虐待を受けて育った人のブログ -14ページ目

虐待を受けて育った人のブログ

僕は父と継母に虐待を10年以上受け続けて育ちました。児童相談所や児童養護施設を経て社会に出てからも葛藤の連続でした。そんな僕の過去と現在について書いています。

先日、下記の告知を行いましたが
放送日が延期になるとの連絡がありました。
報道番組の特性上、やむを得ないですね。

放送日は未定とのことなので、
気長にお待ちいただけると幸いです。



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『ステップファミリー』 とは、
親の再婚によって生じる、継親子関係のことをいいます。
要は、連れ子がいる状態で再婚した夫婦のことですね。

日本でも増加傾向にある、このステップファミリーは色々な課題があります。

普通に考えればそうですよね。
赤の他人が、ハイ!親子です。って言われて
すぐに親子になれるわけがないのです。

NHKで、10月3日の19時30分から
『特報首都圏』という番組で、
このステップファミリーについてが放送されます。
特報首都圏の番組HP

ステップファミリーの現実を見据えて
あるべき支援とはなにか?がテーマとなっています。

以前に、取材を受けたとお伝えしてましたが
それはこの番組の取材でした。

僕の家も、ステップファミリーです。
しかも継母からも暴力を受けると言う最悪なケースでした。
その辺についてを話をしています。

まぁ僕の映像は実際、1分・・・10秒・・・下手したらオールカットかもしれませんが
ステップファミリーというテーマに

関心がある方は是非ご覧になってみてください。
 

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先日、ある児童養護施設を訪問しました。
施設は家から近所で、
葛飾区市民活動支援センターの方が
こちらの施設長を紹介してくれたのです。

目的は、施設が行っている
アフターケアの現状と問題点を聞かせてもらうことです。

児童養護施設は、基本的には18歳までしかいれません。
子供たちは18歳で施設を退所し、進学や就職をします。
その退所した子供たちへの様々な支援が
『アフターケア』 と呼ばれています。

今回訪問した施設は、施設在籍中から
自立へ向けた勉強会などを行っております。
お金の使い方などの、
生きていく上で必要なこと
進路についてもしっかり話し合うそうで
職業体験なども実施しているそうです。

そして、施設を退所した子供たちが
気軽に遊びに来れるように、と考えて
退所者専用のサロンがあります。


こちらのサロンを、施設退所者が訪れる際は
『礼儀』 の実践の場の第一歩として、
毎回でなくとも、なにか手土産を持ってくるように、
と教えているそうです。

話を聞いて羨ましいな、と思いました。

僕のいた施設は、アフターケアは皆無でした。

施設を出る時に職員は言うのです。
『いつでも遊びにおいでね』 と。
でも実際に遊びに行くと、メチャクチャ忙しそうにしている職員。
その様子を見て、悪いなと思ってしまう。
結局、ほとんど相手をされず施設を後にする。
やがて僕は施設に行かなくなりました。


ある程度大人になれば、
忙しい時間を外して行く、などの気遣いもできますが
施設を出たばかりの僕にはそれが分かりませんでした。


話は戻りますが、訪問した施設のアフターケアは
本当に素晴らしいと思いました。
ただ、良いことばかりでなく、問題点もあります。
まず挙がるのは、『人員不足による激務』 です。

本来であれば、先ほどの退所者専門のサロンも
常駐する職員を置きたいのですが
現状は当番制で運営しているそうです。
それによって仕事が遅くなることもしばしば。
国からの予算の関係上、給与に反映させることや
人員を増やすことが厳しいそうです。

また、本来であれば児童相談所の一時保護所を経て
児童養護施設に入所するのですが、
現在、一時保護所が定員オーバーの状態で
入所待ちの子供を、一時的に施設で預かっているそうです。

児童相談所→児童養護施設 となるはずが
児童養護施設→児童相談所→児童養護施設 となっているのです。

背景には虐待の通報が増えたから、というのがあります。
行政は、『まず子供を保護する』 というスタンスですので。


それによって更に、職員一人辺りの負担が
重くなっているというのが課題だそうです。


また、もう一つ課題があって
児童相談所が子どもを保護している間
親に対して、なにもなされていないということです。


経済的な事情、望まない出産、心の病、夫婦仲の悪化等など・・・
親は、なんらかの理由があって虐待をしてしまっている訳です。
それって放置していて解決するのでしょうか?

