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虐待を受けて育った人のブログ

僕は父と継母に虐待を10年以上受け続けて育ちました。児童相談所や児童養護施設を経て社会に出てからも葛藤の連続でした。そんな僕の過去と現在について書いています。

私が行っているワークショップを受講してくれた方の声をこちらの掲載しています。

⇒ワークショップについての詳細はこちらです。

 

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【感想を教えてください】

・今までの自分を自分自身が認める経験がとても大切だと感じました。そして、自分を知ることで私がどのように生きたいかが分かってくると感じました(20代女性)

 

・すごく学びになりました(40代男性)

 

・自己分析が苦手な人でもできそう。ゲームから始まり、項目が予めあって、自分のことを振り返りやすかった(20代 女性)

 

・自分の過去のことを思い出すきっかけになって どんなことを考えて生きてきたのか、何が好きだったのか、何が大切だったのか それは今でも同じなのか、年齢と共に変化していく部分なのか、結果自分自身を構築しているものはどんな事なのかを知る機会になった(20代 女性)

 

・自分自身のことに向き合う機会は中々ないので、とても良い機会でした。パートナーや他者に、もっと自己開示できるようになりたいので、自分自身のことを知る、伝えるトレーニングとしてとても良かったと思います(30代 女性)

・自分を改めて見つめ直す機会になりました。記録として残るので、見返して自己成長に繋げたり、人生の歩みを労ったり出来ると思います。パートナーと分かち合うコンセプトもよいと思います(30代 女性)
 

・よかったです。ただ養護施設で行うなら事前説明をしっかりしないと夢を持つことを強制されるのはしんどいと思いました(30代 女性)

 

・今回2回目ですが、前回よりわかりやすく書きやすい印象でした。 自分の変化も気づけたしアイディアも出てきてよかったです(30代 女性)

 

・オンラインと実際に参加をした感想としてそこまで差は感じなかったが、オンラインだから参加したいという人はいるのかもと思ったので、回答のしやすさは今後改善の可能性があると思いました。ただ実際にその場で参加することに意味があるのかなとも思いました(20代 男性)


・自分の事を見つめ直し、大切な人と共有する事で新たな気付きがありました(30代 男性)

 

・学びにもなりました。楽しかったです(30代 男性)

 

・楽しく自己理解が出来ました。カードゲームが入り口なので、消極的な方でも、作業しやすいと思います(40代 男性)

 

・面白かったし、自分でやろうとするとなかなか一人では出来ないので助かりました(40代 男性)

 

・さらに自己研鑽に努めたい(50代 男性)

 

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【今回の学びは今後どう生かせると思いますか?】

・自分が何をしたいか、どうやって生きたいかを考えていくことに繋がると感じます。 たい焼きのゲームが個人的にとても面白く、ネガティブに考えがちなことをポジティブに捉え直すことで、少しは生きやすくなるのだろうと感じます(20代女性)


・夫婦関係、人間関係。これは生きていく上で必要なことだと思いました(40代男性)

 

・自分の事を理解することで、他人も大切にできる。深い人間関係を築く時に必要だと思う(20代 女性)

 

・自分自身やパートナーを理解する必要性を感じたので、自分がこれから何をしたいか等、パートナーと共有し合えるといいなと思います(30代 女性)

・自分のこと知り、気持ちをコントロールしたり、または他者に自分のことを伝える際に生かせると思います(30代 女性)

・利用者さん対応に活かせると思いました。(30代 女性)

・自分を見つめ直す、取り戻す時の糧にできると思っています。 落ち込んだ時こそ見るべきだなと(30代 女性)

・自分自身を受け入れる、より深く知るという行為は今後どんな事にも活かせると思った。 自分の人生を良くすることに繋がると思った(20代 男性)

・人生で行き詰まった時に見直したりすることでのメンタルコントロールなどに役立つと思います(30代 男性)

 

・自分が道に迷ったときに活用できるかなと思いました(30代 男性)


