長楽寺散策 | 日々の戯言

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何となく続けている親父のブログ

電車の中吊り広告や駅構内のポスターで「京の冬の旅」を見掛け、

その中に平家縁の寺として長楽寺が特別公開していた。

よって、土曜日の寺社散策のメインの寺は、長楽寺なのだ。


雨降りだし、大河ドラマ「平清盛」が始まったばかりだというのに、

小さいなお寺にしては結構観光客が多い。

拝観客は、熟年の夫婦連れかオバチャン連れか私の様なオヤジである。

今回は、若い女性の拝観客は見かけなかった。残念。


拝観客が多いのもキャンペーンの成果なのかも知れない。

キャンペーンで特別拝観になると拝観料も高くなるし、

学生アルバイトの係員が配置され、丁寧に説明や案内をしてくれる。


庫裏で、清盛の娘・建礼門院徳子の肖像画が描かれた掛け軸や

伝相阿弥(そうあみ)作の書院庭園を眺めた後、

石段を登って建礼門院徳子の遺髪を納めた供養塔を見て、

収蔵庫で時宗の祖・一遍上人像など慶派仏師の作と伝わる

重要文化財の7躯の肖像彫刻を拝観する。


長楽寺には、江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人である

頼山陽の墓があるというので、山道を登り墓所まで行ってみた。


小さなお寺であったが、重要文化財の木造時宗祖師像7躯は

十分見応えがあり満足だった。



<長楽寺>
京都市東山区にある時宗の寺院。山号は黄台山(おうだいさん)。
本尊は准胝観音。洛陽三十三所観音霊場第7番札所である。

円山公園の東南方に位置する。かつての境内地は円山公園の大部分や

大谷祖廟(東大谷)の境内地を含む広大なものであった。
長楽寺は、一説によれば805年(延暦24年)勅命により最澄が

延暦寺の別院として創建したのに始まるという。
『平家物語』「灌頂巻」によると、1185年(文治元年)には高倉天皇の中宮で

安徳天皇の生母である建礼門院(平徳子)が壇ノ浦の戦いの後、

この寺で出家したと伝えられる。

法然の弟子、隆寛はこの寺に居住して多念義を唱えた。

隆寛の系譜は寺院名をとって後に長楽寺流・長楽寺派といわれた。

1385年(至徳2年)時宗の僧国阿がこの寺に入り、時宗の寺に改められた。

1908年(明治41年)には、時宗の道場が置かれ七条道場と称された金光寺が

この寺に統合されている。長楽寺が所蔵する時宗祖師像7躯(慶派仏師の作)は、

金光寺から移されたものである。

(Wikipediaから抜粋)





  長楽寺山門
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  相阿弥作の書院庭園

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           建礼門院徳子の遺髪を納めた供養塔

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  平安の滝

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  鐘楼

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           頼山陽の墓

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  頼山陽の墓所から眺めた雨に煙る祇園界隈

  写真中央右下の赤い鳥居は八坂神社

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