「出雲国風土記」その11 | はしの蓮のブログ

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はしの蓮です。古代史、古事記、日本神話などや日々のちょっとした出来事、気づいたことをブログに綴っていこうと思っています。また、民話や伝説なども研究していきます。

 

「秋鹿郡(あきかのこおり)の条」

 

(原文)

「所以号秋鹿者 郡家正北 秋鹿日女命坐 故云秋鹿矣」

(あきかとごうすゆえんは こおりけのまさにきた あきかひめのみこといます ゆえにあきかという)

 

(現代文)

「秋鹿と名づけるゆえんは 郡家の正北に 秋鹿日女命(あきかひめのみこと)が鎮座されています ゆえに秋鹿(あきか)という」

 

 

秋鹿日女命(あきかひめのみこと)は『古事記』には登場しない。

 

 

 

恵曇郷(えとものごう)

 

(原文)

「須作能乎命御子 磐坂日子命 国巡行坐時 至坐此処而詔 此処者 国稚美好有 国形如画鞆哉 吾之宮者 是処造者 故云恵伴(神亀三年改字恵曇)」

(すさのおのみことのみこ いわさかひこのみこと くにめぐりいきますとき ここにいたりましてのりて ここはくにはるかにびこうなりてえとものごとし あがみやはここにつくらんことをのりし ゆえにえともという(神亀三年、字を恵曇と改める))

 

(現代文)

「スサノオの御子、磐坂日子命(いわさかひこのみこと)が国を巡るとき ここに至りて 『この国は美しく好ましい その形は絵に描いたようである わが宮はここに造るとしよう』とおっしゃった。ゆえに恵伴(えとも)という(神亀三年、字を恵曇と改める)」

 

 

スサノオの子、磐坂日子命(いわさかひこのみこと)は『古事記』には登場しない。

 

 

 

多太郷(ただのごう)

 

(原文)

「須作能乎命之御子 衝杵等乎而留比古命 国巡行坐時 至坐此処詔 吾御心 照明正真成 吾者此処静将坐 詔而静坐 故云多太」

(すさのおのみことのみこ つききとをしるひこのみこと くにめぐりいきますとき ここにいたりましてのりて あがみこころただしくなりしとあきらかにてらし あはここにしずかにいようとす ゆえにただという)

 

(現代文)

「スサノオの御子、衝杵等乎而留比古命(つききとをしるひこのみこと)が国を巡るとき ここに至りて『私の心は明るく正しくなったここに鎮座しようと思う』とおっしゃった。ゆえに多太(ただ)という」

 

 

スサノオの子、衝杵等乎而留比古命(つききとをしるひこのみこと)は『古事記』には登場しない。

 

 

 

大野郷(おおののごう)

 

(原文)

「和加布都努志能命 御狩為坐時 即郷西山 狩人立給而 追猪佛 北方上之 至阿内谷而 其猪之跡亡失 爾時詔 自然哉 猪之跡亡失詔 故云内野 然今人猶誤 大野号耳」

(わかふつぬしのみこと おんかりしますとき すなわちごうのにしやまにかりびとたてたまう いのさいをおいきたかたかみの くまうちのたににいたりて いのししのあとうせり ときによりて おのずからなりや いのししのあとうせね たまわりしゆえにうちのという しかるにいまのひとなをたまわりておおのとごうすのみ)

 

(現代文)

「和加布都努志能命(わかふつぬしのみこと)が狩りをされたときに、郷の西山に狩人を立てて、猪を追って北の方に上がっていったが、阿内谷(くまうちのたに)に至ったとき、その猪の足跡がなくなってしまった。そのときおっしゃるには、『自然と猪の足跡が消えてしまった』とおっしゃられた。ゆえに内野という。しかし、今の人は誤って大野と呼んでいるのです。

 

 

和加布都努志能命(わかふつぬしのみこと)はイザナギがカグツチ(火の神)を斬ったとき、その飛び散った血から生まれたイワツツノオの子です(フツヌシの神)。『古事記』の「天孫降臨」の段でタケミカヅチとともに各地を巡った刀剣の神(別名タケフツ・トヨフツ)で、フツヌシの神は石上神宮(いそのかみじんぐう)、香取神宮の主祭神です。

 

 

 

伊農郷(いぬのごう)

 

(原文)

「出雲郡伊農郷坐 赤衾伊農意保須美比古佐和気能命之后 天瓺津日女命 国巡行坐時 至坐此処而詔 伊農波夜詔 故云伊努(神亀三年改字伊農)」

(いずものこおりいぬのごうにいます あかふすまいぬおおすみひこさわけのみことのきさき あめみかつひめのみこと くにめぐりいきますとき ここにいたりてのりたまう いぬはよ ゆえにいぬのという)

 

(現代文)

「出雲郡伊農郷(いずものこおりいぬのごう)に鎮座される赤衾伊農意保須美比古佐和気能命(あかふすまいぬおおすみひこさわけのみこと)の后である天瓺津日女命(あめのみかつひめのみこと)が国を巡ってここに至ったとき『ああ伊農(いぬ)よ』とおっしゃられた。ゆえに伊努(いぬ)という。(神亀三年に字を伊農に改める)

 

 

赤衾伊農意保須美比古佐和気能命・天瓺津日女命は『古事記』には登場しない。

 

 

 

 

 

(たいくつで眠くなるような記事で申し訳ありません。 はしの)