・仕事に活かして行きたいと思います(40代 男性)

 

・定期的に書き出したり見たりすると俯瞰的に見れて気づきがあると思います(40代 男性)

 

・人の理解を含め自分自身も振り返るように努力する(50代 男性)

 

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ワークショップは1人からでも対応可能です。

興味がある方は、こちらからお問い合わせください

 

 

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※父と会う、再び①の続き記事となります。

⇒父と会う、再び① 

 

 

父とは宇都宮駅で待ち合わせして、まずは近くの喫茶店に入りました。
子どもの頃は、とてつもなく大きく見えた父でしたが

久しぶりに会った父は、思っていたよりも小さく見えました。

喫茶店に入るや否や、父は僕の近況とこれまでのことを尋ねてきました。
黙って話しを聞き終えた父はしばし沈黙。

その後、父は突然泣き出しました。
『本当に…よく会いに来てくれたな…』
驚きました。子どもの頃は、

『男は人前で絶対に涙を見せてはならない』と厳しく言っていた父。

父の涙を見たのは、隆の葬儀の時のたった一度だけでした。
そんな父が人目をはばからず泣いている。

そして今、目の前にいるのは『父』というよりも
『なにかを懺悔をしようとしている一人の人間』に見えました。

この人が、背負ってきたこと、抱えてきたことはなんだったのだろう…?
父の話を聴いてみたいという思いが益々強くなってきました。

喫茶店を後にして、小さな居酒屋に場所を移しました。
店に入って、少ししてから父は言いました。
『あの時の隆のことは…本当に残念だったな…。』
”残念…?この人は何を言っているのだろう…?”

と最初思ったのですが、思い出しました。

隆が亡くなってからずっと

『あいつは事故で亡くなったんだ』

っていつも僕に言ってたことを。

この時に合点がいきました。

『この人はあくまで事故だと僕に思い込ませようとしているんだ…』と。
この時ばかりは、少し顔を引きつらせて僕は言いました。
『あのさ、隆の事は全部覚えているよ。事故ではないでしょ?』
父は、そっか…としばらく黙りこみ、

『あの事は本当に後悔している…すまん。』と小さな声で言いました。

それ以上はお互い、何も言いませんでした。

話題を変えました。
『そういえばお父さんの小さい頃の話、聴かせて。』
父は、頷いてしばらくした後に全部話してくれました。
父が大学に行って教員を志していたこと。

家庭の事情でそれを断念せざるを得なかったこと。

”跡継ぎ”の為に、意図しない結婚を何度かさせられていたこと。

子供の意見には耳を貸さなかった両親のこと。

そんな親のいいなりになることに嫌気がさして実家を飛び出したこと。

実母、継母との馴れ初めの話、結婚してから僕が施設に入るまでの話、仕事の話等。

どの話も知らないことだったので、僕は興味津々にその話しを聞き入りました。

父の話で印象的だったのは、母と離婚をして僕と隆を引き取り仕事をしながら子育てをしていた時の話です。仕事をしながら子育てをする大変さが凄く伝わったし、家族を背負って働く父親の気持ちという部分で共感できる所もあったからです。片親で頼る人がいない中で子供を育てることって絶対に大変だよなぁって思いました。

もう一つ印象的だった話は仕事の話です。父は仕事ができる優秀な人だったそうです。外資系企業での営業成績が全国でトップ10に入り、表彰で欧米にある本社へ行った時の話しや、周りの後押しや協力によって起業して、会社経営を始めた話など、まるで一人の経営者の講演を聞いているような気持ちでワクワクしました。仕事に対する姿勢という部分に関しては、素直に尊敬できる人だと思いました。

