二条城を出て地下鉄東西線に乗り、次に向ったのは無鄰菴(むりんあん)。
明治の元勲山県有朋が作った別邸で、池泉回遊式の庭園が有名なので行ってみた。
東山駅で降り、昼飯にまずいラーメンを食べた後、南禅寺参道前まで歩く。
無鄰菴は、南禅寺前交差点の西側にあり、その西隣は有名な「瓢亭」本店である。
無鄰菴と瓢亭に挟まれた細い路があり、入っていくと直ぐに入り口がある。
余りにも質素というかありふれた入り口なので、写真を撮り忘れる。
拝観料を入り木戸をくぐると広い庭が広がっていた。
母屋で抹茶を頂いてまずいラーメンの後味を消す。
庭園は、東の奥に琵琶湖疎水を引き込んで滝として流し、
浅い流れとして西側の母屋に向けて流している。
綺麗な庭園であるが、芝生を主体とした庭なので、花木はツツジ、万両、千両、
クチナシ、ウメモドキ、ヤブコウジ、ハナショウブぐらいである。
浅い流れとした庭なら、妙心寺塔頭の退蔵院の「余香苑」の方が好きである。
<無鄰菴>
京都市左京区南禅寺近くにある、明治の元勲山県有朋の別邸で、
七代目小川治兵衛の作庭。
山縣三名園に数えられる。東山を借景とした池泉廻遊式庭園。
母屋に掲げられた「無鄰菴」の額
茶室を望む
岸辺に植えられたウメモドキ
琵琶湖疎水を引き入れ滝として流している
母屋と洋館
洋館2階の間は、日露戦争開戦前の1903年(明治36年)4月21日には、
ここでいわゆる「無鄰菴会議」が行われた。
その時の顔ぶれは、元老山縣有朋、政友会総裁伊藤博文、総理大臣桂太郎、
外務大臣小村寿太郎で、対露戦争も辞さないという態度で対露交渉にあたる為、
この方針への同意を伊藤と山縣から取り付けようとしたのである。(Wikipediaより)









