かけ、諸国の俳人達と活発に交流し、句集も出し、

61歳の時に、加賀藩の依頼で、朝鮮通信使への21句の俳句をしたためた

掛け軸と扇子を献上し、国際交流の先駆けとなる。

 

 

 晩年は肺を病むが、生死の境を彷徨いながら詠んだ

「蝶は夢の 名残わけ入 花野哉」は幽玄の境地。

辞世の句「月も見て 我はこの世を かしく哉」に、彼女の

ダンディズムを感じる。約1700句を残し、73歳で亡くなった。

 



 さぁ、千恵子さんの待つ金沢へ。千木のケアハウスに着くと、

既にロビーで、首を長くして待っていてくれた。4年ぶりの再会を喜び、

話に花が咲く。前日の美川のおかえり祭りの途中で買った、千恵子さんの

好きな大西の蒲鉾をお土産に渡すと、「子供の頃、店先でかぶりつきで

食べたのよ」と、少女のように目を輝かす。

 

 「これ、ラビィさんにプレゼント。悦ちゃん(浅川マキの本名は森本悦子)の

綺麗な足が見れるわよ」と千恵子さん。何と、マキさんの写真が入った1968年の

ビクターのカレンダー。ビクターの歌手達がたくさん写っていて、マキさんは

9月の暦に、浜丈二、三田明、高石友也と一緒に写っている。

 

 どこかの波止場に停まったヘリコプター。パイロット姿の青年達と

赤いポロシャツの青年の間に、黒の半袖、千鳥格子のミニスカート姿の

マキさんがいる。ほっそり、すんなりとした、人形のように綺麗な足。

顔は、まだあどけない。

 

「こんな大切なもの、いいんですか」「私が死んだら燃やされちゃうから、

喜んでくれる人にあげたいな、と思って。時々、見てね」

「もちろんです!大事にします」

 10分ぐらい話したところで、「面会時間は5分です」と、職員さん。

うわ~、厳しいなぁ。ケアハウスだから、仕方が無いか。以前は、

千恵子さんの部屋で話したり、泊まったこともあったが、コロナ禍で、

すっかり変わってしまった。それでも、最近は、外出許可が下りるように

なったという。来年、元気だったら、一緒におかえり祭りに行きましょうね、

遠出が無理なら、金沢の喫茶店でお茶を飲みましょうね、と約束して別れた。

 



 その足で、鳴和の養法寺に、マキさんのお墓参り。

向かう途中、いくつかの墓石のつなぎ目がずれていて、元日の

能登半島地震の被害を物語る。マキさんのお墓は大丈夫だった。

 

 

 花と線香を供え、千恵子さんに会ったことや、女子が活躍した

今年のおかえり祭りのことを報告。マキさんの天国での幸せを祈り、

線香が燃え尽きるまで、マキさんの歌と、マキさんの人生を思って

作った「ノラよ」と「バッチャメロ・ブルース」を歌った。

 

 


 金沢駅の中の店で、能登のふぐカツをつまみにビールを飲み、

「金沢限定幻の酒 初しぼり」と書かれた日本酒の小瓶を買って、

20時20分の新幹線で東京へ向かう。幻の酒を一口。初しぼりの

爽やかさ。それでいて、しっかりとした飲み応え。美味い!

 



 小学校4年の時、松任から美川へ引っ越し、高校は金沢二水へ

行ったマキさん。松任、美川、金沢、千代女と浅川マキは、

同じ経路を辿ったんだな、とふと思う。

遍歴の後、亡くなった年齢も似ている。

 

 

 私が浅川マキを好きなのは、その流れ者の魂と、彼女の歌が、

文学的ブルースだから。それも短詩型文学の匂いがする。

 

 特に、彼女が若い頃作り、人生最後に歌った歌ともなった「さかみち」に、

それを感じる。暗さの中にも、突き放したユーモアがあり、だからこそ、

孤独がそくそくと身に迫る。雨、車、坂の途中にある部屋。

何かの暗示のようで、短い歌だが、深い余韻を残す。

そう、川柳のようだ。

 