こっちの思いも伝えました。

『親に殴られる子供の気持ち』について…継母にいじめられていた日々の辛さ…助けを求める人がいない絶望感…母親と兄弟を奪われた悲しみ。

継母からの虐待の事実をほとんど知らなかったということに父はショックを受けていました。

そこまでアイツはひどかったのか…?と。

『オレはお前を立派な人間に育てたかっただけなのに…そんなに追い込んでいたのか…』
父は弱々しく言っていました。

父の話を一通り聞いて、父に同情をしている自分がいました。

そして、父は僕が思っていたほど最低な人間ではなかったし尊敬できる部分もあったんだ。とも思いました。それらの思いを一言に込めて、僕は父に伝えました。
『なんか色々大変だったんだね…。お疲れ様』
父は、また泣き出しました。僕が父を受け入れた瞬間だったと思います。


父だって、両親に甘えていた幼少期が当然あって、教員を志す1人の学生だった時期もあった。
結婚して家庭を背負う父親として頑張っていた時期もある。

そうだよな…父も一人の健全な人間だったんだよな。

もちろん隆の命を奪ったことは、決して許されることではない。

でも、父も孤独だったんだなぁ…。

帰りの電車ではそんなことを考えていました。

父と再会をして少し経った頃、

これまで何年も別居生活をしていた継母とは正式に離婚をした。

と父より報告がありました。

 

”今更遅いかもしれないけど、これがオレにとってのケジメだ”と。

更に数か月後、父に家族を紹介しました。

父が、僕の子どもを嬉しそうに抱きかかえている姿を見るのは、なんとも不思議な感覚でした。
”絶対に交わることはないだろう…と思っていたのになぁ。

人生って何が起きるか分からないものだな…”
と改めて思いました。

 

父の虐待をしていた原因の根っこにあったのは、

『自分が親にされてきたことによって形成された”常識”によるしつけ』と

『ストレス』だったんだなぁって思いました。

 

父との再会を経て、

それまでは『虐待を受けてきた子供』にだけ目を向けていたのですが、

『親を支援する』ということについてを考えるきっかけになった出来事でした。

 

 

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新しくワークショップを始めます!
「わたしの説明書 ~落ち込んだ時の元気の出し方~」というタイトルで、その名の通り”自分の説明書”を作るワークショップです。わたしの説明書は、長所短所、得意不得意、好き嫌い…その他にも色々な視点から見た「自分自身について」を色々なワークを通じて記していきます。

 

わたしの説明書で自分自身についてを可視化することで、迷った時や悩んだ時の「判断基準」としてや落ち込んだ時の「元気の出し方」を準備しておくことができます。自分自身を少しづつ受け入れていくことで「私なら…大丈夫!」っていつかは自分を信じることができるようになって欲しい…という願いを込めています。

実はこのワークショップ、

「子供たちの笑顔のために、虐待をする親を生み出さないようにするには何ができるか?」

を考え出したのが始まりで、さらに2017年の父と再会した際の話をきっかけに「親支援」ということについても考えるようになりました。

⇒その時についてのブログ記事はこちらです

 

「虐待をなくしたい」という想いで2013年にブログを始めてから色々な人との出会いがありました。そして「親1人1人の”当たり前”という名の常識についてを振り返り、子育てについてを考える場を創っていきたい」と思うようになりました。でもそれには「自分自身についてを理解して受容すること」そして「パートナーについてを理解しようとする姿勢」が必要だと思いました。それらができて初めて「夫婦について、子育てについて」を話し合うことができるのではないか?と。
①自分自身を受容する⇒②夫婦の相互理解をする⇒③夫婦の方針を話し合う⇒④居場所を作る

このワークショップは①の「自分自身を受容する」きっかけを作ることで、相互理解から夫婦の方針へと流れていきます。受講後は受講者限定のコミュニティを作る予定で、そこでも色々な企画をしています。

「出産後の居場所を出産前から作っておくこと」も大切な事だと思うので。

 