『子どもたちに良いと思って、やりたいことがあっても施設としては限界がある』
『施設に関係なく、アフターケアを行う環境がもっと必要』
施設長は、そうおっしゃっていました。


今回の話を聞いて、色々と勉強になりました。
その学んだことをどう生かすか?
これをしっかり分析してこれからにつなげていきたいと思います。


ところで、施設長から聞いた印象的な話を一つ。

先ほども書きましたが、現在こちらの施設では
児童相談所の入所待ちの子どもを一時的に預かっています。
ある日、父親に虐待されて骨折をした少女が保護をされて
こちらの施設に来たそうです。

その少女は、来るや否や
『お家に帰りたい・・・』と言ったそうです。

職員は驚いて
『でも、お父さんの暴力で骨折しちゃったんでしょ?それでも帰りたいの?』
と聞きました。

しかし少女は、
『お父さんは骨折した私を見て、
すぐに救急車を呼んでくれたの。だからいい人なんだよ。』
と答えたそうです。


この話を聞いて、僕は胸が締め付けられる思いでした。

結果的には、その少女は児童相談所に行ったそうですが
その後、どうなったのかは分かりません。
もしかしたら家に帰ったのかもしれません。

僕のように、親に依存することなく離れた人もいれば
この少女のように、なにをされても
親を最後まで信じている子もいるのです。
当然ですよね。
それが切っても切れない親子の絆、というものですから。



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本日、某テレビ局の方と打ち合わせをしてきました。
継母、継父などの番組を制作していて
それの取材協力をしてくれないかとのことでした。
 
数ヶ月前に、某テレビ局の取材を受けましたが
その時は、結局放送されませんでした。
その局とは違いますが、正直『またかよ…』って思いました。
でもテレビの力は大きいですよね。きっと。なのでまた取材を受けることにしました。
 
僕が、自分の過去をさらけ出しているのは単に
”同情してもらいたいから”
という理由ではありません。
”虐待を受けた人間の生々しい現実を伝え、
児童虐待について一人でも多くの人に関心を持ってもらいたい”
これが過去をさらけ出す理由です。
 
児童虐待は、虐待から遠ざかった後も
”心の傷”としてずっと残ります。
そして、後の人生に様々な形でその傷口は開きます。もちろん悪い形で、です。
 

参考までに・・・
機能不全家族について

 

 
虐待を受けた人間は、『虐待を受けた』という過去を背負って
色々な葛藤を繰り返しながらずっと生きていかなければならないのです。
 
現在は、ありがたいことに通報する為の窓口や、
電話相談など様々な環境があります。
児童虐待を受けた子どもたちへの自立支援を行っている団体も色々とあり
それはどなたでもボランティアとして参加できるところが多いです。
 
一人でも多くの方が児童虐待に関心を持ち
なにかを感じてくれたり、ボランティア等の活動に参加してくれる。
このブログが、そのきっかけになってくれたら嬉しいですし
『発信すること』 が無事にこうして生き延びることができた
僕の役割だと思っています。

子どもたち、若者たちの支援は、
一人の人間、一つの団体がやることではなく
社会全体で行っていくものだと思います。
 
取材に関しては、放送が確定したら再度告知します。

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小学校に入学しました。でも僕は友達ができませんでした。
原因は僕の性格だったと思います。
気に入らないことがあると、暴力や暴言によって人を傷つける。
そんな僕と友達になってくれる人は誰もいませんでした。

父に叩かれることに怯え、家ではオドオドと過ごし、
そのうっ憤を発散しているかのように、学校では問題行動を起こす。

僕の性格はどんどん歪んでいきました。

みんなは学校が終わったら、嬉しそうに家に帰っていきますが

誰もいない家に帰る僕は楽しくもなんともなく寂しいだけ。

夜はだいたいコンビニのお弁当を一人で食べる。

『ただいま…おかえり。学校楽しかった?晩御飯なに食べたい?』
そんな会話に心から憧れていました。

 

お母さんや弟の事を考えると寂しくなって…その後は怒りの感情で胸が苦しくなる。

そして学校では暴力で発散する。

 

そんな僕に学校で付けられたあだ名は『暴力人間』。

暴力反対~暴力反対~と言われて、僕はどんどん孤立していました。


小学2年生になろうとしている頃、父が言いました。
『新しいお母さんも一緒に住むことになったよ。』
”お母さんは皆優しい”
そう思い込んでいた僕は、新しいお母さんが来ることを楽しみにしていました。

 

 

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この頃から、知らない女の人が家に出入りするようになりました。
日によって来る女の人は違うことが多く、保育園の先生が来たこともありました。

女の人が家に来ると、決まって僕は保育園のような所に連れていかれます。

女の人が来るたびに父はこう言いました。
 

『この人が、新しいお母さんだからよく覚えておけよ!』 
言っていることがよく分かりませんでした。

 

父の休日の過ごし方は、パチンコ屋に行くことがほとんど。

パチンコ屋には朝から晩までいることがほとんどで、僕は外で時間を潰します。

やることがない僕は、いつも近くの公園とかでぼ~っとしていました。

 

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