■2025年8/14(木)。

京都の下鴨神社古本まつりで

「ハヤカワ・ミステリマガジン」のバックナンバーから、

「北上さん、こんな仕事もしてたんか」

~~を見つけた話の続き。

 

『書評稼業四十年』に記していた、

▼「ミステリマガジン」での仕事歴リスト

(活劇小説論、勝手に!文庫解説 などの連載は別)

~に入っていない仕事の載った号を2冊見つけたんですが

それは、まあ、おいおい紹介するとして(笑)

誰も読んどらんから、気楽にいきます。

 

というわけで、まずは、1987年5月号

「さらばマクリーン 冒険小説の巨匠を偲ぶ

 座談会 冒険小説の魂があった」……の話

作家の森詠さん、冒険小説協会会長・内藤陳さんと3人での座談会で、

北上さんがどんなことを話していたのか?

気になる方も多いはず。

これがねぇ、めちゃくちゃヒートアップ!

こんな心配でハラハラする座談会、読んだことない

という展開だったんです。もちろん、火をつけたのは……(笑)

 

■ちなみに北上さんは

アリステア・マクリーン「雪原の炎」ハヤカワミステリ文庫

の解説を書いています。

 

■座談会の第一声は北上さん。

 

「ちょっと意外なんですが、早川書房のマクリーンの初紹介は

 ポケミスの『ナヴァロンの要塞』で66年なんですよ。

 ところが映画の製作は61年で、5年も間がある」

 

という指摘で始まります。

確かに、今なら、映画原作は公開と同時か、先掛けて出るのが普通。

5年も空いたら、映画の公開効果なんて、ほとんど無かったんじゃ…?

北上さんは、映画を高校時代、東京オリンピック

(もちろん1964年大会! スゴッ)の前に見たそうで、

何年後かに、知らずに本を手に取って

「ああ、これがあの映画の原作だな」

と分かったんだそうな。

そんな思い出話で、あったかいトークが続いていくのかな、と思いきや

北上さん、いきなりズバリ!

 

「マクリーンの作品はずいぶん映画化されていますが、

 『ナヴァロンの要塞』がいちばん出来がいい。

 (いちばん出来の良い)『ナヴァロンの要塞』から

 映画も小説も紹介が始まったというのは

 マクリーンにとって幸せだったんじゃないかと思う。

 処女作の『女王陛下のユリシーズ号』をいちばんの傑作に挙げる人も

 多いけれど、

 もしこれから先に紹介されていたら、

 日本でこれほど冒険小説がひろがっていっただろうかと考えると、

 ちょっと地味な話だし、疑問ですね」

 

そうなんだぁ。

どちらも遥か昔に読んで、もう内容は忘れてしまったけど、

そんな偶然も、その後の日本の冒険小説の流れを左右したのか。

誰より早く、強く、冒険小説を推し続けてきた北上さんだけに、

説得力があります。

 

となると、

じゃあどうしてマクリーンから冒険小説のブームが始まったのか?

気になりますな。

と思っていると、すぐに北上さんが答えを教えてくれます。

 

「ぼくはマクリーンはやっぱり新しかったと思うんです。

 (中略)たとえばフォレスターやハガードにない新しさがあった。

 その新しさとは、冒険小説に推理のおもしろさを持ち込んだことじゃないか。

 とくに初期に顕著なんですが、

 冒険小説といっても推理小説の要素が強いんですよ」

 

なるほど!

確かに、『ナヴァロンの要塞』は、第二次大戦中、ドイツ軍の難攻不落の

ナヴァロン島の要塞に、チームを組んで潜入、断崖にある砲台を爆破せよ、

というミッション。

しかし、その中に裏切り者のスパイがいる。

ミッションだけでも過酷なのに

そこに、「裏切者は誰だ?」

という命がけのスリルと推理も加わってくるストーリー。

と、書きながら、思い出してきました。そうそう、面白かった(笑)

 

そして座談会の中で……

森詠さんが、マクリーンと同じ冒険作家のハモンド・イネスを例に

イネスには、肉親の情とかその地域の歴史などが克明に描かれ、

十分に調べられたものが出てきて、物語に広がりがあるが、

マクリーンは舞台が限定されていて、そうした中にシチュエーションに

放り込まれた姿を描く小説、と分析。

「マクリーンが船乗りだったからではないか」という独自の見解を

示します。

なるほどねー。

さすが、ご自身も冒険作家だけに、作家の人生に原点を見出すとは……

いや、深いです。

……なんて感心してると、突然、「北上節」が炸裂!

