「ビフォア・サンセット」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

 

「ビフォア・サンライズ」から9年後、アメリカ人男性ジェシーとフランス人女性セリーヌの再会が描かれる。演者のイーサン・ホーク、ジュリー・デルピーは物語の設定同様9年後に撮影、脚本もイーサン、ジュリーとリチャード・リンクレイター監督の共同作業となっている。

 

男女の間で些細な嘘や誇張が本心と交錯する。相手の距離感を探りつつ愛情を確かめようとする二人、何も起きない、でも何かが起きる一歩手前なのだ。題名の「ビフォア…」は共有する時間だけでなく二人の心情を指している。そしてその一歩手前はラストシーンで結実する。屈指の名場面。必見。

 

二人の会話だけの物語に何故引き込まれていくのか。恋愛や家庭で悩むのは生きていく上で避けられないもの、それは万人共通であり、恋愛を通して本音を語ろうとする言葉には下心も見え隠れする。聖人君子ではない、浅ましくも慎ましさがほんのりと漂ってくる。"優しさ" とは "包み込む寛大さ" なのだろうが、臆病な "心の弱さ" が相手には "優しさ" に映る場合もある。恋愛は時として憤りに変貌する、それは "心の弱さ" を受け入れられない、やるせなくなるからなのだ。しかし "心の弱さ" に魅力を感じてしまうのも不思議にある。ダメダメな相手を想う心理はここから育まれていくのだろう、経済的ダメダメは第三者の立場からお節介な助言をしてしまうが何かしら欠陥を備えていることに凡人偉人の垣根はない。弱きものに触れたくなる慈愛心もまた愛情の側面であり、この作品の二人の会話にはそういった様々な愛情表現が詰め込まれていて、その言葉の心地良さが物語の主題へと導いている。

 

リハーサルめちゃ重ねたんやろなぁと感じるパリ街中を闊歩する撮影が緊張感を伴う二人の姿を終始捉えている。延々二人の会話だけで物語に抑揚ないじゃん、なんて事は無くその背後には飛行機の出発時間というリミット感あり、送迎車の中でのセリーヌの激昂は物語の転換であり、娯楽映画の基本がきちんと備わっている。

 

羨ましいなぁイーサン、と凡人の私は異国の地での旅の出会いという浪漫を一瞬憧れてみてもなんせ言葉の壁がある。生まれてこのかたジャパニーズオンリー。身振り手振りでアタックしてもイエローモンキー、ジャップ、とやり過ごされるのがオチ。いいよ私ゃスネてパブに直行。お酒に逃げる心の弱さダメよダメよダメなのよ(by 島田一の介)

 

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前作と合わせた映画サントラ。主演のジュリー・デルピーが冒頭と終盤の弾き語りそしてエンディング曲を披露しているのがわかります。芸達者。

Before Sunset

 

なので、アルバムも出してます。「ビフォア・サンセット」で使われた3曲も入ってる。ただアルバム名が「ジュリー・デルピー」そこは芸が無い。そのまんま。

Julie Delpy (Dig)