■2025年8/14(木)。

京都の下鴨神社古本まつりで

「ハヤカワ・ミステリマガジン」のバックナンバーで

北上さんのお仕事を見つけた話の続き。第3弾。

■今回は1983年3月号のお話。

「1982年翻訳ミステリ回顧座談会」

出席者は、北上次郎、瀬戸川猛資、宮脇孝雄、香山二三郎の4人。

実は『書評稼業四十年』の中で北上さんは、

 

「1980年2月号の座談会はまったくかみ合わない不思議な座談会だったが、

 この1983年3月号ではとても自然に、そして滑らかにかみ合っている。」

 

と振り返っている。

おお、そう言われると、1983年3月号も、

かみ合わなかったという1980年2月号も読みたくなってしまう(笑)

 

というわけで、今回は“かみ合った方”1983年3月号の内容。

驚くことに、冒頭から延々と、一つの作品、

マーティン・クルーズ・スミス『ゴーリキー・パーク』ハヤカワ文庫NV

の話が続くこと。

2ページ半ですよ!

相当、話題作だったんだなー。

僕も昔、読んだことあるけど、確か、ソ連時代、

ゴーリキー公園で3人の謎の死体が発見され、

レンコという刑事が捜査していくという物語。

レンコ刑事が体制に馴染めない、頑固でちょっと偏屈な男として

描かれていた記憶があります……薄っすらですが(笑)

 

冒頭、瀬戸川猛資さんが、

 

瀬戸川「一番おもしろいとと思うのは、

    ロシアというとすぐにKGBが出て来て

    スパイ・スリラーになってくるんですが、

    これは警察小説でロシアの内部をバチッととらえている。

    警察小説の範囲から踏み出さなくて、

    たとえばブレジネフなんかも出てこないし、

    完全に謎解きで押し通しているところは非常におもしろかった」

 

と評価。

これを受けて、北上さんも

 

北上「ぼくは瀬戸川さんの意見に全く同意見」

   「最後に、例によって謎の背景がどんどん広がって、

   国際陰謀だのが出てくるかなと思ったら、

   言ってしまえば政治じゃなくて経済でとどめたというところです」

 

と賛成。

なるほど、前回紹介した、内藤陳さんとのバチバチ気味のトークと違い、

確かに噛み合ってます。

……と思いきや、

ここで香山さんが、意外な見方を示すと、たちまち雲行きが怪しく……(笑)

 

香山「ぼくはこれ、全くふらちな読み方をしてましてね。 

      結局読み終わって何に感動したかってことを考えると、

   ミステリ的な感動じゃなくて、

   要するに恋愛小説だとぼくは捉えているんですね」

 

むむむ。そんな要素もあったっけか(ほぼ記憶なし)。

香山さんによると、レンコ刑事と出会う映画の女が、

結局、自由を求めてアメリカへわたってしまい、

レンコ刑事は国に残り、政治と向き合いながら生きて行く……

という部分がおもしろかった様子。

 

ところが、こうした議論を受けて、編集部の人が

『ゴーリキー・パーク』は警察小説なのか、冒険小説なのか、と聞くと

北上さんは

 

北上「いや、冒険小説ではないでしょう。

   冒険小説でも恋愛小説でも、これは決してないです。

   警察小説です、これは」

 

と香山さんの見方を一刀両断。

ああ、北上さん、

警察小説か、冒険小説か、と聞かれたんだから

どちらか答えればいいのに、わざわざ「恋愛小説でも決してない」

とまで言っちゃった……

カドが立っちゃいますよ。

すると、香山さんも

 

香山「ただこれは、後半の三分の一くらいになると完全に

   レンコという一人の刑事が浮き上がってきちゃうでしょう

   やっぱり警察小説というのは、徹頭徹尾組織の活動をというものを

   おし通さないと。

   警察小説だっていうのは、ぼくはちょっと苦しいんじゃないかと

   思うんですね」

 

と反論。

ほら、行間からも、むっとしているのが伝わってくる(笑)。

香山さんといえば、今年亡くなってしまったミステリに精通したコラムニスト。

『ミステリチャンネル』での、

豊崎由美さん進行の『Mysteryブックナビ』で、

軽快なトークが好きだったなぁ。

舌鋒鋭い豊崎さんや大森望さんに対し、柔らかい、でも、鋭さもあるトークで

座を丸く収め、笑いに換えて、親しみが持てた方。

そうそう、同じく今年亡くなられた関口苑生さんも出てたっけ。

好々爺という感じで、ぼそっとオチをつける感じが可笑しかった思い出が

あります。

 

いずれにせよ、そんな明るい香山さんをいきなり一刀両断してしまうとは(笑)

まあ、でも、自分の喋りたいことだけ話す一方通行の座談会より、

確かに、議論が噛み合っていて、読みごたえがあります。

 

そしてトマス・ブロック『超音速漂流』文春文庫などの話があった後、

ジョゼフ・ディモーナ『甦った鷲たち』新潮文庫、

『アーリントン最後の男』早川書房について北上さんが持ち出すと、

雰囲気がまたまた一変するんです。

 

北上「ことしはディモーナが非常に印象的であったんですよね。

   『アーリントン最後の男』も『甦った鷲たち』も」

 

すると! 香山さんが我が意を得たり!とばかり乗って来るんです。

 

香山「あれは傑作ではないでしょうか。

   僕は両方好きなんですけどね。」

 

と言って、実に25行にわたって独演会!