 彼女の母親は、川柳作家の森本清子。情の川柳と呼ばれ、句集を出し、

弟子も取っていたという。浅川マキが川柳を詠んだかどうかは知らぬが、

6歳の時に父親を亡くし、母と妹と暮らしていたのだから、母親の感性や

美意識の影響は、あったとしても不思議はない。

 

 

 「悦ちゃんはお母さんに似てるわね」と、千恵子さんは言っていたが、

マキさんのライブアルバムのトークを聴いた時、さばけた女教師のようだな、

と思ったのも、偶然ではあるまい。「字が綺麗で、教師の代筆をするほどだった」

というその達筆も。ベタベタと感情を塗りたくらず、物に託して心情を描く

その手腕とダンディズムも。

 

 浅川マキが世に出るきっかけとなったのは、1968年12月の、

寺山修司構成・演出の新宿アンダーグラウンド・シアター「蠍座」の

ワンマン公演だが、マキさんのプロデューサーだった寺本幸司さんから、

「ちょっと面白い歌手がいるから観に来てくれないか」と言われて行った

銀巴里で、マキさんの「夜が明けたら」を聴いた途端、寺山は電流が走った

ようにのめり込み、蠍座の浅川マキコンサートの構成演出を引き受けたという。

 

 

 寺山修司もまた、俳句や短歌から始めた人だ。

マキさんと詩人の感性の質が合ったのかもしれない。

 



 千代女の俳句とマキのブルース。いろんなことが頭を駆けめぐり、

酔いも回って眠りに落ち、いつの間にか、東京に着いた。

 

 

 

~蓮沼ラビィ ライブ予定~

 

●6月30日(日)亀有・KIDBOX

 

浦邉力プレゼンツ『亀有視聴覚室〜僕らは禁断の実をかじった〜』Vol.3

 開場:17時半 開演:18時
 席料:3000円(2ドリンク付)
 出演:敏、蓮沼ラビィ、浦邉力

タイムテーブル

 ①18:00~18:45
 ②18:55~19:40 浦邉力
 ③19:50~20:35

①と③は、当日、ジャンケンで決まります。

 

 

●7月13日(土)センター南・NAP CAFE

 

詳細、分かり次第、お知らせします。

 

●7月21日(日)高円寺・Moonstomp

 

ネコダ珈琲企画
「Make Some Noise vol.1」

 開場:18時 開演:18時半
 前売料金: 2000円+ドリンク 
 当日料金: 2500円+ドリンク

出演:蓮沼ラビィ、芹田香織、hirano taichi、ネコダ珈琲






●8月3日(土)野方・焼酎場ぁ~ くんちゃん

蓮沼ラビィワンマンライブ
「我が心のアフリカ」

 

 

 コンクリートジャングルにアフリカの種を蒔くために戻って来た。
 あれから28年。どう育ったか。

 パーカッションの初谷まさひろを迎え、解き放つアフリカ魂!


 開場:18時 開演:18時半
 料金:2000円+店代金(お通し500円+飲食代)
 出演:蓮沼ラビィ ゲスト:初谷まさひろ(パーカッション)

  18:30~19:30 蓮沼ラビィ・ソロ弾き語り
  19:45~20:45 蓮沼ラビィ with 初谷まさひろ

 

●8月10日(土)久米川・すなふきん

 

「寺本幸司が今語る、戦争。」

開場:18時 開演:18時半
木戸銭:3000円+ご注文
出演:寺本幸司 ゲスト:蓮沼ラビィ

 


☆浅川マキ、りりィ、イルカ、桑名正博、南正人のプロデューサーとして

知られ、85歳の今も現役の寺本幸司さんが戦争体験を語るイベントに、

歌のゲストで出演します!