信念に基づく夢や自信という形なきモノにひたすらこだわりぬく主人公宮本浩が社会人一年生として恋愛や仕事に情熱を注ぐカッコ悪さに惚れてしまう。真利子哲也監督の脚本も2年前の映画「ディストラクション ベイビーズ」と比べて格段に素晴らしく池松壮亮演じる宮本の心情が痛いほど伝わってくる。
原作コミックでは物語はまだ続くが、かつて想いを寄せた女性甲田美紗子と再会するラストが胸にしみる。要領良く立ち回る事ができない宮本は周りの人々に愚直と優しさを突き通そうとする。しかしそれが相手の事を想っているのか、逆に相手の甘えに便乗しているだけじゃないのか、それは優しさではなく己にとっても甘えではないのか、理屈をこねて覚悟を決める事が出来ない己は相手をバカにしているのではないのか、と悩み暴言を吐く。彼女に嫌われて踵を返す宮本は相手の心を傷つけた己の言葉は彼女にとって適切だったのか自問自答しながら去っていく。宮本はここで少し大人になる、ほんの少し成長する。その後ろ姿に胸を打つ。
欲言うならば、その一つ前の場面、職場の上司と連れ立って飲み交わすカラオケパブでの見知らぬ客との乱闘がイマイチぼんやりしている。宮本の釈然としない世間の有り様に対しての "怒り" なのだろうが、それが隣席のサラリーマンとどのような対立構図を踏まえていたのか、ベタな酔っ払いという素行の悪さが宮本にとって引き金を引くきっかけとしては弱い。その後現れるボクサー風の男ならば理解出来る。宮本自身、何の取り柄もない、才能もない、と卑下する怒りは、相手もまたボクサーでもない、特別な技量もない、彼に限らず周りは皆宮本と同じ平凡な人々なのだと気付いて沈黙する。やはり宮本は甘い、特別な "何か" がないと世の中うまく渡れないと盲信している、周りは "それ" がない凡人なのだと承知で邁進しているのに。
製作陣がイイ仕事してます。照明・撮影の光と影のコントラストが印象深く、終盤になると登場人物の顔に極限まで照明を当てることなく演技をさせる。それでは人物の表情が見えないではないか、否、観ている側は行間を読むようにその表情を頭の中で補っている、さらに映像は背後とのコントラストで空間の奥行きや人物の心情を表現している。衣装もイイ。序盤に登場する甲田美紗子の友人、裕奈が着ていた服装がまたそのキャラを見事に表現している。それはエンドクレジットにスタイリスト伊賀大介と出ていたので納得。
松山ケンイチ、星田英利、古舘寛治、芸達者ばかりの脇役陣の中でも宮本の同僚、田島役の柄本時生がイイ。世間の不条理や世知辛さを達見したような言い草で宮本をあれこれアドバイスする彼の所作が "あるある" で納得。決してデキる営業マンではない、脱力系世間をナメた風体が上手い。彼らが口にする名台詞の数々はここで紹介するのは野暮。是非とも観て欲しいTVドラマ。(レンタルもしくは配信で視聴可能)最近は海外ドラマの質が格段に上回っているが(予算面ではない)日本もまだまだ捨てたもんじゃないよ。池松壮亮の代名詞となるであろう傑作。
我が娘も社会人一年生。宮本と同じ境遇。全12話のうち終盤4話は毎回泣くシンクロ率。オープニングタイトルは宮本に合わせてシャドーボクシングする始末。どうやらその熱狂は冷めやらずブルーレイBOXを買うか思案中。特典の卓上カレンダーは娘の職場に鎮座するのか、半径ゼロメートルの本人のみぞ知る。
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