■へとへとで日テレに行ったら、大きいトトロいた。

なごんだ。

待ち受けにします。

■2026年5/17。

お久しぶりでございます~

えー、いきなり反省の弁。

「DayDay.」のGW特集が続いたのに加え、

サッカーW杯特番の担当が決まり、色々稼働し始めていまして……

なかなか、このブログの更新ができませんでした。

多分、この後、W杯期間が終わる6月いっぱいまでは、

当分、更新出来なさそうだなと。

 

ご容赦ください。

見に来る人もおらんですが、一応、無人の虚空に謝っときます(笑)

そんな中、今日は短めに、小さな発見の報告です。

 

■それは『ハヤカワミステリマガジン』2011年9月号。

「特集 新生ポケミス宣言」の号です。

何度か書いてますが、

北上さんが「ミステリマガジン」に寄稿したのは、

『書評稼業四十年』を出した2017年時点でこんな感じ。

▼参加した座談会は6回

 

 1980年2月号  79年翻訳ミステリ回顧

 1983年3月号  82年翻訳ミステリ回顧

 1984年3月号  83年翻訳ミステリ回顧

 1987年5月号  追悼特集・さらばマクリーン

 1989年2月号  ディック・フランシスを囲んで

 1992年9月号  座談会/アンケート結果総評

 

▼単発原稿、インタビューは8本

 

 1981年8月号  インタビュー・活劇小説とは何ぞや?

 1984年6月号  熱海美晴館の夜は更けて

 1986年7月号  70年代の迷路/フランシス論

 1988年3月号  インタビュー・面白いミステリをどう選ぶか?

 1989年8月号  私の好きな短編ベスト3・幸福だったころ

 1993年10月号 ポケミス、この一冊/「墓場なき野郎ども」

 1994年2月号  プラトニック・ラブが美しい

 1994年10月号 ラブシーンははしたないほうがいい 

 

▼そのほか、連載は5本

 

 1986年2月号~92年12月号 「活劇小説論」

 1995年4月号~98年8月号  「感情の法則」

 1999年4月号~02年11月号 「記憶の放物線」

 2012年1月号~12月号    「勝手に!文庫解説」

 2014年1月号~15年9月号  「勝手に!文庫解説/翻訳篇」

 

※その後、「勝手に!文庫解説2」も連載されてます

 

つまり、今回は一応、このリストに無い寄稿、という事になります。

 

■で? 新生ポケミスって何なん?

この号の巻頭を読んでみると……

1953年に創刊した、ハヤカワポケットミステリ。

世界最長のシリーズ。へー、そうだったんや。

だが2010年、抽象画の表紙に、黄色い小口、ビニールカバーという

長年不変だったイメージのデザインを一新したんだそうな。

あー、なるほど。

確かにこの頃から、デザインがポップになったよね。

王道の英米・仏のミステリだけじゃなく、北欧とかイタリア、中国などの作品も

紹介されるようになったし。

 

その新しい装幀家、水戸部功さんのインタビューがトップ特集になってるのも

思い切った決意を感じます。

 

■さて、そんな中に見つけた、北上さんの寄稿が……

「小特集 追悼 児玉清」

俳優界きってのミステリ愛好家、名優・児玉清さん

この年、2011年5月16日に77歳で亡くられたんですね。

好きだったなぁ。

 

ドラマ「HERO」で、木村拓哉さん演じる主人公の型破りな検事を

サポートする次席検事役は素敵だった。

でも、一番好きだったのは、「コード・ブルー」

山下さん新垣さんら演じるフェローたちを見守る田所部長。

特に、戸田恵梨香さん演じる研修医・緋山に送った言葉

 

「まわり道は、悪い事ばかりじゃありませんよ」

 

名セリフで、染みたなぁ。

今でも、ドラマを見返すし、その時、児玉さんのシーンは、やっぱり、

見入ってしまいます。

 

■そんな児玉さんと北上次郎さんの接点は、

児玉さんが20年以上MCを務めていたNHK-BSの

「週刊ブックレビュー」。

そこにレギュラー書評家として、北上さんが出演されていたんですよね。

僕が北上さんという存在を知ったのも、この番組でした。

 

実は僕、90年代後半に、NHKで「週刊たまご」という名のミニ広報番組を

担当していまして。

その頃、一度だけ、見玉清さんに会えるかも、というチャンスがあったんです。

別の仕事が入って会えなかったんですけど(泣き笑)

僕らの番組で、「週刊ブックレビュー」を取り上げることになって、

僕は児玉さんが好きだったから、インタビューを申し込もうよ、

と提案したんじゃなかったかな。

 

その頃、番組リポーターをしてくれていたのがセイン・カミュさん。

「ご長寿クイズ」の進行役で人気になっていた方。

実は、大叔父が『異邦人』などで知られる世界の文豪アルベルト・カミュ。

児玉さんに彼が行くことと共にインタビュー依頼をしたら、

 

「あのカミュのご親戚の方が来るんですか。

 楽しみです」

 

と僕らのようなミニ番組の取材を受けてくれて。

楽しみにしてます、とまで言って下さったんですよね。

行きたかったなーインタビュー現場。

色々、おすすめの海外ミステリなども、伺いたかった!

 

■すいません、思い出話が長くなりました。

その追悼特集で、北上さんが思い出を綴っています。

見出しは

「座談の名手」

 

「おすすめの本をスタジオに持っていって、

 推薦の弁を語るという番組であるから、

 特に熟練度を問われるというものではない」

 

エッセイはそんな謙遜から始まります。

 

「今でも覚えているのは北九州の公開録画のときのことだ」

 

当時は隔月で全国を巡って公開録画をやっていたそうで、

 

「そういうときの司会は必ず児玉さんだった。

 プロデューサーに質問すると、集客率が違うんだそうだ」

 

そうだよなー。

『アタック25』の名MCでもあり、

大ヒットドラマにも数々出演して、必ず印象に残る役柄を

演じていたもの。

北上さんも、児玉さんとの地方公開録画は印象に残っているようで

 

「いちばん前の席は着飾った主婦がずらりと並んでいたことを思い出す」

 

そんな公開録画で、北九州に行った時。

 

「なにかの都合で一時間、楽屋で待つことになった。

 忘れられないのはそのとき、児玉さんが熱弁をふるったことだ」

 

かつて競馬に凝っていた頃のエピソードを、身振り手振りで面白可笑しく

語ってくれて、出演者一同笑い転げたんだそうな。

 

きっと、北上さんたち書評ゲストの方たちに、無駄な待ち時間で

嫌な思いをさせないように、

そしてトークショーへ向けて皆さんを温めなきゃ、と

気を遣われたんだろうな。

児玉さんという方の人柄が伝わってくるエピソードです。

 

でも、北上さんが児玉さんを「座談の名手」と名付けたのは、

単に、そのエピソードの楽しさだけではありませんでした。

 

その後日談も明かしていて、

ああ、児玉さんって、つくづく良い方だったんだなぁ。

エンターティナーだったんだなぁ、とわかる

温かくて、印象に残るエッセイになっています。

機会があれば、読んでみてください。

 

北上さんもまた、「エッセイの名手」だったんだ、と心から思います。