夫婦向けへの開催をメインに考えてはいますが、

「児童養護施設を退所する予定の若者」や「頼る人がいない中で社会に出る方」

に向けてもやっていきたいと思っています。「自己受容」を目的としているので、きっと役に立つと思うんです。社会に出てから色々ありますから。

ちなみにこれまでは社員研修での上司と部下、新人研修、母と子、夫婦+子供などの家族向けに開催をしてきました。


⇒受講者の声はこちらです

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宜しくお願いいたします。

 

 

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講演会等の際にいただいたご質問で、時間の関係などでお答えすることができなかった質問に今後はこちらで回答させていただきます。せっかくいただいた質問ですし、内容によっては他の方も知りたいかもしれないと思ったので、このような形にしました。

 

⇒これまでのご質問はこちらです


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【質問】

実弟が目の前で死別した時のトラウマとかって何かありましたか。

【回答】

救急車のサイレンの音を聞いたり、サイレンを見ると少しばかり胸がざわつきます。隆が亡くなったあの日、裸足で外に出て大声で泣きながら救急車を待っていたことが残っているのかなって思います。

 


【質問】

なぜ今の職に?

【回答】

現在、介護会社で人事や広報に関わる仕事をしています。介護業界に入ったのは約10年前ですが、もともとは19歳の頃に『人に必要とされる仕事をしたい』と思ってホームヘルパーの資格を取ったのが最初です。親にも邪魔者扱いをされて、それ以降も誰にも必要とされていない人生だったので『誰かに必要とされたい』と潜在的に望んでいたんじゃないかなと思います。

 


【質問】

どうやってご結婚を?
【回答】

まず、相手の親に生い立ちを話すかどうかでとても悩みました。とはいえ、結婚なので隠し切ることは難しいと判断し、勇気を出してカミングアウトしました。駄目と言われたらその時考えようって。ありがたいことに、相手の親が寛容な方だったので無事に結婚を認めてもらったという感じです。

 

 

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先日、茨城でお話をさせてもらいました。そして一つ願いが叶いました。
というのも、話はさかのぼって中1~中2の家出を繰り返していた頃に僕は茨城に行きました。その頃は栃木に住んでいましたが、隣の県である茨城までわざわざ行ったのです。なぜか?

僕は小学生の頃、転勤が多くて6年間で5回も引っ越しをしています。性格的な問題もあり転勤も多いので、本当に友達ができませんでした。そんな中、小学5年生の頃に数か月だけ住んでいた茨城は不思議と友達が沢山できて、クラスのみんなもすごく温かかった。子ども会の活動も盛んで地域との交流機会も多かった。この頃って作文や読書感想文で賞を取ったり、持久走の地区代表候補になったりと色々な才能が開花しかけていた時期だったのですが、それは今思うと環境のお陰かもしれません。
そんな思い出が詰まった土地である茨城にふらっと行ってみたくなった。だから家出して茨城に行ったのだと思います。

とはいえ、あてもない僕は当然野宿。水戸市にある千波公園の電話BOXで寝ようとしていました。その公園は大きめの公園で、暴走族らしき人達が集まっていました。その様子をぼんやりと眺めていると、1人の大きい男の人が寄ってきて、電話BOXをコンコンとノックしました。「なんでこんな所で寝てんだい?帰る所…ないのか?お前も大変だな…。これで何か食べろ。な!」と言って1万円を僕の手に握らせて、小走りで立ち去っていきました。
その時の僕は、行くところもお金もなく心が冷え切っていました。いつ死んでも、いつ殺されても構わないと本気で思っていました。誰からも必要とされていないし、誰も悲しまない、生きる意味がない…って本気で思っていました。一方で、矛盾していますが温かい言葉に飢えていたとも思います。だから…あの時あの言葉にどれほど助けられたことか…。
それから僕は茨城が大好きになりました。本当はその人にお礼を言いたいのですが、それはなかなか難しい。いつか茨城でお話しする機会があった時は、絶対にこのエピソードを話そう、そしてお礼を言おうって心に決めていました。講演活動を初めて10年の月日が経ってやっとその願いが叶いました。本当にありがたいって思いました。


 

 

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