「サブウェイ・パニック」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

ニューヨークの地下鉄車両 "ペラム123" が武装集団にジャックされた。乗客十数人を人質に取った犯行グループのリーダーは、1時間以内に小額紙幣で100万ドル用意すること、期限を超えると1分ごとに1人ずつ射殺すると地下鉄の管制センターに声明を出す。動揺する職員たちの中で登場する公安局ガーバー警部補(ウォルター・マッソー)が犯人との折衝役を担当する。事件の通報を受けたニューヨーク市長の承諾を得て身代金の準備が着々と進行するも約束の期限は容赦なく迫っていく。ガーバー警部補の時間延長の訴えも犯人側は受け入れない…1974年製作。U-NEXTにて配信中。

 

地下鉄車両ジャックによる攻防に関わっていく人びとがほぼリアルタイムで奔走する。このリアルタイムの長所は、タイムリミットというサスペンス要素や安易な回想シーンの排除に寄与している。パニックに陥る人質となった乗客たちの造形に物足りなさはあるもののガーバー警部補の表情が印象深い。身代金を運搬する警察車両が疾走するニューヨークの街並みやデヴィッド・シャイアの楽曲も緊迫感を増していく。

 

また回想シーンが無い上に、管制センターの職員たちや警察関係者、そして犯人側の過去や家庭環境も説明が一切無い。唐突に身の上を台詞で語らないリアリティが、英雄譚や感動ストーリーよりも事件の冷徹さへと刺さり込んでいく。ガーバー警部補のイマイチな服装センスは妻帯者でないことがうかがえるし、互いを "ブルー" "グリーン" "グレイ" "ブラウン" と色で呼び合う犯人グループは匿名性に加えて組織関係の希薄さも滲んでくる。こうした隠喩的な映像演出は何回も観直したくなる。

 

私は、過多なナレーションや登場人物が感じたことを口に出す演出を忌み嫌う。思てること "すぐ言う" 日常ってなんだか不自然だし、そんなにわかりやすく(演出)せなあかんの?(客から)クレームくるの?あ、それってハラスメント受けてるで、と "すぐ言う" 演出スタッフを諫めたくなる。

 

もしかすると、ガーバー警部補の服装センスは、パートナーのゴリ押しなファッションチョイスを甘んじるカカア天下かもしれない。てな具合に、わかりやすくない・説明しない背景から物語は観客の心の中で育まれていく。そこに映画(に限らず他の芸術も含む)を楽しむ土壌がある。"一から十まで説明するトリセツな展開は安心だよね" っていったいどこが楽しいんだろう。"言わない" この映画のラストカットは、まさに珠玉の余韻を残す。

 

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