問題
社会人Aは、友人Bに「生活費に困っているのでお金を貸してほしい」と頼まれ、20万を貸し付けた。
その後、そのお金を浪費したBは、無担保で貸し付けしてくれるサラ金業者Cからも30万の貸し付けを受けた。
BのAに対する債務の消滅時効が完成した後、AはBに対して「あの時貸した金返してよ」と債務の履行を求めたところ、Bは時効完成の事実を知らずに、「もうすぐ給料が入るからもう少し待ってくれよ」と支払の猶予の申し入れをした。
①Bは、債務の履行を迫るAに対して何か主張できないか。
②サラ金業者Cは、BがAに対して負っている債務の消滅時効を援用して、債務の消滅を主張することができるか。
論点
①時効完成後の時効援用権の喪失
②時効の喪失権者
解説
①Bの貸金返還債務の消滅時効は完成している。にもかかわらず、Bは「もう少しだけ待ってくれ」と支払猶予の申入れをしているが、このような場合でもBは消滅時効を援用して、債務の履行を拒むことができるか。
まず、Bは支払の猶予を申し入れたことによって、時効の利益を放棄した(146条)といえないか。
民法では私的自治の原則が妥当する。権利の発生、移転、消滅等は、当事者の意思に基づかなければならないということである。
そうだとすると、Bが時効完成を知らない本問では、時効援用権を自己の意思に基づいて放棄したものとはいえず、時効の利益の放棄とみることはできない。
では、時効援用権を放棄したものとはいえない以上、BがAへの返済を拒んでも問題はないのか。
Bは、返済を求めるAに対して「もう少し待ってくれ」と支払の猶予を申入れ、あたかも返済するかのような言動をしている。支払猶予の申入れは債務の「承認」(147条3号)にあたる。
このような債務の「承認」をしたにもかかわらず、履行を拒むことができるとすると、Bの意思表示を受けて信じたAは、期待を裏切られ、不利益を被ることになる。
そこで、時効完成後に債務の承認をしてしまった場合には、債務者は信義則上、時効を援用できないと考えるべき。
②民法上、時効は「当事者」のみが援用できる(145条)。したがって、CがBの債務の消滅時効を援用して債務の消滅を主張するためには、Cが時効を援用できる「当事者」にあたる必要がある。
Cは無担保の貸金債権を有するだけの一般債権者であるが、このような債権者が「当事者」に含まれるかが問題となる。
そもそも時効制度は、永続した事実状態を保護することを目的とするものであり、これを徹底すれば、援用権者の範囲には制限を設ける必要はないように思える。
しかし、時効の援用権者を「当事者」に限った趣旨は、時効を援用するか否かの権限を時効によって利害を得る者に委ねることで、時効の利益を受けることを潔しとしない当事者の意思を尊重することにある。
そうだとすると、時効の援用権者たる「当事者」とは、債務の消滅により直接に利益を得る者をいうと考えるべき。
担保権などを持たない一般債権者は、債務者に対する他の債務が消滅することにより、自己の債権を回収しやすくなる地位にあるということはできる。
しかし、これは消滅時効が持つ法的な効果そのものではなく、あくまで他の債務が消滅することによって反射的に生じる事実上の利益に過ぎない。
つまり、一般債権者が消滅時効によって受ける利益は、事実上の間接的な利益に過ぎず、法的には何らの利益を持たないのであるから、債務の消滅により直接に利益を受ける者とはいえない。
よって、債務者の一般債権者は時効の援用権者たる「当事者」にあたらない(判例)。