一気に激論モードに突入するんです!

 

「マクリーンはプロットの作家だったんじゃないかという気がするんですよ」

「ストーリーがすごくおもしろい、プロットの立て方がすごくうまい。

 しかし、彫りの深い男たちが描かれたかというと、名前が出てこないんですよ」

 

と、これに対して、冒険小説協会会長の内藤陳さんが反論

 

「逆にいうと多すぎるんじゃないかという気もする」

 

これを聞いた北上さんは…

 

「そうですかね。

 マクリーンは人間を描くということに関して

 わりと杜撰な作家だったような気がする」

 

と一刀両断。

ああ、北上さん……追悼の座談会で、そこまで厳しく言わんでも(笑)、

と思いつつ、読者としては、このピリピリ、どうなるんだ?

俄然、興味を惹かれるわけで。

野次馬根性です。

 

しかしここで、森さんが

 

「映画がすごく作りやすい作品なんだ」

 

とナイスフォロー(笑)

そして内藤さんも

 

「ぼくは目をつぶっちゃう。これはかみさんと別れたんだと。

 慰謝料を稼ぐために映画にしやすい物を書いたと。(笑)」

 

と笑いで受け流していました。

うう、大人やぁ。

……と思いきや!

内藤さんも冒険小説を愛する一方の雄として、譲れない思いが噴出。

『女王陛下のユリシーズ号』への愛を語り出し、読み返すと、いまだに胸が熱くなる、

と熱弁し始めるんです。

ああ、先ほど、北上さんに「ちょっと地味」な作品と指摘されたことに

納得いってないのかも……

 

「氷点下の海を書かせたらマクリーン以外にいない、

 とぼくはいまだに思っているからね」

「司令官が自分の判断ミスで船団を危機に陥らせたときに

 零下30度の甲板に出ていく。

 「裸足で手袋もなく」というそれだけでおれたちはわくわくしちゃうんだね」

 

そんな中、北上さんは、マクリーンが70年代になって下降線になったのは

ほぼ全ての作品が共同作戦で「裏切者がいる」という、ワンパターンにある、

と指摘するんですが、

これを受けて、内藤さんが

 

「読者サイドとして思うと、マクリーンが、ヒギンズが、ライアルが

 どうしていまがんばってくれないんだろうと思っているときに、

 前のいい作品のイメージがあると思うんだよね」

 

と自戒を込めて話します。

その上で、マクリーンがどう変わったかについて、

 

「たとえば『サン・アンドレアス号の脱出』にしたって、

 むかしのマクリーンだったらその裏切り者、目に見えない敵が

どんなに恐ろしいか、きっかり書いたはずだと思う」

 

と持論を述べると、北上さんは……

 

「ぼくは違うと思うんです」

 

と真っ向否定!

キャー!

凍り付く座談会の空気が目に見えるよう……

でも、ワクワク(不謹慎で、すいません)

 

どうして違うと思ったのかは、是非、手に入れて読んで頂くとして。

でも、そこにはしっかりとした分析があるので、読みごたえがあります。

 

……この後、北上さんの見解に

内藤さんがまた反論していて、

いやあ、ヒートアップして面白いわぁ!

北上さんも、内藤さんも、冒険小説を誰より読み込んできた人だから、

それぞれに愛する部分や読み方に確固としたものがあって、

違う所は、譲れない。

バチバチやり合う、という稀有な座談会でした。

そんな中、作家・森詠さんが冷静に、二人をいなして回し役をこなしつつ、

しっかり自分の見解も述べているのは、さすがでした(笑)

 

ちなみに、北上さんは森詠さんの

『燃える波濤』徳間文庫や

『冬の翼』講談社文庫

~~で文庫解説を書いています。

 

■そして座談会の最後に、それぞれマクリーンのベスト3を挙げていて

北上さんは
『黄金のランデブー』

『恐怖の関門』

『ナヴァロンの要塞』

 

内藤さんは

『荒鷲の要塞』

『ナヴァロンの要塞』

『女王陛下のユリシーズ号』

 

そして森さんは、処女作が好き、という理由で短篇集の

『孤独の海』と

『荒鷲の要塞』

『女王陛下のユリシーズ号』

を挙げていました。

 

マクリーンの作品も、久しぶりに読みたくなったけど、

この座談会も、もう一回読み返したい(笑)。

捜していた本は見つからなかったけど、

京都まで行って、いい掘り出し物、見つけました(笑)