■2025年7/23。

伊勢佐木町の古書店「川崎書店」で、

大藪春彦の古いノベルス作品を見ていて、なぜか「谷恒生」の名が

思い浮かんだ件。

続きです。

北上さんは『書評稼業四十年』で、

谷恒生『血文字「アカシア」の惨劇』の解説を書いた経緯について記していて、

その中で、光文社カッパノベルスの解説をめぐる業界的な決まり、

みたいなものを書いていたのを思い出したんです。

あ、ちなみに北上さん。

「書評稼業四十年」の中で、カッパノベルス作品の中で、

谷恒生のどれか一作、解説を書いたんだけど、うろ覚えで

 

「私が解説を書いた小説が

    この『血文字「アカシア」の惨劇』である可能性は高い」

 

と書いていましたけど、実物で確認取れました。

この作品ですよ(笑)。

 

閑話休題。

その中で、北上さんが書いていたのが、

 

「当時のカッパノベルスは

 書下ろし作品だけ解説をつける方式をとっていた」

 

という「カッパノベルスの慣習」。  

なぜか覚えていたんです。

まあ、この亡き谷恒生との交流と悔恨についてのエッセイが、

とても心に残っていたからだと思うんですが。

 

その一節が、「川崎書店」の店頭で蘇ったというわけ。

そこで、ふと思ったんですね。

 

「北上さんは大藪春彦を偏愛してたから、

 カッパノベルスの大藪作品に、

 北上さんが解説を書いている可能性はあるんじゃない?」

 

そう思って、書棚を見ると、大藪春彦のカッパノベルス作品が何作か

ありました。

そして『戦士の挽歌 上下』セットを手に取り、めくってみると……

「北上次郎」

 

いきなり「あった――ッ」

2回に分けて延々書いてきましたが、

店に入ってから、ここまで数分くらいだったかと。

無駄に長くて、すいません。

でも、頭の中で起きた出来事を整理すると、こんな流れだったんです。

 

というわけで解説文庫リストに追加、とはなりませんが、

埋もれていた北上さんの解説作品、新たに発見です!

 

■その『戦士の挽歌』は、どんな作品かというと……

主人公は製薬会社のセールスマン石川克也。

軽薄なメガネをかけた調子のいいプロパー、という表の顔の影で、

超人的なまでに鍛え上げた肉体と冷徹な意志力を隠し持つ。

様々な手段を駆使して、欲望にまみれた医師たちに薬品を売り込んで行く中、

ある事件を機に、憎悪が爆発。

これまで彼を人間扱いしてこなかった悪徳医師や

腐った医療・医薬業界に宣戦布告。

東京は戦場と化していく。

……という、これぞ大藪春彦、というストーリー。

 

うむ、学生のころ夢中になって読んだ(いや、今もか)、

爽快な暴走アクションと、克己からの爆発の物語ですな。

 

■さて、気になるのは北上さんの解説ですよ!

これが、二つの点で異例な解説だったんです。

一つ目は、北上さんには珍しく

「解説」ではなく、タイトルがついていること。

 

「現代の“ロビンソン・クルーソー”」

 

そして、第一行目から

 

「ちょいと長くなるが遠まわりする」

 

と、いきなり脱線宣言。

おお、北上節だ。

ここから実に3ページにわたって、ノルウェーの探検家アムンゼンの話に行き、

C・W・二コル『冒険家の森』へ飛び、

アムンゼンがエスキモーに「自然との一体感」を学び、

 

「そういう態度が彼を真の冒険家たらしめた」

 

と語り、競争相手スコット隊がブリザードの中に倒れたのに比べ、

アムンゼン隊が全員生還を果たした理由、両者の違いを分析。

その挙句ようやく、

 

「というところで大藪春彦に還ってくる」

 

となります。

いや、大藪春彦作品の解説で、大藪春彦の名前も作品名も出さずに

冒頭から3ページ、ぶっ飛ばしまくり。

これは、どう関係してくるんだ?

