「クワイエット・プレイス」 | やっぱり映画が好き

やっぱり映画が好き

正統派ではない映画論。
しかし邪道ではなく異端でもない。

【ネタバレ】あります。すみません、気を付けてください。

 

息を飲むとはまさにこの事であり、観客までもが音を立てる事を禁忌とされる。この作品の宣伝コピー "音を立てたら、即死。" は見事。冒頭のシーンでそれは否が応でもこちらに伝わってくる。この演出が上手い。確かにアラはある、ツッコミどころは散見できる。だから作品の質を問うのではない。この質の中核は主演のエミリー・ブラントの "顔芸" なのだ。刺さる釘や出産、あらゆる局面で痛みをこらえて歯を食いしばる表情がこちらにも伝染してくる。足の指を家具にぶつけた時のアレ、アレの強烈バージョンの痛みを声なく表現してくれる。二人の子役も達者、共に違う作品でも拝見するのでこれからが楽しみ。

 

この作品は物語がグォォンと加速するトコで幕を閉じる。短編作品ならばこれでいい、これでいいのだが、これは短編ではない、ならばこの先をみせて欲しい。あと20分あればその加速がさらなる高みへと辿り着くじゃないのか、サバイバル、生と死、家族の絆、"長男の活躍" をここで披露させるべきだしそこで父親への哀悼が交錯するはずである。そしてもう一度赤ん坊の泣き声で危機に瀕する局面も必須であろう。予算がなかったのか、ジョン・クラシンスキー監督の手腕はこの作品で認められたので次回作は納得できる結末を期待する。

 

以前にも語った事があるが今回もしかり、異形の怪物が正体を見せるが「エイリアン」の故H・R・ギーガーがデザインした怪物を凌駕するものではない。もはや見せない演出をすべきではないのか。ああ、こんな感じね、昆虫っぽいヤツね、と落胆する映画好きは少なくないはず。その観点でいくと「メッセージ」におけるドゥニ監督の見せない演出は正解。やはりギーガーの言葉「モンスターはただ気持ちが悪いものではなく、ある意味で美しいもの。その動きは優雅でしなやかです」このコンセプトは時代を経ても変わらないものだと痛感する。

 

我が家で「クワイエット・プレイス」の話題を切り出そうとした矢先に「…プライス」と言い間違えた、途端矢継ぎ早にツッコミが入る…プライスって何の値段?ノォォォ容赦ない、家族の絆を謳う気にもならぬ、こうなりゃ放屁するわい、なんて音を立てたら、私が犠牲になってサヨウナラ。

 

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