「島根郡(しまねのこおり)の条」
生馬郷(いくまのごう)
(原文)
「神魂命御子 八尋鉾長依日子命詔 吾御子 平明不憤詔 故云生馬」
(かむむすひのみことのみこ やひろほこながよりひこのみことのりて あがみこ たいらかにいくまずとのりし ゆえにいくまという)
(現代文)
「カムムスヒの御子、八尋鉾長依日子命(やひろほこながよりひこのみこと)がおっしゃるには 『私の御子は 心やすらかで、なんの憤(いきどお)りもない』とおっしゃった。 ゆえに生馬(いくま)という」
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カムムスヒの子、八尋鉾長依日子命(やひろほこながよりひこのみこと)は『古事記』には登場しない。
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法吉郷(ほほきのごう)
(原文)
「神魂命御子 宇武加比売命 法吉鳥化而飛度 静唑此所 故云法吉」
(かむむすひのみことのみこ うむかひめのみこと ほほきとりとなりてとびわたり このところにしずまれり ゆえにほほきという)
(現代文)
「カムムスヒの御子、宇武加比売命(むかひめのみこと)は法吉鳥(ほほきどり)となって飛び渡り、ここに鎮座された。ゆえに法吉(ほほき)という」
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カムムスヒの娘、宇武加比売命(ウムカヒメ)(蛤の神)はキサカヒメ(赤貝の神)とともにオオクニヌシを生きかえらせた女神。(『古事記』)
法吉鳥はウグイスのこと。
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千酌駅(ちくみのうまや)
(原文)
「伊佐奈枳命御子 都久豆美命 此処坐 然者則 可謂都久豆美而 今人猶千酌号耳」
(いざなぎのみことのみこ つくずみのみこと ここにあれませり しかればすなわち つくずみというべきを いまのひとなおちくみとごうす)
(現代文)
「イザナギの御子、都久豆美命(つくずみのみこと)がここに鎮座された。なので都久豆美というべきを、今の人はなお千酌(ちくみ)と呼んでいる」
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イザナギの子、都久豆美命(つくずみのみこと)は『古事記』には登場しない。
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〈ひとこと〉
『出雲国風土記』には『古事記』の系譜には登場しない多くの神が登場しますが、『古事記』の編纂の折には、あまり役目をはたさない古くから語られていたこれらの神々を記さなかったのではないかと考えられます。
『古事記』『日本書紀』の編纂が710年代に終わり、それと時を同じくして日本全国に「風土記」の編纂が命じられましたが、「風土記」に語られる伝承や神話は『古事記』『日本書紀』と同等か、それ以前からの伝承も多いのです。