とのけぞりますが、

「大藪春彦を語りたい」

という圧倒的熱量を感じさせ、読みこんじゃいます。

詳しくは、この本を入手して読んでみてください。

この3ページだけでも、なるほど、と唸る面白さで

アムンゼン『ユア号航海記』を読みたくなるはずです。

 

そして、長い遠まわりの末、大藪春彦論が始まります。

 

「この

 『自然との一体感こそ肉体と精神のサバイバルである』

 という観点が大藪春彦理解のキーポイントである」

 

ふむふむ。

北上さんによると、昭和47のアラスカ・ハンティングを契機に

大藪ヒーローのサバイバル・トレーニングへの傾斜が激化したそうで、

『黒豹の鎮魂歌』で突然、主人公の山中トレーニングが挿入されたり、

『処刑の掟』の速見は、戦闘で傷つくと山にこもり、

救急キットから針金を引き出して罠を作り、野ウサギを取って食べたり、

『非情の掟』の島津は、満身創痍となって動けない中、

銃を背負う部分の革をしゃぶって生き延びたり……

という例を挙げていく。

うーん、この辺、思い出してワクワクしますなぁ。

 

僕はヴェルヌの『神秘の島』を偏愛していて、

他にも吉村昭『漂流』といった小説や、

島田覚夫『私は魔境に生きた 終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年』

という自伝ノンフィクション、

さらには難破しての漂流実話作品などを探しては読んできて、

サバイバルものが大好物!

なので、大藪作品のこうしたブロックは、好きだったなー。

その意味を北上さんが分析してくれるのも嬉しい。

 

そして、『戦士の挽歌』の石川克也も、高校時代から丹沢などの山に入り、

己の腕だけで生き延びる体験を続け、肉体を鍛えていたという設定。

 

■さあようやくここから、ストーリーの解説へ……

と思いきや!

北上さんは、もう、そんなところには行きません(笑)。

今度は『ヘッド・ハンター』という別の大藪作品へと飛んじゃうんであります!

 

これはもう、腐敗した実業界などとの戦いすらなく、

ひたすら自然の中でのハンティングを描いた小説。

その上で北上さんは、こんな答えを導き出します。

大藪春彦のヒーローたちは、

 

「肉体と精神がバランスをとり、

 自然と一体化する事こそが、生きる目的なのである」

 

「戦士たちのサバイバル・シーンも、

 闘いのためのトレーニングではない。

 都会の狂気に向かうための、自己確認である」

 

として、最後にこう締めくくる。

 

「大藪春彦のヒーローたちはあるいは

 現代の探検家と言えるのかもしれない。

 そして、狂気に満ちた都会を、

 風のように疾駆していくのである」

 

うむむ、カッコイイ。

そうか、僕が僻地で生き抜く『神秘の島』などの漂流物が好きで、

一方で都会で暴走する大藪春彦のヒーローも好きな理由が、

今、ようやく分かりました。

背景で、こんな共通点があったとは。

単なる個人的好みじゃなかったんですね(笑)。

長年の謎は、すべて解けた。

北上さん、ありがとう!

『戦士の挽歌』のストーリー紹介は、ほとんど無かったけど(笑)

もっと重要な大藪春彦論を読むことが出来ました。

 

■が、今回はこれで終わりじゃありません!

『戦士の挽歌』カッパノベルス解説の二つ目の異例な点。

それは、カバーの背表紙。

そこに上巻・下巻とも、北上さんの文章が載っているんですが、

これが、本編の解説には無い内容なんですよ!

普通、カバーや帯のコメントって、

解説からの抜粋でしょ?

だけど、これは別。

つまり、

「上巻・下巻の背表紙も含めて、北上さんの解説」

というスタイルだったんです!

 

そして「上巻背表紙解説」で、北上さんは

 

「大藪春彦の書き続けている作品は、

 現代のロビンソン・クルーソー物語である」

「道具立てをすべて取り払うと、男が生き残るための、

 つまりはサバイバルの克己心に、ぶち当たる」

 

おお、「解説のタイトル」のワードが、ここで出てきて紐解かれた。

 

そして「下巻背表紙解説」では、

 

「大藪春彦の小説は圧倒的に面白い。なぜ面白いか」

 

として、3つの理由を挙げている。

それについては、これも是非、入手して読んで頂ければ。

その上で、こう警告。

 

「大藪春彦の小説を『血と暴力の小説』と評する人は、 

 (中略)底を流れる力強いテーマに

 気がつかないのであろう」

 

と締めくくっています。

そうか、その力強いテーマが、解説で記されていたことか、

と分かる仕掛けになっているんですな。

 

いやあ、面白い構成。

もちろん、単に編集者から頼まれて、

解説用と、上下巻表紙用のコメントを書いたのかもしれないけど、

解説を3ブロックに分けて、

3か所読むと、大藪春彦の魅力が解き明かされる……

という解説の構成は、斬新!

袋閉じなど、小説に仕掛けを作る作家はいるけど、

解説に仕掛けを作る解説者、というのは初めて見ました。

 

しかも、こんな遊びを昭和58年(1983)年にやっていたとは!

 

北上次郎、奥が深い。