すると負けじとばかりに北上さんも

21行に及ぶ独演会返し(笑)

 

香山さんは、ディモーナは、犯人の人物像が深く描かれていると称賛。

北上さんは主人公の人物像が浮かんでくる、とこちらも称賛。

 

北上「『マンハッタン特急を探せ』のダーク・ピットと

   『甦った鷲たち』のジョージ・ウィリアムズを比べると、

   はるかにウィリアムズの方が描かれているってことなんですね。

   ダーク・ピットというのは、いまだに全然人物像が浮かんでこない」

 

とまたまた、ダーク・ピットに辛口なのは、相変わらず(笑)。

 

■そして、流れが大きく変わったのがこの後。

ロバート・B・パーカー『初秋』に話が及んだ時でした。

(こちらは文庫版 北上さん解説ではありません)

話を振られた北上さんは、

 

北上「『初秋』に関しては口ごもっちゃうんですけどね」

 

と、少し迷いながら話し始めます。

もしかして

この単行本の解説、北上さんが書いていたから?

この前、このブログで報告しましたけど。

自分が解説まで書いていると、ストレートに称賛しづらいかも。

でも、この後、読んでいくと、それだけではないことが見えてくるんです。

 

ちなみに北上さんは「書評稼業四十年」の中でも、このくだりに触れていて、

 

「特に私がパーカーの『初秋』について、

 ちょっと要約しにくいほど口ごもりながら話しているのだが、

 そのニュアンスをそのままうまく伝えている」

 

と喜んでいます。

ほうほう。

じゃあ、その『初秋』に関する部分もチェックしてみますか。

そもそも『初秋』は、両親の離婚沙汰に巻き込まれた少年を

スペンサーが預かって心を開かせ、自分で生きて行く力をつけるよう、鍛え、

導いて行く、という物語。

 

まず、北上さんが、

【どうして『初秋』が特別に感じているのか】

~~を語り始めるんですが、

いやはや、すごいぞ! ぶっ飛ぶぞ。

実にほぼ1ページ半、約120行分、

ほぼ北上さんの独り語り状態が続きます!

座談会なのに(笑)

 

北上「個人的なんですね。

   ほかの小説に関しては、やれ警察小説だ、冒険小説だって言うくせに

   この小説に関しては、そういうジャンル名が一切ないんですよ」

 

どうやら、何小説か、というジャンル分けを超えて、

北上さん個人として、強く惹かれた小説だ、ということのよう。

そして、それがまだ明確に整理できていなくて、

懸命に自分の中の思いを掘り出そうとしているのが分かるんです。

 

北上「非常に個人的なんですが、つまりスペンサーっていう男に興味がある。」

   「スペンサーは、簡単に言っちゃうと、

   男はいかに生きるべきかっていうように、常に考えるところがあって、

   それが現実の問題にぶつかったときに、

   必ず延々議論するんですね」

  「(それについて)『初秋』のこういう展開で決着をつけた。 

   そういうところで、ぼくはもうこれは言葉に言えないくらい

          よかったんですけどね」

 

と、自分の考えを整理するように語り続けています。そこから今度は

【じゃあ、どうして、スペンサーに個人的な興味があるのか】

について分析していきます。

それは、当時、様々な冒険小説が出てくる中で

 

北上「でもどうも冒険小説として読んだ場合

   違うんじゃないかっていう気が個人的にずっとしているんですよね。

   そのときにヒントになるのが、ぼくにとってパーカーだったと」

  「パーカーは主人公の肉体みたいなものを

   とことん追い続けているという感じがあるんですね。

          だからそういう意味で言うと、

          冒険小説の原形がスペンサーの中にあるような感じがする」

 

と、その時。

ここで香山さんが、一つの考えを口にします。

 

香山「スペンサーは数少ない肉体派ですね。

   必ず素手で人をなぐったりするというのは」

 

この言葉が、北上さんの背中を押したかのように、

北上さんは、一つの具体的な結論を口にするんです。

 

北上「そうなんですね」

        「なぐってるときは自分の手も痛いけど相手も痛いだろうとか、

     そういう細かな原形みたいなところにずっとこだわってる男でしょ」

       「それが冒険小説の原形じゃないかという感じがするんですけどね」

 

まるで、北上さんが解説を書く時の頭の中、

ロバート・B・パーカー論を整えていく思考の過程を覗かせてもらったようで、

いやあ、読みごたえがありました。

 

この後、クィネル『燃える男』集英社文庫や

ポーラ・ゴズリング『負け犬のブルース』ハヤカワミステリ文庫、

キング『ファイアスターター』などについても、皆さん喧々諤々話していますが、

北上ファンとして、読みどころのハイライトは、

やはり『初秋』のブロックでしたね。

 

あ、そうそう!

香山さんと北上さんが揃って推していた

ディモーナ『蘇った鷲たち』『アーリントン最後の男』も読みたくなりました。

 

むむ? 今、ネットを見たら、

香山さんは、『翻訳ミステリー大賞シンジケート』のサイトでも、

この2作をプッシュしていたんですな。

そして、ディモーナには元祖『24』というべき小説もある、

と書いてる。その作品が、

『核パニックの五日間』創元推理文庫

ん? 待てよ

 

……(ただいま、本棚捜索中 しばしお待ちください)……

 

あ、持ってた!

ずっと眠ってたんじゃん、ディモーナ。

ちゃんと読めよ、自分(笑)